第18話 ドラゴンさん、可能性を垣間見る
おそらく世界初の多種族会議は、いよいよ本題に入った。
「まず今、解決しなきゃいけないのは、蝕の侵攻を阻むこと、蝕の流出を止めること、蝕を払うこと。この三つだ」
私が視線を向ければ、ネクターが進み出てきて中央の地図へ手のひらをかざす。
ぽうっと灯る赤い光の点は地図全体をまんべんなく網羅していた。
そうして西大陸と東和国を隔てるようにある一番広い海の中央あたりに、深い青の光点が灯ったところで、ネクターが説明を始めた。
「私たちが調べたところによりますと、現在蝕の流出の起点となっているのは、神に干渉された要の竜達です。蝕の総量は不規則に増減を繰り返しているものの、確実に増えております。現在の地表は、ラーワの関わった土地を中心に浸蝕を免れておりますが、このままでは最長でも一週間しか持ちません」
「蝕の流出を止めるのが急務、でございますね」
真琴の言葉に、ネクターはうなずいた。
「そこで、皆さんにお願いするのは、現在、蝕と土地の境界付近に出現している蝕の魔物と、蝕の流出源となっている、要の竜を神より切り離すことです」
ぱっと、地図が消え、そこに現れたのは、デフォルメされたドラゴンと人の模型だった。
視覚に訴えた方がわかりやすいというカイルの助言で作ったのだけど、魔術による幻影とはいえすごくSFめいてるなあと思う。
「そういうわけじゃなかったんだが……」とあとで微妙な顔をされたのはおいといて。
「現在は神によって支配されているドラゴンですが、ドラゴンネットワークによってラーワの影響を受けてもいるのです。そのため、ラーワの魔力と蝕を払う術式を込めた弾丸を、魔術銃によってドラゴンへ撃ち込むことで、影響をより強くし、支配から解放できると考えました」
これを提案したのはネクターで、方法はベルガが考え出した。
「現在無事な地域の近くを知行地としているドラゴンは、3体。ひとまずはこのドラゴンたちを解放すれば、飛躍的に生存確率は上がると思われます」
バロウとヘザットの王様がそれぞれ難しい顔をする中、真琴がそっと声を上げた。
「それは、わたくし達、巫女と守人にお任せください。神々と契約したわたくしたちが要の竜へたどり着いて見せましょう」
「だが、我が東和では、つい先日に蝕の大災害があったばかりだ。自国の結界を維持する巫女達を残す必要もある。濃霧の中で妖魔と会わないともかぎらん。要の竜ともなれば、抑えられるのは1体だろう」
「残り2体……」
帝さんが付け足した言葉に、難しい顔で悩み込むバロウ王とヘザット王が私を見た。
「残りの2体は私の仲間が受け持つよ」
私の脳裏に浮かぶのは、迷いなく引き受けてくれたベルガとカイルの二人と、必死に懇願してきたエルヴィーだった。
そう、バロウに一番近いところに知行地を持っているのは、ヴァス先輩なのだ。
『俺はあいつの友達ですから。助けるのは俺の役目です』
いくら何でもそれは無茶だ、と思ったけれど、彼の意思は固くて途方に暮れた。
そしたらリグリラが面白そうに言い出したんだよなあ。
『その銃を撃たなければならないのが面倒だと思ってましたの。ですから、わたくしと共に来なさいまし』
その思わぬ提案には驚いたけれども、さっさと決められちゃったんだよなあ。
「とはいえ、ここまでだ。私は別にやることがあるから、レイラインの破壊によってあふれている魔物や、蝕から現れる白の妖魔の対処は君たちに任せなきゃいけない」
そんな顛末を思い出しながらも私が続ければ、イーシャが難しい表情で言う。
「ラーワ様、私たちとて、できるならば自分たちの手で自国を守りたい想いがあります。ですが、東和国の秘術を使えない我々では白の妖魔を倒すことすら困難です。蝕の濃霧の中を抜けることすら不可能の中、どうやって止めるか」
