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「ぎゃああああああああっ!?」
空を引き裂くような断末魔と共に、数人の命が血肉となって消えた。
『グオオオオオオオオッ』
「ひ、ひいぃっ?! た、助けっ······ぎゃあっ······」
猛々しい口から吐き出された炎が平原を焼き焦がし、逃げようとした兵士の肉を炭にし、鎧をも溶かした。
「くっ、くそお!!」
勇敢に矢を射る者、魔法弾を放つ者。
まだ戦いを諦めない戦士も居た。
しかし
『グルルルルル······』
その翼を持つ怪物、ワイバーンの割けた瞳に睨まれるだけで足がすくんでしまうのであった。
「うっ······?!」
「ひ、怯むな! 攻撃し続けろ!」
『ギャオオオオオッ』
咆哮が草原を震え上がらせ、民家よりも巨大なその体が動く度に大地が小さく揺れた。
「た、隊長! このままでは全滅です! 命令を!」
「う、うるさい! いいから早く奴を殺せ!」
ワイバーンの恐ろしい猛攻に立ち向かう兵士達。
その兵達を指揮するはずのスティングは、少し離れた場所の岩の裏に隠れていた。
「な、なんでこんなにツイてないんだ僕は!」
一時間ほど前。
スティング率いる20人あまりの小隊は、ワイバーン警戒のためのパトロールとしてこの平原に来ていた。
と言っても、実はそれは半分ほど口実で、スティングはワイバーンが現れなさそうなポイントを巡回していたのであった。
もしワイバーンが襲来するなら、食料が備蓄されている砦や町のような場所であり、何も無い平原は通過していくだろうと考えていたのだ。
ところが、ワイバーンは通過するどころか、巡回中のスティング達を発見するや否や、上空から強襲してきたのであった。
予期していなかった攻撃。さらには準備を怠ったため、大型の兵器も携えておらず、兵士らの装備も対ワイバーン用でもなく、ものの数分で部隊は壊滅状態に陥っていた。
「ぐわああっ!?」
スティングが岩の陰で震え、股間を湿らせてる間にもまた一人戦闘不能に陥る者が出る。
「隊長! 退却命令を! このままでは全滅です!」
「だ、黙れえ! おめおめと逃げ帰った事が世間に知れ渡ってみろ! 僕は一生笑い者だ!」
「今はそんな事を気にしてる場合ではないはずです!」
「黙れえ! お前らでどうにかしろお!」
既に冷静な判断力を失っていたスティングは部下を突き飛ばすと、離れた場所に逃げてしまった馬に向かって一目散に走った。
武器もかなぐり捨てて騎乗すると、そのまま走り去ってしまった。
「おいっ! 逃げるなあ!! おいっ!!」
「く、クソ野郎があああああ!!」
残された部下と、未だに命懸けで戦う兵士らは目の前が暗くなるような絶望感に襲われ、スティングへの恨みの言葉を吐き出し続けた。
『グオオオオオオッ』
ワイバーンの咆哮は空を震わせ、全てを恐怖に陥れた。
──パデスの北西、ルゴダ──
かつてトレイルが属していた兵舎のある町ルゴダ。
そのルゴダにあるラインフォース家の所有する迎賓館に、当主代行をも務めるラインフォース家次期当主のグレイルの姿があった。
執務室の窓から、晴れ渡った空を険しい目つきで見上げていた。
『グレイル様、失礼いたします』
ノックの音の後、断りを入れて執事のマルセが部屋へ入る。
「レッカード砦にて事実確認をして参りました。やはりワイバーンはここ数日、近くで目撃されているようです」
「そうか」
モンスターには上級モンスターに分類される強力な種がいくつも存在する。
しかし、一口に上級モンスターと称しても、その中でまた脅威に大きな差がある。
しかし、ワイバーンの脅威は間違いなくトップクラスであるだろう。
その戦闘力もさることながら、飛行能力を有しているため、地上を移動するモンスターなら防ぐ事の出来る防壁が役に立たないのである。
つまり、他のモンスターよりも圧倒的に防衛ラインを越えられやすい。
そんなモンスターが自由に飛び回って近隣を彷徨っているのでは不安はいつまでも消えない。
「やはり軍縮政策が関係しているのだろうか」
「しかし、今回の件に関して言えば、今まで滅多に現れる事のなかった場所で多数の目撃。兵力の過不足が原因ではありますまい」
「ならば······魔王? いや、それは流石にない。ないと思いたいが······」
グレイルは重苦しい気配を飲んだまま、椅子に座った。
「いづれにせよ、もっと兵力が必要だ。スティング達ではいざという時に力にならない。逃げ出すに決まっている。だが、どこも軍縮で兵力不足······おまけに指揮系統も人事異動で混乱している。討伐隊の編成に何日かかるか······」
「······私に一つ提案がございます」
「なに?」
考えあぐねていたグレイルにマルセが予想外な事を言う。
「爺が提案か。一体どんな名案を思いついたんだい?」
「軍ではなく、他の人物に討伐を頼むのはどうでしょう?」
「なんだと?」
その発言は突拍子もなかった。マルセの言い方では、まるで個人に要請を出すかのようであったからだ。
「まさか個人にワイバーン討伐を頼むのか?」
グレイルは頭の中で該当する人物を思い浮かべてみた。
どれもこれも、魔王との戦いで英雄的功績を残した者達ばかりだ。
しかし、それらはいづれも所在が不明であったり、遠い地に居たりしている。
そもそも、わざわざ来てくれるような案件でもない。
「冗談の類いではないね?」
「はは、この老体に気の利いた戯れ言は言えません」
マルセは小さく笑った。
「お嬢様がよくお話になっていたあの方です」
「ヴィオラが話していた······? あっ、もしかして、あの青年か?」
気がついてグレイルも立ち上がる。
「確かに、あのヴィオラがあそこまで言う人物なら······」
その瞳に光が瞬いた。
お疲れ様です。次話に続きます。




