初めての友達
無事猪の解体を終え、今は大鍋でぐつぐつと肉が煮込まれている。
良い感じに日も落ちて、村人総出の宴会が始まろうとしていた。
「順番に並んでー。いっぱいあるから急がない急がない」
料理を配っている年配の女性の声に従い、私も配られたお椀を持って料理待ちの列に並ぶ。
すでに酒を飲んでよっぱらっている者もいて、村全体に浮ついた空気が蔓延していた。
「まさにお祭り騒ぎといった感じじゃな」
「そうですね。こんなに盛り上がったのは久しぶりです」
一緒に列に並んでいるイルシアとともに、どんちゃん騒ぎをして楽しんでいる人たちを眺める。
その光景に昔の仲間との馬鹿騒ぎを思い出し、少しだけ懐かしくなった。
「イルシアはもう手伝わなくて良いのか?」
「はい、もう保存用のお肉の選別も終わったので。父さんにエリーゼ様の相手をしろと言われたので、ある意味今もお仕事中ですけど」
「私の相手は仕事扱いか、ひどい話じゃ」
そう冗談めかして言うと、イルシアもつられたように笑みをこぼす。
「最初に会った時はすごく怖かったんですけど、意外と親しみやすいですよねエリーゼ様」
「私とて無意味に怖がらせるのは本意ではないしの。これでも歩み寄る努力はしてるんじゃよ?」
私がそう答えると、イルシアは少しの間をおいて、急に真剣な表情で私のことを見る。
「エリーゼ様、ひとつだけ聞きたいことがあるんです」
「なんじゃ改まって」
「……エリーゼ様が人間じゃないというのは、なんとなくわかります」
じっと私のことを見つめながら、イルシアはそっと口を開く。
その言葉を遮らないよう、私も少し真剣な眼差しで彼女の顔を見返した。
「だからと言って、その正体を詮索しようとは思いません。それを聞いてしまったら、一緒にいられなくなってしまう気がしますし」
「賢明な判断じゃな」
別に正体を隠しているわけではない。
ただきっと、私の正体を明かせば彼女たちは恐怖を覚えるだろう。
そうなればこの村にい続けることも難しくなる。
「だから聞きたいことはもっと根本的なこと。エリーゼ様は、なんで私たちにここまで手を貸してくれるんですか?」
「……封印を解いてくれた礼、だけでは足りぬか?」
何度か彼女に話した言葉を、もう一度繰り返す。
だがイルシアは納得しないようで、首を縦には振らなかった。
その表情を見て、私は小さくため息をつく。
「いいじゃろう。むこうで食べながら話そうか」
ちょうど私たちの番が来たということもあり、一旦話を止めて手に持っていたお椀に料理をよそってもらう。
二人とも夕飯を確保した後、村人の集団からは少し離れたところに腰をおろした。
「私の封印を解くにはな、幾つかの条件がある」
よく煮込まれた猪肉を頬張りながら、黙ったまま聞いているイルシアに向かってぽつぽつと話を始める。
「そのうちの一つに、人間が私に対して何かを願った時という条件があってな」
もちろんその条件を設定したのは私だ。
封印を解くものが現れるかは賭けに近かったが、それくらいやらなければ世界を欺くことなどできないと思っていた。
「そんな面倒な条件を設定したのは、目覚めた後に人間の味方という立場を得やすいと思ったからじゃ」
「それは、なんのためにですか?」
「詳しくは言えん。ただ、人間が私を自分たちの味方だと思ってくれること自体に、多分意味があるのじゃ」
これについては私も確信をもてないため、少し濁した言い方になってしまう。
自分の正体を明かせないこともあってか、どうしても抽象的な説明になってしまってもどかしい。
「私たちに味方だと思われたいから、手助けをしていると?」
「そういうことじゃ。おぬしらを助けているだけで、私にはそれなりの益がある」
封印前、ルールの存在に気づいた私はどうやって勇者に殺されないかをひたすら考えた。
その途中で気になったことの一つに、もし魔族が裏切って人間側についたらどうなるのかという疑問がある。
結論から言えば、魔族が同族を裏切って人間に与した場合、人間側の戦力が増えたとみなされるということがわかった。
その場合、両者のパワーバランスを調整しているらしいあのルールに則って、魔族軍側の戦力も強化される。
過去にも強大な力を持った魔族が人間と同盟を組み魔王に反旗をひるがえすといった事があったらしいが、その時でも魔族軍が惨敗したという事はなかったようだから、間違いはないだろう。
これを魔王という立場でやった場合、あのルールが正常に働くのならば私は魔王の任を解かれ、より強力な力を持った魔族の個体が産まれるのではないかと考えた。
もっとも、魔王が魔族を裏切るなどという前例はないし、それは魔族軍の全面降伏を意味する。
さすがに私もそんなことはできなかったので、封印前はその事に気がついても何もできなかった。
ただ、私が魔王で無くなった後でならば話は変わってくる。
そこで私は、勇者に横流した封印魔法の解除条件に、私以外の魔王がすでに存在している事と、人間が私に何か願いを告げる事を設定した。
人間側の戦力として世界に認識されてしまえば、魔王として勇者に敵対視される事もなくなるだろうと考えたからだ。
だから人間の味方をすることでルールを欺くために、私はこの世界での立場を確固たるものにしたい。
そのため、今のように村人たちから頼られるいるという状況は、私にとっては有難い話だった。
しかしそれを包み隠さず話すには、自分が元魔王だということを明かさなければならなくなる。
人間たちに敵対されるわけにはいかない以上、そんなリスクはおかせない。
「……やはりこの説明では足りんか?」
「本音を言えば、もう少し話して欲しいとは思います。でも、村の恩人にこれ以上無理を言わせるわけにもいかないですね」
少々不服そうではあったものの、一応これ以上は追求しないでいてくれるらしい。
「そうしてもらえると助かる」
「わかりました。……でもいつか、エリーゼ様が私を信用できるようになったら、話してくださいね」
「約束する。おぬしは私の二度目の生で、初めて出会った者であり、初めてできた友じゃ。時が来たら、友として話すべきことは全て話そう」
そう答えた私の言葉に、イルシアは目を丸くして驚いた表情を浮かべる。
「エリーゼ様は私を友達だと思ってくれてるんですか?」
「当たり前じゃ。こうして火を囲み、共に飯を喰らって、相手のことを知りたいと語り合っているのじゃぞ。これを友と言わずになんという」
「それは、そうですけど……」
言い淀むイルシアの顔を覗き込むように、私は静かにジト目で睨みつけた。
「それともなにか、本当に仕事のつもりで私と話していたのか?」
「そんなことはありません!」
必死になって否定する彼女を見て、ふふっと軽く笑う。
「ならば、素直に友だと認めれば良い。ほれ、もう器が空になってしまったし、お代わりをもらいにいこうではないか」
イルシアの頬を軽く小突いて、彼女の手を握り強引に立ち上がらせる。
「……そうですね。おかわりもらって、私たちも宴に混ざりましょうか」
「うむ! 乗り遅れてしまったからの、あそこの酔っ払いどもを私の絶技で最高に盛り上がらせてやらなくては」
魔王時代に鍛えた宴会芸を見せる時が来たと、昼間とは違った闘争心が私の中で燃え上がる。
そんなことばっかりやっていたから勇者に負けるんですよという側近のうるさい声が聞こえてきた気がするが、きっと気のせいだろう。
「それでは行こうか」
この地で初めてできた友の手を引き、賑やかな宴会の中心へと私は歩みを進めた。