第10話 ドラゴンさんの疑問は深まる
《以上が、私が遭遇した魔力異常……いや、世界の消滅現象に関する事柄だ。この現象について知っていたら速やかな情報共有を求める。これは世界の存亡に関わる事案だ》
私がそう締めくくれば、不気味な沈黙がドラゴンネットワーク内を満たした。
定期招集ではなかったから、集まったのは全ドラゴンの4割くらいだった。
これでもかなりいい数字だと思う。
ドラゴンはレイラインの修復に大半の思考領域を割いている。
さらに、一度レイラインの中に意識を沈めれば、作業にかかりきりになってドラゴンネットワークで呼びかけられても応答できないことの方が多い、面倒で複雑な作業なのだ。
それにドラゴンネットワーク内に情報を更新しておけば、余裕ができた時に自分のタイミングでアクセスして閲覧することができるから、リアルタイムで集まる必要も薄かったりする。
今回、集まった中には1000年2000年クラスのドラゴンもいたから十分だ。
そう、思ったのだが。
《答、該当する記録なし》
《同じく。未知の現象なり》
《まって、みんな知らないのかい? 似たようなことも?》
呆然と聞き返せば、ドラゴン達も活発に情報交換をするけれど、どれ一つとして仮説の域を出なかった。
結局、リュート達の捜索をし、継続的な調査をするだけで、おしまいになってしまった。
魔力波のパターンは共有したけど、あれだけドラゴンを憎んでいるリュートのことだ。
ドラゴンのいるような領域には来ないだろうから、見つける確率はすごく低いだろう。
ただ、その時の会合にはなぜかヴァス先輩はいなかった。
不思議に思った私たちは、エルヴィーが寝静まっている夜のうちに、ミニドラな先輩をひっ捕まえて聞いてみたのだ。
そうしたら……。
「『情報が規制されている』ってどういう意味なんだろうねえ」
最後の最後で先輩が口にした言葉を繰り返してみたが、やっぱりよくわからなかった。
「『本体に仮称”蝕”に関する事柄について情報検索を申請。だが、閲覧不許可と回答。最大深度の封印記録に該当するため、以後アクセスも不可とする』でしたね」
ネクターが正確にそらんじたのは、そのときのヴァス先輩の回答だ。
「情報がないわけではないが、何らかの理由で開示できないということでしょう」
「そのあとは何回聞いてもだんまりだったもんねえ」
とても申し訳なさそうに沈んでいた先輩の表情を思い出してちょっぴり沈む。
本当に、ぎりぎりのところまで明かしてくれたのだろうと思うけど、知っている人がいるのに教えてもらえないというのは生殺しのような気分だ。
だけど、エルヴィー達のことを持ち出しても明かすことはできないというのだから、よっぽどのことだとあきらめたのだった。
……脅したわけじゃないよ? ただ、エルヴィー達が蝕に巻き込まれる可能性もなくはないんじゃない? って言ってみただけで。
それでも、一つだけ見えたのは、知っているかもしれないドラゴンがいたという事実だ。
あんまり考えたくないのだが、私はシグノス平原の騒動で、先輩ドラゴンたちが隠し事をするのを体験している。
だからもしかしたら、ほかにも知っているドラゴンがいて、私にだけ黙っていた可能性もありえるのだ。
それを先輩だけが曲げて教えてくれたのだとしたら、とても重要な情報だった。
確か先輩は5000以上生きているドラゴンだったはず。
5000年たてば世界の座に還ってしまうドラゴンが多い中で、とても貴重な存在だ。
ほかのドラゴンに聞いても、まともな返答は帰ってこないと思った方が良い。
ならば、ドラゴンと同じくらい長く生きてそうなおじいちゃんに一縷の望みをかけてみたのだけど、肝心のおじいちゃんがいなかったのだった。
しょんぼりである。
「ラーワは御師様の年齢をご存じなのですか」
「詳しくは聞いたことないなあ。けど2000歳以上ってことは確かだよ」
だから結構まじめに当てにしていた部分もある。
なぜわかるのか、といった顔をするネクターに種明かしをした。
「ネクターが研究所の所長だった時代に、偶然読んだ本で知ったんだ。載っていた古代魔術が、おじいちゃんに教わったものだったから、文献が編纂された時期も併せるとだいたいそれくらいかな、って」
「ならば、もっと時代が下ったあと、その魔術が実用とされていた時代に知ったというのも考えられるのでは」
