第25話 揺れる、ドラゴンさん
リュートの仲間にベルガと呼ばれる銃使いがいた、という話を聞いて、私とリグリラが驚かないわけがなかった。
あり得ない!と叫びたいところだけど、脳裏をよぎったのは、私によって魂を強化されたかも知れないというリグリラの話と、古代魔道具泥棒の話だ。
ベルガの銃は、確か王立の博物館で資料として保管されていると聞いていた。
それが盗まれていたとしたら、そしてカイルと同じように精霊化させられていたとしたら、その銃使いがベルガでもおかしくはない。
でも、私の影響で強くなった魂が銃を核に精霊化しているのなら、意志はあるはずだ。
その人が、カイルやネクターを見てもなんの反応を示さなかった、というのはとても気になる。
リュートに操られている? それとも記憶が封じられている?
ともかく、ネクター達はリュートの空間転移に巻き込まれた後、気がついたら三人で迷宮麓の街に放り出されていたのだという。
そこではすでに魔物であふれていて、混乱の渦の中、住民たちの逃げる時間を稼ぐために、ハンターたちが魔物と交戦していたのだ。
どうやら白い霧が現れたことで魔石……いや、魔物の生成所からどんどん魔物が生産されているらしいのだが、迷宮には他にも出口があったらしく、そこから続々と現れているのだ。
そうして、迷宮内からあふれ出てきた魔物が、住人やハンターに襲いかかっていた。
白い霧も気になるけど、人が歩く速度よりもずっと遅い白い霧よりは、いま実害がある魔物に対処する方が先決だ。
だからカイル達はハンターギルドと連携して、魔物侵攻をくい止めながら住民たちの避難誘導を手伝いつつ、せめて魔物がこれ以上拡散しないように、ネクターが障壁を張り巡らせたのだった。
とりあえずの安全圏である、メーリアスと迷宮都市の中間で、そう話してくれたカイルは怒りと焦りに顔が怖くなっている。
当然だ。大事な人が自分のことを忘れていて、別のヒトと一緒にいることを選んだのだから。
それなのにこうして人助けにかかれるって、そうそうできることじゃない。
私もリュートに向けられた敵意と、哀れみの表情がちらついて、心が落ちつかなかった。
でもそれだけじゃないのだろうと思う。
「ラーワ、あのベルガは白い霧を”蝕”と呼んでいた。何か心当たりはないか」
カイルの信頼を感じる問いかけに、だけど私はすぐに言葉を返すことが出来なかった。
ドラゴンはこの世界の原理、事象についてほぼ百パーセント網羅している。
よりよくレイラインを作り、魔力の循環を整える為なのだが、そこに含まれるのは基礎的な情報だけだ。
自立している人族をはじめとする生物達はそこから文化や生態系を作ったりをするから、そんな独自に発展した部分については管轄外的にすっぽり抜けていたりするけれど。
逆を言えば、世界の存亡にかかわりそうなものは、必ず情報が入っているはずなのだ。
なのに、それなのに。
あれは根幹にすら関わる重大事象に見えるのに、そのドラゴンの知識を全力でさらっても、あの白い霧についてなにもなかったのだ。
私の脳裏には、さっき、この一帯の様子を見るために上空を飛んだ時の光景が鮮明に焼き付いている。
緑豊かだった山は白い濃霧にまだらに覆われ、白い霧の部分はそこだけ、山も、人も、地面もまるでそこに何もないかのように知覚出来なかった。
辛うじて無事な山肌を動物たちが逃げ惑っていて、だけど運悪くその濃霧に触れてしまった動物は、まるで電池が切れてしまったかのように動かなくなり、白い霧へ飲み込まれていく。
後には何も残らない。
あの白い霧は植物も建物も魔術も……人も、全部を飲み込んで無にしてしまう。
この世界の事象についてはすべて知っているはずなのに、今まで信頼してきた知識の中にないことが……そう、私は、わからないことが怖かったのだ。
でも、対応できるとしたら私だけだ。
今でもレイラインがどんどん壊されていくのが感じられるし、魔力の流れはずたずたになってしまっている。
世界の守護者であるドラゴンが止めなくちゃいけない。
そう思うのに、どうしたらいいかわからない。
あれには何が通用する? そもそも収束させられるのか?
