DESERTEDISLAND・トンデモハップン・悪魔との遭遇
未知の集団に蹂躙され―――
無人島に流れ着いたとしても―――
君は柔道が楽しいか?
「やぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!!」
「うわぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!?」
「一本ぉ"ぉ"ぉ"ん!!」
日本武道館で行われる新人戦。
数ある試合のうちの一つが、あまりにも呆気なく決着した。
観戦していた選手達は、その隙を一切与えない圧倒的な試合運びに、思わず息を呑む。
「へぇ……赤神さんの試合、もう決着ついたのかよ。何秒ぐらいだ?」
「11秒ぐらいだな……組み合って、軽く右に揺さぶってからの背負い投げで一本勝ち。相手もそこそこ戦えるやつだったのによ、まるで歯が立ってなかったぜ」
「うげぇ……現実かよ。俺、このまま勝ち進んだら赤神さんと当たるんだけど」
「ご愁傷様だな。怪我しねぇように頑張れよ~」
周囲の選手達が各々に感想を交わす中、試合場では赤神が乱れた道着を整えていた。
手慣れた所作で身なりを正すと、そのまま畳に倒れている相手選手へ右手を差し出す。
突然の行動に一瞬戸惑いながらも、相手選手はその手を取り、静かに身を起こした。
「わ、わりぃ赤神」
「礼はいらんよ。……周囲が少し騒がしいが、気にするなよ。猿山の猿は、ろくな言葉を吐かないからな」
「……」
「む? どうした。怪我でもしたのか……?」
「あーいや、何でもねぇ。それじゃ、次の試合も頑張れよ」
「あぁ。応援、感謝っすな」
短い言葉を交わし、一礼を交えてから、2人は試合場を後にした。
赤神の対戦相手であり膝を曲いだ彼は、実力差に打ちのめされながらも、その振る舞いにどこか清々しさを覚えていた。
「あれが高校No.1選手……現実で俺と同学年の高校2年生なのかよ……? なんつーか、妙に大人びてるっつーか……ありゃ敵わねぇよ……」
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人ごみをかき分け、赤神は皇焔学園の選手達が、会場内の拠点としている場所へと向かう。
出迎えた選手から飲料水を受け取ると、一口含み、喉の渇きを静かに癒した。
周囲では他の選手達もすでに試合を終えており、それぞれが次の一戦に向けた準備に取りかかっている。
「……みんな、順調に勝ち進んでいるようだな」
「そりゃなぁ。こんなところで躓いてたら、先が思いやられるだろ」
「……なんだ、虎右魔か。試合が終わったばかりか? 結果は……聞くまでもないか」
「はいはいっと。お前も今のところは問題なさそうだな?」
「今のところはな。だが、試合に絶対はない。想定外な強敵が現れる可能性もある。油断はできん状況だな」
「想定外な強敵ねぇ……無差別級だと、黒城とか阪木原あたりが危険ぇか?」
「そうだな。他にも仁王兄弟あたりの曲者もいる……気を抜かずに行かんとな。虎右魔も、あいつには気を付けろ」
「青桐か。あいつ、1年のくせにやたら精悍いし、ランクも俺より1つ上と来たもんだからな……こっちは内心、穏やかじゃねぇし、どっちが上か、しっかり理解らせてやらねぇとな……!!」
「ふっ……頼もしい限りだな。ランクはあくまでポイント順、実力順ではないからな……1年坊にきっちり洗礼を浴びせてこい」
「へっ!! 言われなくても……ん!? お、おい!?」
「天井が……爆発っ!? なんだ、これは……!」
なんたる光景、吃驚仰天―――
誰も予想だにしていない事態が、突如として勃発した!!
神聖な日本武道館の天井が爆ぜ、穿たれた大穴の向こうから、謎の集団が姿を現す!!
黒い道着に身を包んだ彼らは、銀髪の男を先頭に、天より降りるかのように赤神達のもとへ舞い降りた。
その口から発せられる絵空事な言葉の一つ一つが常軌を逸しており、会場は瞬く間にどよめきに包まれていく。
だが、その空気に呑まれる素振りは、赤神にはない。
傍らの三船へ短く指示を飛ばすと、赤神は一歩、迷いなく踏み出した。
その足は自然と、黒い柔道着の集団へと向かっていく――!!
「虎右魔、ここを頼む」
「おう。龍馬も気を付けろよ」
「あぁ……!!」
(……何者かは知らんが、この大会にとって招かれざる客であることだけは理解る。 ……十中八九、実力行使になるだろうな。高校柔道No.1の力――存分に発揮するとしよう……!!)
