はーち。
小説を書く時間が土日と寝る前と早起きした後くらいしか存在しない
境界域を抜け、そのまま上空を進み続けること約1分。
木々の上を飛び去りながら、私たちは、問題の境界域群中心部の上空に何事もなく来れる事ができた。
とりあえず、何か目新しいものはないかと自分達の下方を見渡す。
しかし、ここから見える景色はあいも変わらず木の枝葉しかなく、遠目で見た時と大してなにも変わらなかった。
降り立つ前に何か分かればこちらもある程度心の準備が出来たのだが、まあ分からないなら仕方がない。
私たちは、何があってもいいように防御魔法を何重にもかけた後、ゆっくりと浮遊魔法の出力を弱めて、木々で隠れた地面に降り立つことにした。
バキバキと枝と体が擦れる音を鳴らしながら、木々の間を縫ってゆっくりと下降していく。
先ほどの境界域では、浮遊魔法がいうことを聞かなかったのでドサッと地面に墜落してしまったが、そのような事態にならなければこのように優雅に降りる事ができる。
すたっと何事もなく着地をした後、私たちは、付いていた枝葉を軽くほろい、辺りを探るために周囲を見渡した。
周りに見えるのは、木や草花のみ。
先ほど見た境界域とは違って、普通にたくさんの生物の気配があり、実際何種類もの虫が飛んでいるのがわかる。
これはつまり、ここの境界域はほとんど法則が書きかわっていないのだろうと考えられる。
いくら魔力濃度が高い場所であっても、境界域の元となる信仰や感情などが弱い場合は、このようになる場合があるのだ。
しかしそれに対して、明らかに不自然な部分もある。
それは、怪異の気配が一切しないことだ。
これだけ濃い魔力濃度の場所であれば、怪異が大量にいてもおかしくない、いやむしろ、それこそが自然なのだが、それが一切感じられないというのは、確実に何かが起こっている証拠となる。
とはいえ、ここで肉眼による観察をしていても、それ以上のことは分からなそうだ。
目視できる範囲で、自然の法則から逸脱しているような所は、怪異の存在以外には見つけられなかったので、方法を変えよう。
やはり、境界域といえば魔力だ。今度は魔力の動きを見てみて、何か分からないか観察してみよう。
私は再び解析魔法を発動する。
その瞬間、やはり視界に広がるのは真っ白な光景。つまりこの場所一帯が、びっくりするほど魔力濃度が高いことを示す。
ただ、これでは魔力濃度の差が分からず調査にならないので、解析魔法の魔法式を少し書き換える必要がある。
私は、いつもなら右目に浮かべる解析魔法の魔法陣をその場に大きく浮かべて、いくつかの魔法式をいじっていく。
具体的には、理想現実との乖離を示すパラメータの上限をぐいっと上げるように魔法式を書き換えることによって、これまで測れた魔力濃度の上限をそのまま高める事ができる。
まあ、言葉にすればそのように単純なのだが、解析魔法はその魔法式がかなり複雑なので、そう簡単に書き換えられるわけではない。
私のチート頭脳を用いても、数十秒は時間がかかるだろう。
さて。
ぶっつけ本番だったが、うまくいった感じがする。早速、いま作り直した魔法陣を発動してみよう。
解析魔法、改。
魔法陣がその場で光り輝いた直後、私の右目の視界が再びサーモグラフィーで見るような色合いになる。
今度は一面が真っ白ということにはならず、緑が多めの視界になった。
どうやら上手くいったみたいだ。
早速あたりを見渡して観察をしてみる。
ぐるりと体を回転させながら周囲を見回してみると、その中の一部に、真っ白に光る部分が滲み出ている方角があった。
魔力濃度の上限をめちゃくちゃ上げた解析魔法で真っ白の部分と言うことはそれはつまり。
いくつかの木々で囲まれていて直接見える場所にはないが、おそらくその奥に超濃度の魔力元があって、その漏れ出た魔力に魔法が反応しているのだろう。
この魔力濃度の高い空間となっている原因は、多分そこにある。
私は解析魔法を切って視界を元に戻したのち、黒谷さんを連れて、その方向に向かって進み出した。
私たちが魔力元の方に真っ直ぐ歩いていると、かなり大きく開けた場所に出た。
そこは周りと比べて背の低い低い草花で覆われており、まさに草原という言葉が似合う場所である。
