第2話 ドラゴンさんとギルド長
野外訓練場にあふれた極寒と灼熱の嵐は、幸いにもネクターの防御結界が間に合い、観客はパニックの時に転んでけがをした人がいる程度で済んだ。
だけど、研究員が実証データを取っていた調査術式や測定機器が壊滅状態で、ほとんどデータ収集ができなかったらしく、研究員たちは哀れなことに真っ白な灰状になっていた。
そしてやらかしてしまった私とリグリラはどこから聞きつけたのか傷の手当てもそこそこ、ギルド本部にあるギルド長室に呼び出しを喰らってしまったのであった。
「今回は、私たちハンター協会が許可をした、という面ではこちらにも非があると認めましょう」
ギルド長の椅子に座る当代ギルド長は限りなく白い灰髪の髪に、褐色の肌をした壮年の男性だった。
ハンター上りではなく完全実務寄りの人なのだけど、一癖も二癖もある荒くれ物を取りまとめているだけあってかなりの敏腕だ。
私も第五階級に上がるときのあれやこれやで、何度か顔を合わせている。
ギルド長は普段は眉間にしわを寄せているだけなのに、今回はこめかみに青筋が浮かんでいた。
もう、明らかにこれはお怒りのご様子である。
そこで息を吸ったギルド長は、ぎっと応接ソファーに座る私たちを殺意たっぷりににらみつけた。
「ですが、熱くなりすぎて本来の目的である魔術障壁の実地テストを台無しにするのはいただけませんね、お二方!!」
百戦錬磨のギルド長に怒鳴られた私はちょっぴり肩をすくめた。
そのとたん、服について乾いた泥がぱらぱらとと落ちる。
だって、着替える間もくれなかったんだもの。
うーわーこれはまずい感じかなー。
解雇されちゃうかなあ。生活的には大丈夫だとは言え、アールと自分の小遣いを稼げなくなるのは悲しいなあ。
わたしが土をぱらぱら落としつつ乾いた笑みを張り付けていると、隣でむくれていたリグリラが口を開いた。
「耐久テストと、聞いておりましたから、わたくしたちは見せ物になってまで持てる力を持って協力して差し上げましたのに。どうしてとがめられなければなりませんの?」
すみませんで許してくれる様子はみじんもないギルド長に、だけどリグリラは通常運転だった。
「あの研究者たちは戦略級の術式まで耐えられると、自慢げに言っていましたの。わたくしたちが使ったのは戦術級までですわ。責められるのはわたくしたちではなく、耐え切れぬような障壁を組み上げた人間たちに言うべきではなくて?」
全身に鉤裂きや切り傷を作っていても、いやだからこそ迫力美人度が増しているリグリラが腕を組みつつ傲然と言うのに、ギルド長の顔がさらに険しくなる。
「障壁の耐久性能が実際よりも劣っていた面があることは認めましょう。それでも、かろうじて採集できたデータによれば、使われた魔術の魔力の総量は戦略級に匹敵するものと推測されるのですが? 惜しみなく撃てるあなた方には敬服いたしますが、ものの限度というものがあります!」
もしかしたらそうかもなあと思ってたけど、やっぱり戦略級にいってたかあ。
ギルド長は手元の資料をくりつつ、苦虫を百匹ぐらいかみつぶしているような顔で続けた。
「今回の試験で使われていた計測機器は国内に数台しか製造されていない貴重なものです。さらに訓練場をあれだけ荒らせば整備費は膨大な金額に及びます。しかもうちの研究員が今回の件で受けた衝撃で数日は使い物にならない! その損失は計り知れないんですよ、お二方」
「研究員が寝込むのはわたくしたちのせいじゃ……」
「リグリラ」
言い募ろうとするリグリラの名を呼んで制止すれば、むすっとした顔でにらまれた。
いやね、それをいってもしょうがないじゃないか。
ぎゅっと眉間にしわを寄せたギルド長は、私たちをねめつけてさらに続けた。
「ミスモートン。ハンターギルドとしては、あなたの魔術師としての能力はもちろん、魔装衣の腕は何よりも重要な技能でしたが故、黙認して参りました。
”炎閃”ノクトに関しても、最高位のハンターとしてたぐいまれなる魔物の討伐の腕を高く評価してきたつもりです。何よりあなたたちの試みは、ハンターたちの良き交流の場となっておりました。その功績は評価すべきだと思っていますが、今回は目に余ります」
そこで、ギルド長は深い深いため息を付いて、改まった。
「炎閃ノクト、ミスモートン、あなた方にはギルドから指定する依頼を受けていただきます」
「えっ」
私は思わず声を上げたが、ギルド長が一歩も引かずに見極めるような視線に、これが「ペナルティ」であると理解した。
リグリラもそれに思い至ったみたいで、いっそう険しい表情でギルド長にらみつける。
「ちょっと、なにを言い出しますの。わたくしはハンターではありませんのよ?」
「ハンターギルドの施設利用は本来ハンターのみに限っています。それを今まで黙認してきた恩もあるはずです。今後も利用するのであればそれなりの義理も果たしていただかなければいけません」
「わたくしには本業がありますの。それをほっぽり出せとおっしゃるのなら、それ相応の覚悟がおありなのかしら」
「でなければ、今回の計測器や訓練場の補修費用をすべて負担していただきますよ」
そうしてギルド長が読み上げた数字にちょっぴり気が遠くなった。
ええと、うん。払えない額ではないけど、今までハンターとして働いた分の半分以上が吹っ飛んでいくのかー。
「リリィ婦人服飾店」で結構な金額を稼いでいるリグリラでも、ちょっと厳しいんじゃないだろうか。
それが原因かはわかんないけど、リグリラは紫の瞳でギルド長を苦々しげににらみつけながら、ゆらりと立ち上がった。
「このわたくしを脅しつけるなんて、良い度胸ですわね」
いや、自業自得って言うか、要求的には正常だと思うよ!?
