第二話 藁半紙(わらばんし)
今年で63歳になる中津秀明さんが小学校5年生の頃に体験した話しだ。
中津さんが住んでいるのは和歌山県の山の麓にある村だ。
小学校5年生の夏休み、中津は友人たちと一緒に山で遊んでいた。スマホはもちろん携帯ゲーム機やテレビゲーム機など無かった時代だ。今と違って子供の数も多く、田舎での遊びと言えば近くの山や川で虫や魚を捕ったり、基地を作ったり、探検ごっこなどをして大勢で遊んでいた。
その日も下は小学校2年生から上は6年生まで9人で山に入った。グループのリーダーは近所に住む悪ガキの6年生だ。
「よしっ、今日は西の山を探検だ」
悪ガキ共のリーダーである6年生が命令する。
「了解しました隊長! 」
中津が敬礼してこたえた。グループに6年生は2人いる。5年生も中津ともう1人、相原裕史の2人だけだ。力関係は中津の方が上だ。つまり6年生の次に偉いのが中津という事だ。
「よしっ、任せたぞ切り込み隊長」
切り込み隊長などと煽てられて中津が先頭に立って西の山へと入っていった。
「ここ足場悪いぞ、気を付けろ、健司、昭彦の面倒頼んだぞ」
家が近くて仲の良い4年生の健司にグループで最年少になる2年生の昭彦のフォローを頼むと中津は背丈ほどもある笹藪の中へと入っていく、
「秀、ちょっと休憩だ」
笹藪を抜けて開けた場所へ出ると6年のリーダーが命じた。
「了解しました。全員小休止、お茶飲んでいいぞ、一度に飲むなよ少しずつだぞ」
中津が年下たちに命令した。
各々が岩に座ったりして水筒のお茶を飲む、今のように真空断熱保温の水筒などは無い、キャラクターの描かれたプラスチックの水筒をみんながぶら下げている。
「何か落ちてるよ」
温くなったお茶を飲んでいると4年生の健司が広場の脇を指差した。
「何だあれ? 取ってこい昭彦」
グループで一番年下の2年生の昭彦に取りに行かせる。
「藁半紙だよ」
昭彦が灰色の紙のようなものを持ってきた。
「なんだ藁半紙かよ」
受け取って簡単に確認すると中津は6年生たちに渡した。
藁半紙とはざら紙ともいい、藁や木屑の繊維を主な材料とする安っぽい紙の事だ。
小学校で配られる連絡のプリントや小テストなど今は白くてさらっとした上質紙にプリントするのが当り前だが昭和時代には薄い灰色のザラザラした藁半紙に刷ったものが使われていた。同じ場所に数回消しゴムを掛ければ荒れて毛羽立つような質の悪い紙だ。
紙のようなものをリーダーともう1人の6年生が何やら調べているのを横目に下級生たちが騒ぎ出す。
「相原君が0点のテストを捨てたんじゃないの? 」
中津と仲の良い4年生の健司がもう1人の5年生をからかう、
「あーーっ、相原なら有り得るなぁ」
中津が同調してからかうと隣でお茶を飲んでいた相原がムキになって怒り出す。
「なっ、何言ってんだ! 俺が捨てるかよ、花火と一緒に燃やしたからな」
「あはははっ、おばさんに言ってやろうっと」
2人のバカ話に下級生たちが大笑いだ。
紙のようなものを調べていたリーダーが険しい顔で口を開く、
「藁半紙じゃないぞ、ビニールみたいだけど……菱形の模様が付いてるし、何かの包装紙かな、とにかく他に無いか探せ」
6年生に命じられて中津たちが探し始めた。
「向こうに沢山落ちてるぞ」
右の藪の中へ入っていった5年の相原が紙のようなものを数枚持って戻ってきた。
「でかした相原! みんな拾い集めろ」
先頭になって藪へと入っていくリーダーの後を下級生たちがワイワイ騒ぎながら続いていく、負けじと行こうとした中津が紙のようなものをじっと見つめているもう1人の6年生に気付いて声を掛ける。
「慎二さん、どうしたんです? 」
紙のようなものを手に険しい顔をしている6年の慎二の顔を中津が覗き込んだ。
「うん……ヤバいかも知れない」
「何がヤバいんです? 」
「もしかしてこれは…… 」
