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 突然、太陽が遮られ、俺らの立つ辺りに影が落ちた。


「フランっ、やれるか?!」

「任せて! 氷結よ、我が貫く意志と化せ! 『アイシックルランス・バースト』!」


 ──ズドドドドドドドッ──


 急なオーダーにも的確に応えるフラン。つららの如く氷の槍が空へと駆けていく。


 その上級魔法の先には──


『グオオオオオオオオオオッ』


 耳もつんざく咆哮を上げながら降下してくるワイバーン。

 家ほどもあろう巨体と、雲のように太陽を遮る巨大な翼で空を舞い降りてくる最強のモンスター。


 魔王の出現するよりも昔から存在する原生種。起源にして頂点とも讃えられる最強の存在。

 食物連鎖の頂点。モンスターの王。大空の支配者。その名は恐怖の代名詞。

 その強さと圧倒的な存在感から、あらゆる異名と共に多くの伝説や昔話に語り継がれるモンスター。


 全身を覆う暗緑色の鱗は鉄のように硬く、翼の関節に短く出た手には剣よりも残酷な爪があり、長くもたげた首の上には人よりも大きい頭がある。

 その目玉はどんな生物の眼よりも人に恐怖を与えるように縦に裂けていて、あらゆる肉を引き裂く牙は見る者を震え上がらせる。



 そんな怪物が俺とフランに凄まじい殺気を放ちながら降りてくる。


 ──ズガガガガッ──


『ギャオオオッ』


 フランの攻撃を食らったワイバーンが嫌がるように体勢を崩す。


 俺とフランは反対方向に飛び退いた。


「風の剣、『ウインドソウル』!」


 剣に風属性を纏わせる。

 俺にはフランのような高火力の遠距離魔法は使えない。

 だが、武器に属性魔法を纏わせる魔法剣は練度を重ねればある程度の遠距離攻撃を可能とする。

 俺が師匠に叩き込まれたとっておきの技だ。


「『マキシマム・ザンバー』!」


 剣に風の刃を纏わせ、それを最大出力にまで高める。


「はあああっ!!」


 ワイバーンの身体がこちらのレンジに入ったところで剣を振り下ろす。


 薄い若緑色に揺らいだオーラの刃が、ワイバーンの翼に直撃する。


『ギャオオオッッ』


 大きな手応えと共に、空中に鮮血が舞う。

 ワイバーンの左翼が切れ、バランスを崩して落ちてくる。


「フランっ!」

「おっけー!」


 ──タンッ──


 落下してくるワイバーンの巻き添えにならないように大きく飛び退く。


 呼んだだけで何をするべきか理解したフランが杖を構えて詠唱する。


「天に連なる(いかずち)よっ! 槌となりて墜ちよ! 『インパクトボルテックス』!」


 フランの詠唱の終わりと、ワイバーンが地面を揺らして落ちたのが同時だった。


 ──ドオオオンッ──


 巨体が地面を震わせる。土が草ごと捲れ上がり、砂や石粒が爆発するように飛び散る。


 そのタイミングで、上空に極小の雷雲が発生する。

 黒い塊のようなそこに魔力の流れがバチバチと弾けるように瞬く。


「っ! はあっ!」


 フランが天に掲げていた杖を振り下ろす。

 それと同時に空を引き裂くような激しい閃光と、轟音が響き渡り、ワイバーンへと真っ直ぐに落ちた。


 ──ズダアーンッッ──


『ギャオオオッッ』


「はあっ!!」


 フランによる雷撃と同時に体勢を低くしながらワイバーンの右翼に肉薄する。


 まだ風の刃を纏った一刀を叩き込む。


 ──ザンッ──


『グルオオオオッッ』


 肌を引き裂かれそうな咆哮に耳を塞ぎたくなるのを堪え、太い血管が通っている関節部に剣を突き刺す。


 狙った通りに刺さったらしく、大量の血が勢いよく飛び出した。


『ギャオオオオオオオオッ』


 血を振り撒きながら、翼が動く。

 そこから生える腕が俺目掛けて振り下ろされる。そこらの剣よりもはるかに強力な三本の爪が目の前から迫る。


「っ!」


 その凶悪な斬撃を、下を潜るようにして躱す。

