2話 異世界へ到着
周りの景色の変化が終わった。
転移魔法が発動し終わり、ついに俺は異世界に来たようだ。
今いるのは路地裏で、細い道の先にある表通りではたくさんの人が行き来しているのが見える。
早く表通りの方に出てみて回りたいのだが、直前のハティの言葉が気にかかっていた。
「お前の世話係なんてやるわけないだろ!? むしろ、異世界に来たばかりの俺の方が世話してもらいたいくらいだよ!」
「ツカサの世界を救ってあげたのは私よ! 恩を仇で返す気なの?!」
「その件は本当にありがとうございました。でも、それとこれとは別だ!」
ハティが俺を転移させた一番の目的は自分が楽をするためだったみたいだ。
私利私欲に突っ走るこいつが賢者だなんて呆れる。
確かに、ハティには大きな恩があるが、一生ハティのために身を粉にして働き続けるのはお断りだ。
「せっかく異世界に来たんだから、俺は自由に生きるぞ!」
「そうね、今のツカサはとっても自由だわ、なんてったって無職だもの」
「あっ」
そうだった、この世界に来たばかりの俺には何の地位もないんだった。
所持金と持ち物はゼロ。装備は半ズボンのみ。
このままじゃ餓死一直線だ。
「私ちょうど今、一緒に冒険者やる仲間を探してるんだけどな~。誰かいないかな~」
ハティはちらちらとこちらを見てくる。
下僕ではなくとも仲間になれってことか、他に選択肢もないし仕方ないな。
「分かった、ハティに協力するよ。どうやったら冒険者になれるか教えてくれ」
「話が早いわね。じゃあ、冒険者ギルドに行くわよ。冒険者ギルドに行けば冒険者として登録できるし、どんな職業に適性があるか調べてもらえるしわ」
俺たちは露店が並び、人通りの多い表通りに出て、冒険者ギルドに向かって歩き出した。
道すがら、すれ違う人たちがみんな俺の方を不思議そうに見てくる。
「なぁハティ、さっきから皆俺のことを見てるんだけど、俺ってこの世界だとものすごくモテるような顔なのかな?」
「どう考えてもツカサが上半身裸だからでしょ。街中を上半身裸の男がうろついてたら、誰だってびっくりするわよ」
「そうだ! 俺服着てないんだった!!」
ハティはもう慣れたようであり、俺自身も気にしていなかったが、俺は今上半身に何も身に付けていない。
「正義感のある冒険者なんかに見つかったら、捕まって牢屋送りにされるかもね。もし捕まっても私はあんたと何も関係ないって言ってよ」
こいつ、容赦なく俺を見捨てる気か?!
やられる前にやる。先手必勝だ!
「服を! だれか俺に服を恵んでくれ!! この鬼畜賢者に服を奪われたんだ! 誰かぁ!」
「大声で私が悪いみたいに言わないでよ! 途中で服を買ってあげるからそれまで我慢しなさい」
「よしよし」
異世界に来て即日牢屋生活が始まるのは避けられそうだ。
「そういえば、俺の高まった存在レベルはこの世界ではどう扱われるんだ?」
「体の頑丈さに変換されてるはずよ。今のツカサの体は生半可なモンスターの攻撃なんかじゃ傷一つつかないんじゃないかしら」
年相応の平均的な体形の俺の体には目に見えた変化は見られないが、この肉体は強靭なものになってるらしい。
モンスターや魔王がいるようなこの世界なら、きっと役に立つだろう。
「私も気になるわね、どのくらい頑丈なのか試してみましょうよ。今すぐに」
「はい?」
「くらえ、ファイアボール!」
ハティは手から人の頭ほどの大きさの火の玉を出したかと思うと、それを俺に向けて思いっきり投げてきた。
「うわっ!」
火の玉は俺に直撃して爆発した。が、全然痛みを感じない。
体にダメージも見当たらない。
