TOGETHER・オソロッチ・兄弟喧嘩
「No.27星礫!!」
試合開始の合図と同時に、仁王阿錬は畳からタケノコめいて無数の岩を隆起させる!!
その1つ――足元に生やした細長い岩を強く蹴り込み、得た推進力をそのままに、兄である仁王吽錬の懐へ果敢に飛び込んだ!!
「しゃぁ"ぁ"ぁ"!!」
(何かされる前に、こっちから先手を打てやるっ!! ……っ!? 体が動かねぇ……!!)
先に兄の道着を掴み取った阿錬は、その勢いのまま後方へ押し込もうとする!!
しかし、吽錬の体はその衝撃を完全に殺しきり、微動だにせず静かに佇んでいた!!
掴み返してきた兄の手によって、左利きの阿錬と右利きの吽錬の利き腕が鋭く交錯する!!
拮抗したその体勢のまま、阿錬は兄の体越しにある何かへ視線を走らせ、小さく歯ぎしりした!!
(……ちっ!! 兄貴のやつ……!!)
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『さあ、試合開始直後、互いに道着を掴み合いました!! 弟である阿錬選手は、No.27星礫で生み出した突岩を蹴って加速、一気に先手を奪いにいきました!! しかし兄である吽錬選手も同じく突岩を展開!! その勢いを完全に殺しています!!』
『背後にそびえているのが、吽錬選手の突岩ね。見事なせり上がり方で立派ねぇ。あれを支点にすることで、弟の突進を真正面から受け止め切ったのよ。この2人、兄弟ということもあって基本の戦型が一緒なのよね。ただ、明確な違いがあるとすれば――』
『兄の吽錬選手は、水属性の技も織り交ぜてくる点ですね?』
『同意。守備力という1点なら、弟の阿錬選手に分があるわ。けれど、水属性を絡めた多彩な攻撃の幅では兄が上。しかも互いに手の内を知り尽くしている関係……勝敗を分けるのは、どれだけ相手の想定を超えられるか。 ――例えば、ああいう一手ね』
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「No.52……死戒」
互いに道着を組み合ったまま、吽錬の低い宣言が空気を震わせる!!
直後、天上から古びた書物の一頁がひらりと舞い落ちた。
それは畳へと吸い込まれるように触れた瞬間、波紋めいて広がり、試合会場一帯を古の呪いで満たしていく!!
これまで見せたことのない技。
両親の離婚後、別れていた数か月の間に会得したものだと、阿錬は即座に悟る。
想定していた可能性の一つが、絶望として突きつけられた。
その瞬間、阿錬の思考は一段と研ぎ澄まされ、脳の神経が鋭く活性化していく!!
(やっぱ使ってきやがったな? 廻偵高校に移った以上、あの高校の方針で習得しているとは踏んでいたが……的中だな!! そうなると……手札の切り方が肝になってくるくせぇな。俺の戦い方は完全にバレてる……意表を突くなら、丁寧に組み立てていかねぇとな!!)
「これより20秒間、最初に繰り出した柔皇の技以外の柔皇の技の使用を禁ずる!!」
「ちっ!!」
(始まりやがった……廻偵高校得意技のルールの強要!! んで今回は……柔皇の技の制限。使えるのは1種類の技のみか……完全に制限すりゃいいものを、1個だけ使っても良いってしてんのは恐らく……」
「どうした阿錬、かかって来ないのか?」
「……」
(完全に誘ってやがんな……俺が使おうとしてる技も、大方目星がついてるのか? ……なら、それを逆手に取ってやんよ……!!)
弟を試すかのような、真摯な眼差しを向ける兄の吽錬。
その視線に心をささくれ立たせた阿錬は、掴んだ道着を強く手繰り寄せると同時に、畳から天へ向けて突岩を噴き上がらせた!!
隆起した岩は、吽錬の体をかち上げるように押し上げる!!
