第1話 ドラゴンさん、魔族様とバトルする
長らくお待たせいたしました。
「魔石編」はじまりますっ!
私はドラゴンである。
流線型の体を覆う黒い鱗はこの世界のどんな物質よりも堅く、前後ろ足の爪は何よりも鋭く強靱だ。
黄金の瞳はその気になれば、一キロ先だって見渡せるし、嗅覚は地球のゾウ並に鋭く、聴覚だって僅かな音の違いも聞き逃さない繊細さ。
さらにさらに、この世界の理を操る「魔法」だって自在に使えちゃう、最強種族の名は伊達じゃない、超高性能なドラゴン様である。
それは本性から人の姿をとったときでも変わらない。
そりゃあ、一度に使える魔力は制限されるけど、体の強度はほぼドラゴンのまま。
ドラゴンの時と微妙に動き方は違うけど、地球で女子大生だった前世を持つ私にとっては、慣れた体とも言える。
そうして運動能力も、五感の鋭さも、魔術能力も変わらないとなれば、たとえフルパワーを出せなくても、そんじょそこらの生き物には負けないのだ。
それでも、気合いを入れてかからなきゃならない相手、というのはいるもので。
春真っ盛りであるバロウ国の王都、ハンターギルド本部の所有する野外訓練場で、私は男性体でせっせと準備運動をしていた。
念入りに体の動きをチェックし、基本型との誤差を修正していく。
やっぱり女性体と男性体では重心や間合いが違うから、頭にたたき込んでおく必要があるのだ。
着ているものは、ノクト用に用意している黒い一式だ。
皮の鎧すらつけていないため、普通の冒険者より見た目は軽装に見えるが、上下、ジャケットに至るまですべて魔装衣だから、そんじょそこらの金属鎧にも防御力は劣らない。
いつもは気分によってジャケットだけだったりするのだが、今回はきちんと身につけた。
とある事情で、人族の体に限りなく近くしているから、というのもあるけど、今回の試合はそれだけの相手だからね。
そうして丁寧に体をほぐしながら、私は周囲をちらりと窺う。
見慣れたギルド所有の野外訓練場だったが、その一角が柵で囲われ、外側ではギルド職員と研究員が忙しく立ち回っていた。
ちょうど、彼らが魔術式を立ち上げるところだった。
数人の魔術師によって起動された術式は、強固な耐衝撃耐魔術障壁をゆっくりと構築していき、私たちのいる柵の中を完全に隔離した。
『お二方、聞こえますか。ただいま、試験用戦略級魔術障壁の構築を完了しました。今回は規模を縮小しておりますが理論上では戦術級の攻撃魔術式でも耐えきれます。この演習は衝撃テストもかねておりますのでご存分にお願いいたします』
「了解」
「わかりましたわ」
自信に満ちた研究員の声が風精に乗ってやってくるのに短く返しつつ、障壁の様子を素早く確認する。
まあ、朝から設置準備をして、起動までに1時間以上かけただけあって、それなりの強度になっているようだ。
これならネクターに待機してもらわなくても良かったかな、と思いつつ、私はだいぶ離れたところにいる細い人影――リグリラに思念話を送った。
《リグリラ、ルールは事前に取り決めたとおりだよ》
《ええ、身体能力も耐久力も人間の肉体機能にあわせて、魔術は人族基準の戦闘級まで。あくまで人族の力量内で行使すること、でしょう。耳にたこができてしまいますわ。それよりも、もう準備はよろしくて? わたくしはいつでも結構でしてよ》
うずうずわくわくといった感じで返してきたリグリラの表情は、えもいわれぬ闘争心に鮮やかに彩られていて、私は思わず苦笑した。
約束してからなんだかんだで間があいちゃったからねえ。
しかもいつの間に話が広まったのか、囲いの外には分析術式を展開する研究員たちとは別に、大勢の見物客が軒を連ねている。
合同訓練会で見るハンターの顔ぶれが大半だったが、なぜか年頃の娘さんや奥さんなど、女性陣も多数である。
うん、訳わからん。
乾いた笑みを漏らしていると、その柵の最前列に陣取るアールが見えた。
「ノクトさーんっお姉様ーっどっちも頑張れー!」
きらきらと瞳を輝かせるアールが大きく手を振っているのに、私も手を振り返し気合いを入れる。
うむ、わが子の前ではかっこ悪い姿は見せられないな。
そうして、審判役(主に周囲の安全確保役)として囲いの内側に残っているネクターと仙次郎に合図を送る。
うなずいた彼らが、障壁すれすれまで下がったのを目の端で確認すると、リグリラが腰から鞭をとるのが見えた。
空を裂く音が聞こえると同時に、複数の魔術行使の気配を感じた。
はじめから本気で行くらしい。
私も、僅かな昂揚を自覚しながら、腰の剣をすらりと抜いた。
*
