STINGY・セコイ・期待外れの刺し違え
鬼灯の突拍子もない言動に、狐塚は足を止め、その場で固まる。
それは味方であるはずの廻偵高校のメンバーも同様で、名を呼ばれた白雪監督は、感情の宿らぬ瞳を鬼灯へと向け続けていた。
狐塚は素早く思考を巡らせ、相手の出方について、いくつかの可能性に当たりをつけていたのだった!!
(……なんやこいつ、ウチらの真似をしてきおって。ブラフか? ……それとも、ウチらの行動の意図に気ぃついたんか?)
「ふはっはっは!! No.53磁界輪舞っ!! どんどんいくぞ!!」
「……」
(いや……これは気ぃついとらんな? ……面倒いなぁ。もし気ぃついとったら、別の仕込みを入れなあかんのに……あれこれ考えてもしゃあない。このまま決めさせて―――)
「これより240秒間、目視することを禁ずるっ!!」
「……あ? なんやて……!?」
意外な選択、想定外!!
狐塚が思考を巡らせているその最中、鬼灯はさりげなくNo.52 死戒を発動する!!
その技の効果により、視界は闇に閉ざされ、試合終了まで何一つ捉えることができなくなった!!
己の意思に反し、瞼を持ち上げることすら叶わない両者。
観客達の歓声が飛び交うなか、狐塚はこれまで練ってきた試合運びが全て御破算になったため、状況を一から組み立て直し始めるのだった!!
(見ることを禁止、やと……? 向こうはどうやって、こっちの位置を把握する気や……? ん……)
狐塚の体前面が、薄い膜めいた何かに触れ、そのまま押し返される感覚に襲われる!!
その瞬間、鬼灯がこの短期間に使用していた技の1つが、狐塚の脳裏を過った。
No.53 磁界輪舞。
磁場を生み出すリングを出現させ、それらを操作することで、引き寄せと反発を自在に行う技。
即座にその影響だと察した狐塚は、無数の仮説を立てながら、見えない敵の位置を割り出そうとする!!
(……なるほどなぁ。自分を磁場の中心に見立てて、目視できへん状況でも、こっちの位置を大雑把に把握しとるんか。磁場を生み出すリングを、自分の周囲に固めて配置しとる……? それに、恐らくウチの道着にも、いくつか取りついとるな。ウチが近づくほど反発が強まる。その力の変化で、大方の距離を割り出しとるっちゅうわけか……)
狐塚の仮説どおり、前方へ慎重に歩みを進めるほど、薄膜めいた何かへと、深く沈み込む感覚が強まっていく!!
やがて、押し返す力は徐々に弱まり、元の均衡へと戻った。
目視できない以上、断定はできない。
だが、狐塚の接近を察知した鬼灯が、後方へ距離を取ったと考えるのが自然だった。
常に一定の間合いを保とうとするその意図を、狐塚は見極めようとする!!
その時、審判から静止の合図がかかる。
視界を奪われたまま、審判に腕を取られ、両者は試合開始位置へと戻された。
指定の位置に立たされると、審判から処分が言い渡される。
そして、再び時計の針が動き出した瞬間――
狐塚の脳裏に、ある考えがふと浮かび上がった!!
(……まさかこいつ、引き分け狙いか? ウチの幻術を破る術がないさかい、勝つことを放棄してきよったんか……? ……最初のあの猿真似は、死戒と磁界輪舞の発動時間を稼ぐため。そう考えると――面倒いことになってきたで……!!)
狐塚は一気に間合いを詰めるべく、左足を前へと踏み込ませ、同時に左手を勢いよく伸ばしていく!!
だが、目視できない状況では、正確に相手の道着を掴み取ることは困難だった!!
一方で、敵の位置を割り出す術を持つ鬼灯は、狐塚の追撃を間一髪でかわし続ける!!
常識では考えられない攻防に、周囲で観戦していた観客達も動揺を隠せない。
ざわめきはやがて非難めいた声へと変わり、会場内に波紋めいて広がっていった!!
「お、おい!! さっきから全然組み合ってねぇぞ!?」
「なんだよこの試合!! 真面目にやれよっ!?」
「真面目に、ねぇ……」
(俺は至って真面目なんだけどな!? 観客どもはきっと、俺が狐塚の幻術を華麗に破る瞬間を期待して待っていたんだろう。だが、破り方が思いつかん以上は仕方がないだろ、うん。期待は裏切ることになるが――仕事優先だ。ふはっはっは!! 観客諸君、ドンマイ☆)
「……お~い、ウチの声、聞こえとるか? 観客がえらい業腹やで? ここは正々堂々、組み合おうや」
「悪いな。その提案に乗った瞬間、こっちは敗戦確実なんだよ。だから却下だ。戦略的引き分け狙い――卑怯いとは言わせないぞ? さっき東郷さん相手に、似たような小細工をやってきたからな。なぁ?」
「……ほぉ~ん、言うやんけ……!!」
口撃が通じないと見るや、狐塚は周囲へ手当たり次第に掴みかかった!!