道着を引かれているため、兄の体勢は前のめりに傾いでいく。
このまま崩せば決定打となる――だが、先手をあえて許した吽錬が無策のはずはない!!
地面から直角に生えた突岩を起点に、真正面の阿錬の鳩尾を射抜く角度と勢いで、さらに新たな突岩を叩き出す!!
弟と一緒の技、星礫の発動。
不意の衝撃に、阿錬の喉から濁った呻きが漏れる!!
体を突岩に押し込まれ、握っていた道着を思わず手放し、後退を余儀なくされた!!
狙いが失策になったこと。
しかも、自身と一緒の技で窮地を脱されたこと。
それが成長途上の自意識を鋭く逆撫でしたのか、阿錬の周囲に立ちのぼる空気が、いっそう赤みを帯びる!!
顔を歪め、殺意を尖らせる弟を見つめながら、吽錬は静かに胸を痛めていた。
(……俺の何が、あいつをあそこまで苛苛らせているんだろうな。試合前に言っていた、子供扱いか? ……母さんが色々言っていることも、どうやら知っている様子だった。母さんのことか……思い当たる節が多すぎて、逆に理解らないな。俺は……いつ、あいつの地雷を踏んだ?)
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『……で? 今日も阿錬は負けたの?』
『母さん、阿錬は必死にやってたんだ。そういう言い方はやめてくれ。あと2階で寝てるんだから、少し声を抑えて……』
『何よアナタ。負けたのは事実でしょ!? ランクを規定ラインまで上げなきゃ割引率が変わらないのよ!? うちは金欠だって理解ってる!?』
『理解ってるけど……言い方があるだろ』
『はぁ? じゃあ何? 私が悪いって言いたいの!?』
『あぁ。悪いのは母さんだ』
『……は? 吽錬、あんた親に向かって――』
『俺達2人とも、支払いが半額になるランク帯だ。何十万人の中で1000位以内だぞ? それで足りないって言うのは、さすがに拝金主義だろ』
『半額? でも100位以内なら上限まで無料でしょ!? 文句言うなら、そこまで行ってからにしなさいよ!! この達者口が!!』
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『いやぁ……今日のランク戦、阿錬も吽錬もよくやったな。阿錬もついに100位以内だ。これで家計も少しは楽になるだろ? なぁ、母さん』
『……』
『なぁ。あれだけ頑張ったんだ、ひと言くらい労ってやれないのか?』
『あぁ~あぁ~はいはいはい!! そうね頑張りましたね!! これでいいのアナタ!?』
『おいさぁ……お前流石にそれはないだろ!?』
『父さん、もういいよ。言っても無駄だ。母さんは生理で苛苛ってんだし』
『生理じゃないわよ!! 吽錬!! あんた私に喧嘩売ってんのっ!?』
『口答えするなら100位以内に入ってから……そう言ったのは母さんだろ? 約束が違うんじゃないのか? なぁ?』
『そんなの覚えてないわよ!! ってか、何ムキになってんの? キッショ』
『……ムキにもなるだろ。阿錬のこと、今まで散々言ってきたんだからな!?』
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『はぁ!? ちょっと、何なのよこれ! 100位から落ちてるじゃないの!! 阿錬あの子……!!』
『母さん! 100位前後はポイントが詰まってるんだよ。上下なんて普通にあるって。いちいち怒号らないでくれ!!』
『怒号ってないわよ!! あの子、どれだけ私を振り回せば気が済むの!?』
『…………おい、クソババア』
『バ、ババア!? 吽錬、あんた今なんて――』
『お前もう黙ってろよ、なぁ? 話が出来ない自覚がないのかお前はっ!!』