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「……むぅ」
2020年9月5日、日が沈み始める時間帯。
放課後の練習に向け、各々が柔軟体操に取り組む中、道場の片隅で赤神は仁王立ちのまま、壁を鋭い眼差しで見据えていた。
昨日の新人戦の最中、突如として攻め込んできた男達――
Rivoluzioneの獅子皇と名乗る銀髪の柔道家に敗北した記憶が、いまだ彼の脳裏を離れない。
意気消沈である。
それに加え、周囲を寄せ付けないほどの殺気が静かに滲み出ており、それを見かねた三船が、呆れたように赤神へと歩み寄っていく。
「おい龍馬……ぼちぼち練習始まるぞ」
「…………あぁ」
「……あの黒い道着の集団について考えてんのか?」
「あぁ」
「アイツら、明らかに凄ぇ連中だったけどよ……龍馬、お前、赤龍の呼応を使ってねぇじゃねぇか? 今回は瞬殺されたけどよ、次に戦う時はその技を使えば……」
「……それでも、勝てる気がしないんだ」
「あ?」
「多少は食い下がれるかもしれん。だが、結果は変わらんだろうな。格闘家は、相手と組み合うことでおおよその実力を把握できるというが……昨日、実際に組み合った限りでは、俺が勝つ未来が見えなかった。それほど差がある……ということだ」
「……現実かよ」
「ふぅー……奇妙な連中が現れたものだな。あいつらが来年の大会に出てくるとなると、色々と話が変わってくるが……」
「……あの、赤神先輩、三船先輩、少しいいっすか」
「ん? どうした、岡田」
「監督からの伝言っす。今、マスコミ対応に追われてて、練習には少し遅れて来るらしいっす。先に赤神先輩達に伝えておいてくれって言われました。2週間後の9月19日に、練習試合をすることになったらしいっす」
「練習試合? どことだ?」
「確か……堕天高校っす」
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9月19日土曜日、日付が変わって間もない時間。
堕天高校が拠点を構える父島へ向かうため、専用の輸送船に乗り込んだ皇焔学園の面々は、客室のカーペットに雑魚寝していた。
靴下とカーペットの湿った匂いが混じり合う空間は、かすかな寝息に満たされ、重たい静寂に沈んでいる。
ほとんどの選手が睡眠っている中、赤神だけが1人、売店横の丸椅子に腰を下ろしていた。
一定のリズムで膝を揺らしながら思考に沈むその背へ、ノートパソコンを片手に、ある人物が静かに歩み寄る。
「おう、赤神。悲観、入ってんな。まだ寝れねぇのか?」
「伊達監督……まあ、そうっすね」
「大方、あの黒い道着の連中のことで考え込んでたんだろうよ。違うか?」
「いえ、その通りです。なにぶん、あそこまで完敗したのは久しぶりでして。どう対処すべきか、考えていました」
「だろうなぁ……俺も、お前があそこまでやられるのは信じ難いが……あの獅子皇ってやつ、見た限りただ者じゃねぇ。プロの人間が相手にして、ようやくって感じだ」
「その認識で間違いないですね。まさか、公式戦に出ていない選手で、あれほどの人間がいるとは……」
「それだけ世界は広いってことだ。今まで公式戦に出てねぇのは気がかりだが……これからの1年で、アイツらを超えりゃいいだけの話だ。違うか?」
「いえ、違いありません」
「おう、それでいい。こっちもトレーニングメニューを見直しておくからよ、今はとりあえず就寝しときな。皇焔学園専用の船っつっても、片道24時間が12時間になっただけだ。練習試合に響くぜぇ? 腹が減ってんなら、売店から適当に食いもん持ってきな」
「いえ……勝手に持っていくのは……」
「遠慮すんなよ。売店っつっても、形だけの補給場所みてぇなもんだ。船の備蓄も100分の食事が1週間分はあっからよ。ほいじゃ」
煙草に火をつけながら、その場を後にする伊達監督。
その背が闇に溶けていくのを見届けると、赤神は丸椅子から腰を上げ、気分転換に窓の外へと視線を向けた。
唸りを上げるエンジン音とともに、船は黒々とした海面を切り裂き進んでいる。
その光景は、揺れ続けていた赤神の心を、わずかに鎮めていった。
だが、その静けさは長くは続かない――
次の瞬間、視界の先にそれは現れた。
夜空に浮かぶ人影が―――!!
「……ん? なんだ、あれ……人影!? ……うおっ!? なんだ!?」
浮遊する人影が現れた、その瞬間――海面が、嵐でも来たかのように荒々しくうねり始めた。
船体は激しく揺さぶられ、各所から悲鳴めいた軋みが連続して響く!!
そして――
壊れるはずのない堅牢な輸送船の壁が、音を立てて軋み、次の瞬間には見るも無残に、割けるチーズめいて引き裂かれ転覆っていく!!
海水が亀裂から船内へ入り込み、赤神の体を乱暴に覆っていく!!
「な……!? 何が起きているんだっ!? っ……!? あの人影は……悪魔……!? うわぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"っ!?」
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どれほどの時間が経ったのか――
暗い視界の奥で、鼻孔をくすぐる磯の香が、赤神の意識をゆっくりと引き戻していく。
手のひらには、砂の粒子が張り付くようなざらつきが残っていた。
やがて意識が浮上すると、そこは見知らぬ海岸線の一角。
島の入り口であるかのような場所――浜辺へと打ち上げられていた。
「……!! 龍馬!! 目が覚めたか!!」
「……虎右魔、か? ……ここは、どこだ? ……無人島?」




