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YAWARAMICHI  作者: ウィリアム・J・サンシロウ
白桜龍聖編
148/152

TOGETHER・オソロッチ・兄弟喧嘩

「No.27星礫(ほしつぶて)!!」


 試合開始の合図と同時に、仁王阿錬(におうあれん)は畳からタケノコめいて無数の岩を隆起させる!!

 その1つ――足元に生やした細長い岩を強く蹴り込み、得た推進力をそのままに、兄である仁王吽錬(におうごうれん)の懐へ果敢に飛び込んだ!!


「しゃぁ"ぁ"ぁ"!!」


(何かされる前に、こっちから先手を打てやるっ!! ……っ!? 体が動かねぇ……!!)


 先に兄の道着(まとい)を掴み取った阿錬は、その勢いのまま後方へ押し込もうとする!!

 しかし、吽錬の体はその衝撃を完全に殺しきり、微動だにせず静かに佇んでいた!!

 掴み返してきた兄の手によって、左利き(ひだりぎっちょ)の阿錬と右利きの吽錬の利き腕が鋭く交錯する!!

 拮抗したその体勢のまま、阿錬は兄の体越しにある何かへ視線を走らせ、小さく歯ぎしりした!!


(……ちっ!! 兄貴のやつ……!!)


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


『さあ、試合開始直後、互いに道着(まとい)を掴み合いました!! 弟である阿錬選手は、No.27星礫で生み出した突岩を蹴って加速、一気に先手を奪いにいきました!! しかし兄である吽錬選手も同じく突岩を展開!! その勢いを完全に殺しています!!』


『背後にそびえているのが、吽錬選手の突岩ね。見事なせり上がり方で立派ねぇ。あれを支点にすることで、弟の突進を真正面から受け止め切ったのよ。この2人、兄弟ということもあって基本の戦型が一緒(おそろっち)なのよね。ただ、明確な違いがあるとすれば――』


『兄の吽錬選手は、水属性の技も織り交ぜてくる点ですね?』


同意(それね)。守備力という1点なら、弟の阿錬選手に分があるわ。けれど、水属性を絡めた多彩な攻撃の幅では兄が上。しかも互いに手の内を知り尽くしている関係……勝敗を分けるのは、どれだけ相手の想定を超えられるか。 ――例えば、ああいう一手ね』


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「No.52……死戒(しかい)


 互いに道着(まとい)を組み合ったまま、吽錬の低い宣言が空気を震わせる!!

 直後、天上から古びた書物の一頁がひらりと舞い落ちた。

 それは畳へと吸い込まれるように触れた瞬間、波紋めいて広がり、試合会場一帯を古の呪いで満たしていく!!

 これまで見せたことのない技。

 両親の離婚後、別れていた数か月の間に会得したものだと、阿錬は即座に悟る。

 想定していた可能性の一つが、絶望(げんじつ)として突きつけられた。

 その瞬間、阿錬の思考は一段と研ぎ澄まされ、脳の神経が鋭く活性化していく!!


(やっぱ使ってきやがったな? 廻偵(かいてい)高校に移った以上、あの高校の方針で習得しているとは踏んでいたが……的中だな!! そうなると……手札の切り方が肝になってくるくせぇな。俺の戦い方は完全にバレてる……意表を突くなら、丁寧に組み立てていかねぇとな!!)


「これより20秒間、最初に繰り出した柔皇の技以外の柔皇の技の使用を禁ずる!!」


「ちっ!!」


(始まりやがった……廻偵高校得意技(おはこ)のルールの強要!! んで今回は……柔皇の技の制限。使えるのは1種類の技のみか……完全に制限すりゃいいものを、1個だけ使っても良いってしてんのは恐らく……」


「どうした阿錬、かかって来ないのか?」


「……」


(完全に誘ってやがんな……俺が使おうとしてる技も、大方目星がついてるのか? ……なら、それを逆手に取ってやんよ……!!)


 弟を試すかのような、真摯な眼差しを向ける兄の吽錬。

 その視線に心をささくれ立たせた阿錬は、掴んだ道着(まとい)を強く手繰り寄せると同時に、畳から天へ向けて突岩を噴き上がらせた!!

 隆起した岩は、吽錬の体をかち上げるように押し上げる!!

