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「ドラゴンさん!Ⅱ」発売記念番外編~狐の少女は夢を見る~

こちらは、書籍版「ドラゴンさんは友達が欲しい!Ⅱ精霊喰い編」発売記念番外編です!


※単品でも楽しめるようになっておりますが、よろしければ書籍版挿入の書下ろし「子ドラゴンたち、お見舞いを作る」の後に読んでいただけるとよりほのぼの度が増すかと思われます。




応援してくださった方、そしてご購入いただいた方、本当にありがとうございました!

 



 暖かい温もりに包まれながら、美琴は故郷の地で駆け回っていた日々のことを思い出していた。


 山深く、森深く、濃密な緑と魔の気配に囲まれた故郷は、森と里の境界が明確なバロウとは違い、森の深淵と混じるように里があった。

 里人の大半は都へ出稼ぎに出ていて、帰ってくると皆その土地の珍しい食べ物を持ち帰ってくれた。

 幼かったころはそれを姉と一緒に食べながら、出稼ぎ帰りの里人から話を聞くのが楽しみだったのだ。

 

その中でも丸ボーロは美琴と姉が兄と慕った人がよく持ち帰ってくれたもので、特に姉がとても気に入って何度もねだっていた。

 だから、美琴にとって丸ボーロは、姉を思い出す懐かしい味だった。

 丸ボーロのふんわりとして、それでいて弾力のある触感。

 お腹いっぱいになった美琴が姉の膝を枕にころんと転がると、姉は行儀が悪いとたしなめつつも、しっぽを美琴の上に置いて頭をなでてくれた。

 暖かいその手が幸せで、はじめは寝たふりをしていても、あっという間に睡魔に飲まれてしまったものだ。

 いまも、髪をなでてくれる感触がとても鮮明で、気持ちよくて、このまま、ずっとまどろんでいたい――……


『おねえちゃん……』


 つぶやいた瞬間、美琴はその手が”姉”のものではないことに気づいた。

 わずかに鮮明になった意識で見知らぬ部屋の匂いをかぎ取り、一瞬どこにいるのかわからず混乱する。


「ん……?」

「あ、美琴。起きたのかい?」


 その柔らかな声に、美琴は跳ね起きた。

 美琴が恐れ多くも枕にしていたのは、美琴の奉じる神々よりも格上の竜神、黒火焔竜の化身である女性だった。


「エルヴィーたちは先に帰ったよ。君は疲れているだろうから、ゆっくり眠らせてあげることにしたんだ」


 そこで、美琴はエルヴィーたちとともに後輩であるアールの家にお邪魔したこと。そこで体調の優れない美琴のためにアールとマルカが作ってくれた丸ボーロを食べたことを鮮明に思い出した。

 が、それ以上のことが、全く思い出せず、美琴は素早くソファの上に正座をすると座りながら伸びをしている女性に向かって深々と頭を下げた。


『宅にお邪魔したにもかかわらず、眠りこけあまつさえ膝枕していただくなど、客人として余りに非礼な振る舞い。まことに申し訳ありませんでした!!』

『うん、そうくると思ったよ……』


 あまりにも焦ったせいで、思わず自国語でしゃべってしまったにも関わらず、かの方は少し困ったような様子でも、東和国語で応じてくれたことにますます申し訳なさが募り、ソファに頭がめり込む。

 謝罪の姿勢を維持しつつも後悔はつきない。

 なぜソファの上に正座をしてしまったのか、謝るのであれば、むしろ床に座して頭を下げるべきだったというのに。穴があったら入りたいとはこのような気分のことを言うのであろうか。


『ええとね、美琴。顔上げてっていっても無理だろうからそのままで聞いてね。むしろ、今まで気づかなくてごめんね。とても高度な術式を使ったのだから、まだ体ができあがっていない君にはとても負担がかかっていたことに思い至らなかった』

