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 遠い山の峰に雷が落ちたような余韻が農園全体を這っていく。


 地面を、この体をビリリと震わせた赤き稲妻の落ちた跡には、胴体が横に真っ二つになって倒れているボスボアの姿があった。


 斬り割られた肉の部分は黒く焦げていて、地面も大きく抉れ、火薬が爆ぜたような焦げ跡が付いており、瞬間的なエネルギーの凄まじさを物語っていた。


「すげえな······」


 噂には聞いていた。ヴィオラの必殺技。

 上級モンスターでさえ一撃で葬ると言われていた赤き稲妻。

 この目で見るまでは眉唾物であったが、今目の前に確かな証拠がある。


 が、しかし。


「ぜえっ、ぜえっ、ぜえっ、ぜえっ······」


 その大技を放った当の本人はと言うと、両手を大地にバッタリと投げ出し、死にそうな呼吸を天に向けて吐き出している。


 愛用のドラゴンスレイヤーも、地面に並ぶように横たわっていた。


「あー。おーい、大丈夫か?」

「ぜえっ、ぜえっ、ひゃ、ひゃいほ、ゼヒッ、ゴホッ! ゴホッ?!」

「あ、いいよ。とりあえずしばらくそうやって休んでてくれ」

「だ、大丈夫でしょうか?」


 駆け寄ってきたナズが心配そうにヴィオラの横に座り込む。

 俺は彼女の呼吸が整うまで辺りを警戒して待つ事にした。


 ナズのヒールも少し効いたのか、数分の後、ヴィオラは普通に話せるレベルまで回復した。


「ありがとうございますわナズさん。お陰で死の淵からは舞い戻って来ましたわ。そうっ、私は不死鳥のように戻って来た!」

「わ、わあ~、す、すごーい」


 ──パチパチ──


 困惑するように拍手するナズ。喋れるようにはなったが未だに大地に身を投げ出したままのヴィオラを困ったように見ていた。


「おーい、ヴィオラ。大丈夫か?」

「まあっ。子猫が獅子を心配するなどおかしな話。でもご心配なく。なんて事ありませんわ」


 確かに大丈夫そうだ。まあ、倒れて無防備なままだが。今なら事故に見せかけてたわわな胸に両手をついてしまっても抵抗すら出来んだろう。


「ト、トレイルさん。目が怖いです」


 隣のナズが少し引き気味に言った。


「ともかく、何時までもここに居る訳にはいかん。帰るぞ」

「ええ、そうですわね」

「では、帰りましょうか」

「······」

「······」


 ············。


 仰向けのまま動きもしないヴィオラ。


「おい」

「あら、何かしら?」

「帰るぞ」

「ええ。分かってますわ。だから、早くしてくださいな」

「何をだ?」

「まあ、なんて察しの悪い。当然おんぶをするのですわ」

「誰を?」

「私を」

「誰が?」

「貴方が」


 素直に人に物を頼めないのかこいつは。


「はあ。仕方ねえな。ほれ」


 しゃがんで背を向ける。


「ほらよ。遠慮するな」

「もう、トレイルさんたら。貴方は何も分かってらっしゃらないわ」

「何がだ?」

「今の私は腕を上げる事すら出来ないのですわ。この状態でどう貴方の背中に乗ると言うの?」

「俺に聞かれてもな······」


 凄い技だったが、こんなにまでヤバい反動があるとは。

 一発放ったら戦闘不能になるどころか行動不能になっている。


「仕方ない。ナズ、ヴィオラを何とか背中に乗せてやってくれ」

「は、はい。ヴィオラさん、失礼しますね」

「まあ、申し訳ありませんわナズさん。トレイルさんが不甲斐ないばかりに」

「い、いや。トレイルさんはその、よく頑張ってらっしゃると思います」


 後ろでゴソゴソする音と、ナズのよいしょっという声がし、ふわりとした温もりが背中にのしかかった。


「ナズさん、どうもありがとうございますわ」

「いえ、そんな······」

「さ、トレイルさん。遠慮せずに出発なさって」

「ああ」


 本当に遠慮しないぜ。なんて最高な感触だ。背中だ。背中に至福の温もりが無抵抗に押し当てられてるぜ。


「トレイルさんの顔がこの上ないくらいにだらしなくなってます」

「気のせいだ」


 ナズの冷ややかな視線に誤魔化し笑いをかましとく。


「トレイルさん、分かっていて? 貴方はこの高貴な私の肌に触れています事よ。その栄誉に畏れ敬い、寝る時も私に足を向けないように」

「ああ、大変役得なのは間違いない。今回は文句言わずにゆうこと聞いてやるさ」

「とても不埒な香りがしますが、まあ、許して差し上げましょう」


 こっちはとてもフルーティーな香水の香りが首筋に纏わり付いてるぜ。最高だな。




 ヴィオラをおぶったまま、農園の入り口近くにある小屋に入り、そこで待っていた管理者に討伐完了の報告をする。


「て、訳で。ボスボアは少し値を張らせてもらうぜ。中級モンスターの親玉扱いだからな。一頭で400ゴールドだ」

「少し値上げしてしまったが、大層な相手だったな。分かった、払おう。それに、お前さんのとこにも怪我人も出たようだしな」

「あー、こっちの奴はバテただけだ」

「嘘をつかないで下さいな。女性に恵まれないトレイルさんの為におぶらせてあげてるだけよ」

「という訳でだ。よかったら台車か何か貸して貰えないか?」

「あ、ああ。それなら農耕用の運搬車がある。それを使ってくれ。ウチから若いのを一人貸すから」


 管理者の爺さんの厚意によって、俺らは出荷される野菜と共に運ばれて町へと戻る事になった。

 ついでに軽く解体した(と言うより、牙とか心臓蹄だけ切ってきた)ボスボアの素材も乗せた。



 ──ゴロゴロゴロ······ゴド──


「はいよ。ここでいいんだな?」

「ああ、助かったよ。サンキューな」


 結局、拠点の前まで運んで貰った。

 その頃にはヴィオラも大分回復したようで、自分の足で歩けるようになっていた。


「おほほっ! どうもありがとう。管理者の方にもよろしくお礼をお願いいたしますわね」

「は、はい。それでは俺はこれで」


 俺らを乗せてくれた青年はそのまま馬車を元来た道へと返して行った。


「何とか帰って来れたな。ヴィオラ、もう歩けるか?」

「もちろんですわ。私を誰だと思って?」


 さっきまでのダウンぶりを感じさせない虚勢を張り、何時もの調子で歩いていくヴィオラ。


「さ、フランさん達に報告致しましょう」

「おう、そうだな」

「ふう。私、少し疲れたかも······」

「ナズはやっぱり留守番の方が好きか?」

「はい。でも······たまには皆さんと戦いたいです。また誘って下さい」

「おう。また頼む」



 午後の陽射しが大分傾いて黄金色に染まる頃。


「あっ、お帰りー! みんなーっ!」


 庭で焚き火をして待っていたフランが出迎えてくれた。横に誰か一緒に座ってる。


「よー。ご苦労さん、フラン」

「お疲れ様ー。ねえ、トレイル。お客さんが来てるよ」

「客? 誰だ?」


 そう聞き返すと、フランの隣に座っていた謎の人物がくるっと振り向いた。


「やっほー。来たよー」

「あ、お前は昼間の」


 思わぬ来客は、森で出会ったエルフの少女シヴィであった。



お疲れ様です。次話に続きます。

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