INFORMER・アカチャン・北海道大会決勝戦
化かし化かされの駆け引きの応酬―――
狙いが不発に終わったとしても―――
君は柔道が楽しいか?
『厳しい暑さが続いております本日、若者達の意地とプライドを懸けた戦いが幕を開けます。本日の実況は、私、藤澤達彦と――』
『太江順子がシコシコお送りしま~す』
『北海道大会は、例年通りであれば昨年の覇者である聖鏡高校が、今年も優勝候補の筆頭となります。白龍の二つ名を持つ白桜龍聖選手を擁することで、その地位はより揺るぎないものとなったでしょう。そのほかでは、廻偵高校、千ケ崎高校、旭川第三高校が有力と見られます。太江さん、いかがでしょうか』
『そうね~……どの高校も精悍いから、予想するのは難しいわね。上からも下からも汗が出ちゃいそう。でも、やっぱり1番は聖鏡高校かしら? 今回のオーダー表を見たけれど……ほら、全員が左利きなのよ。いやらしいわね……曲者感がさらに増したと言っていいわ。他校も負けないように頑張ってほしいわね……!!』
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時計の針は黙々と時を刻み、気づけば真昼をとうに過ぎていた。
各会場の試合は佳境へと差し掛かり、団体戦決勝を控えた選手達は、会場2階の観客席で、それぞれ携帯食を口にしている。
決勝へ駒を進めた一校は、聖鏡高校。
前評判どおり危なげない試合運びで勝利を積み重ね、全国大会への切符を目前とする位置にいた。
主将の狐塚を中心に、レギュラーメンバー5名は、団体戦準決勝の試合を見つめていた。
この勝者が自分達の決勝の相手となる以上、その瞳には、いつにも増して強い光が宿っているのだった。
「……廻偵高校と千ケ崎高校やな。天方、どっちが勝つ思う?」
「ん~? そりゃ廻偵でしょ~あそこ東郷の禿頭がいるし~単純に全員のランクも高いし~」
「せやろなぁ……まあ、薄々そう思うとったけどな……そんで厄介いことに、今年は仁王もおるしなぁ」
「いや~戦慄ったよね~仁王の転校先が、よりにもよって廻偵高校なんてさ~下の方の仁王はどんな心境~?」
「いや、別に……兄貴がどこにいようが、ぶん投げてやるだけっすよ!!」
「おぉ~頼もしい~」
「ふんふふ~ん♪」
「なんや白桜、ずいぶん上機嫌やなぁ?」
「公式戦のピリつき感が昔懐かしいだけだもん!! いや~いつ来ても血が騒ぐって言うか」
「はっ、こっちもこっちで頼もしい限りやで。ん……? どうやら決着ついたみたいやな。勝ったのは……廻偵高校やな」
「まぁ、大方の想定通りじゃのう」
雌雄を決する戦いに決着がつくと同時に、監督の金田一が口を開いた。
普段の戯事けた様子は影を潜め、決勝に向けた最後のミーティングが静かに始まる。
その傍らでは、マネージャーの秋沢と姫浦がハンドカメラを構え、開始寸前までデータ分析に没頭していた。
「事前に伝えた通り、廻偵高校の選手はウチと同じように曲者が多い。恐らく知恵比べに近い戦いが繰り広げられることじゃろう。しっかり頭の中を覚ましていくようにのう。特にあそこの監督……白雪美鶴のやり方には気をつけねばのう……」
「確かその白雪美鶴の父親に、金田一監督は傷害されたんでしたかいな?」
「そうじゃのう……ワシがいつも天才を潰したいぃ~!! って怨嗟とったろ? その天才にあたる人物が、白雪武って男じゃ。ワシ、現役時代に何度も挑んだんじゃがのお……こっちの戦い方を丸裸にされて、完膚なきまでに叩きのめされたわい。そこからじゃのう、ワシが頭を使った戦い方を摸索し始めたのは」
「……その娘である白雪美鶴も、相当厄介いんやろか?」
「あぁ。恐らく父親と同じ理論を受けついで、それを指導に取り入れているはずじゃ。相手を徹底的に分析して、弱点を突いてくる戦い方をのう。昨年優勝したからと言って気を抜かんようにな。データは蓄積していくものじゃし……相手に仁王も加わった以上、昨年通りにはいかんかもしれんわい」
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決勝戦へと駒を進めた廻偵高校の面々が、相手選手に一礼し、静かに試合会場を後にしていく。
控え選手からタオルや飲み物を受け取りながら、体温が落ちすぎないよう、大きめの防風衣を肩へと羽織る。