幻術による視界の誤認も、互いに目を剥奪られた状況では、もはや決定打にはなり得ない。
両者ともに決め手を欠き、将棋の千日手を思わせる膠着が続く!!
やがて審判から2つ目、3つ目の処分が下され――試合は、そのまま決着の時を迎えた。
両者に3つ目の処分が宣告され、刺し違える形で試合終了。
直後、死戒によって課されていた呪縛が解け、再び世界が鮮明に輪郭を取り戻す。
御通夜な空気に包まれる中、誇らしげに口角を吊り上げる鬼灯。
対して、対面する狐塚の眉間には、深い皺が刻まれたままだった。
「……やってくれたなぁ。柔道の精神はどこへ置いてきたんや?」
「お互い様だろう。ふはっはっは!! 人生、そう思い通りにはいかないということだよ!!」
「観客は納得せぇへんのとちゃうか? ほれ、興覚とるで」
「ふっ……一番観客のことをどうでもよさそうに見ているアンタが、それを言うのか?」
「……ちっ。あ~言えばこう言いよって……」
詐欺師めいた貌のまま、舌打ちひとつ残して会場を後にする狐塚。
赤い畳の前で入場を待つ仁王阿錬の耳元へ顔を寄せ、低く、手短に助言を落としていく。
「すまんなぁ……鬼灯を倒して、お前の兄貴の体力を削る段取りやったんやが……一本取られたわ」
「いえ、問題ないっす!! 兄貴のことは俺に任せてください」
「……さっき鬼灯が、ウチらの猿真似してきたやろ? あれは無視してかまへん。あちらさん、ウチらの意図をよう理解っとらん。せやから――ここぞという時に、カードを切りぃや」
「了解!!」
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狐塚の退場から間もなく、鬼灯もまた会場を後にする。
赤い畳の前で静かに目を閉じ、神経を研ぎ澄ませている仁王吽錬。
その脇を通り過ぎようとした瞬間、不意に呼び止められた。
「……なあ、鬼灯」
「ん? なんだ?」
「お前のさっきの試合、本当であれでよかったのか。もし俺が負ければ……高校最後の試合が、あの内容になるんだが……」
「ああ、そうだな。それがどうかしたか?」
「……心残りはないのか?」
「ないな。俺の仕事は、相手を確実に仕留めること。大将を務めるあんたを消耗らせず、確実にバトンを繋ぐことだ。それが果たせた以上、何の憂慮ない。――ふはっはっは!!」
「そうか……」
「……あんたのほうこそ、少し思い詰めているように見えるが? 弟と戦うのが嫌か? それなら俺が無理にでも――」
「いや、大丈夫だ。お前のあの働きを見て、目が覚めたよ」
「ふぅん? ならいい。俺の御節介だったな。それでは大将――俺達の命運、頼むぞ!!」
「ふっ……ああ!!」
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『さあ――全国大会進出を懸けた北海道大会団体戦も、いよいよ大詰めです!! 聖鏡高校の大将は、仁王阿錬選手!! 対する廻偵高校の大将は、仁王吽錬選手!! なんと最後の一番は、実の兄弟対決となりました!! 太江さん、これは非常に珍しいカードではないでしょうか!?』
『ええ、本当で珍しいわね。北海道の仁王兄弟といえば、ご存じの方も多いはず。何と言っても、2人とも全国ランキング100位以内の実力者ですもの。同じ地区で、しかも団体戦の大将同士としてぶつかる――全国を見渡しても、ここでしか見られない光景かもしれないわ。弟の阿錬選手のほうが、わずかに順位は下ですが……それでも紛れもない強者。戦い方もよく似た両者が、どんな結末を描くのか――目が離せませんね。興奮していきましょうか!!』
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審判に招かれ、2人は試合会場へと足を踏み入れる。
4月に両親が離婚して以降、面と向かって顔を合わせるのはこれが初めてだった。
それでも再会を歓喜る気配はない。
仏頂面な弟の仁王阿錬は、兄に向かって開口一番、言い放つ。
「……絶対にぶっ潰す」
「お前……まだ逆上ているのか? 離婚のことを、事前に伝えなかった件……」
「あぁ。つーか、それだけだと思ってんのかよ」
「……? それはどういう……」
「母さんが俺に、裏でごちゃごちゃ言ってたことも、全部知ってるってことだよっ!!」
「っ!!」
「溜まってるもんが他にもあんだよ……この戦いで全部ぶちまけてやっからよぉ。覚悟しやがれっ!!」
「……」
「今まで俺を子供扱いしてきたこと、今日この場で後悔させてやるよ。手ぇ抜くんじゃねぇぞ? クソ兄貴よぉ!!」
「抜くわけないだろう……でなければ、お前達の情報を、すべて渡したりなどしていないからな……!!」
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聖鏡高校柔道部北海道大会決勝戦大将
高校生ランク74位 阿形像 「仁王阿錬 」
VS
廻偵高校柔道部北海道大会決勝戦大将
高校生ランク57位 吽形像 「仁王吽錬」
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「開始っ!!」
「しゃぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!! 来やがれクソ兄貴ぃ"!!」
「ふー……来いっ!! 阿錬っ!!」




