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第29話 ドラゴンさんはお子様たちにほっとする

 



「いったいどういうことだろうね」


 なんだか色々疲れたドラゴン会議の後、ダイニングテーブルに集まった中で私がぽつりと言えば、この数日、家に居候しているカイルが答えた。


「今回の魔力異常を助長させたのはドラゴンたちだが、魔導施設を復元し、俺の杖を盗んで放置した犯人は別にいると言うことは確かだな」

「考えてみれば、今の今まで全く他種族と交流をもってなかったドラゴンたちが、君の杖を盗むなんてことを頼める人が居るわけないんだよね」

 

 あの中では私ですらコミュニケーション能力が飛び抜けているのだ。

 そんな彼らが、人型をした何かを先兵に仕立てるなんてことできるわけがない。

 あの騒ぎで後回しになっていたが、カイルの杖を盗んだ犯人についてはいまだ不明でなんにも解決していなかった。


「お待たせしました!」


 カイルと黙り込んでいると、キッチンから上機嫌なネクターが朝ご飯を持ってきた。

 思いっきり言いたいことを言ってすっきりしたらしい。

 鼻歌まで歌ってる。


「つい作りすぎてしまいましたが、カイルも居ますし、大丈夫ですよね?」


 照れたように笑うネクターが並べたのは、よおく煮込まれたスープと黄金色のオムレツだった。

 今日もすごいおいしそうだなあとついうきうきしていたのだが、スープをのぞき込んだカイルが微妙な顔になった。


「……ネクター、こいつに使われている肉って」

「あ、それは御師様から送られてきたワイバーンですよ! 明日あたりはしっかり挽き肉にしてハンバーグにしてみようと思ってます。楽しみにしていてくださいね」


 にこにこ笑顔のネクターの言葉を聞いた瞬間、かごに山盛りに盛られたほかほかパンのふんわりっぷりに怨念を感じた。

 ネクター、怒り、収まってなかったんだね……


 カイルと一緒に顔をひきつらせることになったけど、ネクターが不意に真剣な顔で言った。


「先ほどの言葉ですが、もう一つ疑問がありますよ」

「なに?」

「どうして、その犯人が魔力異常の中にカイルの杖だけ置き去りにしたのかです」


 そうだ。一番の謎はそこなんだ。


「他の魔道具は一切戻ってきてないんだもんね」

「正直俺も目覚める前は記憶が曖昧でな。俺を持ち出したのがどんな奴だったか覚えていないんだ」


 カイルは困ったように頬を掻いていたが、思い出したように続けた。


「ただ、『仲間になってくれ』と言われたような気がする」

「どのような仲間になれというのでしょうか」


 ネクターがスープを器によそりながら考える横で、私はふと気づいた。


「そういえば、カイルが精霊化する条件が異様に整ってたよね。偶然なのかな」

「まさか、犯人が意図的にカイルを精霊化させようとしていたと?」

「だって、表面上ものだった杖に話しかけてるんだろう? 可能性としてはあり得るんじゃない」

「だが、ラーワ殿、どうして精霊化させようとしたんだ」

「それは、まあ、同類だから、好意で、とか」

「仲間になれと言うのを拒否したのにか?」

「え、したの?」

「たぶん、な」


 本当に記憶が曖昧らしいカイルの返答に、言い出した私も自信がなくなってくる。

 そうだよね、断られたのにそこまで骨を折ることはないか。


「ところで、ラーワ。アールの姿がないようですが」

「ああ、今日から学校だから、着替えてくるって部屋に引っ込んだんだけど。ちょっと遅いね。見てくる」


 ネクターに尋ねられて、ちょっぴり心配になった私はアールの部屋へいく。


「アール、朝ご飯できたって」

「あ、うん」


 その元気のない返事にとともに、おずおずと扉があけられた。

 制服に着替えていないアールの、その表情は明らかに浮かない。

 何となく理由はわかっていたけど、あえて聞いてみた。


「どうしたの?」

「……学校に、行くのがこわい」


 服の裾をぎゅっと握りながら、アールがささやくように言ったのに、私は言い聞かせるように答えた。


「アールの姿を見た人はエル君と美琴だけだよ。アールが魔術を使えるっていうのも、マルカちゃんとイオ君しか知らない。アールは前と同じように学校に通えるよ」

「エル先輩たちに会うのが怖いんだ。かあさま」


 今にも泣きそうな顔で訴えるアールの頭をなでてやる。


「大丈夫だよ。エル君はドラゴンである先輩を受け入れてるんだ。アールのことを嫌いだなんていわないよ」

「でも……」


 言ったきり、アールは黙り込んだ。

 たぶん、アールはそういうのはわかってるんだろう。

 でも、心がついてこない。

 きっと大丈夫だという淡い期待もあるけど確証はない。

 実際会って確かめることが恐ろしい。

 自分の思い違いだったら?

