CRITICIZE・ウシロユビ・汚名を背負い狐は笑う
「これより30秒間、No.82狂飆、並びにENo.82欺偽仮騙の使用を禁ずるッ!! くぅ……ッ!!」
幻術を受けて視界が歪んでいた東郷は、その場で苦し紛れに宣言を発するも、時すでに遅し。
彼の号令によって、認知を歪める一般的な幻術であれば機能を停止し、脳を覆っていた霧も次第に晴れていくはずであった。
だが、狐塚の使用する幻術は、中断後もしばらく効果が持続し、薬物を使用した人間めいて、ふとした拍子に幻覚が襲ってくる代物だった!!
一瞬の隙を晒してしまった己への嫌悪と、この戦いに懸ける熱意が綱めいて絡み合い、東郷は狐塚の道着を握る右手に、必要以上の力を込めていた!!
(幻術の影響はまだしばらく続く……ッ!! 今、見えている視界の中に異常りはないか……ッ!? ……1年間、貴様に勝つため死に物狂いで鍛えてきたのだッ!! ここで負けるわけには……ッ!!)」
「静止っ!!」
「ぬぅ……ッ!? なぜだ……これはッ!?」
審判から静止の合図がかかる。
戸惑いを露にした東郷は、ふと自身の右腕へと視線を落とし、次いで唖然とした!!
本来ならば道着の横襟をつかんでいるはずの右手が、狐塚の左腕、その袖口部分へと、指を差し入れる形で握りしめられていたからだ!!
想定外!!
幻術を使用してからのごく僅かな間に、横襟を握らせていた状態を切り、自身の道着の袖口を握らせるよう立ち回っていた狐塚。
いつ、どの瞬間にすり替えられたのかを自覚する間もなく、東郷は審判から3つ目の処分を言い渡されるのだった!!
試合開始位置へと戻され、失格を宣告される東郷。
あまりにも呆気ない試合の結末に、観戦していた観客達は思わず、哲学者のターレスめいて首を捻り、会場の各所から連鎖するように騒めきが広がっていくのだった。
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『さぁ、審判から失格が宣告されました。東郷選手、ここで無念の敗退。この試合の勝者は狐塚選手です。……ただ、これは――』
『……いい勝ち方とは、言いづらいかしら。柔道には一本勝ちしてなんぼという価値観がありますからね。寝技での勝利ですら評価が分かれることもありますし、優勢勝ちとなれば、なおさら厳しい見方をされがち……まして今回は……相手を誘導し、失格に追い込む形での決着。ルール上は問題ないけれど……どうしても、後味の悪さが残る勝ち方よねぇ……苦情が出てきそうだわ……』
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「お、おい……こんな残酷な結末、ありなのか? いとほし過ぎるだろ……」
「ていうか、聖鏡高校の監督は、この勝ち方を容認してるのかよ……!? 正々堂々と戦わせろよ、人としてどうなんだ……っ!?」
「おい、老獪!! 真面目に戦え~!!」
試合会場内で、次に控える廻偵高校の選手を待つ狐塚。
背中越しに観客達の批判めいた嫌悪言葉を耳にしながらも、気に留める様子はなく、淡々と道着を整え、次の戦いに備えている。
その声は、周囲で試合を見守る聖鏡高校の団体戦メンバーにも届いており、槍玉の的となっている監督の金田一と、そばに佇む天方は、いつもと変わらぬ様子で口を開くのだった。
「……ワシ、好き放題言われとるのう……サンドバッグじゃないんじゃがなっ!?」
「ま~こういう批判が出るのは、でしょうねぇって感じだけどね~……スポーツ選手は行儀よく戦え~ってのが、最近のトレンドだし~」
「じゃのぅ。行儀が悪いこと自体は否定せんが、多様性を求める割には、度量の小さい奴らじゃわい。ふぅ……」
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『おぉ~い狐塚、さっきの試合、ありゃいつもやっとることかのう?』
『ん? 相手に反則取らせる戦い方かいな? せやなぁ~……言い訳みたいに聞こえるかもしれへんけど、子供の頃から一泡を吹かすことばっか考えとったさかい。癖みたいになっとるんよ。ルールの隙間を縫って足元をすくうやり方がなぁ。相手の錯乱った顔を見とると、快感を覚えて仕方がないねん。なんや、行儀が悪いさかい、やっぱ控えた方がええか?』
『いや、ルールを逸脱する気がないのなら、ワシから止めるようなことは、とくにはせんぞい』
『……』
『な、なんじゃ? ワシ、なんかおかしかったかのぅ!?』
『いや~、前の監督とは随分と違う思うてなぁ。前の監督は、正々堂々と戦えって口酸っぱく言われとったさかい。慣れるのに時間がかかるわ~』
