↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12歳からのプロンプト 〜ぼくたちが未来を動かすまで〜  作者: Shecter Reznor


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
11/23

第11話:セカイの調律と、放課後の秘密基地(前編)

三月、小学校の卒業式を終え、中学の真新しい制服が部屋のハンガーに吊るされた。


 ぼくの胸のポケットには、あの日二段ベッドの上で書き殴った、誰にも言えない『妄想ノート』がしまってある。二一〇〇年、世界から労働が消える。人間は自分で働かず、代わりに自分専用の労働AI(パーソナル・エージェント)を社会に就職させるんだ――。


 あの大妄想をノートに叩きつけてからというもの、ぼくの脳裏からは大人の「仕事」というものへの疑問が消えなくなっていた。


 ある日の夜、十一時を回った頃。


 リビングの明かりがまだ点いているのに気づき、ぼくは喉の渇きを理由に部屋を出た。

 ローテーブルの上には、何枚ものホログラムディスプレイが浮かび上がり、複雑なグラフや、ぼくたちの住む『碧浜市』の立体地図が青白く発光している。そこへ向かって、眉間に深い皺を寄せながら指先を滑らせていたのが、お父さんだった。


 お父さんは民間企業のコンサルタントだ。国や都道府県、市区町村といった自治体向けの事業企画や、膨大な予算執行の最適化を提案する仕事をしている。昔からお父さんは、社会の先を見据える思考が恐ろしいほど鋭かった。


「まだ起きてたのか、航太」


 お父さんはディスプレイを空中ではじいて、視線をぼくへ向けた。


「喉が渇いて……。お父さんこそ、それ何のデータ?」


 ぼくは冷蔵庫からお茶を取り出しながら、思い切って、ずっと胸に溜まっていた問いをぶつけてみることにした。


「ねえ、お父さんとお母さんってさ……毎日、どんな仕事をしてるの? 三雲さんみたいに、英語のプロンプトでロボットをバリバリ動かす未来っぽい仕事じゃないよね。何のために、そんなに遅くまで働いてるの?」


 お父さんは一瞬、意外そうな顔をして目を丸くした。それから、ふっと口元を緩め、隣のソファを顎で指した。


「座れよ。お前も中学生になるんだから、少しは碧浜市の『本当の姿』を知っておいた方がいい」


 お父さんは空中を指でなぞり、碧浜市の立体地図をぼくの目の前に大きく引き延ばした。


「航太、お前はうちの市がどんな街に見える?」


「……巨大なテーマパークがあって、新碧浜エリアには綺麗なリゾート風のマンションが並んでて、海側には日本一の鉄鋼団地がある。お金持ちの街、って学校ではみんな言ってるけど」


「それは、二〇二〇年代までの古い記憶だ」


 お父さんの声は、コンサルタントとしての冷徹な響きを帯びていた。


「いいか。海側にあるあの巨大な鉄鋼団地。二〇三〇年代の『大自動化計画』で、あそこは完全に無人化された。世界中の建築AIやドローンから、英語プロンプトのデータで『この分子構造の鉄を今すぐ作れ』とオーダーが飛んできて、重機ロボットが二十四時間体制で超高速加工している。企業としては大儲けだ。だが、完全自動化されたことで、何が起きたと思う?」


「……あっ」


 ぼくは息を呑んだ。


「人間が、働いてない?」


「その通りだ。鉄鋼団地から『人間の雇用』が激減した。企業から法人税は入るが、あそこに勤めていた現役世代の労働者たちが、この街に移り住んで住民税を払ってくれなくなったんだ」


 お父さんは地図の『新碧浜エリア』を赤く発光させた。


「追い打ちをかけるように、かつてリゾート感を売りにしていたあの輝かしいマンション群は、今や高築年数の老朽化物件ばかりになった。住民の高齢化が進み、大規模修繕で外観を保てる富裕層の棟と、修繕費が出せずにゴースト化した棟に真っ二つに分かれている。街の景観はむしろ退廃的になり、観光客にゴーストタウンのような印象すら与え始めている。住民税収の低下には、もう何年も歯止めがかかっていない」


「でも、テーマパークがあるじゃないか。観光客がいっぱい来てるよ!」


「そこが、この街の最大の『欠陥』なんだ」


 お父さんは、お母さんが勤める映像コンテンツプラットフォーム企業のロゴが入った端末を見つめた。


「お母さんの仕事とも繋がる話だがね、今の人間がエンタメに求める価値は高くなる一方だ。それなのに、碧浜市はこれまで、観光客の経済活動を『パーク内と宿泊ホテル』だけに依存しきって、市全体の滞在価値を上げるインフラ投資を怠ってきた。平成から令和の初めにかけて団塊世代のおじいさんたちは『静かな市民生活を脅かすな』とインフラ拡大を拒み続けた。結果はどうだ? パークの外に出た観光客、特に新碧浜エリアの格安ホテルに泊まるバジェット層にとっては、夜中に開いている飲食店もなければ、購買意欲をくすぐるブランドショップも化粧品店も、何もない。ネットの口コミには、ストレスの溜まる『欠陥観光地』の烙印を押されている」


 お父さんの指が、新碧浜の温泉跡地を指した。


「二〇三〇年頃、お偉いさんたちが作ったあの意味不明な防災運動施設を知っているな? 既存の総合公園と何一つ差別化できず、存在意義すら示せないまま税金を垂れ流している。この市政の欠陥に怒った現役世代の住民たちが、去年の冬に何をしたか知っているか?」


「リコール……だよね?」


「そうだ。デジタル署名による住民運動で、前市長は失職した。そして、この春から就任したのが、民間出身の若い新市長だ」


 お父さんは、ぼくの目を真っ直ぐに見つめてきた。その目は、夜の静けさの中で、怪しく、だけど最高に熱く光っていた。


「新市長は、この死にかけたベッドタウンを大改造しようとしている。国から巨額の『国家補助金』を引っ張り出し、産官学連携の、とんでもなく先駆的な裏政策を立ち上げた。いいか航太、お前がノートに書いているような妄想を、本気で街のシステムに叩き込める『機械の支配者』を、この碧浜市で育てる計画だ」


 お父さんは、ポケットから一枚の、金属製のような薄いデジタルカードを取り出し、ぼくの前に滑らせた。画面には、青い文字でこう刻まれていた。


『次世代グローバル・プロンプト・アーキテクト育成特区:GPAジュニア(GPA Jr.)第1期生募集要項』


「新年度から、中学の部活の代わりに、市の秘密のラボでこの事業が始まる。全国的にも先駆的すぎて、役所の公募ページの一番奥に隠されているから、内容を理解できる親なんてほとんどいない。応募者は数名しかいないはずだ。面接に行けば、お前なら確実に採用される」


 お父さんは立ち上がり、ぼくの肩をバチンと叩いた。


「お父さんのコンサルとしての先読みだ。これからの時代、ただの英会話を習っている奴は、AIの奴隷になる。だが、この特区で『AIを従えるための論理英語(プロンプト)』を身につけた奴は、この街の、いや、世界のシステムそのものをハッキングして書き換える側に回れる。どうする、航太。部活で汗を流すか、それとも、未来の舵を握りに行くか?」


 お茶の缶を持つぼくの手が、じわりと熱くなっていた。


「……ぼく、これに行く。このスクールに応募したい」


 お父さんは、ニヤリと鋭い笑顔を見せた。


「よし。明日、お母さんには俺から話を通しておく。中学生になったら、お前だけの戦いを始めろ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。