「その古代魔術を教わったときに、その研究秘話? みたいなのも話してくれたんだ。なんか、その場にいないとわからないような感じのやつ。ネクターみたいに精霊樹の枝を出張させていて聞いたのなら、あり得る話だろう?」
「なるほど。ちなみにどの書物の古代魔術でしたか」
「ええと確か……」
納得したネクターにその古代魔術が載っていた文献を上げれば、少し考え込む風だった。
たぶん、これは頭の中で読んだ資料全部に検索かけているな。
「その文献は確か翻訳写本ですので、その奥付の日付は写本日になっています。写本になると写した際にその当時の術式も追加されたりしますが、その術式は原書にあったはずなので、原書の編纂時期の方がより正確でしょう」
「へえ。原書ってどれくらい前の本?」
「当時の研究ですが、約5000年前、古代人の滅びた時期までさかのぼるだろうといわれています」
まさかのドラゴンのとりあえずの寿命と同じだった。
というか、それだけ昔の文献が写本とはいえ、読める形で残っている、というのは驚くべきことかもしれない。
高度な魔導書には必ずと言っていいほど状態維持の魔術がかけられているものだ。
魔導書の形状も、書籍や巻物のほかに記録珠と呼ばれる、触れた者の脳に直接術式を刻み込む、なんてものもある。
だから、地球よりもずっと情報が後世に残っていきやすい。
それにしたって、5000年前というのは、私でも途方もない時間だった。
思わず黙り込んでしまった私がネクターを見返せば、ネクターの薄青の瞳は深い思索に沈んでいた。
無意識のうちに触れているのは、座っている根、つまり精霊樹だ。
「実は私も、人間時代に御師様について調べたことがあるのですよ」
その声に耳を澄ませれば、ネクターは思慮深い顔つきでゆっくり話し始める。
「最高の杖の基材になる精霊樹は、魔術師の中では垂涎の的ですから、発見されれば必ず記録が残ります。ましてやヴィシャナ山脈は、大陸が違う西大陸にすらその名が知られている場所ですから文献に残っていて当然と考えました」
「どうだったんだい」
「一番新しい記録は約600年前でしたが、一番古いのは5000年前でした。……奇しくもラーワの言った魔術式が作られた時期ですね」
「へええ、やっぱりおじいちゃん長生きだなあ」
のほほんと感心したのだが、ネクターの表情は物思いに沈んだままだ。
「すこし、疑問が残るのです」
「どこがだい」
「5000年前、からなのですよ。記録に残る限りで御師様が人に会われ始めたのは。なのにそれより以前の古代魔術を極められているのです。5000年前にはすでに、古代魔術は断絶しているはずなのに」
はじめ、ネクターの言いたいことがよくわからなくて首をかしげたが、だんだん頭にしみこんでいくにつれて思い至った。
「つまり、古代人が使っていた魔術を、人と関わってなかったはずのおじいちゃんがああも深く知っているのは何でだろうってこと?」
こくりと頷いたネクターは賢者の顔で続けた。
「古代人の記録は途絶え、古代魔術については、私が人間だった時代から迷宮の記録から断片しか知ることはできません。だからこそ、5000年前より昔の記録がないのなら、古代人がその頃に途絶えた、というのは有力な仮説です。ならば、御師様の抱える膨大な古代魔術の知識はいったいどこで修められたものなのか、少し疑問が残るのです」
さあ、と風が吹いて、ネクターの三つ編みからこぼれた亜麻色の髪が舞い広がった。
私の黒髪ももてあそばれるが、気にならなかった。
「そもそも、精霊は魔術を使いません。この身に宿る魔法を駆使するのがせいぜいで、それすらも滅多に使いませんから、熟達するという発想自体がありません。なのに、御師様は深い研鑽を積まれていて、古代魔術の発展はもちろん、現代の術式まで興味を持たれて組み込もうとされていました。その思考はとても私と近しいような気がするのです」
おじいちゃんがごく当たり前のように魔術を教えてくれたから、全く考えたこともなかったけど、確かにそうだった。
精霊が使うのは、生じた時の性質を形にする魔法だ。
それも練り上げて使うということはせず、そのままの状態で行使する。
強力だけど、応用力はほぼない。それが精霊だった。
これが魔族だと、魔物を効率よく駆除するために、色々研究して魔力を使ったり、道具を作ったりするのだけど。
私も考え込む。
おじいちゃんが、古代魔術を知ったきっかけって、何なのだろう。
やっぱり、古代人から? それともほかの魔術師から?
