大崩壊
「三百年か。それはなんとも、長い時間じゃな」
私が生きていた時代と、今過ごしている時代との時の隔たりを実感し、すこし物寂しい気持ちになる。
期待しているわけではなかったけれど、これだけの時間が経ってしまえば、かつて共に時間を過ごした仲間達はもうほとんど残っていないだろう。
「あの祠については、建てられたのがおよそ三百年前という話と、強力な力を持った者が封じられているという話が残っている程度で、詳しい事は分かりません」
伝承が薄れていたのは私にとっては都合が良かった。
さすがに、魔王が封じられているなんていう言い伝えが残っていたら、怖がって誰も近づかないだろうし。
「情報が残っていないのはこの村に限らず、最も栄えていたと言われる三百年以前の話は、今ではほとんど失われてしまっているのです」
「長い時間の間に薄れていった、というわけではないようじゃな」
私の言葉に村長はこくりと頷く。
「かつての文明は、とある大災害を原因として跡形もなく崩壊しました。今の生活は、その大災害を生き延びた者たちの手で一から再建されたものなのです」
「世界を滅ぼす大災害か。にわかには信じられん話じゃな」
「私たちにとっても、もはや御伽噺のような話です。曰く、大崩壊と呼ばれるその災害は、崩獣という三匹の強大な力を持つ生物によって引き起こされ、当時の文明を持ってしてもなすすべなく滅ぼされたと」
「待て、その大崩壊とやらは疫病や天災ではなく、生物によって引き起こされたものなのか?」
「そう伝えられています」
もちろん大崩壊なんて話は聞いたことがなかったし、その災害とやらが起きたのは私が封印された後なのだろう。
しかし、世界を滅ぼすような生き物があの時代にいたならば当然私の耳に入ってくるだろうし、私の知る限りではそんな力を持つものは存在しなかった。
となれば私の封印がされた後に出現したものなのだろうが、短期間でそれだけの力を持ったものが生まれるものなのだろうか。
「きな臭い話じゃな……」
人間に世界を滅ぼす力はないだろうし、魔族や魔物は人間との力関係が保たれるよう能力を調整されてしまう。
となると、人間でも魔物でも魔族でもない何かが、私の知らない間に産まれたのだろうか。
「まぁそれは今考えることではないか。話をさえぎってすまぬ、つづけてくれ」
わかりましたと答え、村長は話を再開する。
「大崩壊によって文明は崩壊し、人間も魔族も魔物も、全ての勢力は衰退を余儀なくされました。そこで、話し合うことができた魔族と人間は、互いに不可侵の掟を結び復興に力をいれてたのです」
「……今日一番衝撃的な話じゃな」
戦うことしか頭になかった魔族連中が停戦協定を結ぶなど、その大崩壊とやらはよほど衝撃があったようだ。
この村があの程度の防備で滅んでいなかったのは、その停戦協定のおかげもあるのだろう。
「おおよその話はわかった。もう一つ聞きたいのじゃが、旧種とよばれているのは、その大崩壊を生き残った魔物ということで良いか?」
「えぇ、それであっています。付け加えるなら、魔族でも大崩壊以前から生きている者は旧種と呼んでいるそうですが」
「なるほどな」
これで大体のことに合点がいく。
人間と魔物、そしておそらく魔族も含め、私の認識よりだいぶ能力が低いのは、大崩壊とよばれる災害が原因。
能力調整が働いていない大崩壊前に産まれた者は、別格の力を保持したままだということ。
本来世代交代によって緩やかに現れるはずの調整結果が、急激な衰退によって顕著に現れてしまった結果が旧種といったところか。
今の話でいくと私も旧種ということになるのだろう。
そもそも大崩壊前の時点でほぼ敵なしだった私は、この世界では無敵に等しいのではないだろうか。
強大の力を持つ旧種の中でも最強とか、ちょっと心が躍る。
「いかん、魔族の血に流されるな私……!」
時たま私の思考にちょっかいをだしてくる魔族としての本能を抑えようと、軽く頭を振った。
気を取り直して、最後の質問を村長にする。
「最後に、崩獣とやらについて何かわかることはあるか?」
「いえ、崩獣に関する話はどんな姿だったのか、どんな力を持っていたのかも含めてほとんど何も伝わっていません。ただ、大崩壊を引き起こした後は眠りについているとか」
「……そうか」
今活動していないならそんなに危険視しなくてもよさそうだが、とはいえ放っておくわけにもいかない。
なにより、私の好奇心が詳しく知りたいと声を上げている。
今後は大崩壊と崩獣について調べることを一つの目的にしようと決めた。
「いろいろ話してもらえて助かった。感謝するぞ村長殿」
「いえいえ、この程度の話でしたら。他にも今の時代の常識なども知っておかないと不便でしょう。今日は夜遅いですし、また後日そのあたりの話もさせてもらいます」
「あの! もしよければその役目、私にやらせてもらえませんか!」
今まで黙って一緒に話を聞いていたイルシアが名乗りを上げる。
「私も気心知れた相手に教えてもらえる方が嬉しいな。イルシアがそう言ってくれるなら、お願いしたい」
「わかりました。ではイルシア、エリーゼさんに色々と今の世界のことを教えてあげなさい」
「はい! それじゃあエリーゼ様、早速明日からよろしくお願いします」
「こちらこそよろしく頼むぞイルシア。では私はそろそろ寝かせてもらうかの」
イルシアと明日の約束を交わし、焚き火の近くに敷かれたござにごろんと寝転がった。
ちゃんとした寝床が欲しいところだが、村の大部分が焼かれてしまった今、当分贅沢は言えないだろう。
「おやすみなさいエリーゼ様」
「おやすみイルシア」
イルシアに挨拶をつげた後、輝く星空を眺めながら今聞いた話を頭の中で繰り返す。
崩獣に大崩壊、衰退してしまったであろうかつての同胞たち。
この時代のことを知れば知るほど、気になることがたくさん出てくる。
魔王としての運命から逃げることができれば、なんの悩みもなく生きれるかと思ったがそう単純にはいかないらしい。
そんなことを考えているうちに、酒の酔いと疲れも手伝って、意識は深い眠りの底へと落ちていった。
総合日間一桁に順位が上がっていました、とても嬉しいです。
これからもよろしくお願いします。
 




