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第30話 ドラゴンさんは決意する

 

 メーリアスを襲った白い霧――”蝕”を治めた後。

 壊滅的なレイラインが用を果たすように応急処置を施し、その傍ら人工魔石についての資料を徹底的につぶして、なおかつ関わった人たちへの記憶操作とかに駆け回って、何とか帰れるめどがついたのは夜会から数日後だった。


《かあさま、とうさま、終わったの!?》


 真っ先に復旧させてつなげた思念話の向こう側から、アールの弾んだ思念が伝わってくる。

 蝕を納めた後での激務でへろへろだった私とネクターだったが、その嬉しそうな雰囲気に疲れも吹っ飛んだ。

 ドラゴンのままだった私は、ちょっと跳ね回りかける尻尾を抑えつつ答えた。


「うん、明日には帰るよ。リグリラ達も一緒だ」

《お姉さまと仙にいさまも!》


 といっても、仙次郎もリグリラもさらにカイルも、今この場にはいない。

 仙次郎はあふれかえった魔物の群れの中で、第一級かもしくはそれ以上の魔物ばかりを相手取っていたのが、同じように魔物の討伐をしていたハンターたちに目撃されていたのだ。


 そりゃあ、普通一個大隊が出るような一級の魔物を、一人で相手取っていれば目立つよねえ。

 そういえばカイルも本性で討伐していたけど、本性といっても人間の形をしていたから、ただめちゃくちゃ強い魔術師だ!と受け入れられたらしい。


 と、いうわけで仙次郎とカイルは、メーリアス支部のハンターたちからもはや崇拝の勢いで慕われた挙句、支部から魔物の残党狩りの依頼を受けて方々へ駆け回っている真っ最中だった。

 更には早くもその事態を知ったらしいバロウのハンターギルドから、帰還命令が矢継ぎ早に来ているらしい。

 帰った途端、昇級云々が待っているだろうというのは想像に難くない。

 というか、仙次郎は多分それが嫌で魔物討伐に付き合っている節もあったり。

 仙次郎って、強さにはこだわるけど、肩書に全く頓着しないからさ。


 顔には出さずとも、おそらく仙次郎の成長を一番喜んでいるリグリラは、今は最後の仕上げに、シノン夫人のところへ行って、若干こちらでの記憶を曖昧にしてもらっている。

 彼女がバロウに帰って人工魔石について話し、面倒なことに巻き込まれない様にするための予防線だ。

 今回、沢山お世話になったからね。


 ちなみに夜会の出席者の方も様子を見に行ったけど、リグリラの記憶操作は完璧で、謎の怪盗が魔石を根こそぎ盗んでいたことになっていた。

 人工魔石というか魔物の培養施設があった迷宮は全壊してしまっているから、再現されることはまずない。

 ただ、念には念を入れて、わかる範囲で人工魔石に関する資料を根こそぎ盗んでいたから、魔石怪盗の噂が強化されているっぽいのは否めなかった。

 王宮の方は、アヴァール伯爵に扮するオブリエオビリオから魔石を供給されていただけで、具体的な作り方とかを知っているわけじゃなかった。

 私がドラゴンのまま降りたって脅かしたのは、ちょっと申し訳なかったかな。

 人工魔石製造に関わっていたはずの人物は全員行方不明らしく、たぶんそれはリュートの仲間が人間になりすましていたのだろうなと思う。

 ヘザットの宝物庫から、貴重な魔道具がなくなっていたこととも関係があるのだろう。


 一番不安だったのはアヴァール伯爵だったんだけど、オブリエオブリオに憑かれている間の記憶がほとんどというか全くなくて、問題なくうやむやにできそうだった。

 本来のアヴァール伯爵は、リシェラには悪いけど、ぶっちゃけ極々平凡な悪徳貴族って感じで、これってオブリエが領地経営していたときの方がずっとましだったのでは、とか思ったくらいだ。


 だって、リシェラが公爵家の息子に見初められていると知ったとたん、被災した領地なんてそっちのけで婚姻を進めるための段取りを部下に命じるんだよ?

 使用人さんや、情報の伝達のために首都の屋敷に残っていた部下の人たちも幻滅していた。


 そしたらリグリラが滅茶苦茶あくどい顔して言ったのだ。


「これ、つついたら面白そうじゃありませんこと?」


 同意したらだめな気がする、と沈黙を守った私をほめて欲しい。

 領地と領民と使用人と、多くの責任を背負わなければいけなくなるそれを、成人前の女の子に押しつけるなんて酷だ。

 そもそも相続でき……へえ、ヘザットは女系相続も認められているんだ、でもメジャーじゃないしそもそも彼女に向いているかとか彼女の意志とか……割と見所があってリシェラも結構前向きそうって部下が言っていたっていつの間に!?