そう、アドヴェルサの目覚めから2日たって、蝕の白で構成された魔物たちが現れ、ゆっくりとまだ侵されていない地域へ侵入してきていた。
今確認されている数はそう多くないものの、人里近くまで現れている。
浸蝕が思うように行かずに攻め手を変えてきたのだと思うけど、実際の理由は不明だ。
現在は、対蝕用の防護壁と東和から派遣されてきている守人達のおかげで人里だけは守れているけど、時間の問題だ。
だから、私たちは考えた。
「その代わりに、現在活動中の人々が蝕に呑まれないようにする術式を発動する。普通の魔術でも蝕に対抗できるようにする術式だ」
どよめきの声に応えて、ネクターが中央の幻影を変えたから、それに合わせるように続ける。
「東和の神懸かりの術式を世界規模に広げて、蝕の濃霧に触れても問題ない状態を創り出す。その間は魔術も蝕の魔物に効くよ。エルフの方々にはその手伝いをしてもらうことになっているんだ」
エルフ代表であるアイーハナさんは視線が集まってもどこ吹く風で、ただゆるりと頭を下げた。
彼女たち独特の技術が今回やろうとしていることにぴったりとはまったのだ。本当にエルフの人たちが起きていてくれて良かった。
それを見たイーシャは詳しく聞きたそうだったけど、気を取り直したみたいに胸に手を当てた。
「ならば、私どもでもお役に立てましょう。魔物の露払いはお任せください」
「も、もちろん我らの魔術師集団も参戦する」
穏やかに軽く頭を下げたイーシャに対抗するように、ヘザット王も声を張り上げた。
何であれ、その心意気はありがたいのだけど、ひとつ釘を刺しておかなきゃいけないことがあった。
「けどそれも、1日が限度だと思う。その間に私は蝕の元を、アドヴェルサを止めに行く」
「短期決戦と言うことですね」
バロウ王の声が重々しく響く中、今まで黙っていたドワーフの代表が声を上げた。
「ようするに、俺らに頼みてえのはその魔術銃と、術式刻印を施した弾丸か」
「その通りだ。設計図はすでに引いてある」
ドワーフの視線の先にいるのはカイルがうなずけば、むっすりとしながら指で机を叩いた。
金属を扱うもの、鍛冶の技術は何よりドワーフが得手としていると聞いた。
なにせ、私の鱗を細かく砕いて染料にして、触媒として刻み込んだ代物なのだ。
弾丸に使われている金属も扱いに技術がいるものの上、術式彫刻自体がもの凄く複雑な代物になる。
ついでに弾丸を撃ち出すための魔術銃も専用の物を用意しなくてはいけなくて、どうしてもドワーフたちの協力が不可欠だった。
ヒベルニアも、バロウ全土でも、この弾丸と撃ち出せる魔術銃を作れる人は少ない。
「よこせ」
ネクターが用意していた設計図は、ベルガが引いたものだ。
ドワーフの代表は設計図にざっと目を通して、眉間にしわを寄せるのに、私はさらに言った。
「一定の魔力があれば誰でも撃ち出せるようになってる。けど、その分術式が高度になっていて、弾丸一個を作るのに1週間がかりなんだ」
一定の魔力ってやつも一流の魔術師に限られるし、撃ち出せても当たるかどうかはその人の修練次第だ。
それでも生の術式を一人で発動させられたのは真琴だけだったのだから、弾丸は考えうる中で一番現実的な手段だった。
「末恐ろしいもの作りやがる。その日数は、そこのエルフの坊主が言ったのか」
にらまれたイエーオリは、びくっとしながらも、真剣な面持ちでうなずいた。
「試作品ですが、それだけかかりました」
「……ふん、この術式彫刻を彫れちまうとはな。だが、俺たちなら3日で仕上げてやらあ」
ふん、ともじゃもじゃに生えたひげを撫でながら言ったドワーフ代表に、私は肩すかしを食らわされた。
え、それってつまり、やってくれるってこと?
