【転生吸血鬼さんコラボ番外編】転生ドラゴンさんはお昼寝がしたい 後編
午後はほかの二人で回せるからと、サツキさんにお休みをもらった私は、アルジェとクズハちゃんにサクラノミヤを案内してもらうことになった。
こちらに来てからは生活に慣れるのであっぷあっぷだったから、まともに街に出るのは今日が初めてだ。
「ラーワさんもせっかくこちらに来られたんですから、楽しんで頂きたいんですのっ」
クズハちゃんはぴこぴこと狐耳を動かしながら、私とアルジェの手を取って、早く早くといわんばかりに引っ張っていく。
途中で別の場所に滞在しているフェルノートさんとも合流した。
「ラーワさんはどう? ここには慣れた?」
出会ったときは殺気立っていて怖くすら思える様子だった彼女だけど、誤解が解けた今は凛とした美人だ。
茶色の髪を片側でくくり、引き締まっていながらも起伏にとんだ肢体は女性的だし、こうして気にかけてくれるのも彼女の真面目でやさしい気質が現れているのだろう。
なにより騎士っぽい雰囲気は、私の周りにはいなかったタイプで新鮮だった。
「うん、みんなよくしてくれるから、何とかなってるよ。ありがとうフェルノートさん」
「ならよかった。この間メイに行った時も、あなただいぶ店員ぶりが板についてたものね」
紫と金の瞳を和ませる彼女だったけど、ふと思い出すように笑み崩れる。
「それにしても、あの時のアルジェのメイド服は良く似合ってたわ……銀の髪が紺のワンピースに映えて、まるで妖精のようで、しかも頬真っ赤に染めて恥じらってたのが可愛かったのよねえ」
「フェルノートさん」
にまにまと笑み崩れるフェルノートさんは心底幸せそうだったのだけど、アルジェに呼ばれて振り返ったとたん硬直していた。
赤く染まった頬を隠すようにうつむいたアルジェは、消え入りそうな声音で訴える。
「あんまり、言わないでください……」
「ぐはっ」
フェルノートさんはこらえきれなかったように声を上げると、鼻の下を抑えてうずくまった。
「だ、だいじょ」
「アルジェちょっと前から可愛すぎでしょ、いつからそんな女の子っぽいはぢらいを覚えちゃったの私心配過ぎるわよ……!?」
少々うろたえた私だったが、フェルノートさんからそんな早口のつぶやきが聞こえて、生ぬるい気分に変わった。
たしかに、普段あんまり表情が変わらない彼女が恥じらう姿はすごくかわいらしい。
とはいえ、フェルノートさんのこれはちょっと引くけど、ネクターの反応に似ていて親しみが湧いたりもする。
……たいがい私もネクターに毒されてるかもしれない。
ともあれ私がゆるーくほほえんでいると、クズハちゃんがアルジェとフェルノートさんの間に割って入った。
「さ、アルジェさん、ラーワさん日が暮れてしまいますわっ。観光にまいりましょっ!」
「っ私も行くわっ。このために王道観光ルートを調べてきたんだから」
どこかむっすりしたクズハちゃんがアルジェと私の手を取ってずんずん歩くのを、フェルノートさんが慌てて追いかけて並んだ。
その姿はなんだか張り合っているようにも見えるけど、どこか気安くて。
私は一緒に引っ張られてるアルジェに、こっそりと問いかけてみた。
「クズハちゃんとフェルノートさんって」
「はい、仲良しなんです」
「「どこが!?」」
まったく同じタイミングでこちらを振り返るクズハちゃんとフェルノートさんがおかしくて、私は大いに笑ったのだった。
そうして、フェルノートさんが雑誌で仕入れた王道名所めぐりが始まった。
途中、四つの塔に囲まれた戦国時代のお城のような建物を前に、クズハちゃんとアルジェは微妙な顔をしていたけど、ともかく、町中をきゃいきゃいまわるのはたいそう楽しかった。
そして、私はおすすめスポットだという街の外れにある広場で呆然と見上げていた。
風に舞って、薄紅色の花びらがふわりと舞い、柔らかな香りを運んでくる。
この世界にきて驚くことばかりだったけど、これは極めつきだった。
「さくら、だ……」
前世で慣れ親しんだ、満開の桜の木が今目の前で咲き誇っていた。
この独特の花をまた見られるとは思っていなくて、私は言葉を失って立ち尽くす。
「ラーワさん、どうかした?」
「あ、いや、うん。すっごく懐かしくて」
フェルノートさんに声をかけられて、我に返った私がしどろもどろに応えれば、紫と金の瞳を細めた。
「そう。喜んでくれたのなら何よりだわ。じゃあ私たち、何か食べられるものを買ってくるから」
