第二十一話「魔獣にも作法を」
村は、すっかりいつもの日常を取り戻していた。
壊れた建物も修理が進み、市場には人々の声が戻っている。
そして村の外れには、巨大なロックホーンがいた。
最初の一杯を飲んで以来、ずっと同じ場所で主人公を待っている。
村人たちも、すっかり見慣れてしまったらしい。
「おはようございます」
「おう、おはよう」
ロックホーンの横を、荷車が通り過ぎていく。
魔獣は気にも留めず、ただ主人公が来る方向を見つめていた。
おかわりを待っているのである。
数時間どころではない。主人公が茶葉を作り直す間も、ずっと待っていた。
「……あれ、まだいる」
主人公たちの姿を見つけると、ロックホーンはゆっくりと顔を上げた。
「お、待ってたのか」
ロックホーンは立ち上がり、主人公の前まで歩いてきた。
「よしよし。今日はおかわりを持ってきたぞ」
「茶神様、今回は十分な量を作れたのですか?」
「ああ。前よりは多めにな」
主人公は籠から茶葉を取り出した。
「さっそく淹れるか」
「お願いします」
主人公は湯を沸かし、茶葉を入れる。
前回の経験を思い出しながら、湯の温度と抽出時間を調整した。
香りが立つ。
「……よし」
器に注ぎ、ロックホーンの前に置いた。
ところが、すぐには飲ませなかった。
「待て」
ロックホーンが顔を近づける。
「まだだ」
「茶神様?」
「まず、座ってくれ」
ロックホーンはその場に伏せた。
「違う。正座だ」
「できるわけないでしょう!」
エルフの声が響いた。
「いや、作法というものがあるだろ」
「相手は魔獣ですよ!」
「分かってる。だから教えてるんだ」
「何をどう教えるつもりなんですか!」
兵士長も呆れ顔で近づいてきた。
「茶神様、魔獣に何を仕込んでいるんです?」
「お茶の作法だ」
「魔獣相手に聞く言葉じゃない!」
主人公はロックホーンの前にしゃがんだ。
「いいか。まずは落ち着いて、器を受け取る」
ロックホーンは器を見つめている。
「急いで飲む必要はない。香りを感じて、それから飲むんだ」
ロックホーンが鼻を近づけた。
「そうそう。いい感じだ」
「……本当に分かっているのでしょうか」
「さあ。でも、聞いてるようには見える」
「魔獣に聞き上手という概念があるんですか?」
主人公は器を少し前に差し出した。
ロックホーンは大きな前脚を動かし、器に触れた。
器がぐらりと揺れる。
「おっと、優しくな」
主人公が支える。
ロックホーンは慎重に器を口元へ運び、ゆっくりと茶を飲んだ。
しばらくして、黒く乱れていた魔力がわずかに揺らぎ、静まっていく。
「……落ち着いてきたな」
主人公はその様子を見つめた。
ロックホーンは器を地面に置いた。
そして、主人公の顔を見た。
「どうだ?」
ロックホーンはもう一度、器を前脚で主人公のほうへ押した。
「おかわり?」
エルフが目を丸くした。
「……もっと飲みたいようですね」
「そうか。気に入ったか」
主人公は笑った。
「じゃあ、もう一杯淹れるか」
「茶神様!」
「ん?」
「今度は正座を教えないでくださいね!」
「……分かった」
兵士長が深くため息をついた。
「頼むから、普通に飲ませてくれ……」
主人公は新しい茶葉を取り出した。
ロックホーンは、今度は器が来るのを静かに待っていた。
「お、ちゃんと待てるようになったな」
「それは作法というより、単におかわりを待っているだけでは……」
「どっちでもいいさ」
主人公は湯を注いだ。
「一杯のお茶を、ゆっくり楽しんでくれればな」
ロックホーンは静かに鼻を鳴らした。
その姿を見て、主人公はふと思った。
作法というのは、決まった形を守らせることだけではない。
淹れる側が相手を思い、受け取る側も一杯に向き合う。
そのための形なのかもしれない。
「……よし。次は器の持ち方だな」
「もういいでしょう!」
エルフの叫びが、村の外れに響いた。