そのまま一歩踏み出しかけたリグリラを、私はちょっぴり焦りつつ手で制した。
リグリラ、今さっくり呪いをかけに行こうとしてただろ。
何で止めるなんて表情をしても、それはいけません!
無言でにらみ合って数秒、不承不承ながらソファに座り直したリグリラにほっと息をついてから、ギルド長に向き直る。
「なあ、ギルド長。「あなた方」という言葉に、もしほかの二人を含んでいるのなら無理だ。仙さんはともかく、たとえ短期でもネクターには子供が居るから家を離れられない。仙さんも今受けている仕事がないか確認してからだ。パーティで活動してはいないからそこは了解してくれよ」
「この機会に、あなた方でパーティ登録をしていただきたいものだとは思っておりますが」
あきらめた様子のギルド長に、私は肩をすくめてみせる。
だって、パーティになったら仕事をがつがつまかせるつもりだろう?
確かにできる仕事の幅は増えるけど、仙次郎は結構いろんなところ回ってるみたいだし、リグリラとネクターは本業があるし、私はできる期間が限られている。
なかなか人員がそろわないのにパーティー登録する意味が見いだせないんだよね。
「ミスタカブラギに関しては、事前にスケジュールは確認しておりますし、人選はあなた方に任せますが、それなりの装備でお願いいたします」
その言葉に思わず眉をひそめた。
私たちにいう前から仙次郎のスケジュールを押さえてあるなんて、ただの懲罰依頼じゃない。
というか、あれだけ私たちを呼び出すのが早かったのも、元々ここに呼ぶつもりだったからなのかもしれない。
ともかく訳ありなにおいがぷんぷんする。
私が感づいたのがわかったのかもしれない、ギルド長は牽制するようにひたりと見つめてきた。
「炎閃、これはランク5。つまり、第五階級のハンターとそれに準ずるパーティにしか任せられない仕事なのです。現在王都に滞在中の第五階級はあなたのみです。そしてギルド長である私が直接話している。その意味が、わかりますね」
ギルド長の言葉に、私はギルドの細則を思い出した。
ランク5つまり最高レベルの案件がでた場合、第五階級のハンターは優先して受けなければいけない。
そして、ギルド長から任命された際は、断ることはできない。
断ったら最悪国家一級の犯罪者として、全ハンターから指名手配されるのだ。
たらり、と冷や汗を滴らせる私に、ギルド長は指を組み合わせて続けた。
「万が一の混乱を防ぐために、依頼内容を聞いた時点で依頼を受諾したものと見なします」
「ふうん。つまり、今回の依頼人は上流階級ですのね。情報流出にそこまで神経質になるのはメンツのかかっている貴族や、それとも国、かしら?」
「……ご想像にお任せします」
リグリラの確信に満ちた声音に、ギルド長はそう答えただけだけど、それは肯定しているようなものだった。そうかー。
私は悩んだ末、口を開いた。
「依頼内容について一つだけ聞かせて欲しい」
「答えられる範囲でしたら」
「それは、私が魔物討伐以外をほとんど受けない事を了解した上での依頼なのかい?
今回の依頼に拒否権はないってことだけど、もし内容を知った後でも、意に添わない、または仲間を危険にさらすような無謀な依頼だったら全力で拒否するよ。それなら必死こいて弁償金を払うほうがましだし、全部を敵に回してでも抵抗する」
じっと見つめると、ごくりと唾を飲み込みつつギルド長が答えた。
「……もち、ろんです。むしろ魔物専門ハンターであるあなたにしか任せられないものと考えております」
その顔がひどくこわばっているのがちょっと不思議だったが、了解が取れたことでほっとする。
しょうがない、あんまり気は進まないけどやらかしちゃったわけだし、とりあえず、解雇はされないわけだし。
それに、ランク5が第五階級のハンターにしか任せられないと言うのは、それだけの能力がないと解決できないほどの大規模の被害が想定されていると言うことでもある。
わかっていて見捨てられるほど、私の肝は太くない。
と、半ばあきらめの境地でいる私とは裏腹に、リグリラはまだ抵抗する気満々らしい。
「わたくし、やりませんわよ」
胸の下で腕を組んでかたくなな態度のリグリラに、ギルド長はなぜか私をちらりとみた後、ぼそりと言った。
「……あなたのやってらっしゃる”活動”についてですが」
その言葉は、リグリラの琴線に触れたらしい。
しかもちょっぴり動揺している雰囲気に驚いた。
「……なにか言いたいことでもおあり?」
じろりと紫の視線を投げかけられたギルド長は、その視線を受け止めて言った。
「いえ、今この場で言うつもりはありませんよ。あなたの態度次第ですが。この案件を受けていただけるのであれば、今後ある程度、情報の融通に協力することも考えますが、いかがでしょう」
「……ふうん」
じっとりとギルド長をねめつけたリグリラは、なぜか私をちらりとみた後、肩をすくめた。
「仕方ありませんわね。今回だけですわよ」
「助かります」
そうしてリグリラが承諾したことに、なにが起こったのかわからない私はひたすら呆気にとられるばかりだ。
リグリラの説得に成功したギルド長は、こほんと咳払いして言う。
「では、詳しい依頼内容についてですが……」
「その前に」
遠慮なくぶったぎったリグリラは、当然とばかりに胸を張って腕を組む。
「わたくし、シャワーを浴びてきてもよろしくて?」
「あ、私も」
私もひょいと手を挙げてみせれば、ギルド長はなぜかあきらめたような深く重いため息をついたのだった。





