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【番外編】お正月だよ、ドラゴンさん!

あけましておめでとうございます。そういえばお正月話は書いたことないなあとふと思い立って書いてみました。お正月に間に合ってよかった。

お年玉としてご笑納いただけましたら幸いです。


 私はドラゴンである。


 なんやかんやあって蝕もぶったおし、アール達の子供もすくすく育ち、平和な日々の中、私達は精霊樹のある島の我が家でのんびり過ごしていた。

 そんな時に、美琴から正月を一緒に過ごさないかというお誘いがあったのだ。

 東和国の正月は是非楽しんでみたいと思った私は、真っ先にうなずき、せっかくだからみんなで集まろうと誘った結果、都合のついたみんなが東和にある美琴とイエーオリ君の家にお邪魔していたのだった。


「これで決めてやりますわ」


 リグリラの宣言が、東和国の冬空に響いた。

 私がほけーっと見守る中で、深みのある紫の振り袖が宙を翻る。

 絞りに東和での古典的な赤の椿が咲き乱れるのは、何ともリグリラらしいチョイスだ。

 しかし見事なフォームで羽子板が振るわれ、羽が剛速で美琴へと向かう。

 だが美琴はきらーんと瞳を輝かせた。


「甘い、です!」


 美琴の鳳凰が舞う橙色の振り袖が鋭くはためき、かこーんと小気味の良い音が響いて羽が打ち返された。

 勿論リグリラは対応しようとするが、羽は途中で変則的に方向を変え、合わせようとした途端、着物の裾が絡んでワンテンポ遅れる。

 その間に羽は地面に落ちてしまった。


「くっ!」

『私は着物に慣れておりますれば、八百万の神であろうと遅れは取りませぬ』


 ふふんと得意げな美琴は墨と筆を構えると、悔しげに膝を屈するリグリラへにじり寄った。


『さあ、たとえ神々のひと柱であろうと、勝負の約定は守っていただきますよ』

「わたくしとて、勝負事の約束は守りますわ。くっ好きになさいっ……え、そんなに? ひゃっ……」

『さあ、もう一勝負いきましょう!』

「この屈辱を晴らさないで終われませんわっ!」


 ぎゃーすぎゃーす言い合いながらまたバトル羽根突きを始める美琴とリグリラを、私は乾いた笑いを漏らしながら眺めた。


 その傍らではカイルと仙次郎が杵と臼で高速餅つきを繰り広げている。


「せいっ」

「ほい」

「はっ」

「ほい」

「ふんっ」

「よっと」


 カイルが杵を振り下ろして、仙次郎が返し役をやっているのだが、手元が早すぎてまったく見えねえ。

 せっかく東和なのだからと二人とも着物にたすき掛けだから映えるんだけどね。


「……エルヴィー俺たちは俺たちのペースでやろうな」

「……そうだなイエーオリ」


 早すぎてまったく見えない彼らの手さばきに着物姿のイエーオリ君とエルヴィーが黄昏れながら、もう一個の杵と臼でお餅をついていた。うん、堅実がよいぞう。

 そんな彼らのかたわらで、アールとマルカが餅用の桶を準備して待っていた。


 アールは鮮やかな赤と生成色の市松模様に花を散らしたモダンな印象の振り袖だ。

 今でも中性的に見られるアールだけど、今回は女の子らしい印象になっていた。

 対してマルカちゃんは深緑色に黒と茶のさし色が入った大胆な振袖だった。帯に橙色を持ってきて可愛さも忘れないのがマルカちゃんらしい。


「そうだよお兄ちゃん。今日は特別な日なんだから、怪我をしてもつまんないもの」

「疲れたら僕、代わりますからね」

「むしろ代わって! わたしもやってみたかったの」

「面白そうだよね」


 子持ちになっても相も変わらず仲良しなマルカとアールも振り袖にたすき掛けをしているからやる気満々だ。とはいえエルヴィーは晴れ姿な彼女たちの格好に渋い顔をする。


「いや、せっかく借りた服なんだから、おとなしくしてろよ」

「ヴァスに汚れないようにしてもらうもの。ね、良いでしょうヴァス」


 マルカが柔らかい声で問いかければ、砂色の髪を無造作に流したヴァス先輩はこくりと頷いていた。


「ヴァス、マルカをあんまり甘やかさないでくれよ」

「正月を楽しむマルカの補助。問題なしと思われる」

「もう20年以上夫婦やってるのよ。大丈夫よ」