 と、戦慄している間にリグリラは部下の人にいろいろ吹き込んでしまっていた。

 こういうところはほんとに手が早いというか何というか……。


「あの娘は自分が思っているより芯がありますわ。いずれ吹き出す問題なら、漁夫の利をねらえる今がよろしいでしょう」

「いや、でも……」

「女伯爵、なんて、なかなか素敵な肩書きじゃありませんこと?」


 ほほえむリグリラにはかなわない。

 ……そりゃあ、私だってリシェラがとっとと家督を継いじゃった方がいいんじゃないかなあ、って思っちゃったし。


 なんて経緯で、リシェラの未来が使用人さんと部下の人たちによって外堀を埋められていくのに内心平謝りして、せめてと思ってオブリエオブリオの魔核を使って作った指輪を贈った。

 それが、リシェラとの約束だったから。


 でも、全部を伝えることはできなかった。


 オブリエオブリオが実際なにをしていたかなんてことは、知らなくて良いことだ。

 リグリラがリシェラの意識を失わせたのも、そう思ったからだろうし。

 受け取った彼女は、泣きながらも幸せそうに微笑んで、助けられなかったこと、話せないことがあることに、罪悪感がわいた。

 でも、あの指輪と共に、リシェラが自分で歩んでいけるのなら、おせっかいを焼いたかいがある。






「最近はなにをしていたんですか、アール」


 少し思考の海に沈んでいたらしく、ネクターがアールに話しかける声ではっと現実に引き戻された。

 思念話の向こうではアールが一気に語り始める。


 《ええとね、マルカと勉強したり、みこさんに東和の服の着方を教わったり、あ、エル先輩の魔術銃の改良が終わりそうでね、お祝いにどこかに遠出をしようか! って話してたの!》