監督の白雪は、先ほどの試合を簡潔に総評すると、視線を前へ向けたまま、決勝の相手である聖鏡高校について語り始めた。
「はい、準決勝、乙でした。危なげなく駆逐できて、見ていて安心できる内容でしたっと……けれど、次の相手はそうもいかないわ。昨年の優勝校――聖鏡高校が相手なんですもの。ねえ、東郷君」
「ダハハハハハハッ!! 左様ッ!! 軽々と勝てる相手なら、昨年泣く必要などなかったからなぁッ!? 今年こそ、あいつらを叩きのめしてやるわッ!!」
「よろしい。みんな、相手選手のデータは頭に入っているわね? 今年は……仁王君のおかげで、より鮮明なデータが手に入ったのですし、しっかり活用するように。けど、仁王君……本当でこれで良かったの? 一応、元チームメイトなのでしょう? 協力しなくても、別に私は抹殺せたりしなかったわよ?」
「あぁ、構わん。アイツらの目標は全国大会で勝ち進むこと……当然、あの黒い柔道着の連中にも勝たねばならん。自分らが丸裸にされた程度で揺らぐようでは、全国に出ても勝ち進めんだろう。その壁になれるのなら、密告者めいた振る舞いの罪悪感など特にないな。それに……いや、何でもない」
「あら、そう……ならいいのだけれど。それじゃあ皆さん、最後の総仕上げといきましょうか。聖鏡高校の方々には悪いけど……今日は泣いて帰ってもらうわよ」
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『さあ、間もなく団体決勝戦が始まります。両校のレギュラーメンバーが、畳の上に5人、横一列に並び立ちました』
『いよいよね……私、胸熱で体が火照ってきちゃったわ』
『ここで、決勝戦のオーダー表を確認してみましょう。両校とも、普段のセオリーから一歩踏み込んだ構成をしてきていますね』
~聖鏡高校~
先鋒:罪炎那月 身長171㎝ 体重72.1㎏ 炎属性
次鋒:天方天鼓 身長182㎝ 体重80.4㎏ 雷属性
中堅:白桜龍聖 身長162㎝ 体重59.1㎏ 氷属性・風属性・龍属性
副将:狐塚幻翔 身長175㎝ 体重65.4㎏ 風属性・氷属性
大将:仁王阿錬 身長189㎝ 体重97㎏ 山属性
~廻偵高校~
先鋒:皇海 身長171㎝ 体重65.5㎏ 水属性
次鋒:風間啓太郎 身長168㎝ 体重59.7㎏ 風属性
中堅:東郷平八 身長180㎝ 体重80.7㎏ 炎属性・氷属性
副将:鬼灯凛 身長176㎝ 体重72.3㎏ 雷属性
大将:仁王吽錬 身長191㎝ 体重101㎏ 山属性・水属性
『両校とも、先鋒にエースやポイントゲッターを置いていませんね……太江さん、これはどのような意図と見ればよいでしょうか?』
『そうねぇ……エース格を削る狙いで、あえて捨て駒を先鋒に据えた感じかしら。結果として、両校の思惑が被ったわけね。いやらしい采配だわ……オーダー表を見るだけでゾクゾクしてきちゃう……!!』
『さあ、この食わせ者同士の一番……どんな試合運びになるのか、固唾を飲んで見守りましょう……!!』
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「神前に礼!!」
「……熱望」
「熱望!!」
「お互いに……礼!!」
「……熱望、熱望」
「熱望!! 熱望!!」
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聖鏡高校柔道部北海道大会決勝戦先鋒
高校生ランク84位 焉火を宿し者 「罪炎那月」
VS
廻偵高校柔道部北海道大会決勝戦先鋒
高校生ランク237位 水鏡の尊師 「皇海」
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「開始!!」
「……こいっ!!」
「行きますぞぉ~!! No.52……死戒!!」
試合が始まるや否や、皇は右手の人差し指を天へと突き上げた。
その指先の上空には、禍々しい邪気をまとった古本の一頁が宙を漂い、ひらりと力なく畳へ落ちていく。
やがて、落下した箇所を中心に波紋めいた呪気が広がり、試合会場の畳全体を覆い尽くした。
目の前で広がる異様な光景に、罪炎は冷や汗をつたわせる。
皇はその反応を真正面から受け止めるように、両者へ課す戒めを高らかに示したのだった!!