「まったく、俺はなんでうまくやってるのかわからねえよ」

「私にはアールとお兄ちゃんがうまくやってる理由がばっちりわかるわ」


 からからと笑うマルカに、エルヴィーは肩をすくめる。

 そんなエルヴィーにアールがおかしそうに笑っていた。


 せっせと座敷に暖房の魔術式を仕込んでいた私は、お正月とはいえ、久々のいつも通りの光景になんだか嬉しくなって笑ってしまう。


 ちなみにアールとマルカの子供であるカロルとシルトはシグノス魔導学園の高等部に上がったが、「いま迷宮攻略の大詰めだから行けない!」と連絡があってここにはいない。

 お餅食べたい!って叫んでいたからなるべく来るつもりではいるみたいだけど。

 まあ、少し前にイエーオリと美琴に会っているからいいんだけどね。

 もう親離れしちゃうのは寂しいなあと思うけど、成長なんだからしかたがない。

 その代わりに、テンと真琴があとで来ると言っていた。


 帝さん達からは行けない代わりに、豪華なおせち料理や振り袖と帯が届けられ、みんなで思い思いに選んで袖を通しているのだった。

 着付けは服飾に関しては百戦錬磨のリグリラがぱぱぱっとやってくれたものだ。

 東和でも、袖の長い着物は未婚や若いお嬢さんの晴れ着らしいんだけど「華やかな方が楽しかろう」という帝さんの言葉だ。

 と言うわけで、私も青みの強い水色の振り袖に袖を通していた。

 差し色に赤の花が咲いているのが落ち着いていて一目で気に入った。

 黒の帯を合わせるのはさすがリグリラ、趣味が良い。


 そんな私がせっせとお座敷に暖房の術式を仕込んでいると、台所にこもっていたネクターとベルガが冷気を引き連れて戻ってきた。のだが。


「ああ、ほっとしますね。温かい。ありがとうございます、ラーワ」

「あネクター、ベルガ。お雑煮のつゆできたの……って多!?」


 二人はその両手に鍋を持っていたのだ。

 ちなみにベルガは、思いっきり手伝いたいからと、振り袖ではなく幾分袖が短いタイプを選んでいた。クリーム色に、手まりが弾む柄模様はおめでたくて可愛い。さらに割烹着がいい味をだしてるグッジョブ。

 ただいくら人数が多いとはいえ、計4つのお雑煮つゆってどうしたんだ……?と思っていると、ベルガが楽しそうに言った。


「使用人さんに聞いたら、東和でも各地で使われるスープや調味料が違うらしいんです。せっかくだから、全部試してみたくて筆頭と沢山作ってみました。もちろん、帝様に頂いたおせちも準備しますね」

「わあお、じゃあ私も運ぶの手伝うよ。ネクターは廊下、寒かっただろう」


 ネクターは急激に寒くなると動きが鈍くなるからなあ。


「台所は暖かいですし、あなたが施してくれた防寒の術式のおかげで縮こまるほどではありませんよ。ですがおせちを運ぶのを手伝っていただけませんか。帝様からいただいたものが、とても多くて」

「筆頭、私はおつゆの仕上げとおもちの手伝いに行きますね」


 つき上がったおもちの山に右往左往しているカイル達をみたベルガの申し出に甘えて、その場を任せた私はネクターと台所へ向かった。


「で、ネクターそんなに見られるとちょっと恥ずかしいんだけど」


 私を上から下まで眺めていたネクターは、ちょっと不思議そうな顔をしていた。

 着替えた私を褒めちぎってくれたのだが、まだ足りないのか? また私を褒め殺すのか?


「その、改めて見ますと意外な選択だったなと思いまして」

「着物のこと?」

「ええ、いつも赤や白や黒を選ばれるので、水色は意外だったな、と。いえラーワの新たな魅力を発見できて私としては万々歳なのですが!」


 おう、やっぱりネクターはいつも通りだった。

 まあ確かに、以前東和国に来たときも赤い着物だったし。

 私も最初はアールが着ている赤いやつでも良いかなって思ったんだけど、これ見つけたらこっちにしたくなったんだよなあ。

 理由と言えば。


「だってこれ、ネクターの瞳の色じゃない? せっかくだから着てみたくなったんだ」


 リグリラなら私に似合うようにコーディネートしてくれると思ったし、そのとおり可愛くしてくれたもんなあ。

 けっこうお気に入りになんだとにまにましていれば、ネクターが薄青の瞳を丸くして、ぼんっと真っ赤になった。

 あれ、変なこと言った?