 思念話が使えない中でも、アールとは手紙のやり取りは欠かさなかったから、大体のことは知っているけれど、思念を感じるとずっと充実していたようで何よりだ。

 ただ、どんどん成長して私達の手から離れていってしまうみたいで、少し寂しくもある。

 と、思っていると、ふいに楽しげだったアールの気配が変わる。


《楽しかったけど、寂しかったよ》


 ぽつりとこぼれたその思念に、私はこみ上げてくるものを押さえるので精一杯だった。

 レイラインの整備でなかなか直に会うことができない日が続いても、気にしないで!って言うアールが、こぼすほどだ。

 頭の中は、申し訳なさで埋め尽くされた。

 ふと顔を見れば、ネクターは涙ぐんで目元が赤くなっていた。

 言葉は、自然と出てきた。


「ごめん。アール。私たちも、アールと会えなくて寂しかった」


 こんな言葉で許されるとは思わないけど、伝えたかった。


 《そっか。ぼくだけじゃないんだね》


 ほう、と嬉しそうにはにかむアールに、涙声のネクターも言う。


「アール、残り少しですけど、春休み。うんと楽しみましょうね」

《うん! あ、マルカが呼んでる。またね!》


 そうして思念話を終えた私たちは、朝の日差しを浴びながらぼんやりとしていた。

 場所は、センドレ迷宮の跡地の近くの森の中だ。

 私はレイラインの復旧作業のために泊まり込んでいて、ネクターもそれを手伝ってくれていた。


 ヘザット側の調査の人間が時折入ってきたけど、あたりに施した人除けの術式で見つかることはない。

 私は最速で作業を進められるように、ドラゴンのままレイラインに潜って、ネクターとカイルが周辺を歩き回ってその補助をしてくれていた。

 手伝ってもらえるのってこんなに楽なんだ、って驚くくらいスムーズに行って、それでも昨日の真夜中にようやく思念話を通せるくらいまでレイラインが回復した。

 そうして朝を待って、数日ぶりにアールと思念で会話をしたところだった。


 今まではレイラインの復旧ですごく忙しくて、考える暇なんてなかったけど、ほうと、気が抜けてしまったら、色んなことが頭を駆け巡る。

 あの白い靄のこと、そしてなにより、あのリュートという精霊のことだ。


 リュートがオブリエオビリオにしたことは、どうしても許せない。

 ベルガにしたことも。カイルは何も言わないけれど、絶対取り戻すと固く誓っている。

 それは私も同じだ。

 けれど、あの白い靄が現れた時のリュートの落胆と悲しみの表情が、どうしても気になって仕方がなかった。


「ラーワ」


 低く呼びかけられて、私が長い首を曲げれば、胴のくぼみにいるネクターは少し複雑そうな表情をしていた。


「また、あの精霊のことを考えていたのですか」

「うん。だって、彼のしたことは咎められるべきだと思うけど。リュートは、ネクターたちを助けてくれたんだろう」

「私たち、というより私を、という意味のようですが」

「でもそれならなおさら、そこだけは感謝しなきゃいけないなあと思うんだけど」


 ネクターにだけは好意的だったリュートが出したヒントがなければ、白い霧が何とかできたかは正直怪しい。

 すごく複雑な気分だけど、認めざるを得ない。

 だからこそ、そうやって誰かを思いやることができるのに、他人の大事なものを踏みにじるような真似をする彼の行為が受け入れがたくて、許せなかった。

 それにネクターと二人っきりで会って思わせぶりな話をするなんて、一体何考えているんだか。


「ラーワ、もしかして嫉妬されていますか」


 ネクターに震えるような声で問いかけられて、私は目をぱちくりとさせる。


「え、なんで」

「その、彼の所業は私も許せませんが、ラーワはいつもよりこだわっているように思えたので。日頃のあなたですと、おおらかにきっぱりと線引きしますから」


 ちらりと見られた私は、その意味が頭にしみ込むにつれて、ぼうっと鱗が熱くなるのを自覚した。 

 確かにネクターのピンチに駆けつけられなかったのは、すごく悔しかったけど。

 リュートになんかすっごい好意を持たれているみたいなのが、滅茶苦茶もやもやするけれど。


 これが、嫉妬?


 なんか居たたまれなくなってきて、ぎこちなくそっぽを向く。


「べつに。悔しいだけだ、し」


 言ってみたものの、言葉にしてしまったからこそ、それが違うことを自覚してしまった。

 どろっとしたもやもやが胸の中で広がっていく。


「ネクターも、仲間になってくれって言われたんだろう? 揺らがなかったかい?」


 ぼそぼそと聞いてみれば、自分でもわかるくらいめんどくさいからみ方をしてしまって自己嫌悪に陥る。

 だけど、ちらっと横目で見たネクターはなぜかものすごく嬉しそうに表情を輝かせていた。


 え、なんで?


「ラーワが、あの博愛主義なラーワが嫉妬してくれている! くうっこんな貴重なラーワを見られるなんて、あの精霊には感謝しなければなりませんね!」

「え、あ、ちょネクター?」

「もちろん私はラーワ一筋ですし、誘われても毛ほども揺らぎませんでしたよ!」


 笑顔で断言したネクターに、私はほっと心がほどけていった。


「……そっ、か」


 返事は理解できていても、一点の曇りもない返答をネクターから聞けるだけでとても安心した。

 というか、安心したってことはこれほんとに嫉妬なんだあ……。

 新たな衝撃にぼうっとしている間も、ネクターの暴走は加速していた。


「ですが私以外の精霊にラーワの思考領域が奪われるなんて許せませんから、次に会った時には必ず捕縛して知っていることを洗いざらいはいてもらいましょう。ふふふ、対高位精霊用の魔術を重点的に開発しなければいけませんね」

