第3話 ドラゴンさんのハンター仲間
さっぱりしても若干よれた気分の私が、ギルド本部に併設されている食堂兼酒場に戻れば、映写機の前に大勢の人が集まっていた。
壁につり下げられた布のスクリーンに写されているのはついさっきやっていた私とリグリラの試合だ。
技術的に音声はまだだったがフルカラーで動く映像を前に、彼らは侃々諤々の検討会をしているようだった。
「げえっ!? やっぱり炎閃の野郎、魔術を切ってやがる!」
「どうやったらあんなことできんだよ!?」
「魔術攻撃というものには、事象を固定している術式の核があるのでな、それをねらえば、魔術でも切れるのでござるが」
「黒突の兄ちゃんよ、そりゃ言うは易しって奴だぜ」
「そう思う。それがしも切れることには切れるが、あれほど精密にねらってくる魔術をいなせるかどうか……」
「いや、そういう意味じゃなくてよ。普通は見えねえし、見えても切れるもんじゃねえんだって」
「そういうものでござるか?」
あきれた風に言うハンターのおっさんに、ポリポリと頬を掻いているのは灰色の髪をひとくくりにした仙次郎だった。
いつもの着物に袴という格好で座っていて、その胸中の困惑を示すように頭に生える狼耳がひくりと動いてる。
その隣の椅子には画面に見入るアールが座っていて、ほかのハンターおじさんたちに囲まれていた。
「お嬢ちゃん、あの”慈薬”のネクターのこどもなんだって?」
「そうだよ」
「おとうちゃんにほっぽっておかれてさびしくはねえかい?」
「ぜんぜん? とうさまは楽しそうだし、仙にい様もいるし、おじさんたちがかまってくれるもの!」
きらっきらの笑顔で言うアールに、普段子供に怖がられるだけの顔面凶器なおっさんたちが軒並み撃沈していた。
仙次郎も、ちょっと照れた様子で狼耳を動かしている。
「にい様とは面はゆいな。アール殿」
「おう、お嬢ちゃん、甘いものはいらねえかい? おじさんたちがいくらでもおごってやるぞ」
「ううん、いらないよ。ありがとうおじさんっ」
でれでれとするおじさん連中をはにかむ笑顔で打ち落としてから、アールは私が居ることに気づいてぱっと表情を輝かせた。
「ノクトさん、おかえりっ!」
「ただいま、アール。ごめんな。ちょっと話が長引いた」
駆け寄ってきたアールの頭を撫でて、取り囲んでいたおじさんたちにお礼の意味も込めて頭を下げる。
なんかめちゃくちゃうらやましげーに見られているが、まあおいといて。
「仙次郎、ありがとう。アールの面倒見てくれて」
「いいや、アール殿は賢い故、それがしは何もしておらぬよ」
苦笑した仙次郎は、朗らかに続けた。
「それにしてもノクト殿、あのリグリラ殿に快勝なさるとは、さすがでござる」
「そうでもないよ。微妙にいろいろやばかった」
リグリラがぶっ飛んでたから、戦略級魔術を出す前に早く終わらせなきゃとかいろいろ考えたし。
まあその努力は全く意味がなかったんだけどね!
と苦笑したところで、近くにいたハンターの青年が身を乗り出してきた。
「そうでもあるぜ炎閃! ふつうあの怒濤の魔術の嵐の中を平然となんてできねえよ。あれ一発喰らっただけで即死もんだっただろうが!」
「しかも、おまえさんまであれだけの高位魔術を使えるとは知らなかったぜ!? おかげで俺はスッカラカンだ」
「おいっそれは」
「あ、やべ」
しまったという顔をしたおっさんたちに、私はあきれ顔を浮かべてみせる。
やっぱり、どっちが勝つか賭けてたな。
まあ聞かなかった振りをしてやろう。
それでもにこりと威圧的に笑ってみせて、おじさんたちに冷や汗をかかせてやってると、仙次郎がしみじみと言った。
「それに、ノクト殿もリグリラ殿もまだ本気を出しておらなかったでござろう? それがしもまだまだ修行が足らぬと身が引き締まりもうした」
「そうかい?」
「……え、ちょっと待て。あれで、本気じゃ、ねえ、と?」
「本気ではあったよ? でもただの試合だから、やっぱり命のやりとりとは違うだろう。全力を出すのは、魔物を討伐するときだけだ」
ハンターの一人の言葉に応えると、ざわざわ騒いでいたハンターたちが水を打ったように静まりかえった。
「さすがに、第五階級のハンターのやることは違うな」
その瞳には一様に畏怖と敬意が込められていて、ちょっと困った。
ええと、そんなに深い意味があるわけではなくてですね。
ただ単に私たちが全力を出すと、この王都が焦土に変わるからなんですよ?