私の剣はほぼ我流と言って良い。
最近は仙次郎に手ほどきを受けているが、百数十年前にハンターギルドのおっさんたちにたたき込まれた喧嘩殺法や、ネクターにちょっと教えてもらった軍式の対人戦闘術をごっちゃにした感じだ。
本当に修行をした剣士とは雲泥の差がある技量を、ドラゴンの身体能力と五感で強引に埋めている。
そんなわけだから数百年狩り場に身をおき、人型で武芸全般を極めているリグリラに本来なら人型で勝てるわけがない。
それでも良い勝負どころか、勝つことすらできるのは、ひとえに魔術の技量の差だったりする。
普通の生き物だったらどんなに訓練しても、魔力が凝縮し魔術式が展開したときまでどんな魔術がくるかわからない。
だけどドラゴンである私なら、いくら魔術式を隠しても、その前兆を見逃さない。
術式が構築し始めた時点で、どんな魔術なのか一瞬でわかるのだ。
強力でも、巧妙でも、察知して対処できれば、ないのと一緒だ。
気づいた時点で、普通によけたり、解除術式で対抗したり、逆手にとって攻撃手段にする。
だから、人型でリグリラとの真剣勝負の場合――……
『風破弾!!』
唐突にリグリラから放たれた風の弾丸数十発を、私は剣で切り刻んだ。
直撃軌道の弾丸は無力化されたが、すかさず接近してきたリグリラの鞭が飛んでくる。
剣を持つ右腕をねらったそれを、剣を振りぬいた勢いのまま旋回して避けたが、鞭は急に軌道を変えて左腕を捕らえられた。
鞭と見せかけた触手の一本だから、リグリラの意思で自在に変えられるんだよね!
骨も折る一撃は、魔装衣によってしびれるだけにとどまったが、強く引かれる。
体勢を崩しかけるのを踏ん張り、逆に巻き付いた腕ごと強引にふるうことで引っ張り返す。
存外素直に引き寄せられた鞭の先からは、闘争心にあふれた笑顔のリグリラが飛んできて、日の光に鋭く光る剣が振りかぶられる。
ギャリン!!
私が剣で受ければ、たちまち激しい打ち合いになった。
リグリラが接近してきたことで左腕の拘束は外れたが、さすがにリグリラの剣はこちらに息つく隙も与えぬ怒濤の攻めだ。
ちょっとでも離れれば、腕一本ぐらい平気で刈り取る鞭が飛んでくるため、私はひたすら距離をつめる。
細かく剣がかすりつつも、隙あらば負けじと、膝蹴りや拳を繰り出していく。
立ち位置を変え、場所を移し、つかず離れず交錯する応酬は何十分にも及んだ。
次第に外野の声も聞こえなくなり、目の前の剣戟とリグリラの楽しそうな顔だけの世界になっていく。
この没頭した感じは悪くないと思う。
次の剣はどこからくるか。
上か、下か、横か、あるいは鞭か。
こういう決闘は何百回と繰り返してきたけど、リグリラは私に勝つために毎回試行錯誤してきて、攻め手がちがうのだ。
荒事は好かないけれど、それはおもしろいとさえ感じるのは、やっぱりドラゴンだからなのかなぁ。
今日は物理で押し込んでくるのか、と錯覚した瞬間、ぴりっと感じて、あえてリグリラの腹に蹴りを入れることで距離をとった。
リグリラは後ろに飛ぶことで勢いを殺すも、受けた衝撃に苦しげに呼気を漏らす。
それでも気合いで術式を発動させた。
『っ氷針林!』
リグリラの足下からこちらに向かい、大人の腕ほどはある氷の柱が地面から生えてきた。
察知していた私は蹴り飛ばした勢いで空中に逃げていて、それではじめの数本を回避する。
だけど氷の槍は地面からどんどん生えて追いかけてきて、鋭い氷槍の先端がいくつかかすった。
普通だったら、一本でもまともに喰らえば即死である。
容赦ないなーと思いつつ、私は地面に体が落ちる寸前、剣を勢いよく振り抜いた。
『炎流』
魔力を乗せて古代語を紡げば、たちまち炎があふれ出し、氷の槍を溶かしていく。
同時に辺り一面、むせかえるような蒸気が立ちこめた。
視界はほぼゼロになったが、気配で位置はわかる。
私は着地と同時に全力でリグリラに接近した。
蒸気の間から水の刃が飛んでくる。
それを体捌きだけでよけ、進行方向に魔力で足場を作りそれを踏み台に飛んだ。
人影の背後を取った私が蹴り飛ばそうとした寸前、それが違うことに気づき、かわりにその人影を剣で切る。
案の定、ばしゃりと水に戻り、水たまりになったところに着地した私は、音速で繰り出される鞭を地面を転がることで避けた。
全身泥まみれになりつつも、チリッと首筋の産毛が逆立つ感覚を信じて、なんとか魔術式を構築。
そうして晴れてきた蒸気の中で、本物のリグリラは杖代わりの鞭を構え、術式構築を完了させていた。
『水刃乱舞!!』
「いっ……!!」
いや、魔力の感じからわかってたけどっ!!