『まぁ……本音を言えば、柔道の指導者としてはそうして欲しいのはやまやまじゃがのう。頭使って試行錯誤した結果、その戦い方に辿り着いたのなら、ワシも強うは言えんのじゃよ。ほれ、ワシもそこそこグレーゾーンを利用しとるしのう』
『ふっ……一丘之貉って感じやなぁ』
『あれ~? 狐塚に金田一監督~なに黄昏ってんの~?』
『黄昏っとらんわ。なんや天方、どないした?』
『ん~? 忘れ物取りに来ただけ~ってか、前の監督がどうちゃらこうちゃらって聞こえて来たんだけど~』
『あぁ~あの監督じゃなくなって清々したって話、今ここでしとったんやわ』
『ほ~ん。前の監督ねぇ~……俺さ~あいつ嫌い過ぎて夢に出て来たんだけど、その話しとく~?』
『しとかんでええわ……ほな、きぃつけて帰れや。ウチは柔道タワー行ってくるさかい』
『おん? なんじゃ、自主練か?』
『おぉ~現実で~? 今日の練習、結構きつかったんだけど~……まだ体力残ってるんだ~』
『言うほど残っとらんわ。ただなぁ~……夏の大会で勝ち進むためには、泣き言言っとる暇はあらへんやろ? 白桜の奴も、ウチらと一緒に夏の大会で戦いたい言うてリハビリやっとるさかい。主将のウチも、頑張らな示しがつかへんやろ』
『……』
『なんや天方、黙りこくって』
『この短期間で、キャラ変でもした~?』
『……はぁ~……ウチが頑張るんが、そんな珍しいんか? お~お~そうや。キャラ変したわ~部員が哀哭る姿は見たくないさかい、やれることやって、どんな卑劣い手ぇ使ってでも、勝利を届けたるでぇ~』
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「……頼れる主将を持ったのう」
「いや~、おっしゃる通りで~」
かつて交わした他愛もない会話を、天方と金田一は思い出していた。
汚名を背負うことすら厭わず、厄人として、チームに勝利を届けるという役割を果たし続ける狐塚。
その在り方に対し、両者は畏怖と感嘆の入り混じった感情を抱き、頬を僅かに緩めている。
一方、批判が渦巻く試合会場を後にした東郷は、団体戦メンバーのもとへとたどり着くと、勢いよく頭を下げ、開口一番に謝罪の言葉を告げるのだった。
「謝罪ッ!! 狐塚の奴に勝つために、1年間努力してきたというのに……ッ!! こんな幕切れなど……ッ!!」
「顔を上げなさい、東郷君。試合はまだ終わってはいないわよ」
「白雪監督……ッ!!」
「そうだぞ東郷さん!! 俺がいる、大船に乗った気分でいろ!! ふはっはっはっは!!」
「鬼灯ぃッ!! 貴様の場合は、どっちかというと泥船の方だろうがッ!?」
「……鬼灯君、少しいいかしら」
「はい、なんでしょう白雪監督」
「あなたの普段の言動には目をつぶるわ」
「はい」
「指示を聞かず、やりたい放題やってきたことも……多少は水に流すわ」
「はい」
「だけどね……今日の試合でまで好き勝手をするようなら、さすがに許さないわ。本気で逆上るわよ?」
「……」
「いい? これは恫喝じゃ済まないわよ。本当で……内臓が破裂するかもしれないから」
「はい!! 理解りました!!」
東郷と入れ替わるようにして、鬼灯は試合会場へと歩を進める。
念入りに釘を刺された彼は、昨日監督から言い渡された自分の役割を、噛みしめるように反芻していた。
(俺の役割は、相手を確実に倒すこと。大将を務める仁王を消耗らさせることなく、確実にバトンを繋ぐこと――それをこの奸雄相手に……だ。くっくっく……腕が鳴るじゃぁないか!! やり方はまったく思いついてないけどな!! ……いや待てよ、今なんか思いついたぞ!? 冴えてる……冴えてるぞ俺!!)
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聖鏡高校柔道部北海道大会決勝戦副将
高校生ランク39位 化狐 「狐塚幻翔」
VS
廻偵高校柔道部北海道大会決勝戦副将
高校生ランク197位 背信者 「鬼灯凛」
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「開始っ!!」
「こい……!! ENo.82欺偽仮騙……!!」
「こぉ"ぉ"ぉ"ぉ"い!!」
試合開始早々、狐塚は幻術を披露していく!!
鬼灯の視界は薬物中毒者めいて歪み始め、正常な認知を徐々に手放していくことになった!!
そんな、完全に狐塚の手のひらの上に置かれた状況でありながら、鬼灯は動揺した素振りを一切見せない。
それどころか、まるで何かを確信しているかのように、彼は狐塚から視線を外し、後方に控える白雪監督の方へと顔を向ける!!
そして、これまで聖鏡高校から受けてきた、不可解な言動への意趣返しであるかのように――
鬼灯は自信満々に、その言葉を口にしたのだった!!
「白雪監督!! あれ!! そろそろやってもいい頃合いだよな!?」




