CAMPING・アオカン・無人島生活
流れ着いた無人の島―――
極限の生活が始まることになったとしても―――
君は柔道が楽しいか?
目を覚ました赤神のもとへ、次々と人が集まってくる。
同じ船に乗っていた皇焔学園柔道部の面々――見知った顔ぶれが揃うことで、赤神の胸にわずかな安堵が灯った。
周囲を見渡した赤神は、すぐ傍に立つ三船へと視線を向け、状況を確かめるように口を開いた。
「虎右魔……全員、無事なんだな?」
「あぁ。点呼は俺が取っておいた。問題ねぇよ」
「そうか。 いや、待て……伊達監督がいないようだが……」
「あぁ……どうやら伊達監督とははぐれちまったらしい。まぁ、あの人のことだ。心配はしてねぇけど……」
「そうか。むぅ……」
「なぁ龍馬。お前、なんでこんなことになったのか知らねぇか? 夜に飛び起きたら船が大破してる最中でよ……全然状況が掴めなかったんだが」
「……心当たりはあるな」
「本当か!? なぁ、俺達は一体何に巻き込まれたんだ? 嵐か? それとも岩盤に乗り上げたのか?」
「……」
赤神はしばし黙り込む。
船が沈む寸前――その視界に焼き付いた人影。
青白い肌。
頭部には2本の角。
悪魔めいた形相が、記憶の奥底に深く刻み込まれている。
その異様な風貌を、果たしてそのまま伝えるべきか。赤神は思考を巡らせた。
沈黙が長引くにつれ、周囲から注がれる視線は徐々に重みを増していく。
やがて観念した赤神は、静かに口を開いた。
「……俺達は、悪魔が引き起こした災害に巻き込まれた可能性が高い。船が沈没する直前、窓の外に人影のようなものが、海上を浮遊していたんだ。その頭部には角があったな……明らかに人間ではない。悪魔と呼称して差し支えない存在だろう。それが現れてから、あの嵐に呑み込まれたような騒ぎになったんだ」
「……」
「……」
「……」
「……え? 赤神先輩、今、悪魔って言いました……?」
「急に何言ってるんだ……」
「……赤神、乱調れちまったんじゃねぇのか?」
赤神の告白を受け、周囲で見守っていた部員達の口から、困惑と、彼を案じる声が次々と漏れ出す。
傍らで聞いていた三船もまた、戦友の正気に疑念を抱かざるを得なかった。
ざわめきが広がる中、その流れを断ち切るように、三馬鹿の一角を担う木村が、赤神へと真剣な眼差しで訴えかけた。
「赤神先輩、ちょっといいっすか」
「……なんだ、木村」
「先輩、草臥れて頭が糞危険ぇことになってるんすよ。いったん休んでてもらっていいっすか?」
「おい、待てっ!! 勝手に決めつけるな!! 俺は現実で見たんだよっ!!」
「いや~悪魔とか言われても~……説得力がないし~」
「悪魔って言いだすほど困憊ってるだなんて……狂乱としか見えないね。最悪過ぎるよ……」
「お、おい。嘉納に山下まで……俺は見たんだ!! この目で見たんだよっ!?」
「先輩!! 落ち着いて下さい!! 俺達、もう先輩が異常った言動をするところ、見たくないんですよ!!」
「そうだぞ赤神!! 今思えば、心当たりがあり過ぎるんだよなぁ……この前、総理が来た時も、俺達好き放題してて赤神を困らせたっていうかさ」
「赤神先輩に苦労を掛け過ぎてたっていうか……今まで色々、謝罪っした!! これからは協調性を持って行動していきます!!」
「謝罪した!!」
「謝罪した!!」
「謝罪した!!」
「謝罪した!!」
「謝罪した!!」
「待て、待ってくれ……見たんだよ、俺は……俺は……!!」
「……龍馬、俺がしばらく指揮を執る。だから少し休んでてくれ。頼む……俺もお前のそんな姿、見たくねぇんだよ……!!」
「虎右魔ぁ……お前まで……!?」
「……あの、三船先輩。いいんすか? このまま行っても」
「岡田、今はそっとしておいてやってくれ」
打ち上げられていた備品や非常食を抱え、三船達は寝床を探しに歩き出す。
練習試合に同行していた中学生の岡田も、赤神に一礼すると、その後を追った。
海岸に取り残される形となった赤神。
波打ち際へと視線を落とし、記憶をもう一度掘り起こしていく。
どう見ても、悪魔としか思えなかったあの存在。
だが、三船達の反応を受け、それが本当で現実だったのか――疑念が胸の内に広がっていった。
「……俺は、見たはずだ。あれは……確かに……」
(違うのか? 幻だったのか? ……俺が困憊ているだけか? 困憊り……肩は凝っている。首も……今、ボキッって鳴ったな。腹も……少し怪しいか?)