「手加減したとはいえ、普通の人間なら灰になるくらいの威力だったんだけど、効かないのね」
「それって手加減って言わないだろ! てか、くらえって言ってたよな?!」
「ここ最近のストレスをおまけで乗せといたわ」
「八つ当たりすんじゃねぇ!」
思い立った瞬間に、俺の意思も確認せずに殺人級の魔法を放ってきやがった。
「うちの商品に何すんだお前ら!!」
「ん?」
俺の背後には露店があった。
露店の商品はハティが放った魔法の余波でほとんどが黒ずみになっている。
原型すら留めていない商品を目にした露店の店主の男こそが怒声の主であった。
「道のど真ん中であんな魔法ぶっ放しやがって! 商品の弁償はしてくれるんだろうな?!」
「やばいぞハティ、店主めちゃくちゃ怒ってるじゃん! お前が魔法なんて打つからだぞ、どうにかしてくれ!」
「転移魔法の準備が大変だったから、お金なんてほとんど残ってないわよ!」
「お前らまさか弁償できませんなんて言わないよな。こっちはどんなことをしてでも取り立てるつもりだぞ?」
ああ、終わった。
一日も経たずに俺の異世界生活は終了だ。
さよなら太陽、よろしく薄暗い牢屋。
いや、待てよ? 現金じゃなくても装備を渡せばいいんじゃないか?
「おっさん、こいつの帽子はどうだ? 賢者の被ってるような帽子だから高い価値があるんじゃないか?」
「何言ってんのよツカサ! この帽子は私のお気に入りなのよ?!」
「帽子だと? ふぅむ、ほぉ、うーん」
店主はじっくりとハティの三角帽子を値踏みしている。
俺には、この帽子に価値がありますようにと祈ることしかできない。
「なかなか上等なもんじゃねぇか。これなら商品の弁償分として認めてやってもいいぜ」
「……ハティ」
「だめよ、これは渡せないわ! 同じものがまた手に入るか分からないでしょ?!」
「ハティ」
「見てよこの先っぽのとんがりっぷり、とーってもお気に入りなのよ」
「ハティ」
「うわぁぁぁぁぁん! 分かったわよ、持って行きなさいよ!」
俺は泣き叫んでいるハティの頭から無言で帽子を取って店主に渡した。
「確かに受け取ったぜ、これでもうお前らに文句は言わねぇ」
「迷惑かけて悪かったな、こいつにもちゃんと言い聞かせとくよ」
俺は放心状態のハティを引っ張ってそそくさと先を急いだ。
♢♢♢
「私の帽子が、帽子、帽子……」
ハティはいまだに立ち直れていないようだった。
「お金が貯まったらもっといい帽子を買おうぜ。だから元気出せよ」
「あれは買ったものじゃないのよ。だからもう手に入れられないかも」
「じゃあどうやって手に入れたんだ?」
「たまたま目についた魔法使いが被ってた帽子なの。いいじゃんって思ったから勝負を挑んで勝って手に入れたの」
「追剥みたいだな……」
ハティに目をつけられた運のない魔法使いが哀れだ。
「ひぐっひぐっ、ツカサには思いやりってものがないんだわ。あんなに大切にしてたのに!」
「お、おい、落ち着けよ、悪かったって。そんなに声出して泣かれるとなぁ」
周りの視線が痛い。
皆ひそひそ声で何か話してるようだ。
早くハティを止めないと、何か勘違いされそうだ。
「帽子を取った次は何を取る気なの?! どうせこのローブを奪おうとしてるんでしょ、ツカサは変態だもの!」
「そ、そんなわけ……」
「あの上半身裸の男、いたいけな少女から身ぐるみ剥がそうとしてるのか?」
「あまりの辛さにあの少女、涙を流してるぞ。許せないな」
「かわいそうに。もし少しでも変な動きがあったらすぐに止めよう」
他の人から見たら、上半身裸の男が泣き叫ぶ少女を脅してるように見えるわけか。
うーん。
俺、思いっきりやばい奴じゃねぇか!