 道着(まとい)を引かれているため、兄の体勢は前のめりに傾いでいく。

 このまま崩せば決定打となる――だが、先手をあえて許した吽錬が無策のはずはない!!

 地面から直角に生えた突岩を起点に、真正面の阿錬の鳩尾を射抜く角度と勢いで、さらに新たな突岩を叩き出す!!

 弟と一緒(おそろっち)の技、星礫の発動。

 不意の衝撃に、阿錬の喉から濁った呻きが漏れる!!

 体を突岩に押し込まれ、握っていた道着(まとい)を思わず手放し、後退を余儀なくされた!!

 狙いが失策(おしゃか)になったこと。

 しかも、自身と一緒(おそろっち)の技で窮地を脱されたこと。

 それが成長途上の自意識を鋭く逆撫でしたのか、阿錬の周囲に立ちのぼる空気が、いっそう赤みを帯びる!!

 (つら)を歪め、殺意を尖らせる弟を見つめながら、吽錬は静かに胸を痛めていた。


(……俺の何が、あいつをあそこまで苛苛(あったま)らせているんだろうな。試合前に言っていた、子供(じゃり)扱いか? ……母さんが色々言っていることも、どうやら知っている様子だった。母さんのことか……思い当たる節が多すぎて、逆に理解(わか)らないな。俺は……いつ、あいつの地雷を踏んだ?)


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


『……で? 今日も阿錬は負けたの?』


『母さん、阿錬は必死にやってたんだ。そういう言い方はやめてくれ。あと2階で寝てるんだから、少し声を抑えて……』


『何よアナタ。負けたのは事実でしょ!? ランクを規定ラインまで上げなきゃ割引率が変わらないのよ!? うちは金欠(かつかつ)だって理解(わか)ってる!?』


理解(わか)ってるけど……言い方があるだろ』


『はぁ? じゃあ何? 私が悪いって言いたいの!?』


『あぁ。悪いのは母さんだ』


『……は? 吽錬、あんた親に向かって――』


『俺達2人とも、支払いが半額になるランク帯だ。何十万人の中で1000位以内だぞ? それで足りないって言うのは、さすがに拝金主義(ゼニトリマン)だろ』


『半額? でも100位以内なら上限まで無料(ロハ)でしょ!? 文句言うなら、そこまで行ってからにしなさいよ!! この達者口(さなだこぞう)が!!』


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


『いやぁ……今日のランク戦、阿錬も吽錬もよくやったな。阿錬もついに100位以内だ。これで家計も少しは楽になるだろ? なぁ、母さん』


『……』


『なぁ。あれだけ頑張(きば)ったんだ、ひと言くらい労ってやれないのか?』


『あぁ~あぁ~はいはいはい!! そうね頑張(きば)りましたね!! これでいいのアナタ!?』


『おいさぁ……お前流石にそれはないだろ!?』


『父さん、もういいよ。言っても無駄だ。母さんは生理で苛苛(あったま)ってんだし』


『生理じゃないわよ!! 吽錬!! あんた私に喧嘩(ごろ)売ってんのっ!?』


『口答えするなら100位以内に入ってから……そう言ったのは母さんだろ? 約束(ちぎり)が違うんじゃないのか? なぁ?』


『そんなの覚えてないわよ!! ってか、何ムキになってんの? キッショ』


『……ムキにもなるだろ。阿錬のこと、今まで散々言ってきたんだからな!?』


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


『はぁ!? ちょっと、何なのよこれ! 100位から落ちてるじゃないの!! 阿錬あの子……!!』


『母さん! 100位前後はポイントが詰まってるんだよ。上下なんて普通にあるって。いちいち怒号(どや)らないでくれ!!』


怒号(どや)ってないわよ!! あの子、どれだけ私を振り回せば気が済むの!?』


『…………おい、クソババア』


『バ、ババア!? 吽錬、あんた今なんて――』


『お前もう黙ってろよ、なぁ? 話が出来ない自覚がないのかお前はっ!!』


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


(……俺の……老婆心(うめぼしごころ)な対応が……悪かったんだろうか。そうなるのも無理はない……とは思うんだがな)


