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「げえっ······」


 思わず喉の奥からカエルが潰れたような声が出てしまった。


 高らかに響き渡る高笑いに、通りの通行人達がざわざわと振り返る。


 俺らの前方の、少し離れたカフェのテラスに、そのやかましい声を上げる張本人が居るのが見えた。


「おーっほっほっほ! トレイルさん、ごきげんよう! 相変わらず貧相で教養の無い面構えですことっ。でも、個性的で嫌いじゃないですわ~!」


「トレイルさん。お知り合い、ですか?」

「いや。誰だろうな? 変人みたいだから、放っておいた方がいいな」

「でも、お名前を知ってるようですが······」

「同姓同名の誰かに話しかけてるんだろう。さ、帰るぞナズ」


 絡まれるとひじょーに厄介なので他人のフリをして回れ右だ。


「おほほほほっ! こんな麗しきレディを無視なんて、許される事ではなくてよ?」


 背中にズンズンと迫るプレッシャー。そしてそれはすぐに目の前に回り込んで立ちはだかった。


「この私自らが直々に声を掛けて差し上げたのよ? それを知らん顔だなんて。教養が足りないのかしら、それとも礼儀を知らないのかしら。あらっ! ごめんあそばせ! 両方ですわ~!」

「はあ······今日も元気そうだな、ヴィオラ」


 俺らの前に回り込み、ふふんっと堂々に立つのはご存知スーパーウルトラ超絶うるせえ麗しき令嬢ヴィオラ。


 めんどくさいのに捕まってしまった。

 そんな辟易してる俺になんか構わず、ヴィオラは相変わらずのテンションで喋りだした。


「あら、トレイルさん、貴方少し元気が無いんじゃなくて? そんな事では、このゴージャスでジーニアスな私と対等に並ぶなど10万年経とうとも無理ですわ~!」

「その前に死んでる」

「まあっ。それは負けを認める、という事かしら?」

「一体なんの負けで、どうしてそうなるかは分からんが、もうそれでいい」

「駄目ですわ。そんな不戦勝で勝つなんて誇り高きラインフォースの恥。トレイルさん、貴方は正々堂々と正面から私と戦って、ちょこーっとだけ見せ場を披露した後、無様に叩きのめされなければなりませんわ~!」

「うん。やっぱり会話が成立せんな」


 軍に居た頃からこんな調子だったんだよな。

 でも、初対面の時は俺なんか特に気にも留めてなかったはずなんだが······。


「あ、あの、トレイルさん。もしかしてこちらの方が例のご令嬢さん······?」

「そうだ。こんなんでも由緒正しきラインフォース家の麗しき令嬢だ」

「な、なるほど」

「あら? あなた······」


 ヴィオラがナズにチラリと視線をやった後、怪訝な表情を俺に向けた。


「まさかこんな可愛らしいお嬢さんを(たぶら)かしているのかしら?」

「······実はそうなんだ。俺らは強い愛の糸に結ばれててな。これからデートに行くんだ」

「え、ええっ?!」


 驚きの声を上げたのはナズであった。


「ト、トレイルさん、わ、私達は別にそんな関係ではっ······そ、それに、フランさんだって居るのに······あ、で、でも、あの、私みたいなのでもそういう風に思って貰えてるなら、い、嫌ではなくて······ゴニョゴニョ······」

「嘘はいけませんわ、トレイルさん。ほら、ご覧なさい。お嬢さんが困ってらっしゃるわ」


 たしかに何か困ってる。この場を離れるための口実だったのだが、ナズには迷惑だったっぽい。


「それで? まさか本当に拐った訳ではないのでしょう?」

「あー。まあ、訳あって一緒に暮らしててな。他にも何人か居るんだが」

「他にも? まさか他にも沢山の女の子を抱えているのかしら?」

「いや、まあほとんど女ではあるが······」


 なんだか尋問みたいになってきた。


「······まさかトレイルさん。貴方の事ですわ。何も知らない無垢な少女達を騙して娼館でも作った訳じゃありませんわよね?」

「俺がそんな事する男に見えるか?」

「あら、そう言えば見えませんわね」


 案外あっさり納得したヴィオラ。


「貴方なら全員自分の物にしますわねえ。まあっ、汚らわしい! やっぱり貴方は頭の中が欲望に満たされた獣ですわ~!」


 もっと酷い解釈をされてしまった。

 と、ここで。ナズがハッとして声を上げた。


「あ、あのっ、違うんですっ! トレイルさんはそんな事じゃなくてっ、私みたいなのを拾って一緒に新しい商売をっ······むぐうっ?!」

「じ、実はだなっ、この子は俺の遠い親戚の子なんだ! それで今はこの子の家にお世話になってるんだ!」


 ナズの口を押さえながら、自分の口からはでまかせを吐く。

 ヴィオラにスレイヤー屋の事を知られたらどんな急展開を迎えるか分からん。上手く誤魔化さなくては。


「あー、ナズ。今晩の飯の食材を買いに行かないとなー! さ、行こう。ヴィオラ嬢、俺達はこれでお邪魔しますわ、ごきげんよう」


 ナズの手を引いてまた回れ右。よし、ナチュラルにこの場を脱出だ。


 ──ガタッ──


 途端に台車が重くなる。

 振り返ると、ヴィオラの優雅な笑いが傾けられていた。


「私もご相伴に預かりたいですわ。さ、この馬車で我慢して差し上げますので、ご案内しなさい」

「おい、重量オーバーだぞ」

「おほほっ! 本当にレディに対する礼儀がなってませんわね。でも、許して差し上げてよ」


 くそ。こいつはガンコだからな。このままじゃ拠点に来られちまう。


 何か良い策は······。


 と、このピンチを抜ける手を考えていた時だった。


「お~いっ! スベッター屋~!」


 一人の衛兵が間違えた名前で俺を呼びながら走ってきた。


「良かった、ちょうどこの辺りに居たんだな! また緊急の依頼をしたい! 東街道にモンスターの群れが現れたんだ!」

「あー······。うん、分かった」

「? どうした? もしかして都合が悪いか?」

「あ、いや」


 実際かなりのバッドタイミングだ。

 だが、仕事の依頼だ。断る訳にはいかん。


「ナズ、先に家に帰っててくれ。あー、ヴィオラ? その、俺は少し野暮用が出来てな。晩飯会はまた今度に······」

「まあ、野暮用だなんて。ほんと仕方ありませんわね」


 よし、このまま有耶無耶にして······。


「貴方、剣を貸しなさい」

「はい?」


 ヴィオラが衛兵の腰の剣を指差す。


「それよ。思い入れの品かしら?」

「い、いえ。そんな事はありませんが······」

「なら、貸しなさい」


 言われるがままに剣を差し出す衛兵。受けとるヴィオラ。


「さ。エスコートはお願いしますわ」


 ヴィオラの優美な笑みが向けられた。


「はぁ······」


 こりゃ誤魔化せそうになくなってきたな······。



お疲れ様です。次話に続きます。

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