木は一本も生えておらず、そのおかげで枝葉に隠されることなく青空が広がっていて、そこに浮かぶ太陽の光が地面を直接照らし、日の暖かさを感じ取れる。
爽やかな風が吹けばサラサラと草花が波うつように揺れて、心地よい音に耳を傾けながらゆっくりと一休みする事もできそうだ。
そんな、自然を楽しむスポットとして最高な空間はしかし、上から見た時には見えていなかったというその一点の事実から、確実にここが境界域であることを示している。
軽く先ほどの解析魔法を発動してみると、やはりここの広い空間全体が真っ白に光っていて、目指すべき場所はどうやらここであった事が裏付けされた。
さて。
そんな草原の中央部に、ぽつんと真っ白な人工物がある。
白い大理石で出来たような椅子が三脚と、白いパラソルがついている机が一つだ。
遠目ではあれが何で出来ていて、何でそこにあるのかなんて事は分からないが。
うーん。
明らかにあの中央にある椅子と机が怪しい。
というか、それ以外に怪しい場所がない。
周囲をみても、まるでこの草原の部分とその周りの森とで世界が切り離されているかのように綺麗に分かれているくらいしか不思議な所はない。
やっぱり調査のためにも、これはあの人工物の場所に行ってみるしかないな。
私たちはそう決心すると、念のために、一切感じられない怪異の存在に気をつけながら人工物のある場所に近付いていった。
ガサゴソ、ガサゴソ。
私はそこにたどり着くと早速、机や椅子の上面や下面、その脚の側面や、地面とついてる脚の裏側などを、肉眼で見たり、先ほどの解析魔法改などによって見回した。
何かないかと、全力で怪しい所を探しているワケだ。
一通り探り終わって一息ついた時、黒谷さんが隙をみて話しかけてくる。
「何か見つかったかい?」
そう聞かれると、私は落胆しつつも答える。
「いえ、なにも。この椅子と机は正真正銘、ただの白い椅子と机ですね。魔力で何かが刻印されているわけでもないので、座ったところで何も起きませんよ。試しに座ってみます?」
「いやいや、こんな怪しいモノに誰が座るんですか?いくら安全だとはいえ、流石に気が引けますよ。」
まあ、確かに。
そんなことを考えつつ、私は本当に何もなかったのか、もう一度初めから調べるのをやり直す。もしかしたら何か見落としているかもしれないからだ。
とはいえ、その確率はとても低い。この頭脳チートがある限り、うっかりなんてことは滅多におきないのである。
調べなおしている間に、軽く会話を挟む。
「でも、そうなると少し困りましたね。ここは魔力濃度が見たこともないくらいに濃い場所だったので、さすがにこの境界域群を作り出した原因はここにあると踏んでいたのですが。」
「確かにそうだね。ここにないとなると、あとは魔力が一切なかったあそこくらいしか調べる所がないけど。」
2人してそのようなことを話していると、数分の後に再調査を終えた。
やはりただの机と椅子であって、これ自体に特別な仕掛けはない。
境界域になった時に、元となった思いが物理的な実体を生成することもあるので、これもその一環で作られたものなのだろうと結論づけた。
それにしても、これはどんな思いを元にしてるんだよと思わなくもないが、まあそれはいいとしよう。
とりあえず、これ以上ここにいても、得られるものは何もない。
私たちは、数分の後にそう判断をして、とりあえず次の目的地を決める。
「ここまできても何もなかったし、取り敢えず、当初後回しにしようとしてた魔力濃度の低い場所に行くかい?」
「ええ、そうですね。あなた程の人を動かしたにも関わらず、手ぶらで帰るのは良くないですから。なにか見つけて帰りましょう。」
そう言って私たちはこの場から、来た道を戻る。
1歩、2歩、3歩。
そして4歩目。
「あなたがくるのを待ってたよ。」
その声が聞こえた瞬間、全身にピンと張り詰めた悪寒が巡ったのを感じた。
私は防御魔法を何重にも張りながら一瞬で背後を振り向き、その姿を目に収める。
それは、黒髪おさげの小さな可愛い少女だった。
彼女は先ほど私たちがいた三脚の椅子のうちの一つに座っており、その手にティーカップをもって優雅に可愛いらしくお茶を飲んでいる。
年代を感じるような薄汚れた服を身に纏ってはいるが、それが気にならないほどに可愛らしい。可愛い。可愛すぎる。
いや違う。確かに可愛いが、そうではない。