「ついでに、ラーワってぇ言ったか。その蝕ってやつを殺す武器は、普通ので大丈夫なのか」
「その、蝕はただの物質だと消滅してしまうから、戦う人たちには、魔力を付与する技術を教えようかと思ってたんだけど」
「つまり、魔力を通しやすい材質が良いんだな。用意してやらあ」
「ありがたいけれど……ちょっとこれからもう少し話があるんだけどっ」
さっさと椅子から降りて、のっし、のっしと出口へ歩いて行くドワーフを私は慌てて呼び止めた。
のだが、振り返ってくれたドワーフ代表は、鼻をならすばかりだ。
「んな難しいこと、俺には分からん。んならとっとと仕事に入った方が効率がええ」
身もふたもないことを堂々と言い切るドワーフに、その場にいる全員が絶句する中、彼は、イエーオリ君を見た。
「それにな、ガキに荒削りでもあんな良いもん見せられちゃ、黙っている訳にゃあいけねえよ。おう、イエーオリって言ったか。時間がねえ、仕事を教えろ」
「は、はいっ」
イエーオリ君が長い耳の先まで真っ赤にしながらうなずいた。
好きな機械いじりをするためにイエーオリ君はシグノス学園に入って、ドワーフの生徒と折り合い合わずに同好会を立ち上げた部分もあったのだという。
どうしたって、彫金や、魔術機械はドワーフに軍配が上がる中、何より嬉しいことだろう。
イエーオリくんの技術は素人目で見ても、お店で売れるようなレベルに達していたから、私も嬉しい。
「ゴズマ。工房へ案内してやるから、待て」
「助かるぜ、カイル。退屈すぎて鎚が握りたかったところだ!」
がはがはと笑いながら、カイルとイエーオリと共に退室していったのを見送ると、もう一人、さっさと立ち上がったのはグストゥだった。
「俺ももういらねえな、黒熔竜。人間とのけいやく?ってえもんをやるように同胞達に言って聞かせなきゃなんねぇんだ。白い魔物に手出しできねえのに気が立ってる輩を防衛にかり出すって鬼畜生なことやらせやがって」
「契約は、防護術式がない間に君たちが消滅しないために絶対必要なことで」
「分かってるよ。こっちはこっちでやるからよ、ぜってえあの翅海月だけはよこすんじゃねえぞ!」
必死の形相で言うグストゥには、西側の魔族達の折衝を全部受け持ってもらっていた。
魔族達だって、この世界がなくなれば一蓮托生とは言え、最後の最後まで戦い抜ければおっけいと考えかねない彼らを、グストゥは説得して回ってくれているのだ。
肉体言語もまじるけど、東側の魔族とも積極的に交流しようとしてくれているらしい。
カイルが人族の折衝で手が割けない中、自主的にやってもらっているのはすごく助かっている。
まあ、それは、過去に全力でトラウマを植え付けられたリグリラに出てこられちゃ困るって部分も多分にあるんだろう。私も言われた仕事はやるから絶対来るなって言われたし。
西側の魔族達に、協調はできなくても、共闘をしてもらえそうなのは彼のおかげであったのだ。
「グスちゃーんありがとうねえ。終わったらたっぷり良い舞台見せるから」
「だからグストゥだ!」
ひらひらと手を振るアイーハナさんに憤然としながらも去って行くのを見送ったのだが。
もしかしてもしかしなくても、ドワーフ代表のゴズマさんも、グストゥも体よく逃げた?
「あんなに、気安く話すものなのですか……魔族は」
「神々はどこでも一緒というわけか」
同じことに思い至ったほかの出席者が唖然としたりうなったり、苦笑したりするけれど、そんなに悪い空気じゃなかった。
すでにそれぞれの役割を理解して進めてもらっていて。なにより退出していく彼らも、「世界を救う」という同じ目的で動いていることを理解しているからだろう。
やっていることは違うけれども、同じことを成すために向かおうとしている。
それが不思議で、でも無性に嬉しくて。
まぶしげに見つめていれば、ネクターがそっと寄り添ってくれた。
「これを、守りましょうね、ラーワ」
「うん」
今このときだけの光景で、終わってしまえば儚く消えてしまうのかもしれないけれど、また百年先、二百年先には当たり前の風景になっているかも知れないなあ。
そんなことを思いつつ、私は会議をまとめるために、ふたたび口を開く。
「じゃあ、詳しい打ち合わせだけど……」
そして紆余曲折あったけれど、全世界で初めてになるだろう多種族会議は無事に終わり、決行日はすべての準備が終わる予定の三日後になったのだった。