 躱すと同時に、付け根の関節部に一太刀入れる。

 苦しげな咆哮を上げながら、全身をうねらせて暴れるワイバーン。


 バックステップで離脱すると同時に、再びフランの詠唱が響き渡る。


「アイシクル・ビーク!」


 先端が槍のような氷の柱が放たれ、ワイバーンの翼膜を大地に釘付けにする。


『ギャオオオオオオッ』


 ワイバーンが落下してから十秒も経たない内の連続攻撃。

 それでも、ワイバーンはまだ狂暴な殺意を振り撒きながら尾を振り回して俺らの命を奪おうとしてくる。


「っ! 流石にとんでもない生命力だっ······!」


 普通のモンスターなら、フランの最初の魔法で致命傷を負っているはずだ。


 だがそれどころか、俺の属性攻撃を受け、さらには落下とフランの追撃によるダメージ、そして翼への集中攻撃。


 それらを受けてなお、ワイバーンは怒りの雄叫びを上げている。


「フランっ! 動きを止められるか?!」

「やってみる! サンダーアロー・クラスター!」


 ──バンッバンッバンッ──


 点滅するように何度も瞬く紫色の閃光。

 サンダーアローは雷魔法の中では基本的な魔法だが、その威力は中級モンスターでも一撃で麻痺させられるほど。

 ましてや、フランのサンダーアローなら上級モンスターですら行動不能にさせる事が出来る。


 それを絶え間なく連射し、地面に縛られたワイバーンに放つ。


『ギャオオオオオオオオッッ』


 まるで何度も小さな爆発を起こすかのような着弾。火花が散るほどの威力のサンダーアローがワイバーンの顔面へと集中する。


 しかし、ワイバーンは一向に止まりはしなかった。


 再び風の唸り声を上げてしなる尾。


 ──ズガアッ──


 それが、今避けた地面の上に落ちる。土が浮かび上がり、石の破片が頬を掠めていく。


「はっ!」


 すかさず、そこへ俺も斬り込む。


 一閃、二閃、三閃。

 かなり力を込め、氷属性の刃により威力を上げての斬撃。


 しかし、尾は浅く肉を切ったくらいでほとんどダメージにはならない。


「アイシクル・ビーク!」


 再度降る氷結の柱。


 それがもう片方のワイバーンの翼を釘付けにする。

 二本の氷の槍によって、ワイバーンは完全に大地へと磔にされた。


『ギャオオオッ』


 それでも、こちらから距離を詰めると獰猛な牙が襲いかかってくる。


「くっ!」


 少し踏み込み過ぎたせいで、避ける事が出来ず剣でガードする。


 ──ガギィッ──


 牙は避けられたが、鼻先に当てられ身体が宙に浮く。


「っ!」

「トレイル!」


 フランが援護の炎魔法をワイバーンの顔面へと叩き込む。


 爆炎が恐ろしいアギトを包み込むが、雄叫びは少しも衰えずに響き渡った。


「サンキュー、フラン!」


 しかし、ワイバーンの意識がフランへと傾いてしまった。


 そこらの木よりも太い尾がフランへと振られる。


「大地の守護よ! 『ガイア・ウォール』!」


 簡略化された上級魔法の詠唱と共に、フランの足下の土が一気に沸き上がる。


 それはあっという間に一つの巨大な壁となって、フランを守った。


 しかし──


 ──ドガアッ──


「きゃっ!」


「フラン!」


「平気っ!」


 緊迫した返答。無事ではあるが、尾によって防御壁は簡単に破壊されていた。


 その衝撃で、吹き飛ばされたフランが地面に受け身をとって立ち上がる。


「だがっ、そろそろ······」


『グオオオォッ······』


 ワイバーンの動きが鈍くなる。

 今まで俺とフランが積み重ねた攻撃がやっと効き始めているのだ。


 特に、翼の大動脈からの出血は大きいだろう。あれほどの翼全体に血を送るため、奴の上腕と前腕には太い血管が通っている。そこは鱗も薄く、分厚い肉にも覆われていない唯一と言える弱点だ。そこを損傷させられれば、ワイバーンは弱る。これは有名なワイバーン用の戦術だ。


