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第一話 開けてくれ

 関西の私鉄、○○駅の終電間際、加藤さんは尿意を感じてトイレに駆け込んだ。


「ちょっと飲み過ぎたかなぁ~ 」


 学生時代の友人と飲み会をしていて駅に駆け込んだのは終電ギリギリだ。


「浅井の奴、変わってなかったなぁ~~ 」


 もう直ぐ最終電車が来る。加藤が急いで用を足していると後ろに並んでいる個室からガタゴトと音が聞こえてきた。


「何だ? 」


 自分の他に誰かトイレに入っていたのかと加藤は独り言を止めて様子を覗った。


『あけ……あけて………… 』


 ガタゴトという音と共に掠れ声が聞こえる。

 やっぱり人がいたんだ。加藤は独り言を聞かれたと苦笑いしながら小便を済ませた。


『開けてくれ…… 』


 手を洗っているとまた掠れ声が聞こえた。


『開けてくれ……開けてくれ』


 ガタゴトという音と共にハッキリと聞こえた。

 開ける? 加藤は何の事だと思いながら3つ並んでいる個室に近付く、


『開けてくれ、開けてくれ』


 3つ並んだ右端だ。ガタゴトと中で何かをしている音と共に声が聞こえる。


『開けてくれ、開けてくれ』

「どうかしましたか? もう直ぐ電車来ますよ」


 何かあったのかも知れないと加藤が声を掛けた。


『開けてくれ、開けてくれ、開けてくれ』


 鍵でも壊れたのかと思ったがそれならドアをドンドン叩いて訴えるはずだ。ガタゴトという物音はトイレの奥から鳴っているように思える。開けてくれと助けを求める声もドアの傍というより距離を置いている感じに聞こえた。


「どうかしました? 駅員さんを呼びましょうか? 」


 訝しがりながらも加藤は声を掛けた。病気か何かで個室の中で倒れているかも知れないと思ったのだ。


『開けてくれ、開けてくれ、開けてくれ』


 掠れ声からして中年か年配の男らしい、加藤がドアノブに手を掛けた。


「大丈夫ですか? 駅員さん呼びましょうか? 」


 声を掛けながらドアノブを回すと、するっと簡単にドアが開いた。鍵など掛かっていないし壊れてもいなかった。


「えっ!? 」


 加藤がその場で固まった。個室の中には誰も居ない。


「何で? 」


 間違えたかと3つ並んでいる真ん中のドアを開くがそこも空室だ。


「ちょっ、冗談は止めてくださいよ」


 引き攣った顔で最後の1つ、左端の個室のドアを開けた。


「何で? 誰も居ない…… 」


 個室には誰も居ない、洋式の便器があるだけだ。


『開けてくれ、開けてくれ』


 掠れ声が聞こえる。加藤はばっと右端の個室を見た。


「悪戯なら怒りますよ! 」


 ムッと怒った声を出しながら右端の個室へと戻る。

 ドアを目一杯開けて中を見回す。洋式便座があるだけだ。誰かが粗相をしたのか床が少し濡れているだけで他には変わったところは無い。


『あけてくれぇ……あげてくれぇ…… 』


 掠れ声が聞こえた。蓋が閉まった便器からだ。


「悪戯かよ!! 」


 誰かが便器の中に仕掛けでもしたのだろうと加藤は個室に入ると便器の蓋を開けた。


「あっ!? 」


 加藤が固まる。便器の中に男の顔があった。


『あげてくれぇ、あげてくれぇ…… 』


 中年男の青白い顔が便器いっぱいに詰まっている。

 有り得ない、水洗の洋式便器だ。人が入れる隙間などあるわけが無い、仮に田舎などにある古い和式のぽっとん便所だとしても幼児ならともかく大人が落ちる事などは無い、途中で身体が便器に引っ掛かるはずだ。

 それが今、目の前に男の顔があった。


『あげてくれぇ……上げてくれぇ』


 青白い顔をした男と目が合った。


『上げてくれ、上げてくれ、上げてくれ』


 男はニタリと笑いながら上げてくれと連呼した。


「あぁぁ……わあぁあぁぁ~~ 」


 加藤が悲鳴を上げて個室から飛び出す。

 手が触れたか、足が触れたか、後ろでバタンと便器の蓋が閉まった。


「ああぁ……なっ、何だ? 何なんだ…… 」


 臆しながら加藤が振り返ると閉じた便器の蓋の隙間から指が見えた。


『上げてくれ、上げてくれ、上げてくれ』


 ゆっくりと蓋が開いて手が出てくる。


「うわっ、うあぁあぁぁ~~、わあぁぁぁ~~~ 」


 悲鳴を上げながら加藤はトイレから走り出た。

 そこへ電車が入ってくる。加藤は慌てて飛び乗った。


「開けてじゃない、上げてくれって言ってたんだ………… 」


 疎らに人が乗っている最終電車の中、ドアの近くに立ったまま加藤が呟いた。

 ガラスに映る自分の顔が真っ青でまるで便器に入っていた男と同じように思えた。



 あの男は何だったのだろうか? 幽霊か妖怪か、どう考えても人ではないものなど上げる事など怖くて出来ない、だが、もし誰かが上げてしまったら……。

 加藤さんは何か嫌な事が起きるような気がすると言って話しを終えた。


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