本能的に可愛いと脳に刷り込まれるこの感覚は、精神的な何らかの魔法が私にかけられている証拠だ。
確かに彼女は可愛いが、それは私の本意ではない。
一度冷静になれ。まずはこの精神魔法をレジストするんだ。
精神魔法、鎮静。
灰色の魔法陣で出来たそれには、興奮を抑える魔法式が組み込まれている。
現代では良く知られているように、人間の行動や感情というのは、分解すれば、最終的には複雑な化学反応によって引き起こされた結果に過ぎないことが分かっている。
だからこそ、その化学反応を操ることによって、人間の行動や感情をある程度操る事ができるのだ。
科学という観点からみればそれは、例えば精神安定剤や睡眠導入剤などがそれらを可能にする有名なモノだが、なにもこの世界ではこれに限った話ではない。
魔法という観点から見ればそれはつまり、人間の感情は化学反応によって変わってしまうくらいに脆いのだから、感情を変えられるよう適切な魔法式を組み込んだ魔法陣を使えば、簡単に人を操れてしまうという事を示している。
だからこそ、この手の魔法に対抗するための魔法も沢山研究されていて、今回使ったのはその一つである、興奮を抑える魔法というわけだ。
と、解説しているうちに冷静になれてきた。
一度大きく息を吸い込んで、呼吸を整える。
ちらりと黒谷さんの方を見ると、どうやら精神魔法でうまくレジスト出来ていないのか、未だに混乱している様子が伺える。
私はこういう精神を操られる魔法に対してはかなり…いや、チートとでもいえるくらいの耐性があるので、そもそも今回魔法で精神を可愛いに上書きされそうになったことに大変驚いている。
つまり今回かけられた精神魔法は、私のチート耐性を上回って捩じ込めるほどに強い効果があったということが分かる。
その力は、おそらく並の人間なら、この強さの精神魔法はかけられるだけで自我を消失し、廃人になってしまうほどだろう。
そう考えると、この強さの精神魔法を音もなく突然食らった黒谷さんが未だ混乱で収まっているのは、さすが戦闘のプロといった所だろう。
彼ならおそらく混乱している今であっても、自分自身で精神を安定させる魔法を自分に使って、心を落ち着かせようとしているはずだ。
となると、私がやるべき事は彼の救援ではなく、まず相手を知ることからだろう。おそらく黒谷さんも、そう言うに違いない。
私は、座る彼女を観察する。
その見た目は、精神魔法抜きにしても可愛らしく見えるが、それはクラスの中で2番くらいに可愛い女の子といったような感じだ。
あくまでもその容姿は、常識の範囲内に収まっている。
やはり、先ほどの異常なまでに可愛く感じたそれは、精神的な作用によるモノだったのだろう。
しかし冷静さを取り戻した今だからこそ、その可愛らしい見た目からは想像もつかないほどに巨大な、内に秘めた大いなる力の恐ろしさを感じとることができる。
彼女と相対することを考えたその瞬間に、彼女に何も出来ずに負ける未来が見えるほどの力だ。
いつの日かの外国人から感じ取った恐ろしさとは比べることすら出来ないほどに強大な力を、その少女は常に垂れ流しているのだ。
それは言うなれば、存在する次元が異なるというべきだろう。
像と蟻というよりは、津波と蟻のような差だ。
それほどの強さの乖離を、彼女から感じるのである。
おそらくその気になれば、瞬き一つの間に私たち2人を消せるであろう目の前の少女は、しかし、私たちを殺すつもりはないのか、困り顔で口を開く。
「あー。そういえば、神性を消すのを忘れてたよ。これじゃあ、あなたはともかく、隣りのこは辛いよね。」
彼女はそう言った瞬間、私が感じていた力は完全になりを潜めた。
それと同時に、黒谷さんの混乱が解けたのか、浅い呼吸を繰り返しながら膝に手をついて呼吸を整えているのが見える。
どうやら、本当に彼女に敵対の意思はないようだ。
それが安心でもあり、不安でもある。
そのような死の恐ろしさを感じながら、私は彼女が発言するのをじっと待つ。
「話がしたいからさ。とりあえず、せっかく作ったんだし、テラスに来ないかい?」
そう言って彼女が、今自分の座っている椅子をぽんと叩いて、ここだよとアピールをする。
とはいえ、拒否権は私たちが弱すぎるが故にない。
彼女に促されるままに、私たちは用意されていた真っ白な椅子に座ることになった。