だけど、古代魔術は、百数十年前に私が伝えるまで、人族の間では文献には残っていても、使える代物ではなかったのだという。
「いや、でも、おじいちゃんがもっと長生きで、古代人から直接聞いたって言うのもあり得る話じゃないか」
不意に気づいて主張してみれば、ネクターはあっさりうなずいた。
「ええ、ですから私が気にし過ぎている部分もあるでしょう。研究者としての血がつい騒いでしまいました。……ですがむしろそちらの方が嬉しいですね。御師様に古代人についてご存じなら歴史的記録になりますし!」
別の方向へ興味を移していったネクターに苦笑しつつ、私は何百年も前から変わらない、どっしりとした立ち姿を見上げた。
おじいちゃんがいつ精霊として生じたのか、なぜ私に古代魔術を教えてくれたのか。
世界最強ドラゴンでも、案外わからないことは多かったのだなあと、ちょっぴり自虐的に、でもなんだか新鮮な気分でぼんやりと思った。
リュートについても蝕についても、新しい発見はない。
まずはアールの気持ちと、疲れた体を癒やすことを優先したから当然だけど、それでも、ひたひたと忍び寄るような焦燥は常に近くにあるのだ。
蝕についてわかっていることと言えば、古代人に封印されていたもので、魔法しか通じないこと。
生物も無機物も、魔術も等しく消滅させるけれど、私はそれに耐えられたこと。
私が耐えられたのは、このドラゴンの体が世界の分体で、世界を形作る魔法の一種だからってことはあるのだろうけど。
かといって蝕がどういう物なのか、消滅した物はどこへ行くのか、そもそも蝕がどこから来たのかすらわからない。
唯一知っているリュート達は行方知れずだ。
それでも、打てない手がないわけではないけれど、それにかかる膨大な手間を考えると今からちょっと気が遠くなる。
「いったい蝕って、何なんだろう……? あんな、悲鳴とか憎しみとか、感情がにじむものなんだから、生き物に近いものなのだろうけど」
無意識につぶやいて、これについてはもう一つ疑問が発覚したのだと思い出した。
「そうだ、これ、私にしか感じなかったんだよねえ……」
「あの蝕から感じたという、負の思念についてですか」
ネクターの問いかけに、こくんと頷いた私は、片足を立ててその上に頬杖をついた。
事態の収拾が着いたあと、意見交換をしたときの衝撃は記憶に新しい。
蝕があふれて出てきたとき、私は意識が飛びそうなほどだった負の思念だが、そばにいたリグリラは感じていなかったというのだ。
蝕の間近にいた、仙次郎も、カイルも、ネクターもなにかぞわっとしたものは感じていたけれど、蝕から伝わってきた負の思念については首をかしげるばかりだった。
そりゃあドラゴンだから、ほかの生物とは違うモノを感じ取ることができる。
だけど、あまりそれを自覚したことがなかったわけで、ついでに、あんなに強いモノを私以外は感じていないようだというのが、軽く衝撃だった。
私が、思念話で感覚を共有したときに、みんなが青ざめながらもこれは本物だと言ってくれなかったら幻だったのかと疑っていたかもしれない。
「さらに不思議なのは……」
言いかけたとき、ざざざっと、音をさせて頭上からアールが落ちてきた。
地面に降り立ったアールは、赤の房が混じった亜麻色の髪についた葉っぱを振り落としながら近づいてきた。
「どうかしたかい?」
「ねえ、いま話していたのって、メーリアスであったことでしょう。怖い感じのことを話していたの?」