『いえ、わたくしの未熟さ故のことです。御身が気になさることでは』

『美琴』


 改めて呼ばわれた美琴は、びくりとして言葉を止めた。

 しっぽが勝手に膨らむのがわかる。

 狐族の獣人である美琴は尻尾や耳で感情を悟られぬように幼い頃から訓練を重ねているのに、この黒竜の化身の前では、そんなことすべて吹っ飛んでしまう。


『私にとって君は、アールによくしてくれる先輩だ。さらに今では親友を助けてくれた恩人でもある。体調崩していたら心配するし、できることがあれば力になりたいと思うんだ。君にとって私は雲上の人かもしれないけど、気にしないでくれ、といわれるのはさすがにちょっと寂しいよ』


 思わず顔を上げると、黒竜の化身は困ったようにほほえんでいた。


『ああ、やっと顔を上げてくれたね』


 たったそれだけで嬉しげな表情になった黒竜に美琴は困惑する。

 本当に、なぜ、こんなに温かい言葉をかけてくれるのだろう。

 温かくて、暖かくて、ずっとそばにいたくなってしまう。

 まるで、姉みたいだ。


『あ、そうだ、君が寝ている間に、ちょっとバランスが崩れていた体内魔力の循環を少し整えてみたのだけど調子はどうかな』


 そんな風に気楽に問いかけられた美琴は、驚くほど体がすっきりしていることに気がついた。

 最近感じていた魔力欠乏が原因の体の倦怠感や、思考のぼんやりとした感覚も綺麗に霧散している。

 自身の気の流れを軽く精査すれば、まるで儀式前に何十日もかけてやる禊ぎの後のように、これ以上ないほど最高の状態で保たれていることがわかった。


『すごい……』


 高位の巫女でもここまでの治療はできるかどうか。

 いや、美琴が眠っていたのはほんの数十分のこと。この短時間でここまで体に無理なく整えることなど姉にもできまい。

 その精密で迅速さに思わず敬語も忘れて感嘆していると、耳と耳の間に手が乗せられた。


『ん、大丈夫そうだね。もしまた調子が悪くなったらうちにおいで。私はいない時もあるけど、この家の中はネクター用に魔力を濃いめに安定させているから、少しいるだけで楽になると思う。たぶん、美琴ちゃんが眠くなったのも、ここの魔力が心地よかったからだろうと思うし』


 その細やかな配慮に、美琴は呆然と尋ねた。


『なぜ……そのように、優しくしてくださるのですか。出会ってまだ数日ですのに』

『そういえばそうだったね。でも、かわいい女の子が言葉も違う知らない土地で頑張ってるのを見たら、力になってあげたくなるものじゃないかい? ましてや、かわいい女の子だし』


 あっけらかんと言われた美琴は、唐突に、東和の言葉をまともに話すのがひどく久し振りだったことに気づき、思わず涙ぐみかけた。

 使命を果たすことに夢中で、それほど郷愁を感じなかったと思っていたが、努めて感じないようにしていた部分もあったのだと、認めざるをえなかった。


『ありがとう、ございまする』

『どういたしまして』


 おかれた手が耳に触れながら髪を滑っていく感触が気持ちよくて、思わず目を細めた美琴は、この手が眠っている間ずっといたわってくれたことを知る。


『もしかして、ずっとなでてくれていたのでしょうか』

『ああ、まあ魔力を整えるときにちょっと。美琴ちゃんの尻尾はふかふかで気持ちいいね』


 幸せそうなかの竜の言葉に、美琴は思わず赤面する。


『えと、その……』

『え、何かまずかったかな』

『狐や狼の風習ではし、尻尾に触れるのは、愛情表現の一種でして。特におなごの尻尾は親族や、す、好いた殿方にしか触らせないものですので……』


 しどろもどろになってしまったが、意味は通じたようで、かの竜の顔が見る見るうちに真っ赤になる。


『ああ、えと、勝手に触っちゃって、ほんっとごめんね! これって完全にセクハラだよね。もふもふしてて気持ちよさそうとか目の前でかわいく揺れてるからって触っちゃだめだよね! ええと、私は記憶は消せないけど、その記憶だけほとんど思い出しにくくなるように封印、しようか。たぶん、できると思う』