慎二がこたえようとしたとき、藪の向こうで騒ぐ声が聞こえてきた。
「凄ぇぞ、いっぱい落ちてるぞ」
6年の慎二がバッと走り出す。中津も慌てて藪の中へと入った。
「遅いぞ、もう殆ど拾ったからな」
2人を見てリーダーが嬉しそうに笑った。
リーダーはもちろん、4年の健司も最年少の昭彦も紙のようなものを両手にいっぱい持っている。
「あぁ~~、俺の分は…… 」
出遅れたと悔しがる中津の前に6年の慎二が出てきた。
「やっぱヤバいよ、これたぶん皮だ」
「皮って? 」
不思議そうに見つめる中津に頷いてから慎二が続ける。
「蛇だ。蛇の皮だ。脱皮した抜け殻だ」
手に持っている紙のようなものを広げて慎二が説明を始めた。
「ほら、見てみろ、この模様、菱形の模様、これは蛇の鱗だ。鱗の跡だ」
有り得ない、慎二が指差した菱形の模様は1つで5センチほどの大きさがある。鱗1つが5センチもあるならこの皮の主である蛇はどれほどの大きさだろうか? 1メートル50センチほどの普通のサイズの蛇の鱗は5ミリあるかないかだ。単純計算で10倍以上はある事になる。つまり15メートル以上はある蛇の抜け殻だという事だ。
「まさか……そんなのがいるわけないだろ」
リーダーの6年が笑いながら言うがその顔は引き攣っていた。
「おいっ! なんか向こうに凄いのがあるぞ」
その場に居なかった5年の相原が血相を変えて藪を掻き分けてやって来た。
「なっ、何があったんだ」
険しい表情でリーダーが訊くと相原が出てきた藪の奥を指差しながらこたえる。
「なんか筒みたいなのが……蛇の抜け殻みたいなのが…………でっかい抜け殻みたいなのが…… 」
相原の顔が青くなっている。物心ついた頃から野原で遊んでいるのだ。蛇の抜け殻など毎年のように見ているので見間違いなどしない。
「本当か? 」
リーダーを先頭に藪の奥へと入っていく、
「ヤバい!! 本当に蛇だ」
リーダーが顔を引き攣らせた。
押し潰されたように平らにされた藪の中、灰色をした半透明の筒のようなものがあった。その先が漏斗のようにすぼんでいる。その場の全員が一目でわかった。ヘビの尻尾だ。尻尾の辺りの抜け殻だ。
「50センチはあるな…… 」
呟いた中津の隣で6年の慎二が続ける。
「尻尾の辺りで50センチなら胴回り1メートル以上あるぞ」
「ヤバすぎるぞ、大蛇だ……俺たちなんか丸呑みされるぞ」
リーダーの声が震えている。
「かっ、帰ろう、帰りましょう」
震えた声で中津が言うとリーダーが無言で頷いた。
その時、更に奥の藪が風も無いのにガサガサと音を立てて揺れた。
「うわぁ~~っ、みんな逃げろ!! 」
誰かが叫んだ。それを合図に全員が走り出す。
「ちょっ、みんなっ、秀明! 昭彦を頼む」
その場で一番冷静だった6年の慎二に言われて中津が最年少の昭彦の手を取って一緒に逃げ出した。
「山の神様かもな」
2人の後ろ、最後尾で慎二が呟く声が聞こえてきた。
お茶を飲んでいた広場までやって来るとリーダーが持っていた大蛇の皮を投げ捨てる。
「お前らも捨てろ、祟られても知らんぞ」
命じられるまでもなく気持ち悪いので下級生たちみんなは既に捨てている。
そのまま逃げるようにして山を降りると夕方前だというのにみんな帰っていった。
帰った皆は当然の如く親たち大人に話すが悪ガキの嘘だと信じるものは無い、それならと言う事で証拠として大蛇の抜け殻を持ってこようという事になり6年と5年の4人でもう一度西の山へと入るがあれ程あった紙のような抜け殻は一枚も落ちていなかった。
話を終えた中津さんが真面目な顔をして最後に付け足した。
「本当にあったんだ。見たんだよ、大きな抜け殻を……尻尾の部分だけで50センチ以上もある抜け殻をさ、親父も誰も信じてくれなかったけどさ、本当に見たんだよ、本当に拾ったんだよ、藁半紙みたいな蛇の皮をさ」
捨てなければ今頃、大騒ぎになっていたのにと中津さんは今でも少し後悔している。




