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第9話 ドラゴン一家の里帰り


 目まぐるしくも濃密な一日が終わった、翌日。

 本性(ドラゴン)に戻った私は、ネクターを背に乗せてヴィシャナ山脈上空を飛んでいた。


 少し前を、亜麻色の鱗に覆われた体に赤の翼を広げて、ドラゴンのアールが飛んでいる。

 以前に見たときよりも、少し体が大きくなった気がする。


 本来なら、ドラゴンは生まれたときから成体だ。


 けれど、アールは私から生まれたせいか、ちょっと事情が違っていて、精神年齢とともにドラゴンの体が成長しているようだ。

 この春休みの中で何かあったのかな、と思うと嬉しくもあり、寂しくもあり。


《それにしてもまさか、リグリラと美琴がのぼせるまで言い争ってたなんてびっくりだったよ。手遅れになる前に気づいてよかった……》

《ですが、軽い湯あたりでしたし、朝食は旺盛に食べていましたから。しっかりにらみ合っていましたけど、大丈夫だとは思いますよ》

《それに、お姉さまとみこさん、ちょっと仲良くなった? みたいな感じするね。口げんかしてるけど》

《そうなんだよねえ。なんだかんだで、今日も湖でじゃれ合ってるし。けんか腰だったけど》


 バチバチと視線を交わしつつも、同じテーブルに着いていたリグリラと美琴を思い出して、私も思わず笑ってしまった。


 あの後。

 家に帰っていた私だったけど、いつまでたっても帰ってこないことをいぶかしく思って様子を見に行ったら、二人とも湯船につかったままぐったりしていたのだ。

 調整役の私がいなければ、源泉掛け流しのまま42~3度で推移するのを忘れていた。


 私は慌てて彼女たちをすぐそばの湖に漬けて熱を冷まし、意識がはっきりしたところで服を着せて家へ運び込んだのだ。

 美琴はともかく、なんでリグリラまでと思ったけど、あとから聞き取ったら、一人で一刻ぐらい泳いでは温泉であったまるをせっせと繰り返していたらしい。

 最近、人型になるときにリグリラは、かなり再現度を上げていることは知っていたけれど、まさか、湯あたりできるまで作りこんでいるとは知らなかった。


 仙次郎のためなんだろうなあとおもうから、ニマニマしてしまうけれども、そりゃあ湯あたりするよ、のぼせるよ……。


 完全に目を回していた美琴は、今日起きてきたら、顔を真っ赤にしつつスライディング土下座を決めてくれて、また一騒ぎあったのだが。

 ともかく、リグリラと美琴は、反感はあっても打ち解けるというなんとも奇妙な関係になっていたのだった。


 今日も今日とて、ヴィシャナ山脈を満喫しているエルヴィー達だったが、そのなかで美琴とリグリラはつかず離れずの距離を保ち火花を散らし合っていた。

 仙次郎もカイルもいることだし、とりあえず大丈夫だろうと考えて、私達はこちらに来るときに予定していた里帰りを決行中なのである。


《かあさま、みえたよ! おじいちゃんの木!》


 アールの弾んだ思念が伝わってくるのに前後して、私も視認する。

 森の中に、そこだけ一つの山のようにこんもりと飛び出した緑があって、ひときわ濃密に魔力を灯らせている。


 そのこんもりとしたところは、すべて大きく枝葉を茂らせる、一つの樹木で構成されているのだ。


 それが、木精(もくせい)のおじいちゃんの依り代であり、ネクターの親木でもある、世界でも有数の大樹、精霊樹だった。


 私はアールへ思念話を飛ばして、降下を始める。


 ゆるゆると高度を下げ始めれば、ネクターも心得たもので、私の背中から降りて杖に乗った。

 ネクターが巻き込まれないところまで離れたのを見計らい、人型をとりながら皮膜の翼だけを残して羽ばたき、緩やかに地面へ降り立つ。


 とたん、濃密な緑と土の入り交じったすがすがしい匂いに包まれて、ほうと息をついた。

 同じように人型になって、赤の皮膜の翼を広げたアールは、ちょっとふらついたところをネクターに支えられて降り立っていた。


「まだ人の姿で飛ぶのは難しいや。尻尾でバランスがとれないんだもの」

「人の姿は飛ぶのには適していないし、そもそもやる必要がない技能だからね。まねしなくてもいいのに」

「だって、かあさまが人型で飛ぶのはかっこいいんだもん。ちゃんとできるようになるよ!」


 拳を握って主張するアールに笑みをこぼしつつ森の中を歩けば、すぐに一面に木漏れ日が降り注ぐ空き地に出た。


 その空間を支配しているのは、たった一本の樹だ。


 高さは人の姿だと、首が痛くなるほど見上げてようやくてっぺんがわかるほどで、枝ですら一本の樹木のような太さを誇っている。

 その高さを支える幹は、大小のこぶが浮き出ていて、大きく隆起した壁のような根っこが、縦横無尽に広がっていた。


 幹は、一回りするのに、たぶんドラゴンの私が数体は必要だろう太さだ。

 今日は晴天だったけれど、その日差しも枝葉でほとんど遮られていて、冷えて澄んだ空気の中に、緑の光が揺らめいている。


 静謐で、なのに圧倒されるような、美しい空間だった。


 風が吹いていたことで、枝が揺れてざああと音が響けば、それに合わせるようにこの濃密な魔力の漂う中で生まれたばかりの精霊達が、ころころと笑いさざめくのを感じた。


 やっぱり、魔力と精霊の気配が色濃い。


 もともと植物には、地中のレイラインから魔力を吸い上げ、枝葉を通して周囲へと発散させる性質がある。

 けれど、精霊樹はその吸収量と発散量が桁違いなのだ。

 さらに、自身の成長と防衛のために精霊に助力を求めるため、精霊が好みやすい魔力の濃度にする。

 