「いや、いいのかい? 一応君に好意的だったの」

「ラーワに浮気を疑われるくらいなら抹殺しますよ!」

「あ、うん。浮気はしないって、わかってるから」


 とりあえず抹殺はやめようか。

 ちょっぴり冷や汗をかきつつも、明確に示してくれるネクターの想いにやっぱり嬉しさを感じるのは許してほしいなあと思う。

 なんかもう、もやもやが全部吹き飛ばされてしまった私は、早速術式を洗い出しているネクターに呼びかけた。


「ねえ、ネクター」

「何ですか」

「私さ、蝕について、知らなきゃいけないと思うんだ」


 表情を真剣にすれば、ネクターも真摯に続きを促してくれる。


「あのリュートの態度が気になるのも本当なのだけど。なにより、あの白い霧がどこから来て、なんですべてを消してしまうのか、なぜドラゴンが知らないのか、突き止めたい」


 そこで言葉を切った私は、ちょっと不満そうなネクターを覗き込む。


「付き合って、くれるかい?」


 ほんの少し不安を抱えながら問いかければ、ネクターはほっとしたように微笑んだ。


「自分だけで頑張る、と言われたらどうしようかと思いました」


 う、それもちょっと考えたけど。


「約束したからね。幾久しく共に居ようって。それなら、一緒に突き止めようっていうほうがずっと正しいと思ったんだ」


 失うのはとても怖いけど。それでもきっと、ネクターがいてくれたら、大丈夫な気がするから。

 私に置き換えたら、ネクターが一人で抱えこんでいたら、問い詰めてでもかかわりたくなるし。


「なんていったって私の旦那様は、万象を解き明かす賢者さまだからね。こういう時に頼らなくてどうするって思うんだよ」


 ちょっぴり茶化して言ってみれば、ネクターは照れくさそうな顔をしつつ胸を張ってくれた。


「ええもちろんです。共に、蝕の正体を突き止めましょう」


 やることが山積みで、まだこれが始まりなわけだけど。

 ネクターが居れば大丈夫だ。

 でも、とりあえずもともかくも。

 私はそうして幸福感に浸りつつも、こぶしを握っているネクターに問いかけた。


「そういえばさ、私、レイラインの管理術式をどれくらい組み終わったっていってたっけ」

「だいたい、7割くらいと。ぎりぎり明日には終わりそうだとおっしゃってましたが、それがどうかしましたか」

「そっか……」


 私はもう知行地を持ってしまっているし、蝕のことを調べてみると決意したから、余計にこの地を本格的に管理することはできない。

 だから管理術式を設置して、誰か任せられるドラゴンなり、魔族なりを捜そうと思っていたのだ。

 そのためにいつもより時間をかけてしっかりとした術式を組んでいたのだけど。


「なんかさ、今からすっごくがんばれば、今日中に終わりそうな、気が、するんだけど」


 驚いた顔をしているネクターをちらりと見下ろした。


「もちろん、ネクターにもかなり手伝ってもらわなきゃいけないんだけど」

「ラーワ、かなり無理をしているのでは」

「そのとおりなんだけど、なんか無性にアールに会いたくなっちゃって」


 雑にやればあとあと響くし、要の竜だからこそレイラインの整備に手を抜いちゃいけないし、手を抜くつもりもない。

 でも、さっきアールの声を聴いたらなんかたまらなくなってしまったのだ。


「ネクターは、どうだい?」


 ちろりと流し見れば、ネクターはうっと言葉に詰まった。

 その表情だけで、自分と同じ気持ちなのはよくわかる。

 私がじっと見つめていると、ネクターはさんざん悩んだ末にあきらめた風に息をついて、私を見上げた。


「そうですね。あとちょっと、がんばりましょうか。早くアールに会うために」


 私はものっすごく表情が輝いていたと思う。


「うん! こうしちゃいられない。カイルに連絡取って作業工程圧縮するよ!」

「私は残りの術式を組み上げますね。ちょっと短縮できる組み方を見つけたんです」

「助かる! じゃあ私は魔力を通せるようにレイラインの修復に専念するね」


 そうして算段つけた私たちは、うきうきといつもの何倍も集中して作業を始めた。

 と、このあと連絡を取ったカイルにすごいジト目をされたんだけど、しぶしぶながらもつきあってくれた。


 裏工作から戻ってきたリグリラも呆れつつも手伝ってくれて、日が暮れる前に管理術式を完成させて設置し終え、へろへろになりながらもバロウに帰ることができた。

 やった! これでアールに会える!と喜んだのもつかの間。

 セラムの屋敷に迎えにいったらアールにお説教されたのは余談です(泣)


「かあさま、とうさま、無理しちゃだめでしょ! カイルさんやお姉様にも迷惑かけて!!」

「でも」

「少しでも早くアールに会いたくて」

「ぼくだって会いたかったけど、沢山無理したら心配するんだよ!」

「「……はあい」」


 うう、静かに瞳を燃え立たせる感じはネクターに似ているなあ。

 でも、とアールの前で正座しつつ、こっそりネクターと顔を見合わせる。

 こうやって怒り顔になる前のアールは、すごくほっとしたように嬉しそうで。


 ネクターの顔はうれしそうにほころんでる。きっと私も同じくらいにやけてるだろう。

 やっぱり無理してよかったなーと。思っちゃうくらいには親馬鹿だなって思うのだ。




 ドラゴンに生まれて数百年。

 それでもわからない、未知の現象に遭遇し、言い知れない不安はあるけれど。

 素敵な旦那様と、可愛い我が子の笑顔を守ろうと心に決めたのでありました。


「とうさま、かあさま、ちゃんと聞いてる!?」

「「ごめんなさい」」



これにて魔石編は完結です。ひとまずのご愛読、ありがとうございました!

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