「私もおともしますわ! ラーワさんはアルジェさんと待っていてくださいな」
なんだかほほえましそうな眼差しに赤面しつつ、フェルノートさんとクズハちゃんを見送った私は、またぼうっと桜を見上げた。
サクラノミヤって名前が、本当に桜を表しているとは思わなかったけど、もう一度見られるとは嬉しいものだ。
前世では綺麗だな、と思うだけで気にもとめなかったのに、今はすごく懐かしさといとおしさがこみ上げてくる。
「ラーワさんは、この花を知っていたんですか」
だから、そうやってアルジェに声をかけられてびっくりした。
失礼だけど、なにせどこでも暇があればすぐに眠る子である。
傍らを見れば、私の隣に座る彼女は、眠たげながらも赤い視線を不思議そうに投げかけていた。
「ずいぶん昔にね。これと同じ花がどこにでも植わってる場所に住んでいたことがあるんだ」
前世の話なんだけど、この表現で良いだろう。
「行事ごとがたくさんある時期に咲くから、桜咲くとか桜散るとかいう慣用句も生まれてね。すごく身近な花だったんだよ」
懐かしみながら話せば、アルジェはなぜか驚いたように目を見張った。
「桜咲く、は合格、桜散る、は不合格。ですか」
「そうだけど。あれ、なんで……?」
こういう慣用句は文化が違えば、その背景を説明しなければ分からないたぐいのものだ。
なのに、アルジェはあっという間に言い当ててみせて、おやっと思う。
そういえば、ご飯を食べるときにアルジェが使った「いただきます」という言葉を、クズハちゃんもフェルノートさんも使っていなかった。
私は別の世界から別の世界へ転生したのと同じように。
もしかして――……
問いかけようとした矢先、私の高性能な耳が、人の悲鳴を拾った。
間髪入れずに吹きすさんだ強風に顔を上げれば、上空に皮膜の翼を広げて飛翔する何かがいた。
全身は黒い鱗に覆われて、長い首と流麗な尾を持ったそれは、どっからどう見ても巨大なドラゴンだった。
私たちが立ち上がる間にも、お花見にきていた人々が逃げていく。
「ユグドラシル級のドラゴンですね。ラーワさんと会った付近で目撃情報があったんです。真相を確かめるために、調査のお手伝いをしていたんですよ」
黒い鱗とか、ドラゴンってところとか、特徴は同じだ。
ただ向こうの方がかなり凶悪な外見だし、ごつごつしている。
それにしてもなんか、気配がすっごく妙というか、うーん。
だがこいつを見て、出会ったときにフェルノートさん達はすんごく険しい顔をしていた理由がよく分かった。
「たしかに、ちょっとよく似て……」
「似てませんね」
言いかけたのだけれど、アルジェが当たり前のようにつぶやいたのに面食らって、ちょっと照れた。
ちゃんと違いを認めてくれるって、散々勘違いで苦労した身としてはすんごく嬉しいものなのだ。
「ギャアアアァア!!!!」
けれど、そうしている間に、耳障りな咆哮をあげたそのドラゴンは、口から淀んだもやをはき出した。
勢いはないものの、そのもやに当たった桜が、見る間に散ってしおれていくのに驚いた。
同じようにお花見にきていた人々も、そのもやを吸ったとたんその場に倒れてしまう。
甘やかな花の香りで満たされていた空間に、腐臭が混じった。
「毒かっ!」
あっという間に地獄絵図となった広場を前に、私はむかむかと怒りがわいてくるのを感じていた。
あの毒竜が弱らせてから食事にするのか、住みやすい環境にするのか分からないけど、このまま野放しにしていたら、サクラノミヤに被害が出るだろう。
快く迎えてくれた喫茶店の人たちが傷つけられる。
ここでは魔法が使えなかったけど、魔術は問題なく使えた。
何より私には、あの毒竜に劣らない強靱な四肢と翼がある。
けれど、目の前には毒に苦しむ人たちや逃げ遅れている人たちがいた。
どちらを優先すればいい。
迷う私の横から、銀色の女の子が進み出た。
「せっかく良いお昼寝の環境だったのに……きれいになあれ」
紡がれた望みの言葉は、膨大な魔力を伴って、一気に広がった。
とたん、暗いもや状の毒の霧が押し流され、倒れていた人はおろか、しおれていた花々も活力を取り戻す。
そのでたらめな術式……こっちでは魔法というそれに、あっけにとられて銀と赤の女の子を見れば、アルジェはほんの少し表情を引き締めて言った。
わずかな変化だけれど、赤の瞳には意志が宿り。
「ここは大丈夫です。ラーワさんは」