本気で戦術級の魔術を、しかもフルスロットルで繰り出してきたことに内心ちょっぴり悲鳴を上げた。
リグリラを見れば、楽しくて仕方がないって様子で、瞳をぎらぎら輝かせていた。
あーうん。あれ絶対飛んでるなー……
とまあ考えている間に、おびただしい数の水の刃を含んだ竜巻が迫ってくる。
だが、泥まみれの私も何とか準備を終えていた。
『火焔壁っ!』
古代語を唱えた瞬間 見上げるような火の壁が立ちはだかる。
だが、物騒な竜巻のほうが魔術の格が上なので、ぶち当たったとたん削り取られていったが、進路をそらすことには成功した。
ピシッと、いやな感じにきしむような音が聞こえたがかまわず、再び蒸気が立ちこめる中を走りつつ術式を構築。
音速で振り抜かれる鞭を紙一重でよけ、術式を発動させた。
『闇縛鎖!』
古代語を唱えた瞬間、定義された魔力は暗闇の凝る鎖となって飛んでいき、リグリラの四肢を縛る。
身動きのとれなくなったリグリラだが、私が最後の詰めに迫っても、瞳に宿る闘志は全開だった。
にんやりと血のにじむ唇の端が弧を描く。
『氷結暴風』
紡がれた古代語は発動した本人も巻き込んで、ふれれば凍る絶対零度の暴風を呼び起こした。
というか、私でも泥まみれで濡れ鼠な今は、触れたらただじゃすまないどころか、中心にいるリグリラも割と危ない。
ああもうまさかの自爆ですかこんちくせう!!
早くも体温が奪われていくのを感じつつ、つながったままの鎖を引っ張りリグリラを腕に納めた。
すぐさま私は地面に剣を突き立て、素早く術式を構築する。
『烈火旋風!』
叫ぶと同時に私とリグリラの周囲を渦巻く炎の旋風によって守られ、凍死寸前の環境は常夏に変わった。
ふうとその場に腰を下ろすと、腕の中のリグリラがうぞうぞとうごめいていた。
「ま、まだですわよ、まだやり……うにゃっ」
「はい、おしまい」
私は目をぐるぐるさせて鎖をほどこうとしていたリグリラのおでこに、でこぴんをかました。
時々手刀になったり、ほっぺを引っぱったりになるけど、これが”遊び”の引き際という合図になっているのだ。
最後の最後までヤれば、リグリラはもちろん無事じゃ済まないし、私も腕の一本や二本覚悟しなきゃいけない。
何より周囲が焦土に変わる。
それにこういうことができるときはたいてい、リグリラの”詰み”だしね。
「うう、今回も私の負けですの。せっかく、途中まで変わり身に引っかかっていましたのに!」
「水の刃でのフェイントはうまかったけどねー。その後の術式展開が派手だったから。と、いうか、戦術級の魔術使った時点で反則負けじゃないか」
「あら、でもこの試合の表向きの目的は魔術障壁の耐久試験ですもの。甲種戦術級までなら許容範囲と言ってましたし、むしろ使わないと失礼でしてよ」
「しれっといわない」
「いたっ!」
正当化しようとするリグリラに今度はチョップを落とす。
涙目になったリグリラが不本意そうだが、おとなしくなってくれたので、鎖を霧散させる、と。
ぴしり、
甲高い耳鳴りのような嫌な音がして、リグリラとそろってその方向を見た。
すると炎の間からなぜか蜘蛛の子を散らすように離れていく観客が見えて。
そしてその手前にはなにやら見ている間にも罅が増えていく試験段階の魔術障壁が。
しかも吹雪も炎も収まってないわけで。
バキンッ!!
「あ」
「あら」
目の前で見事に砕け散った障壁の隙間から、絶対零度の暴風と火焔流があふれ出していく光景に、私はたらりと冷や汗をかいたのだった。
ギルドでアルバイトを始めて数年ちょっと。解雇の危機かもしれません。