 拒絶されなくても、距離を置かれたら?

 不安は、考え出したらきりがないのだ。

 こればかりは私がどんなに言葉を尽くしても意味がない。

 アール自身が、乗り越えなきゃいけないことだ。


「とりあえず、アール、朝ご飯食べよう? オムレツ食べてからでも遅くないよ」

「……うん」


 だから、私はそのことにはふれずに、アールをダイニングに促した。

 ネクターとカイルもアールの異変には気づいたようだが、何もいわずにいつも通り朝ご飯を食べ始めた。

 うふふ、このパンの白いところ、絹みたいになめらかな食感でおいしいなあー(遠い目)

 ネクターの愛情たっぷりのパンを口に運び、スープを飲んだりしてると、家のベルが鳴らされ、来客を知らせた。


「あれ、お客さん?」

「あ、私行ってくるねー」


 アールが不思議そうに顔を上げる中、私がいそいそと立ち上がって、玄関を開ければ、予想通りの子たちがいた。


「待ってたよ。来てくれてありがとう」


 思わず微笑みかけると、肩にミニチュアサイズの先輩ドラゴンを乗っけたエルヴィーは驚きに固まっていた。

 傍らには不思議そうにするマルカちゃんもいる。


「ああ、現実では初めまして、私はアールの母親のラーワです。以後よろしく!」

「あえ、えと、母親?」

「うん、そう。母親」

「お兄ちゃん、どうしたの?」


 訝しげに見上げてくるマルカちゃんにエルヴィーが言いあぐねる。

 あーそうだよねえどこから説明して良いかわかんないよねえ。


 とりあえず私から説明してみようかと口を開いた矢先、後ろからあわただしい足音がして振り返れば、驚きを顔に張り付けたアールが立ち尽くしていた。


「エル先輩、マルカ。なんで……」


 エルヴィーは奥から出てきたアールを見て取ると、落ち着きを取り戻したようだった。

 腰に手を当てて、言う。


「おまえを迎えに来たに決まってんだろ」

「そうだよ、アール! 学校今日からだよ!」

「でも……ぼく、ヒトじゃ、なくて、いろんなこと隠していて」


 途方に暮れているアールに、エルヴィーは何を当たり前のことをと言わんばかりの顔で言った。


「どうでも良いよ、そんなこと」

「先輩……」

「アールは、アールなんでしょう?」

「マルカも、知ってるの?」

「うん、お兄ちゃんとヴァスに聞いた。ミコト先輩とイオ先輩も知ってるわ」


 アールが驚きに目を見張ると、エルヴィーの肩に乗る小さなドラゴンが首を上下に振った。


「肯定。回答した」

「先輩、あっさり言い過ぎ」


 私が呆れてると、先輩は不思議そうに首を傾げる。

 その間にエルヴィーはアールに近づくと、ぽんと頭に手を置いた。


「俺が知ってるのは、アール・フィグーラっていう天才無自覚問題児の後輩だ。マルカの同級生で、俺の友人でもある。おまえがドラゴンだったとして、それが変わるのか?」

「……っ!!」

「わたし、アールがいないのは寂しいよ」


 エルヴィーにいたずらっぽく言われたアールは息をのみ、微笑むマルカを見て金の瞳を潤ませた。


 嬉しくて、ほっとして、あふれる感情をどうして良いかわからないようだった。

 でも一つ、確かなのは、今、この瞬間、アールに大切な友達ができた、と言うことだ。


 私までなんだが嬉しくなって涙ぐむアールと照れ臭そうに笑うエルヴィーを眺めていたが、そのエルヴィーが視線を下にやって、戸惑った表情になった。

 自分が何を見ているのか、分からない風だった。


「……アール? お前、その、服」

「はい?あ、そーだ、ぼくまだ制服に着替えてない! 先輩、マルカちょっと待ってて!」

「っいやそうじゃなくてそうじゃなくて!!」


 はっとしたアールが裾をひるがえして奥へ引っ込もうとするのを慌てて引き留めたエルヴィーは、動揺も露わにその問いを口にした。


「おま、なんでスカートはいてるんだ!?」


 リグリラお手製の若草色のワンピースを着ているアールは、目をぱちぱちとさせた。


 あ―そうだよねえ。アールは制服は男物だもんねえ。

 実際はアールはというか私もなんだけど、性別は不定だ。

 だから、入学の前にアールにどっちにするか聞いて、制服のズボンがかっこいいから、という理由で学園には男の子として登録していた。


 だけど、アールのクローゼット(と、いうか衣裳部屋)にはリグリラが作った子供服が男女問わずぎゅっと詰め込まれていて、アールはその時々でズボンとスカートを選ぶのが日常だった。