「任された、秒速で片付けてくるっ!」
「ひゃんっ!?」
私がその場で人化を解きドラゴンに戻れば、かわいらしい悲鳴をあげながらアルジェに尻餅をつかせてしまった。
ぱんつは白かー。うんめちゃくちゃごめん。
心の中で謝りつつ、私は一気に羽ばたき、空の住人となる。
こうして間近に毒竜を見てみれば、体は大きいけど言葉は通じなさそうで、ただその眼差しにはひたすら敵意と食欲を宿していた。
もしかしたらこっちにも私みたいなドラゴンがいて、何か手がかりになるようなことを教えてくれるかと思ったんだけど、だめそうだ。
いきなり眼前にやってきた私に毒竜は燃えるような眼差しを向けてきたが、そんなのにひるむ私じゃない。
だって、ここじゃない異世界とはいえ、私は世界の分体。最強種族なドラゴンなのだ。
使えない魔術はないし、この牙と爪と尻尾は何者にも負けない。
ならば、やることは一つだけ。
「さあ、お仕置きの時間だよ?」
ごつごつの毒竜を見定めた私は、にやっと笑って飛び出した。
いやあ、大変だった大変だった。
ユグドラシル級?だったかのドラゴンを桜林の外へ叩き落として倒した私は、若干へろっとした気分で地上へ戻っていった。
もちろん大した傷なんてつかずに完勝だったのだけれども、やつの吐く毒のブレスを若干吸い込んじゃって気分が悪い。
元の場所に降り立てば、すでに腐臭は霧散して、枯れかけていた木々は勢力を取り戻していた。
しかもすでに次のつぼみがほころんでいるのもある。
それをしたのは間違いなく、この銀髪の吸血鬼な女の子だろう。
場所を取らないようすぐに人に戻ったのだけれど、余計毒が回ったのかふらりときた。
すると、華奢な腕に支えられる。
「大丈夫ですか。きれいになあれ」
その声と共に私は清涼な空気に包まれて、お風呂に入ったあとみたいにさっぱりとした。
心なしか前より体も軽い。
この治癒魔法、さくっと使ってるけど、めちゃくちゃすごいやつなんだろうなあ。
「ありがとー助かった」
「気にしないでください。ただ、すごく疲れました」
「同感だよ」
いいつつ、なんとなく私たちは、無事だった桜の木の根元に座り込んだ。
かすかな花の香りを胸一杯に吸い込んで、ほっと息をつく。
「でもたくさんの人を助けられたね。アルジェもお疲れ様」
「いえ、僕は気兼ねなくお昼寝がしたいだけなので」
あんな風に騒がれてしまったら、お昼寝どころじゃありません、と続けたアルジェだったけど、なんとなくそれだけじゃない気がした。
暇があればいつまでも眠っているけれど、クズハちゃんだったり、毎日のように喫茶店に来るフェルノートさんだったりが声をかければちゃんと起きるし、めんどくさいと言いつつ困っている人を見れば手伝ったりもする。
すんごく寝汚いだけで、相手を気遣える、優しい子なんだなあとしみじみ思うのだ。
ただ、本人は気付いてないみたいだけど。
ああそうだ。それよりも、聞いてみたいことがあったんだ。
「ねえアルジェ、君ってもしかして……」
問いかけた矢先、こてん、と私の肩に柔らかな重みがかかった。
さらりとした銀髪が頬をくすぐる。
「くう……」
見れば、けぶるようなまつげを伏せたアルジェが、私の肩によりかかって眠っていた。
気持ちよさそうに吐息を漏らしていると、起こすのがかわいそうな気がしてくる。
「ほんと、よく寝るなあ」
お日様はぽかぽか暖かくて、花の香りが気持ちが良い。今日は絶好の昼寝日和だ。
健やかに眠るアルジェを見ていたら、なんだか私も眠くなってきた。
これだけの騒ぎだ、きっとおやつを買い込みに行ったクズハちゃんとフェルノートさんがもうすぐ来るだろう。
けど、それまではちょっと休んでいようか。
「ふわぁあ。おやすみなさい」
とりあえず、一眠りして。それから――……
闇に滑り落ちた一瞬、長い黒髪の女性を見た気がした。
狩衣と巫女服を合わせたような、どこか神聖な雰囲気を感じさせる衣装に身を包んだ、綺麗な人だ。
「すまぬ、助かったぞ」
かわいらしい声と外見にも関わらず、挙動や言葉遣いが妙に爺くさい。
そうだなあ、アルジェ流に言うんなら、
「ロリジジイさん?」
「おぬしまでそれを言うか!? ええい、あやつといい妙な人間しかおらぬのかあの世界は!」
「あやつ」というのはあの銀髪の吸血鬼のことだと、なぜか伝わってきた。
あ、あれ、でも伝わってきたイメージで、あの子は女の子っぽい外見をしてるけど男、の……?