指先がどんどん冷えていく。
頭が真っ白になったまま、動けなくて。
ふわりと肩に手が乗って、すぐに全身が温もりに包まれた。
はっと顔を上げれば、ネクターに横から抱きしめられていて、静かな薄青の瞳で案じるように見下ろされていた。
「ラーワ。抱え込まないで、正直に答えてください」
「でも……」
もうネクターは、私があの白い霧について、なにも知らないことに気づいているのだろう。
だけど、私はためらった。
私が対応策を知らないモノを、誰が納める方法を知っているというのだろう。
ただいたずらに絶望させるだけなんじゃないか。
何が最強種族ドラゴンだ。要の竜だ。肝心な時に役に立たなきゃ、意味がないのに。
うつむきかける私の頬に、温かい手が触れた。
「わからないことでも、今、わかることだけで考えて、試して模索するのです。人はそうやって未知に立ち向かってきたのですよ。アールを生み出すと決めたときも、そうだったでしょう?」
思わず目を見開いた私は、淡く微笑むネクターにのぞき込まれた。
「ましてや今は私を始め、心強い仲間がいます。だから、知らないことを怖がらなくて良いのです」
ネクターに自然と上向かされた先には、カイルと、仙次郎とリグリラがいた。
さっきまであんなに顔をこわばらせていたのに、今のカイルは少し気遣うような雰囲気で、仙次郎は真剣に何か考え込む風だ。
リグリラは、なぜかちょっぴりふくれっ面になっている。
それぞれ違うが、だれも私を責めたり、頼ろうとしているわけじゃなかった。
「共に、考えましょう?」
柔らかく、だけど意思を込めて言ったネクターに、私はほうっと息をついた。
元は人間だったはずなのに、ドラゴンだった時間が長いせいか、一人で思考して一人で解決するのが習い性になっていた。
でも、私には頼れる仲間がいる。
なにより私のことを想ってくれる唯一無二の人がいる。
友達が欲しいとただ願ったあの時には、想像もできなかったことだった。
私はくるっとネクターを振り向くと、思いっきり抱きついた。
こみ上げてくる安堵とうれしさのままに、ぎゅっと腕に力を込める。
「やっぱり、ネクターが一緒にいてくれて、幸せだ」
「……っえ、その私も、ですよ?」
ちょっとうろたえたネクターだけど、すぐに腕を回してくれた。
その温もりに、力をもらう。
「ごめん。あの白い霧について、私はなにも知らないんだ」
「はい」
そうして少しだけ体を離して、ただうなずいてくれたネクターを見て、その向こうにいる大事な仲間たちを見た。
「でもきっと何とか出来るのは私しかいないから。力を貸してくれるかい?」
「もちろんですよ、ラーワ。必ず、解決策はあるはずです」
子供を生み出すことをドラゴン達に猛反対されたときも、ネクターは今みたいに寄り添ってくれた。
私がどれだけ抱え込んでいても必ず気づいて、柔らかく受け止めてくれるネクターには、どんなに救われているかわからない。
「……とりあえずそこの二人、まじめに話すかいちゃつくか、どちらかにしなさいまし」
若干あきれた風なリグリラの声に、ネクターと額を寄せ合っていた私は慌てて離れた。
「だがリグリラ殿、二人らしいではござらぬか」
「同意しかけてしまうのが少々悔しいですわね……」
泰然とした感じで言った仙次郎に、リグリラが憮然と腕を組む。
カイルはもうあきらめた感じで頭に手をやってため息をついていた。
「ネクターの魔術障壁が効いている内に、魔物と白い霧をどうにかするぞ」
私はじんわりと頬に熱を上るのを感じながら、何度もうなずいた。
……け、けしてごまかそうとしたわけじゃないんだぞ。
「ありがとう、みんな」
笑った私は、結界越しに見えるセンドレ山脈の白い霧を見つめた。