 だから、精霊が生まれやすく、魔力が色濃い環境になるのだけど、その濃い魔力に惹かれて、幻獣や強い動物がやってきたりもするわけで。

 やたらめったら強い幻獣や精霊がいる森があったら、その中心には精霊樹が生えているといわれるくらいには、有名な植物だった。


 精霊樹には例外なく精霊が宿り、精霊樹の精霊から杖を分け与えられた魔術師が、国に帰って英雄になる、というおとぎ話もあるほどだし。

 よくここで、おじいちゃんに古代魔術の講義をして貰ったなあと、しみじみしたものの、すぐに違和感に気がついた。


「あれ、おじいちゃんがいない?」


 その精霊樹の下はきれいで落ち着く感じだったけど、肝心の木精のおじいちゃんの気配がしなかった。


 精霊は、本体とパスがつなげれば、もっと踏み込んで言うと、その存在を維持するための魔力さえ吸収できれば、普通の人と変わらず自由に行動ができる。

 普段、亜空間に本体となる杖をしまい込んでいるネクターが、典型例だ。


 ただ、精霊は生まれた土地からはほとんど離れたがらないし、離れる理由もないから移動するという概念がないひきこもりなのである。

 木精のおじいちゃんも例外ではなく、今までそんなこと一切したことがなかったから、ひどく驚いた。


「おじーちゃーん! いないのー?」


 アールも、気配がしないことに気づいたようで、それでも根っこの上を飛び回って幹に近づきながら呼びかける。

 すると、幹のそばにすうっと魔術陣が現れて、淡く透ける美老人な姿が現れた。

 一瞬おじいちゃんが戻ってきたのかと思ったけれど、その視線が合わないことで記録魔術の一種だと気づく。


 音声だけでもめんどくさいって言うのに、おじいちゃん相変わらず器用だなあ。

 私達が前に集まったのを見計らったように、映像のおじいちゃんは柔和に笑った。


『久しいの、黒竜や。これを見ておると言うことは、アール坊をつれてきておると言うことじゃな。どうせ不肖の弟子もおるのであろう』

「いますけど、その言いぐさは相変わらずですね」


 苦々しそうな顔をするネクターにも、記録映像は頓着せず続けた。


『どうせおぬし達のことだ、相変わらず年がら年中いちゃいちゃいちゃいちゃしておるのじゃろうて。心配はしておらぬが、アールの手前ほどほどにするがよいぞ』

「い、いや、さすがにそんなにはしてないと思う……」


 顔が赤らむのを感じつつ、つい言い返してみれば、ほんとにそうかとでも言うようなじと目を向けられた。

 ……これ本当に記録魔術かい?


 間をとるように一つ息をついたおじいちゃんは、ぱっと手を一閃すると、簡素な服装が、ぴっしりとした旅装に変わった。


 バロウ国風でちょっとしゃれているのが芸が細かい。


『さて、本題に入るぞい。春休みにはくるというておって楽しみにしておったのじゃが、ちいと野暮用ができたゆえ出かける。この際であるから久方ぶりに方々を漫遊してくるぞい。連絡が取れずとも安心せい』

「野暮用……?」


 おじいちゃんの野暮用が全く想像つかなくて、首をひねる。

 そこで映像は若干下の方、アール位の背丈に視線を合わせるように向いた。


『すまんなアールや。じいじも遊びたかったが、土産でも持ち帰るのでな。それで許しておくれ』

「楽しみにしてるね」


 映像だとわかっていてもアールが応えれば、おじいちゃんは笑みを深めて、ふっと消えた。

 発動媒体になっていた枝と、その周りに描かれた魔術陣を調べていたネクターはこちらを向いた。


「どうやら、春休み前にはいなかったようですね。だいたいの日付が推測できるよう、あとを残してあります」

「おじいちゃん、お出かけしちゃったんだ」

「残念だったね。思念話が通じなくても、まさかとは思っていたけどさ」 


 しょんぼりと肩を落とすアールの頭を私がなでていれば、気遣わしげな精霊達もよってくる。

 それで、少し慰められたのか、アールはくすぐったそうにしつつはにかんだ。


「うん、大丈夫だよ。ありがとう。……そうだ、かあさまほかの精霊にも挨拶してくるね!」

「気をつけていっておいで」


 言い出したアールは、精霊樹をひょいひょいと上っていき始めた。

 正確には、一枝太いから、軽く跳躍して、枝から枝へ飛び移っている、のだけど。


 どんどん小さくなっていくアールを見送った私は、なんだか気が抜けてしまって根の一つに腰を下ろした。

 根っこと言っても、座って足がかろうじてつくかぐらいには高さがある。


 やっぱり前世ではお目にかかれないファンタジー樹木だな、と改めて思いながら、浮いた足をぷらぷらと揺らした。


「残念だったなあ。聞いてもらいたいことも、聞きたいことも沢山あったんだけど」


 引きこもりだったおじいちゃんが、外を出歩くのはいいことなのかもしれないけど、あてが外れてしまって、落胆の気持ちは隠せない。

 はあ、とため息をつけば、隣に腰を下ろしたネクターが案じるようなまなざしを向けてきた。


「やはり、『蝕』についてですか」

「うん、ドラゴン以外で私よりも長く生きているヒトっておじいちゃん位しか知らないからさ。ドラゴンたちの反応は、本当に微妙だったし」


 私は、ここに来る前に招集したドラゴンネットワークでの会合で、蝕について報告したときのことを思い出したのだった。



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