まあそういうことは説明できないので、曖昧に微笑んでから、ふと気づいてアールに聞いてみた。
「そういえば、ネクターは一緒じゃなかったのかい?」
試合の後ギルド職員に連行される時にはまだ会場は混乱の最中で、ネクターも仙次郎もその場を離れることができそうになくて、ギルド本部の食堂で落ち合うことだけを相談しておいたのだ。
仙次郎とアールが居るのなら、ネクターもいるはずなのだが、見あたらずに不思議だったのだ。
すると、アールはちょっぴり可笑しそうに言ったのだ。
「とうさまなら、会議室で研究者さんとお話ししてるよ」
「え? あー……もしかして」
それだけで察しが付いてしまった私もつられて苦笑した。
「うん。ここにくるまでは一緒だったんだけど、一緒に戻ってきた研究者さんが真っ白になってるのがかわいそうだから、障壁の魔術式の改善点を教えてきますって。そうしたらだんだん白熱してきて、研究者さんにお願いしますって言われて議論してる」
「そりゃあ、終わらないかもねー。徹夜コースかな?」
ネクターも、ヒベルニアで暮らし始めてからは魔術に関する最新の論文をどこからか取り寄せて読んだりして、独自の研究しているらしい。
けど、やっぱり人と議論を交わすのは格別だろうし、研究者としての血が騒いじゃったんだろうね。
あの障壁も、今回は私たちが大暴れしちゃったから壊れたけど、着眼点は悪くなかったし、術式をいくつか組み直せばなかなかいい魔術式に組み上がるんじゃないかとおもう。
……私も、ちょっと参加したいかな、と思うくらいだし。
ノクトでそんなことはできないのを若干残念に思っていると、ギルド本部の奥からリグリラが出てくるところだった。
鉤裂きの服は着替えてきれいに髪も結い上げたリグリラは、顔に傷の治りを早める絆創膏っぽいテープを貼ってはいるものの、いつもの通りに戻っていて、ぐっと華やかだった。
こつこつとヒールのかかとをならしながら歩いてくるリグリラの匂い立つような美人ぶりに、すれ違う男性ハンターたちも思わず見とれている。
「全く、とんだ災難でしたわ」
むっすりとしながら、私たちのいるテーブルにやってきたリグリラは、ちらりと近くに座っていた若い兄ちゃんを流しみる。
「譲ってくださる?」
「は、はい!」
一気にのぼせ上がった若いハンター君が最敬礼で譲った椅子に腰を下ろすと、頬杖をついた。
うわ、さすがリグリラ、一発で席を確保したよ。
美人に許される振る舞いの一つに感動していると、仙次郎が聞いてきた。
「お二方、ギルド長との対話はどうだったのでござるか」
「そうだぜ。俺たちはそれも気になって待ってたんだ」
「あんたとセンジローの決闘を見れなくなると寂しいんだよ」
「どうだ、やめちまえとか言われたのかい?」
おっさんハンターの一人が声を上げるのに、そうだそうだと、同意の声が挙がる。
リグリラと仙次郎の交際をかけた決闘の隠れ蓑として始まった訓練会だったけど、回を重ねるごとに参加者が増えていったのは驚いたものだ。
それでも、楽しみにされている思うとうれしいな。
「とりあえず、合同訓練会は続けてもかまわないと言われましたわ」
「そうかい」
ほっとするハンターたちの間で、リグリラにちろりと視線をなげかけられた私は、その意図を理解して言った。
「けど私は謹慎を食らったよ。しばらくはおとなしくしているつもりだ」
「わたくしは今後も続けたいならいい加減ハンター登録をしてくれとせっつかれましたわ」
「魔装衣の、ねえちゃんが……」
「ハンター登録だと……」
リグリラの発言に、一瞬呆然としたハンターたちは、喜色満面で一気に騒ぎ出した。
「おうリリィの姉御! ぜひうちの”シルバーファング”にきてくれっ」
「いいや、それよりも”サラマンドラ”に! 魔術師が居なくてめちゃくちゃ困ってんだ! リリィさんが居てくれたら百人力だぜっ」
「おいてめえらのランクは第三階級だろ! あの糸操り魔樹を倒した姉ちゃんなら第四階級は堅いはず! 誘うなんざ100年はやいぞ」
「何だと、おまえのパーティだって第三階級の集まりのくせに!!」
つかみ合いの喧嘩になりかけたハンターたちだったが、リグリラが重いため息を付いたことで、黙り込んだ。
「先走らないでくださる? わたくし、これからもハンターとして活動する気は毛頭ありませんの。今回もお断りいたしましたわ」
「そ、そうかい」
「仮に、ハンターの仕事を合同で受けるにしても、せめてわたくしの半分は戦えないと足手まといでしかありませんし。ましてや自分より弱い者の指示で働くなんて考えただけで寒気がしますの。やるんなら自分でパーティーを立ち上げますわ」