 もっとも、それは翼に近づけられたらの話ではあるが。


 フランの魔法のおかげで、それが楽に出来たのだ。


 後は注意を引きながら弱るのを待つだけ······。



『ゴルルルルルッ······』


「「!!」」


 地を這うような、不気味な音。

 ワイバーンの腹の底から響く音だ。

 それと同時にワイバーンの胸の辺りが膨らむ。


「トレイルっ!」

「俺はいいっ! 自分を優先しろ!」


 ワイバーンが首をもたげる。


 この一連の音と動き。それはナイトやハンターが最も恐れるもの。


『グルオオオオオオオッ』


「っ!!」


 それはワイバーンの代名詞とも言えるブレス(竜の業火)の発射の前兆だ。


『オオオオオオオッッ』


 ──ゴオオオオオオオオオッ──


 その瞬間、世界は真っ赤になる。


 ワイバーンの口から吹き出る業火が全てを飲み込む。

 その場全てが火山の噴火口になったかのような凄まじい炎の吐息に包まれる。


 世界が赤く染まり、目が灼熱によって開いていられなくなるほど。


「っ······!」


 肌が焦げるような熱に、思わず悲鳴を上げそうになる。

 だが、ワイバーンのブレスはなんとか躱し、奴の死角である背中の上へと跳躍した。


 ブレスは威力も範囲も凄まじい、まさに一撃必殺の技だが、リスクはある。


 ブレスの瞬間、自身の他の器官を傷つけないように、ワイバーンは目を瞑る。


 その時こそ、最大のチャンスなのだ。


「あのオッサンも無茶苦茶言うぜ!」


 これは俺の師匠が教えてくれたコツだ。

 昔、何体ものワイバーンと戦った時に偶然発見したとか言ってたのだ。


「フランっ!」


 ワイバーンの首に降り立つと同時に、炎の嵐の中から土の塊が飛ぶ。


 土魔法で防御壁を生成していたフランからのアシストだ。


『ゴアッ』


 樽くらいはある岩石砲弾が、ワイバーンの口に直撃する。


 ブレスの終わりは反動もある。一度ブレスに吐くと、少しの間だけワイバーンの動きは鈍るのだ。


 そこへの不意打ちだ。流石の奴もグラリと頭を地面へと垂れた。


「そこだっ!」


 全神経を集中し、全身に巡る魔力を両腕に集中する。

 手に持つ剣の美麗な瞬きに魔力を流し込む。


 柄に触れる手が溶けるような熱と共に、身体の芯がブルブルと震える感覚。


 全ての力が極限まで高められ、脳の奥でバチッと何かが弾ける。


「秘技! 『ライトレイ・ザンバー』!」


 ──ピインッ──


 剣は光を纏った刃となって、涼やかな音色を奏でた。


 それが風を切り、真っ直ぐにワイバーンの首元に入る。


 光刃は、鎧よりも硬いワイバーンの鱗も、鉄よりも頑強な骨も、鞭よりも強靭な筋も全て絶っていった。


『ゴッ······』


 鮮血が空を洗い、光の剣が太陽に重なる。


 そして、未だに凄まじい力を宿した瞳を保ったままの、ワイバーンの首が宙を舞った。


 それは、今にもまたブレスを吐き出し、全てを食い千切りそうな残忍な口を大きく開けていた。


 ワイバーンの巨大な体がグラリと揺れる。


 ──ゴドッ──


 そこから飛び降りて、顔を上げた瞬間。目の前に鈍い音を立ててワイバーンの首が転がった。


「はあっ、はあっ、はあっ、はあっ······」


 全身からどっと汗が滲む。緩んだ緊張と共に、身体の力まで抜けたようだ。


「トレイルー!」


 岩壁の裏からフランが飛び出し、こちらに駆け寄ってくる。


「トレイルっ、大丈夫?!」

「おう、一応な。ふう······。お前は? フラン」

「流石に疲れたよ~」


 そう言って笑うフランの表情も、安堵と疲労が入り交じっていた。


 俺もフランも大した怪我はしてないが、あちこち小さな傷だらけ。


 二人で並んでその場に座る。


「今日は大仕事だったね」

「だなあ。正直、一人じゃキツかったわ」

「条件最悪だもんね。こんな所じゃ」


 爽やかな風が吹いてきた。

 ワイバーンによって放たれた炎が、まだそこらの草を小さくチリチリと燃やしていて、熱気が残っていたが、それを無かった事にするかのように、風が拭い去っていく。


 空は青天。青さが突き抜けるようで、見上げたら汗が頬を流れていった。


「帰ったら一杯やるか。ビールが最高だぞ」

「いーねー! ナズちゃんとターナちゃんにもお祝い買ってあげよっか!」

「おう、いいな。今日くらいはケチケチせずにパーっとやるか」


 心地よい疲労感は充実感となり、俺とフランは何がおかしい訳でもないのに思いっきり笑った。


お疲れ様です。次話に続きます。

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