「これより20秒間、横捨身技の使用を禁止しますぞ!!」
「……っ!!」
「ふっふっふ……!!」
(罪炎那月、3月10日生まれ。血液型はA型、左利き。好物はキムチや明太子といった辛味系。炎属性の技を操り、主戦法は捨身技を使用すると……当方、事前調査は万全ですのでな。となればまずは、得意分野の一角を封じさせていただきますぞ~!!)
「……ぐぅ!!」
「さてさて……と」
(この罪炎殿、聖鏡高校の面々が噂江のビルへ襲撃する原因を作ったお方――こちらも調べは済んでおりますぞ。事情が事情でいとほしいですが……今ここは真剣勝負の最前線!! もう一度、泣いていただきますぞ~!!)
出方を探るように一定の距離を保ちつつ、じりじりとにじり寄る皇。
一方、使い慣れた捨身技の一部を封じられた罪炎は、昨日のミーティングで交わされた言葉を胸の奥で反芻していた。
金田一監督から託された自身の役割――その重みを、静かに噛みしめながら。
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『よいか罪炎。北海道大会の決勝は十中八九、廻偵高校との一戦になる。その先鋒は――お前さんじゃ』
『……先鋒、ですか』
『そうじゃ。お前さんの役目は2つある。まず1つ目。捨て駒として、相手のエース格を徹底的に削ってもらうぞい』
『……捨て駒』
『うむ。奴らの主軸は東郷と仁王――いずれもランク100位以内の強者じゃ。どちらかが先鋒で来た場合、粘りに粘って消耗させる。勝てそうなら勝ち切れ。だが無理と見れば、序盤から攻め続け、後続が確実に仕留められるまで削り切るんじゃ』
『……理解りました。あれ、でもその2人が出てこなかった場合は?』
『あり得る話じゃのう。その場合が2つ目の仕事よ。鬼灯、皇、風間――その3人の誰かが出てきた時はだ』
『……』
『できるだけ情報を引き出し、そのうえで勝ち切れ』
『……情報を、引き出す』
『これは仁王が転校した影響が大きいのう。やつがどこまでワシらの情報を向こうに渡したのか――そこが読めんのじゃよ。だからこそ直接戦って、相手の情報の深さを見極めてこい。よいな罪炎。思うているよりも重大な役目じゃ。肝に銘じて挑むのじゃぞ』
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「ふー……No.83灰燼の構え……!!」
己が身に業火を宿し、身体能力も技の威力も一挙に引き上げる技。
その代償として、時間の経過とともに自身の体力を容赦なく削り取っていく――罪炎は、諸刃めいた危うい技を繰り出していった。
短期決戦に持ち込む気配を察した皇は、腰を深く落とし、いつでも反撃に転じられる構えで身を固める。
対して短期決戦に臨むフリをする罪炎は、表情ひとつ動かさず、静かに相手を掻乱りながら、出方と状況を探り続けていた。
(……俺は俺の仕事に集中する。少しでもこれで……償いになれば……!!)