「……そうかぁー……俺は困憊ていたのかぁー……ははっ」
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照りつける太陽の熱を避けるため、海岸線に口を開ける寥廓な洞穴へと拠点を移した面々。
彼らはここを野営地にするようで、共に流れ着いた船の備蓄品を岩壁へ寄せるように置いていくと、三船を先頭に地面へ体操座りで並んだ。
赤神もその列に加わり、三船の指示にじっと耳を傾けている。
「まずは水の確保を優先するぞ!! 備蓄品だけじゃ、もって1週間が限度だ!! 湧き水や川を探せ!! それと、後で蒸留装置を作る!! 誰か手伝ってくれ!!」
「んじゃ俺が湧き水探してくるし~!!」
「次に食料を確保する!! 今日は木の実と貝を優先して取って来てくれ!! 魚を捕らえる罠や釣り道具は、俺が今日中に作る!!」
「それじゃ僕が、魅惑した木の実でも取りに行こうかな」
「最後に浜辺にSOSの文字を書くぞ!! 文字の大きさは1文字、縦横10m以上だ!!」
「了解!! 俺の糞凄ぇ頭、フル回転させてやんよぉ!!」
「……よし、俺も何か……」
「龍馬ぁ!! お前は今日は寝てろ!! いいな!?」
「……あぁ」
「いいかお前ら!! 怪我だけはするなよ!? 体調が悪くなったら、すぐに伝えろ!! いいな!?」
「了解!!」
「了解!!」
「了解!!」
「よし!! んじゃ取り掛かれ!!」
手際よく指示を飛ばす三船に従い、皇焔学園柔道部の面々は、それぞれの持ち場へと喧々囂々と散っていく。
赤神も何か手伝おうと腰を上げかけるが、三船に制され、渋々その場に体操座りをさせられた。
部員達が洞穴の外へと出ていくのを、赤神は黙って見送る。
岡田もそれに続こうとしたが、不服を滲ませる赤神の表情に気づき、足を止めた。
膝を折ってその場に座り込み、踏したり蹴ったりな赤神を気遣うように声をかけた。
「……あの、赤神先輩。大丈夫っすか?」
「あぁ」
「……仮に悪魔の仕業だとして、なんで俺達が狙われたんすかね?」
「理解らん。……なんだ岡田、お前は俺の言うことを信じるのか……?」
「まぁ……そうっすね。赤神先輩が、困憊ただけでとち狂った言動を取る人じゃないってのは、普段から見てれば理解るんで。この前、総理が来た時も、ちゃんと対応してたじゃないっすか。だから……」
「うぅ……うぅ……!!」
「え? あの、赤神先輩……」
「岡田ぁ……お前、いい奴だなぁ……!!」
「……っす」
(……赤神先輩、本気で困憊てるかもしれないな……こりゃ……)
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9月19日、土曜日の夕暮れ。
太陽が水平線へと沈みゆく黄昏――
浜辺では薪を組んで火が焚かれ、その周囲を囲むように赤神達が座っていた。
野宿の用意を終えた彼らは、これから夕食を取るところで、昼間に島で採った貝や木の実、野草が火にかけられている。
波の音と、薪が弾ける乾いた音が交錯する安堵い空間の中、彼らは地面に身を預け、消耗った体力の回復に努めていた。
赤神は、自分の代わりに指揮を執った三船のもとへと歩み寄る。
三船は、植物の茎を捩じりながら釣り糸を作っている最中で、黙々とその作業に没頭っていた。
「……それは釣り糸か?」
「あぁ。急ごしらえで、どこまで役に立つか理解んねぇけどな」
「虎右魔、お前こういうのが得意なのか? やけに手慣れているように見えるが……」
「まぁな。子供の頃、ひとりでキャンプしてたからよ。その頃の名残だな。道具なしじゃさすがに厳しかったが……漂流してきた物資の中に刃物があって助かったぜ。とはいえ、どこまでやれるかは理解んねぇぞ? なんせ100人近くいる。それを賄えるだけの性能があるかどうかは疑問だな。備蓄も微量いし、節約して使わねぇと」
「だな。明日からはどうする?」
「とりあえず食料優先だな。嘉納が湧き水を見つけてくれたから、水はしばらく持つだろうからよ。海岸線沿いでため池を探して、そこにミミズをばらまいて魚を誘き寄せる。この急ごしらえの釣り道具も使って魚をじゃんじゃん獲っていくぜ。なるべくタンパク質のある獲物を獲りてぇなぁ」
「理解った、それで行こう。島の探索はどうする? この無人島のことを俺達は何も知らん。食料探しも兼ねて、実態を調べた方がいいんじゃないか?」
「だよなぁ。なぁ龍馬、父島に向かう航路で、こんな無人島ってあったか?」
「俺は少なくとも知らんな。猿島なら知っているが……あれは東京湾にある島だったはずだ。 ……ここまで沖にある島で、こんな場所は記憶にないな」
「だよなぁ……猿島なら、横須賀が見えてるはずだしな……」
「……ん?」
「あぁ? どうした龍馬」
「いや、今そこの茂みで音が……」
「野生動物か? 鹿とかヤギとか?」
「……影が見えた。その形が、人の姿をしていたような……」
「人? ……龍馬、お前……また悪魔とか言い出したりしねぇよな?」
「おい!? まだ疑っているのか!? くっ……なんだ虎右魔、その目は……!!」