どうやら、上でも私達の話を聞いていたらしい。
不安そうに金の瞳を揺らしながら問いかけてきた、アールの言葉が何を指しているのかわからず、戸惑った私だったけど、ネクターは違ったようだ。
「アール。その怖い感じ、というのがなにかわかるのですか」
ネクターに問いかけられたアールは、若干表情を曇らせながらもこくりと頷いたのだ。
「とうさまと、かあさまがヘザットに行ってる間にね。すごくぞわってなる夜があったんだ。悲しいのとつらいのと苦しいのと怖いのとがごちゃごちゃになるような感じ」
まさしくあの感覚を表現するのにふさわしい言葉の数々に、私は拍手を送りたい気分だったけど、それよりも何よりも驚きすぎて立ち上がる。
そわりと、体を震わせたアールは、揺れる金色の瞳をさまよわせた。
「その夜は全然眠れなくて。もしかして、とうさまとかあさまがその中にいるんじゃないかってすごく不安だったんだ。ほんとうに、大丈夫で、よかったな、って」
その両の瞳に涙がたまり始めるのを見て、反射的にしゃがんで、アールを抱きすくめれば、安心したように肩口に顔をすりつけてきた。
「大丈夫。私達はここにいるからね」
私は、同じ物を感じていたことが嬉しいような、戸惑うような気分で、だけど、アールを安心させるためにその亜麻色の髪を撫でた。
腕の中のアールが徐々に落ち着いて行くのを感じながら、同じように立ち上がっていたネクターと視線をかわす。
ネクターの表情も、驚きと困惑に彩られている。
それも無理もない。
バロウとヘザットは別の国だから距離は離れているのに、アールは蝕が噴出したのに気づいていた。
だけど、
「ほかのドラゴンは、気づいていなかったよね」
「ええ」
ドラゴンネットワークで、ほかのドラゴンたちに尋ねた時も、誰もその感覚を知っているとは言わなかったのだ。
先輩も、この負の思念については、気づいていなかったと言っていた。
レイラインだって世界の裏側で起きていることはわかりづらい物だ。
だから、距離によるものなのかな、と軽く考えていたけど、アールが気づいていて、先輩が気づかなかったのはすこしおかしい。
「私とアールの共通点、か……」
私が悩みこもうとしたとき、肩に腕が回された。
みれば、しゃがみ込んだネクターで、アールごと抱きしめてくれたのだ。
「アールとあなただけがそれを感知できたというのは気になりますが。今ここで、答えを求めなくともいいでしょう」
「……うん、そうだね」
今は、家族の時間だ。どうせすぐに答えは出ないのだから、ちょっと後回しぐらいは問題ない。
「とうさま、かあさま?」
ほんのりと金の瞳を潤ませながらも、戸惑いをうかべるアールに、私とネクターはにっこりと笑ってみせた。
「さ、アール。ちょっと早いけどお弁当にしよっか!」
「どうせですから、見晴らしのよいところへ参りましょう。そうですね。御師様もいないことですし、精霊樹のてっぺんなんていかがですか」
私たちが明るく言えば、アールの表情も徐々に輝いてくる。
「うんっそうする!」
「よしっ、じゃあ競争しよう。私とどっちがいい枝にまで上れるか! さん、にい、いち、スタート!」
「あっずるい! かあさま、まてー!」
たちまち走り出した私に、つられて走り出すアールがわくわくした表情に戻っている。
そのことにほっとしつつ、まずはおいしくお弁当を食べるための競争にいそしんだのだった。