「なあ……阿錬、ちょっといいか?」


「あぁ!? 試合中になんだよっ!?」


「お前……どこまで知ってんだ?」


「……全部だよ」


「ん? 全部!? それってどういう……」


「今さっきお前が考えてたことも全部だよ!! 俺が寝た後、1階で3人でギャーギャーやってたのもな!! 本気(マジ)で毎日毎日さ……2階まで丸聞こえなんだよ!! どんだけデカい声で言い争ってたんだよ!? 離婚の話だけ妙に静かで聞こえなかったけどなぁ!?」


 畳2畳分の間合いを保ったまま、兄弟は試合中にもかかわらず言い争いを始める。

 その距離が、そのまま2人の心の隔たりを映しているかのようだった。

 互いに歩み寄る気配はない。

 阿錬は胸の奥に押し込めてきた思いを、堰を切ったように吐き出していく。


「母さん……いや、あの癇癪(かんしゃくだま)なクソババアとやり合ったって話なんか通じねぇだろ!? 俺のこともギャーギャー言ってたがよぉ……それでクソ兄貴のやることが、俺のことをかばって気ぃ遣って、何も伝えねぇだと? 余計なお世話なんだよ!! 俺があのクソババアに口喧嘩(レスバ)で負けるわけねぇだろボケぇっ!! それに……どうせ裏で先輩に、俺のことを頼むって言って回ってたんだろ!? 狐塚(こづか)先輩とか天方(あまかた)先輩とかさぁ!?」


「いやぁ~……それは……」


「いつからだよ? 昔はバチバチにやり合って、ライバルみてぇだったろ!? それが何だよ、急に守る側!! みたいな(つら)しやがって……!! 全部ぶちまけた上で、一緒に精悍(ごつ)くなって、あのクソババアぶっ飛ばすぞ!! くらい言ってくれたらよぉ……今までの態度も違ったかもなぁ!?」


「……っ!!」


「俺はなぁ、守られなきゃ立てねぇほど貧弱(しょぼ)くねぇんだよ……!! それをこの試合で証明してやる!! だからよぉ……さっさとかかって来いよクソ兄貴っ!! 俺と本気(マジ)で柔道をやれ!!」


 阿錬は身を沈め、戦闘の構えを取る。

 その姿が、対峙する吽錬の記憶を揺り起こした!!

 わだかまりなどなく、ただ畳の上でぶつかり合い、互いの技を高め合っていた頃。

 遠慮も配慮もなく、純粋に相手を上回ろうと牙を剥いていた日々。

 全力(ガチ)でぶつかり、勝利だけを見据える。

 それが彼らの柔道だった。

 本気(マジ)で戦う相手に気遣いを差し挟むことは、柔道家としての礼を欠く。

 兄としては正しかったのかもしれない。

 だが、1人の柔道家として相手をして欲しい弟からして見れば、兄のそんな言動が気に食わなかったのだろう。

 吽錬は何も言わず、応戦の構えを取る。

 先ほど宣言した死戒の効果時間は、すでに言い争いの最中に尽きていた。

 制約を再び課すために、彼は静かに、これから下す制約の内容を告げていく。

 己の決意を宣言するかのように!!


「……これより240秒間」


(お前なぁ……俺はお前のこと、本気(マジ)で心配していたんだぞ? まぁ……思ってたより、ずっと図太かったみたいだけどな……)


「配慮、思いやり、遠慮……」


(……要するに、昔みたいに本気(マジ)で来いってことだろ? いいんだな……? あとで哀哭(こが)れても、俺は知らんぞ)


「その他一切の―――敵を案ずる行為を禁ずるっ!!」


 吽錬の宣告に応じるように、呪われた畳が妖しく明滅する!!

 それはこれまでの制約とは異なり、2人を縛っていた枷を解き放つかのような光だった!!

 この光には言い表せないおくゆかしさが滲んでいる!!

 互いの道着(まとい)を掴み取るべく、じりじりと間合いを詰めていく両者。

 余計な感情も、迷いも削ぎ落とされた。

 真っ向からぶつかり合う、本気(マジ)の殴り合いが幕を開ける!!


「さぁ、阿錬……兄弟喧嘩(ちゃんばら)といくぞ!!」


「はっ!! 上等だよ、雑魚!!」


(……こりゃ、そろそろ頃合いだな?)


金田一(きんだいち)監督!! そろそろ行くぞ!!」

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