 所どころ意味がわからなかったが、最後につけられた言葉の本気を感じ取った美琴は、慌てて否定した。


『そ、そんなそこまでする必要はございません! わたくしもその眠ってしまうほど気持ちよかったわけですし、姉さまに撫でられていたみたいでとても安心したので、ま、また、撫でてくだされば』


 思わず心の声まで漏れてしまい、美琴ははっと口を押さえたが、竜の化身はほっとしたように息をついてくれた。


『そうか、よかった。ところで、さっきも寝言で「おねえちゃん」っていってたけど、お姉さんがいるのかい?』


 寝言で口走っていた、という発言に、尻尾が一気に膨らんだ。

 恥ずかしさで死にそうである。

 穴を掘りたい。切実に埋まりたいと思いつつ、火照る顔のままうなずいた。


『は、はい。姉が一人。故郷で巫女をしております』

『へえ、美琴ちゃんと同じ?』

『いえ、わたくしよりも遙かに高位につき、重要なお役目を果たす身です。姉さまを支えられるようになることがわたくしの目標です』

『そっか、偉いなあ』

『留学の手引きをしてくれたのも、姉なのです。姉が期待してくれた分この地でいっそうの勉学に励まなければなりません』


 そして、使命を果たさなければ。

 改めて決意を固めた美琴は、むんと密かに拳を握る。

 と、外がすでに暗く黄昏の時を迎えていることに気づいた。

 そうだ。ここにきたのは午後の早い時間だったが、それなりの時間を過ごした上で美琴は眠っていたのだから、そういう時間でもおかしくない。

 門限が、危ない。


 たらりと冷や汗をかいた美琴が、なにを考えているかわかったらしい。

 かの竜も窓の外を見つつするりと立ち上がった。


「そろそろ帰った方がいいだろうね、大丈夫。送ってあげるから、門限には間に合うよ」


 西大陸語に切り替えたかの竜にあわせて、美琴も言葉を切り替える。


「すみ、ません、迷惑かけます」

「いいんだよ。あえて起こさなかったのは私たちなんだから。もし、間に合わなかったら寮監さんには私が謝るから」


 理不尽なことでは怒らないが、恐ろしく怖いシルフ寮のミセスアマンドの怒る姿を想像して少し震えていた美琴だったが、その言葉に少しばかり救われた気持ちになる。


「あ、みこさん。マルカと沢山作った丸ボーロ、持って行ってください!」


 玄関へ行く途中でひょっこり顔を出したアールに、袋いっぱいに入った丸ボーロを渡され、思わず尻尾が揺れてしまう。


「ありがとう」

「えへへ、どういたしましてです! また明日!」

「ん、また明日」


 今すぐつまみたくなる衝動を抑えていたが、それでも耳と尻尾が踊ってしまう。

 ふと見ると、黒竜の化身と、亜麻色の髪の青年が、寄り添うのが見えた。


「じゃあちょっと行ってくるね、ネクター」

「ええ、お気をつけて」


 何気ない会話だったが、そうして寄り添う姿はとても自然で、甘やかな空気を感じた美琴は、思わず赤面した。


「ん? どうした美琴」

「なんでもない、です」


 こういう風に思える人を、見つけられたら、と思わないわけではない。でも、美琴がそれを考えるのはすべてが終わってからだ。

 そうして黒竜の化身とともに温かな玄関から寒気吹きすさぶ外へ出る。

 もはやあたりは暗く、宵闇に近い刻限に間に合うのか、と思いつつ、黒竜の背中を追っていると、人気のない空き地のようなところで、くるりと振り返った。

 その金の瞳はいたずらっぽそうに細められ、なにやら含む表情だ。


「じゃ、ちょっとごめんねー」


 どうしたのだと思わず丸ボーロの袋を抱きしめると、いきなり軽々と横抱きにされて驚いた。

 そうして響く、力強い羽ばたきの音。


「んじゃ、しばらく空の散歩といきますよー」


 喜々してつぶやく黒竜の化身が言う「間に合わせる方法」が、空中移動であると理解した頃には、美琴は空の住人となっていた。