「私の色を身にまとってくださったということ、ですか」

「あ、え、そーか。そういう、ことに、なるね?」

「ありがとうございます」


 今さらこっぱずかしくなってきた私も、ネクターと同じくらい赤くなる。

 微妙な沈黙がおりる中。先に赤くなっていたネクターが微笑んだ。


「あなたに教えていただいた、お雑煮のつゆも準備しましたよ」

「ほんとかい! 楽しみだなあ」


 東和国のお雑煮は全体的に、ちょっと中華っぽい雰囲気なんだよな。

 懐かしさはもうほとんどないけれど、こうして再現してくれると嬉しいものなのだ。


 そうしてネクターと一緒にお雑煮の鍋を座敷へ持っていったのだが、顔にばってんとまるを大量に書かれたリグリラに、涙目で迫られた。

 傍らでは、同じくらい墨まみれになった美琴が仙次郎の腕をつかんでる。


「ラーワダブルスを組みますわよ! なんとしてでも勝たなくてはいけませんわっ」

「仙にい組む、よ!」

「いやそれがしが混ざるのは」

「ラーワとならば何があろうが負けることなどありませんわ!」

「その前にお雑煮食べてからにしようよ。つきたてのお餅めっちゃおいしいんだから! ほらとりあえず墨を落として来な、リグリラ、美琴」

「必ずこの屈辱を晴らして見せますわっ」


 ぐぬぐぬと角を突き合わせるリグリラに、その場にいる全員が苦笑していれば、空から飛来してくる影があった。


「おい待て早まるな、俺はまだ行くって言ってないぞおおおお!!!」

『何言ってんのゼクスさん、攻略祝いに打ち上げやるって言ってたじゃない! それがちょっと遠い場所になっただけよ』

「あきらめて、ゼクスさん。カロルは一度決めたら絶対に押し通すの知っているよね。それに僕の両親もゼクスさんに会いたがってたから」

「シルトつまりそれは古代神竜と緑の癒し手だよな!? 俺の心臓が持たねえぞ!?」

『黒熔竜のおばあさまと万象の賢者のおじいさまにまで会ってるんだからいまさらでしょ。あ、おばーさまーおかーさまー! おもちまだ余ってるー!!??』


 全身炎のように赤いドラゴンが空中でほどけ、外見13,4歳の燃えるような赤毛の女の子と、16歳ほどの毛先が緑に染まった砂色の髪の男の子。そして古傷の走る顔を盛大に引きつらせている冒険者と言った雰囲気の男性が庭に下り立った。

 どうやら迷宮探索を終わらせて特急でやってきたらしい。さすが火の玉なカロルだ。


「あ、カロル間に合ったんだね。ちょうどつき上がったところだから、手だけ洗ってらっしゃい」

「わー! おかあさまたちとっても綺麗! あたしの分もある!? あとで着替えさせてねっぜったいよ!」


 にぎやかに喋る赤髪の女の子、カロルがごついブーツを脱ぎ捨てて母親であるアールに案内されて去っていく。


「やあゼクス、以来だね。うちの孫たちがお世話になってるよ」

「あ、ああ、久しぶりです。黒熔……ノクトさん。あれ、ラーワさん」


 砂色髪のシルトは迷宮探索仲間のゼクスを、両親であるマルカとヴァス先輩に紹介していた。

 私も、ゼクスとは万鋼の洞という迷宮で攻略競争をした仲なのだが、相変わらずカロルたちと楽しく攻略しているみたいだ。

 今回の攻略は聞かずともカロルが話してくれるだろうから楽しみにしていよう。



 腰が引けているゼクスも引っ張り、カロルとシルトも混ざってわいわいと席に着く。

 そうしたら、当然とばかりに私に視線が集まった。


 え、私が音頭を取るの?

 ま、まあいっか。

 何百回とくり返しているけど、毎回毎回に何かが違う。

 でもこうして平和に迎えられる今が嬉しい。


「明けましておめでとう。今年も楽しくすごそうね」


 私は、席に着く家族と大事な友人達を見回して、にっこりと笑ったのだった。





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