怖気も気味の悪さもまだ感じる。
全身全霊をかけて排除しなければならないという焦燥もある。
それでも大丈夫な気がして、私はぱんと自分で両頬をうった。
「これをとっとと何とかして早く帰んなきゃ、アールの春休みが終わっちゃうからね!」
「ええ、早く帰りましょう!」
同じように応じてくれるネクターに一つうなずいて、私は、いや、私達は打開策を考え始めた。
「あの霧の進行速度は遅いけど、遠からずこっちに来るよね。拡散したら手に負えないし、山にとどまっている今のうちに何とかしたい」
「あの白い霧に魔術は通じません。私の『風障壁』はほぼ無効化されました。どうやら魔力か何かを浸食しているようです」
私の戦略級の魔術でも、あの白い霧には一切効かないのは確認していた。だからこそ、あの異様さが際立つのだが。
「でもなんで古代の人はあんなところに魔物の製造所をつくったんだろう。あの迷宮には白い霧が封じられていたんだろう? 白い霧が吹きだして、魔物があふれ出せば、ダブルパンチじゃないか」
そのあたりがわからなくて私は首をひねっていたのだが、カイルと仙次郎は違うみたいだった。
「もしかしたら、あの製造所は白い霧に対する防衛機能の一つだったのかも知れん」
「どういうことだい?」
「それがしらは、一度、魔物が白い霧とかち合うのを見もうした」
私とリグリラとネクターの視線を一斉に浴びて、居心地が悪そうにちょっと尻尾を揺らしながら仙次郎は続けた。
「魔物を飲み込んだ白い霧は、その質量が減じているように見受けられた。毒を以て毒を制すとも申す。世に害をなす魔物であるが、白い霧に関しては何らかの効力があるのやもしれぬ」
「そうならば、リュートと名乗った青年の言葉と矛盾しません。あの迷宮の機能が十全であれば、あの白い霧を迷宮内にくい止められていたのかもしれませんね」
リュートの名前が出てきて、私はオブリエの最後と、置いてきてしまったリシェラのことが脳裏をよぎる。
複雑な気分でいると、リグリラが肩をすくめていた。
「ですが人工的に生み出されようと、レイラインから発生しようと魔物であることには変わりませんわ。生きた魔力を求めてうごめいている。障壁がなくなれば、街へなだれ込み、いずれ別のレイラインを食い荒らしますわよ」
「供給源となっているレイラインを修復しなければ魔物は増え続ける。だがそのレイラインはあの白い霧の中か」
厳しく顔をしかめるカイルに、じれたらしいリグリラが腰に手を当ててさばさばと言った。
「いっそのこと、山ごとつぶしてしまいます? あの白い霧がどこから出てきているのかわかりませんけど、供給源が絶たれればあれ以上出てこないかも――」
その時、地鳴りのような音が響き、地面が震動した。
同時に聞こえた大地の悲鳴にはっと顔を上げれば、山を取り巻く白い霧が増えていて、目で見えるほどその容積が減っていた。
「……おいおい、もしかしかしなくてもあの山、小さくなってるか」
「どうやら、人工物だけでなく大地も風化の対象のようでござるな」
たらりと、カイルと仙次郎が冷や汗を流すのが見えた。
リグリラも、思わずといった風で黙り込む。
あんなに目に見えて小さくなるのなら、一刻の猶予もない。
でも、どうする?
ネクターの話では、通路に用意された古代魔術も、ちょっと押しとどめるだけであまり効果はなかったらしいし、まだ効果があるらしい魔物も、あの膨大な量の白い霧をどうこうする前にメーリアスの街が飲まれるだろう。
緊急警報のサイレンは建物内から退避を促すもので、迷宮内に設置された術式や、魔物は全部足止めでしかないのかもしれない。
あれ、でも待てよ?