 **********



 なりふり構わず衣にしがみついていたのは、本当に短時間だった。

 あっという間に空の旅は終わり、美琴にも見覚えのある寮付近の林の中にたどり着いていたのだが、おりたとたん、その場にへたりこんでしまった美琴は悪くないと思う。


「あ、えと、その、そんなに怖がるものだとは思わなくて」


 慌てる黒竜の化身の声が聞こえたが、今ばかりはそのままでいい気がした。


「はじめに、言わないの。ひどい、と思う」

「……うん、はい。ごめんね」


 美琴も、まるで夜空に広がり始めた星に手が届きそうで、途中からちょっと面白いなと思う部分もあったから、それでまあいいかと思う。

 そろそろと立ち上がった美琴に、あからさまにほっとした顔をする黒竜の化身を、美琴は本当に不思議に思う。


 美琴はあの精霊を降している間も、おぼろげながら意識はあり、アールやもう一体ヴァスの行使した技の一端をかいま見、その途方もなさに改めて畏敬の念を抱いたものだ。

 彼らの果たしている役割からすれば、美琴のようなものにもっと高圧的に出ても良いはずなのに、かの竜には全くそんなところがない。

 美琴の知る多くの神々のようにヒトを愛玩するのではなく、まるで対等の者のように扱うのだ。

 はじめは戯れ、もしくは美琴を試しているのかと思っていたが、本当に自然に振る舞って、そのようであるらしいのだ。

 こうして美琴が文句を言っても素直に謝られてしまうほどには。

 美琴の知る常識なら、この時点で、首を斬られてもおかしくないと言うのに。


 違和感はまだ拭えない。

 長年染み着いた価値観で、恐れを感じる。

 美琴の巫女としても感覚も、隠していてもわかるこの霊圧のすさまじさに、すぐさま膝を折りたい気分になる。

 でも、それでも。許されるのであれば。


 この朗らかなヒトの望むように、気安い間柄で居たいとも思うのだ。


「……あの」

「なんだい?」


 なかなか去らない美琴を、金の双眸が優しく見つめる。


「また、東和の言葉。話しに行っても、いい?」

「もちろん。むしろ私の方からお願いしたいくらいだ」


 勇気を出してようやく紡いだ言葉に、かの竜は当然とばかりにうなずいた。

 その嬉しげな様子に、美琴もちいさく安堵する。


「実は一人、東和国の友人が居てね。言葉はその人から教えてもらったんだよ。いつか、美琴にも会わせるね」

「東和の人?」


 現在東和国と西大陸間ではようやく定期便が行き来しようとしているところだった。

 こちらに来ている東和国人はそう多くないはずである。

 その第一便でやってきた美琴と際一緒の船に乗った人は全員顔見知りだ。それ以外の人物、とは、誰だろうか。

 一瞬、脳裏によぎる顔があったが、まさかそれではあるまいと打ち消す。


「楽しみに、してる」

「じゃあ、おやすみなさい」

「はい、おやすみなさい。えと、その」

 美琴は、また少し躊躇したが、思い切って口にする。



「ラーワ、さま」



 言ったとたん、反射的に肝が冷えるのをやり過ごし、そっとかの人の顔を窺うと、それは嬉しげに顔をほころばせていた。


「……うん。ありがとう美琴」


 受け入れてくれた。名を呼ぶだけで喜んでくれた。

 こみ上げてくる感情のまま勢いよく頭を下げて、全速力で寮まで駆ける。

 風を切る様に走りながら、尻尾が喜びに勢いよく揺れているのを感じていた。



 

 その後、ぎりぎり門限に間に合った美琴は、昂揚している頬をミセスアマンドに訓練をしていたのではないかと勘違いされ、一生懸命言い訳することになるのは余談である。





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