「じゃ、じゃあどんな奴とならいいんだよ」
「そうですわね」
弱い、とあからさまに言われた若い兄ちゃんがむっとした表情で言うのに、リグリラは動じなかった。
ハンターたちが注視する中優雅に立ちあがったリグリラは、仙次郎の方に手をかけつつ、私の腕に腕を絡めて微笑んだ。
「これくらい、かしら」
その場にいたハンターたちの表情が、一気にあきらめと納得に変わる。
「そうか、そうだよなー」
「あの人たちにはかなわねえよな。なにせ、最高位と第四階級の二つ名持ちだもんな」
「はかない夢だったな」
「まあ、わたくしもほとぼりが冷めるまで、本業に専念いたしますわ。でも、その前に――」
ハンターの兄ちゃんおっさんたちが一様に落ち込む中、リグリラは戸惑う仙次郎に身を乗り出し、顔をのぞき込むようにして言った。
「せっかく負けてもいい気分でしたのに、水を差された気分ですの。仙次郎、口直しに一戦つきあいなさいまし」
「かまわぬでござる。それがしも、リグリラ殿たちの試合を見て、血がたぎっていたところゆえ、喜んでおつきあいしよう」
「そうこなくてはいけませんわ」
好戦的な笑みで応じた仙次郎に、リグリラが満足そうに微笑むと、私たちのほうを振り返った。
「では、アール、ラーワ、お先に失礼いたしますわ。話は後ほど」
リグリラは私が男性体、女性体どっちでいようと呼び方を変えなかったりする。
まあ、ドラゴンさん=ラーワって名前が広まっているわけじゃないから、ほぼ気分の問題だし、かまわないんだけど。
前になんでか聞いてみたら、なぜか顔を真っ赤にして拗ねられたから、理由はなぞだ。
「ああ、リグリラ、また後でな」
「お姉さま、いってらっしゃい!」
アールが手を振るのに、リグリラが柔らかな笑みで応じたのを見て、何人かの野郎どもが見とれていたが。
その後、ごく当たり前のようにリグリラは仙次郎の片腕に自分の腕を絡めたことに、私とアール以外のその場にいた全員が呆気にとられていた。
仙次郎は後ろを向いていたので表情はわからなかったが、その灰色のしっぽがうれしげに揺らめいたことで、どんな様子なのかは如実にわかる。
「くっそ黒突の野郎」
「リリィの姐さんを独り占めしやがって!」
「いっぺん爆発しやがれ……」
主に独身の男性ハンターの間から怨嗟の声が一気に殺意に変わったことに苦笑した。
たぶんリグリラは仙次郎にギルド長からされた依頼内容について説明してるんだろうなーと思いつつ、リグリラの後ろ姿をきらきらした目で眺めていたアールに声をかけた。
「じゃあ、アール。一応ネクターを見に行ってみるか。たぶん、無理だと思うけど」
「うんっ」
元気に返事をしたアールが椅子からぴょんと飛び降りたところで、奥の廊下からネクターが駆け足でやってくるのが見えた。
「ノクト、アール。すみません待たせてしまいましたか!」
「いや、ちょうど今、アールと様子を見に行こうと思ってたところだったけど、大丈夫だったのかい?」
絶対無理だろうなーと思っていたのでアール共々びっくりしている間に目の前まで来たネクターは、ほっと息をついて笑う。
「大丈夫です。元々私は部外者ですから、改善点だけ提案したら終わりにしようと思っていたんですよ。とりあえず骨格になる術式の思考法をたたき込んできましたから後は彼らだけでできるはずです」
その「たたき込む」という言葉選びに、研究員さんたち大丈夫かなと考えたけど、ネクターがなんだかつやつやした顔をしていたので、まあいいかと思うことにする。
「まあ、それでもあともう少しだけ時間をとってくれないかと言われましたが。予定もありますから、断ってきましたよ」
胸を張って言うネクターが可笑しくて思わず、アールと顔を見合わせて笑う。
「そっか、それは偉かったな。じゃあ私たちもそろそろ」
言ってから、ネクターにだけ、思念話で続ける。
《ついでにちょっとはなしておきたいことがあるんだ。ギルド長からの依頼について》
ちょっとだけ表情を動かしたネクターだったが、目顔で了承すると、アールに声を掛けた。
「お待たせしましたアール。では行きましょう」
「うん!」
アールは私とネクターの間に来ると、両手でそれぞれ私たちの手を握る。
はにかむアールにほっこりしつつ、そうして私たちは並んでギルド本部を後にしたのだった。
「……なあ」
「なんだよ」
「あの女の子、慈薬の娘なんだよな?」
「そのはずだが」
「慈薬と炎閃が並んでるのは何度かみたが、あの子があいだにいるのが、妙に自然だなあと」
「そういえば……。すげえしっくりくるなあと」
「何にせよ。見てるとほっとするな」
「そうだな」