「「何で警報があったんだろう」でしょう」
ネクターと言葉がかぶった私は、カイル達も不思議そうにするのに、どちらがしゃべるか顔を見合わせて、まとまらないけど私が話し始める。
「や、白い霧が現れると同時に迷宮内に警報が鳴り響いたんだろう? 大体それと同時期に生成所が本格的に稼働し始めた。それなら迷宮を作った古代人は白い霧について知っていたんだ」
「それに、私が最下層でパレットと相対したとき、奥の通路へ行かせまいとしておりました。魔力の供給を止めることは推奨しない、という言葉も。ということは、その奥に封印室があったのではないでしょうか」
「もしかしたら、その部屋に白い霧を封印する手がかりが残っているかもしれない」
三人ははっとした顔をしていたけれど、カイルはすぐに渋面になった。
「あの霧は魔術をすべて喰うんだぞ。残っているとはとうてい思えない」
「迷宮内に使われていた建材は、あの白い霧に耐性があるようでしたし、あれを封印していたのでしたら、より強固な術式が刻まれているはずです。残っている確率は高いかと」
「たとえそうだとしても、その封印はあの白い霧のど真ん中だ。どうやって行く」
「私が行くよ」
みんなの視線が一斉に集まる中、その視線の一つ一つを見返しながら続けた。
「魔法は試していないだろう? もし封印の術式が残っていなかったとしても、封じ込められないかやってみる」
「確かに、あのリュートは魔法でないと対処できないと言っていましたが……」
「それにドラゴンに戻れば、私の鱗はこの世界でも最高クラスの強度だ。魔法で防護をかさねがけすればちょっとは耐えられると思う」
魔法といってもいろいろあるけど、一口に言えば世界に干渉する力だ。
魔術がかりそめの事象を呼び寄せるのなら、魔法は世界そのものを、法則を生み出す奇跡だ。
ドラゴンの身体も、そんな世界そのもので形作られている。
これで対抗できなかったら、ほかになにが出来るんだって気分だ。
「私も行きますよ」
ネクターが当たり前のように言い出したことに、私は耳を疑った。
「私も少々でしたら魔法が使えますし、あの部屋の正確な位置を知っているのは私だけです。最短距離で案内できるでしょう」
「え、でも危け」
「ラーワを一人で行かせるのはいやです」
真顔のネクターに喰い気味に言われて、どうしたらいいか途方に暮れてしまった。
だけどなぜかカイルもリグリラも仙次郎まで当然だって顔をしている!?
「あなたを一人で行かせるのは、かなり心配だからな」
「危なっかしさは見てられませんもの。重りを一つつけたくらいがちょうどいいですわ」
「ひどいなあ」
私がすんごい情けない気分になっていると、リグリラがざっと腕を振った。
とたん、淡い光に包まれて、ぼろぼろぎみだった夜会服がいつもの服に変化する。
そうして腰の鞭を取って振るえば、ひゅんっと空を裂いた。
「途中の露払いは任せなさいまし。これだけの数がいれば腕が鳴りますわ」
「それがしもお供いたそう」
リグリラの隣にふさりと灰色のしっぽを揺らしてならんだ仙次郎に、私は一瞬不安になった。
だって仙次郎は、すごく強いとはいえ人族だ。
あのおびただしい魔物の群を相手にしてくれというのに、少しためらいがあった。
なのに、リグリラはちらっと仙次郎を見ると口元に笑みをはいたのだ。
「ちょうどいい具合に一級以上の魔物もいるようですわ。いい遊び相手ですわね?」
「うむ、修行の成果を見せるときでござるな」
そうして私の方を向いた仙次郎は、死地に行くとは思えないほど柔らかい表情だった。
「それがしはただの人でござるが、魔物程度であれば何とでもなるでござるよ」
その気負いもなにもない2人のやりとりと、仙次郎の見透かすような言葉に、私は自分の思考が恥ずかしくなった。
リグリラは仙次郎の力量を誰よりも理解して評価している。
大丈夫だと信じている。
仙次郎は無理をしたり、出来ないことをいう人じゃない。
朋輩っていってもらったんだから、私も信じよう。
「そっちは頼んだ」
「まかせられよ」
にっと珍しく好戦的に笑う仙次郎の口元から犬歯がのぞいた。
「じゃ、俺はほかのハンターたちが死なないように誘導するか」
その様子をやれやれといった風に見ていたカイルは、頭に手をやりつつ、私とネクターを振り返る。
「お前らには子供がいること、忘れるんじゃないぞ」
「もちろんです」
ネクターがうなずく後を私が引き継ぐ。
「だってこれは全部、アールと春休みを過ごすためだからね」
にっこり笑ってみせれば、カイルは安心したように笑い返してくれたのだった。





