宴の後で
酔った。
それはもう完全に、なんの言い訳もできないほど、疑う隙もないくらいに。
「いいぞ、エリーゼさん! もっとやっちまえ!」
「よかろう! ほれ逆回転じゃ!」
頭では自分が酔っ払っていることを自覚しているが、もう体は言うことを聞かない。
抑えの効かない情動に従って、目の前の相手に向かって魔法を放った。
昼間私をおちょくった自警団の若者に、渾身の洗濯魔法を。
その様子を、少し離れたところでイルシアは引きつった表情で眺めている。
「ちょっ、逆回転はまずいです! 吐く吐く!」
「村の英雄にケンカ売っといてその様じゃぁ情けねぇぞ、ヒューイ!」
渦を巻く水に下半身を包み込まれ、ぐるぐると回りながらヒューイと呼ばれた青年は力ない叫びをあげる。
さすがにかわいそうなので、吐く前に魔法を止めてついでに回復魔法をかけておいた。
「どれ、綺麗さっぱり私の恥ずかしい記憶も洗い流されたじゃろう」
「イヤモウホント、ナニモオボエテナイデス」
私の魔法の効果で気持ち悪さは抜けただろうが、精神的なダメージまでは回復しなかったらしい。
片言で答えながらがっくりと項垂れて地面に伏していた。
「いやぁしっかし何度見てもエリーゼさんの魔法はすげえなぁ。王都にいる騎士や冒険者の連中なんかの数倍すごいぞ」
「だな。俺も何度か魔法は見たことあるけどエリーゼさんが使う魔法はどれもこれも見たことないぜ」
そんな言葉が周りで次々に上がり、酒が入っていた事もあって気が大きくなっていた私はついつい乗せられてしまう。
「ほう、そなたら中々みどころがあるの。よし、とっておきをみせてやろう」
「あの、エリーゼ様? そろそろやめておいたほうが……」
ニヤリと笑って近くにあった別の酒瓶を手に取った私をイルシアが止めに入る。
だがそれをそっと手で制して、二度三度と首を振った。
「よいかイルシア。女にはな、ひけない時があるんじゃ」
「少なくともそれは今ではないと思いますけど……」
彼女の忠告を無視して、手に持った酒瓶の中身を一気に喉の奥に流し込む。
「いくぞ、よく見ておれよ!」
酒で喉が熱くなる感覚に浸りながら、口を開けて酒気を帯びた息を思いっきり吐き出した。
吐息は空気に触れると同時にボワっと音を立てて火がつく。
龍のブレスのように私の口から放たれた炎は勢いよく燃え盛り、やがて一匹の巨大な蛇へと形を変えた。
「おおぉぉ……!!」
口から伸びる炎の蛇は踊るように宙を舞い、暗闇に輝く星空を紅蓮に彩っていく。
その光景に村人たちは皆みとれながら、感嘆の吐息をもらしていた。
私ががぶりと口を閉じると同時に、炎の蛇は空高くまで上り詰め、破裂音とともに夜空に大輪の花を咲かせる。
ぱらぱらと舞い散る火の粉に包まれながら、私はどうだと言わんばかりに胸を張った。
「これぞ我が宴会芸の奥義、滅多に見られるものではないぞ」
「すげぇよエリーゼさん! こんな光景をみられるなんて、生きててよかった!」
そんな言葉を皮切りに、あたりから一斉に拍手が鳴り響く。
拍手の嵐に、酔いの心地よさも相まって最高に良い気分になった。
「本当は正体を隠す気とか全くないんじゃ……」
だから、後ろでぼそっと呟いたイルシアの言葉は聞こえなかったことにした。
「もう、飲み過ぎですよエリーゼ様」
結局、夜が更けて村の皆が寝静まるまで騒ぎ尽くした私は、焚き木に灯った残り火を眺めながら、イルシアと共に酒で火照った体を冷ましていた。
「あまりに楽しくてついつい羽目を外してしまったな」
未だに熱い頬を、楽しかった時を思い出しながらついつい緩ませる。
「それはそれは。楽しんで貰えて何よりです」
私のつぶやきに答えるように、背後から老いた声が聞こえてきた。
「村長殿か。いやほんと、そなたらの村は素晴らしい」
「そう言っていただけると光栄です。少し、隣をよろしいですかな?」
私が頷くと、村長はイルシアと私の隣に腰をおろす。
「エリーゼ様がいなければ、こうして宴を開くこともできなかった。本当に、感謝しています」
「礼を言うならイルシアに言うんじゃな。この娘があの封印を解かなければ、私はここにいなかったのだから」
私が口にした言葉を聞いて、驚いたようにイルシアは目を丸くした。
「エリーゼ様、それは」
イルシアが言葉を発しようとしたのを手で遮り、私はじっと村長の目を見つめる。
「私がこの村を守るにあたっての見返りの件、今ここで話をさせてもらってもよいかの」
「……お聞きしましょう」
酒でぼんやりしていた頭が、すぅっと霧が晴れたように鮮明になっていく。
頭を宴会モードから切り替え、切り出し時を迷っていた話を村長に伝える。
「一つ、私の正体について詮索しないこと。二つ、私が封じられていた間に何が起こったか、できる限りでいいので教えること。私が求める条件はこれだけじゃ」
「それはエリーゼ様が正体を探られると困るような存在、という事ですかな?」
「好きなようにとってもらって構わん」
そう言い切る私に、村長は腕を組んでうぅむと唸った。
少し考えるそぶりを見せた後、村長は再び私に言葉をかける。
「あなたが私たちの村に危害を加えないと言う保証は?」
村長の言葉に、それは無いと首を振る。
「強いて言うなら、盗賊の撃退とランページボアの討伐という成果を評価してもらいたいところじゃな」
「……これは愚問でしたな」
村長はふうと一息つくと、深々と頭を下げた。
予想外の行動に少しだけ面を食らう。
「先ほども申した通り、いま村が存続しているのはあなたのおかげです。そのあなたの頼みを無下に断ることは私にはできますまい。どうかこれからも、村をよろしく頼みます」
「任された。私の誇りにかけて、この村は守ってみせよう」
そう言って村長に顔を上げさせ、お互いの信頼を確かめるように手差し出した。
「……あなたには、不思議な魅力がありますな」
私の手を握り返しながら、しみじみとそういう村長に、そうか? と首をかしげる。
「その無自覚さがまた良いのでしょうな。さて、それでは一つ目の条件を今ここで果たさせていただきますか」
村長は改めて私の方に向き直ると、真剣な表情でゆっくりと口を開く。
「あの封印石がここに運び込まれてから三百年。その間に一体何があったのかを、お話ししましょう」