 でもそーいえば、まだ男はズボン、女はスカートって感じだったなあ。

 ましてや男の子がスカートはくなんてことはなかったわあ。


「なんでって、可愛いから、ですけど」

「いや、お前男だろ!?」

「男の子は、スカートはいちゃいけないんですか?」


 本気で不思議そうな顔をするアールにエルヴィー君は天を仰いでいたが、どことなく耳が赤い。

 おろ?


「とってもかわいいよ! アールっ」

「えへへ、ありがとうマルカ」

「マルカっどうして普通に受け入れてるんだ!?」


 無邪気に笑っていたマルカは、エルヴィーを見上げると呆れたように言った。


「なんでって、アールと仲良くなったのは、リボンを直してもらったのがきっかけだもん。それに初等部の女の子の間ではアールに髪を直してもらうのが人気なのよ? アールがドレス着てても全然不思議じゃないわ」

「髪結いはとうさまがかあさまにやってるのを見て覚えたんだー」

「あはは、そっかあ」


 照れたように笑うアールに、私はちょっぴり赤面する。

 いやあ、自分でやると一つにまとめるくらいしかないから、時々ネクターにいじってもらうんだよねえ。

 我が家で一番女子力高いのはネクターだと思う。


「それにアールはドラゴンだから人族の価値観を当てはめるのはおかしいわ! お兄ちゃんは頭がかたい!」

「そうか、そういうものなのか……?」


 胸を張るマルカに、エルヴィーはたじたじになりつつ、ちらりと、アールを見る。


「先輩、ぼくには似合いませんか?」


 こてりと首をかしげるアールが上目遣いで見つめる姿は、親のひいき目なしでも文句なしに美少女だ。

 亜麻色の切りそろえられた髪と、あどけない顔立ちは中性的な魅力に変わっている。

 すぐさま目をそらしたエルヴィーは早口で言った。


「と、とりあえずアール、制服に着替えて来いっ」

「はーい?」


 目を合わせてもらえないアールはちょっぴり残念そうにしつつうなずくと、肩に乗っていたミニドラな先輩が首を持ち上げた。


「エル。問、心音が上昇。理由は」

「な、何でもねえから! そういうことは指摘しないでくれ!」

「承、諾?」


 不思議そうな先輩が黙り込んで、ほうとようやく息をついたエルヴィーに、私は思わずにやにやっとしてしまった。

 これは、もしかするともしかしちゃいます?


「そうだ、二人も上がっておいで。きっと朝早くて食べられてないだろう?

 アールは朝ごはんがまだなんだ。学園には、食べてから行っても間に合うだろう?」


 にまにましながら声をかけると、わたしの正体を知っているエルヴィーはまた硬直した。

 逆にマルカちゃんはそこまで考えが至らないのか、初めてあがる他人の家に遠慮しつつ見上げてくる。


「いいんですか?」

「もちろん」

「マルカ、おいで! とうさまにオムレツ焼いてもらおう!」


 耳を澄ませば、卵がフライパンで焼ける音がする。

 うん、ネクターも立ち聞きしていたな。


「ほら、エル君もおいで、会わせたい人もいるし」

「エルヴィーよ、何をためらっている」

「い、いやだって黒火―――」

「エル君?」


 ネクターをまねてにっこり笑って見せれば、エルヴィーはちゃんと言葉を止めてくれた。

 えらいえらい。やめてっていったの覚えてくれてたんだね?

 顔をひきつらせたエルヴィーだったが、卵の焼けるいい匂いが漂ってくると、エルヴィーのおなかが思いっきり主張した。


「……お、おじゃまします」

「はい、どうぞ。あ、先輩も料理、食べてみる?」

「人族の習慣。体験、望む」


 そうしてエルヴィーとマルカちゃんをカイルに引き合わせたら、二人とも興奮した体でお礼合戦となり、さらにカイルが自分のひいおじいさんであること知ったとたんエルヴィーが硬直し、学校に遅れかけるという一幕があったが。


「行って来ま―――すっ!」


 こちらに大きく手を振ってからエルヴィーたちと学校への道を走っていったアールの笑顔は、とても晴れやかだった。




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