私が混乱している間に、ちょっぴり涙目になった女性は手を振った。
別れの合図だと知って、同時に急速に意識が遠のいて――――……
「異なる界の転生者よ。私の担当ではないが、おぬしに幸多きことを」
*
「……――ワ、ラーワ」
優しい声が聞こえて、私は意識を取り戻した。
「んにゅ?」
ぼんやりと目を開ければ、薄青色の瞳が柔らかく笑んだ。
「おはようございます、ラーワ。あなたが眠られているなんて珍しいですね」
「おはよう、かあさま!」
それはいつも通り亜麻色の髪の先が薄紅に染まった髪をゆるく編んだネクターで、隣にはにっこり笑うアールもいて。
私はこみ上げる気持ちのまま二人に飛びついた。
「ただいまあ!」
「ラーワ!?」
「かあさまどうしたの!?」
「もう帰ってこれないかと思って……て、あれ」
びっくりした様子ながらも抱きしめ返してくれる二人に、心底安心した私だったが、そこではてと首をかしげた。
見渡してみればそこは我が家の居間で、私が座っているのはどうやらお気に入りのソファのようである。
「もしかして私、寝てた?」
「はい。それはもう気持ちよさそうに。ただ、チーズケーキが焼き上がったので、せっかくだから焼きたてを楽しんでいただこうかと声をかけてみました」
「つまり、あれは夢?」
それにしてはずいぶんリアルだったけど。
あ、でもご飯もお米も食べたことがないし、そもそも東和国にも行ったことがないのにオムライスであんなこと考えるんだから、やっぱ夢だったのかあ……。
「夢、みてたの?」
「うん。別の世界で迷子になっちゃったんだよ」
不思議そうなアールに若干しょんぼりする私が説明すれば、アールとネクターは目を丸くした。
「それは大変でしたね」
夢の中の話なのに、ネクターは心底いたわってくれて、私はほっこりしつつ付け足した。
「でも不思議な女の子に出会ってね、すっごく楽しかったんだ」
結局アルジェが私と同郷なのか聞けなかったけれど。あ、夢なんだから聞いてもそんなに意味ないのか。
けど、夢の中とは思えないほど、今でも鮮やかに思い出せる。
クズハちゃんのはつらつさも、フェルノートさんがアルジェの前で挙動不審になるところも、サツキさんとアイリスさんの息の合った会話も、喫茶店メイで働いたことも。
サクラノミヤに生えていた桜の木も、アルジェの眠たげな表情も。全部。
無意識に顔がほころんでいたのだろう、ネクターが穏やかに言った。
「とても良い夢だったのですね」
「うん。ただ、ネクターとアールがいないのは寂しかったんだ」
ぼんやりと思い返していると、ネクターはほんの少し表情を真剣にする。
「いつか、本当にそのようなことがありましたら、私が迎えに参りますね」
「心強いなあ。その時はよろしくね」
微笑みながらネクターがそう言ってくれるのが嬉しくて、私はじんわりと温かくなる心のまま頬を緩ませる。
すると、アールがきらきらと瞳を輝かせて身を乗り出してきた。
「ねえねえ、夢の中で会ったのはどんな子だったの? お話聞かせて!」
「私も気になります。では、ケーキを食べながらにしましょうか」
「それは嬉しいな。アールと同じくらいの獣人の子もいたんだよ。おいしいものもいっぱい食べたんだ」
「ほんと!」
銀色の髪と赤の瞳をした吸血鬼で、お昼寝が大好きな女の子。
眠ってばかりの彼女だけれど、きっと、素敵な友達と仲間が彼女を連れ出して色んな冒険をするのだろう。
いつか彼女なりの幸せを見つけてくれたらと願いつつ。
私は、ここで見つけた幸せであるネクターとアールに、アルジェ達について話し始めたのだった。
「そう、まず。起きたら本性な私のお腹で、銀髪の女の子がお昼寝してたんだ」
「それはなんとうらやましい」
「言うと思ったよネクター!」
おしまい
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