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12歳からのプロンプト 〜ぼくたちが未来を動かすまで〜  作者: Shecter Reznor


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第12話:セカイの調律と、放課後の秘密基地(後編)

四月。桜の雨が碧浜市の沿岸部を濡らす中、ぼくは碧浜第一中学校に入学した。


 明や夏帆、雄一たちは「サッカー部に入る」「私は吹奏楽部!」と大騒ぎしていたけれど、ぼくは放課後になると、みんなとは逆方向の、新碧浜エリアのバジェットホテル街の裏手にある、市の古い合同庁舎へと向かっていた。


 その地下に、新市長が国家補助金をつぎ込んで作ったという特区の秘密のラボがあった。


 頑丈なセキュリティドアを開けると、そこは学校の教室とは完全にかけ離れた、映画の管制室のような空間だった。壁一面のプロジェクションマトリクス、最新のホログラム投影グリッド、そして一人一台用意された、見たこともない薄型のハイエンド端末。


 そこに集まっていた生徒は、ぼくを含めて、本当に、たったの三名しかいなかった。



「ちぇっ、なんだよ。チャイナスピードに比べたら、この部屋のセッティング、ちょっとトロくね?」



 部屋の隅で、ホログラムディスプレイの応答速度をつついて文句を言っていたのは、小柄だが目の鋭い同い年の男子だった。彼の名前は板倉(いたくら) 悠馬(ゆうま)。この春に中国の深センから引っ越してきた帰国子女だという。幼少期から、無人タクシーや超高速で進化する最先端のハイテク社会を肌で見て育ったため、テクノロジーへの熱量は凄まじい。だけど、お父さんからの情報によると、英語の語彙力や論理的思考が苦手で、自分の見たいビジョンをAIに上手く出力させられずにイライラしているらしい。


「えー……? なんか思ってたのと違うかも。ここって、外国人のお姉さんと洋楽を歌ったりする、楽しい英会話教室じゃないの?」


 もう一人、不安そうに部屋を見回していたのは、一つ年上の、中学二年生の女子――木谷(きたに) 愛衣(めい)ちゃんだった。彼女は「将来は近所のあの巨大なテーマパークで働きたいから、今のうちに英語をペラペラにしておこう!」と、完全に勘違いしてこの特区に応募してしまった、この中で唯一「普通の感性」を持つお姉さんだった。


 ぼくたち三人が、お互いの顔を見て戸惑っていると、自動ドアが勢いよく開き、強烈な足音が響いた。


「よお、未来の支配者(アーキテクト)ども! よくこのイカれた特区に応募してきたな!」


 現れたのは、仕立ての良いスーツを少し着崩した、二十八歳の若い市役所職員――遠山 零士(れいじ)さんだった。彼は市役所の「次世代産業推進室」のファシリテーターで、ぼくたちのスクールにいつも同席してくれる兄貴分だ。その手には、青い缶のエナジードリンクが握られており、入ってくるなりそれをプシューッと景気よく開けた。


「零士、私のラボでその安い合成カフェインの缶を撒き散らさないでって、何度も言ったはずだけど?」


 零士さんの後ろから、冷徹で、だけど脳髄に突き刺さるような凛とした声が響いた。


 部屋に入ってきたのは、三十代後半の、抜群にスタイリッシュな日系アメリカ人女性。彼女こそが、このスクールの最高責任者であり、ぼくたちの講師であるクロエ・サクラバ先生だった。


「ひっ、すみませんクロエさん!」


 零士さんが一瞬で直立不動になる。零士さんは、クロエ先生の過去の実績を狂信的に崇拝している信者でもあった。


 クロエ先生の前職は、あの青い牛のマークで世界的に有名なエナジードリンク企業の、モータースポーツ最高峰・F1チームのシステムエンジニアだ。時速四百キロを超える極限状態で走るマシンのセンサー監視や、命がけで崖を飛び降りるアスリートのバイタルモニタリングなど、一瞬の遅れも一文字のミスも許されない超高度なリアルタイムAI制御プログラムを、当然ながら「英語のプロンプト」だけで構築してきた伝説的な天才だった。


「……さて」


 クロエ先生は、鋭い眼光でぼくたち三人を一瞥した。愛衣ちゃんが恐怖で小さく悲鳴を上げる。


「木谷愛衣。ここは洋楽を歌う場所じゃないわ。そんなぬるい英会話がしたければ、駅前のスクールにでも行きなさい。板倉悠馬。深センのスピードを語るなら、まずそのスカスカな語彙力をどうにかしなさい。AIはお前の感情の爆発じゃ動かない。そして――浅羽航太。お前の父親から話は聞いているわ。面白い妄想をするそうね」


 クロエ先生は、教壇のマスター端末の前に立つと、冷たく微笑んだ。


「私がいた世界では、プロンプトの一文字の打ちミス、コンマ一秒の遅れが『人間の命』を吹き飛ばした。学校の授業で習うような、お喋りのための英語なんて、ここでは一切教えないわ。ここであなたたちに叩き込むのは、世界最先端の超高性能AIの脳みそを、最初の一撃で完全に屈服させ、命令通りに従わせるための――最強の暗号、英語の『論理構造(プロンプト)』よ」


 クロエ先生の指が、キーボードを叩く。


 次の瞬間、ぼくたちの目の前の空間に、すさまじい密度の英文のデータストリームがホログラムで展開された。


「お前ら、ビビってんじゃねえぞ!」


 直立不動から戻った零士さんが、青い缶を高く掲げて不敵に笑った。


「このスクールの予算を国から分捕ってくるために、うちの丸山瑠美室長が、お堅い市議会のジジイどもの喉元にナイフを突きつけるような大立ち回りを演じてくれたんだ! ガキ扱いされたくなければ、死に物狂いでクロエさんに食らいつきなさい。碧浜市の未来をハッキングするんだよ!」


 グラフィックスの青い光が、ぼくの顔を照らしていた。


 深セン帰りの悠馬が「おもしれえじゃん……」と不敵に歯を見せて笑い、愛衣ちゃんは涙目になりながらも「テーマパークのために、絶対に逃げないんだから!」と小さな拳を握りしめている。


 ぼくは、胸のポケットの『妄想ノート』にそっと手を触れた。


 お父さんの言った通りだ。ここは、ただの習い事の場所じゃない。大人が作ったこの世界の歪みを、ぼくたちの言葉で、プロンプトで、調律し直すための――秘密の基地だ。


「さあ、第一レッスンを始めるわよ。最初の課題は、三十単語以下の英語だけで、目の前のセキュリティAIの思考を完全にロックすること。……始めなさい」


 クロエ先生の鋭い声とともに、ぼくたちの、新世界の真ん中での放課後が、ついに幕を開けた。

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