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(……俺の……老婆心な対応が……悪かったんだろうか。そうなるのも無理はない……とは思うんだがな)
「なあ……阿錬、ちょっといいか?」
「あぁ!? 試合中になんだよっ!?」
「お前……どこまで知ってんだ?」
「……全部だよ」
「ん? 全部!? それってどういう……」
「今さっきお前が考えてたことも全部だよ!! 俺が寝た後、1階で3人でギャーギャーやってたのもな!! 本気で毎日毎日さ……2階まで丸聞こえなんだよ!! どんだけデカい声で言い争ってたんだよ!? 離婚の話だけ妙に静かで聞こえなかったけどなぁ!?」
畳2畳分の間合いを保ったまま、兄弟は試合中にもかかわらず言い争いを始める。
その距離が、そのまま2人の心の隔たりを映しているかのようだった。
互いに歩み寄る気配はない。
阿錬は胸の奥に押し込めてきた思いを、堰を切ったように吐き出していく。
「母さん……いや、あの癇癪なクソババアとやり合ったって話なんか通じねぇだろ!? 俺のこともギャーギャー言ってたがよぉ……それでクソ兄貴のやることが、俺のことをかばって気ぃ遣って、何も伝えねぇだと? 余計なお世話なんだよ!! 俺があのクソババアに口喧嘩で負けるわけねぇだろボケぇっ!! それに……どうせ裏で先輩に、俺のことを頼むって言って回ってたんだろ!? 狐塚先輩とか天方先輩とかさぁ!?」
「いやぁ~……それは……」
「いつからだよ? 昔はバチバチにやり合って、ライバルみてぇだったろ!? それが何だよ、急に守る側!! みたいな顔しやがって……!! 全部ぶちまけた上で、一緒に精悍くなって、あのクソババアぶっ飛ばすぞ!! くらい言ってくれたらよぉ……今までの態度も違ったかもなぁ!?」
「……っ!!」
「俺はなぁ、守られなきゃ立てねぇほど貧弱くねぇんだよ……!! それをこの試合で証明してやる!! だからよぉ……さっさとかかって来いよクソ兄貴っ!! 俺と本気で柔道をやれ!!」
阿錬は身を沈め、戦闘の構えを取る。
その姿が、対峙する吽錬の記憶を揺り起こした!!
わだかまりなどなく、ただ畳の上でぶつかり合い、互いの技を高め合っていた頃。
遠慮も配慮もなく、純粋に相手を上回ろうと牙を剥いていた日々。
全力でぶつかり、勝利だけを見据える。
それが彼らの柔道だった。
本気で戦う相手に気遣いを差し挟むことは、柔道家としての礼を欠く。
兄としては正しかったのかもしれない。
だが、1人の柔道家として相手をして欲しい弟からして見れば、兄のそんな言動が気に食わなかったのだろう。
吽錬は何も言わず、応戦の構えを取る。
先ほど宣言した死戒の効果時間は、すでに言い争いの最中に尽きていた。
制約を再び課すために、彼は静かに、これから下す制約の内容を告げていく。
己の決意を宣言するかのように!!
「……これより240秒間」
(お前なぁ……俺はお前のこと、本気で心配していたんだぞ? まぁ……思ってたより、ずっと図太かったみたいだけどな……)
「配慮、思いやり、遠慮……」
(……要するに、昔みたいに本気で来いってことだろ? いいんだな……? あとで哀哭れても、俺は知らんぞ)
「その他一切の―――敵を案ずる行為を禁ずるっ!!」
吽錬の宣告に応じるように、呪われた畳が妖しく明滅する!!
それはこれまでの制約とは異なり、2人を縛っていた枷を解き放つかのような光だった!!
この光には言い表せないおくゆかしさが滲んでいる!!
互いの道着を掴み取るべく、じりじりと間合いを詰めていく両者。
余計な感情も、迷いも削ぎ落とされた。
真っ向からぶつかり合う、本気の殴り合いが幕を開ける!!
「さぁ、阿錬……兄弟喧嘩といくぞ!!」
「はっ!! 上等だよ、雑魚!!」
(……こりゃ、そろそろ頃合いだな?)
「金田一監督!! そろそろ行くぞ!!」




