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来 神 ’  作者: N.river
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さらば三兄弟 の巻  87

 前で早くも、遠く火の玉と鳥は縮んでいる。

 それいけ、で天照も天浮橋を滑らせた。

 まき散らされたすすを払い、鳥めがけて矢もまた次々に放つ。だがこれが思うように当たらない。

 やがて敷き詰められた雲から突き出る国中之柱は、霞んで天照の目にも映りだした。目指して鳥は一直線と飛び、すれ違いざま突き出す三本の足で掴んでみせる。持ち去らんと大きく翼をはためかせるが、もちろん野と高天原をつなぐ柱だ。鳥ごときがどうにかできるものではない。だが柱が立てられてから経つ年月は生半可になく、いまや野を脅かすほどの荒魂となった烏にゆさぶられたなら、頼りなくもぐらり、ぐらぐら、柱は動き始めた。

「こ、こらっ、そのばっちい足をお離しなさいっ」

 天照はうろたえるが、聞かず鳥は揺すりに揺する。

 蹴りつけ宙へ舞い上がった。

 くるり翻した身で勢いをつけたなら、つんざくような鳴き声と共にこれが最後と、柱へどうん、体当る。

 みごと芯をとらえた一撃に火の粉がぱぁっ、と辺りへ散っていた。柱も、ごうん、と鳴り響き、それきりよろめくように傾き始める。高天原に敷き詰められた雲を裂いて、びしばし、雷光、瞬かせたなら、烏の火の粉も、そんな火花も浴びて燃えつつ、ゆう、と野へ身を横たえていった。


 だがしかし、野にそんな高天原を見上げておるようなひまはない。

 建御雷は剣を振るい龍を駆って稲妻を走らせると、群がる荒魂を次から次に薙ぎ払っていた。嵐を巻きつけ素戔嗚は、縦横無尽と空を飛んで面白いように黒雲を蹴散らしている。火球となった軻遇突智命も祟りの波を破りに破り、見守って瓊瓊杵尊は吹きつける種で緑を芽吹かせると広がる穴を繋ぎ止めていた。それらを毟りとろうと荒魂が底から這いあがってきたなら獅子が牙を立てている。ほかにもあまた御柱が、甲冑姿の兵士らが、星と散らばりくんずほぐれつ荒魂となった国津神らとそこかしこで剣を交えていた。そうして祓われた魂が、破れた兵士が、はらはら野へ降る。千切れた黒雲は血潮とすすを飛び散らせ、分厚かった壁に次第と大きな穴を開けていった。

 しかしながら地の唸りは止まない。かばいきれぬところで穴は広がり、這い出る荒魂もまたついえる様子を見せなかった。だからして雲太と和二の手から飛び出す兵士も途切れない。支え続ければ雲太と和二の額へも、玉と汗は浮かんで流れた。

 足が、油断するたび砂浜をえぐってずず、と後ろへ滑ってゆく。ままにうっかり転んでしまえば、どこまで吹き飛ばされるやら分かったものではない。そして神らは出るに出られず、応援の途切れた天津神らが苦戦を強いられることは明らかだった。

 させてはなるまい。

 雲太らも必死の思いで踏んばり続ける。

「和二ッ、大丈夫かぁッ」

 だが和二の返事は、むううっ、とうなったきりだ。気が気でならない。雲太はちらり、様子をうかがう。とたん眉を跳ね上げていた。

「和二ッ。お、お前、体がッ」

 言われて空から目を落とした和二も、己が体にびくり、震える。

「わあぁっ。すっ、すけすけなのだぁっ!」

 その足元はふらついて、危ない、と雲太は怒鳴りつけていた。あわわ、と踏ん張りなおす和二は賢明だ。だが、などと言った雲太の体もたがわずいつしか透け始めている。

「わ、わしもかッ」

 などと、わけは簡単だろう。

「これほどまで天津神らを結んだせい……」

 見守り京三は呟いた。

「身の塩が尽きはじめたんだ」

 このままでは消えてしまうかもしれない。

 過るや否やいてもたっておもれずに立ち上がっていた。辺りを見回し、そうだ、と背負う荷へ手をかける。

「つくし殿、つくし殿は、何が起きているのか、見えておられますか」

 解いてゆく手は素早く、つくしも唇を噛んで返していた。

「はい。戦です。お空から、地の底から、お姿が次々と。何か、雲太さの身に何かあったのですか」

 問う察しのよさはあんぐり口を開いた大国主命とは大違いだ。そこで京三は、解いた荷の中身を浜へと撒いた。

「そうです。雲太と和二は戦を支えて奮闘しておりますが、その身が尽きるやもしれません」

「尽きる」

「それはまことか」

 聞いたつくしの眉はひそめられ、見上げていた空から命がはっ、と視線を戻す。

「このままではおそらく。尽きればわたしたちの負け戦。野は二度と人の住めるところにはならぬでしょう。そのためにも塩が必要です。海の水を二人へかけます。手伝っていただけますか」

 つくしでもお役に立てるなら。もちろんだ。たちまち声は返されると、三人は布の端を握り波打ち際へと駆けだした。荒く打ちつける波をかぶろうと、広げた布でどうにか海水をすくいあげる。砂に足を取られながら雲太らの元へ運びこみ、揺すっていちにのさん、で振りまいた。だが、こぼれて半分の量になった海水は少なく、手のひらの鳥居より出ずる神らの勢いにも煽られて、雲太らまで届くことなく散ってしまう。ほんの幾らかを宙で塩と吹かせただけだった。

 あいだにも、また二人の影は薄くなってゆく。

 目の当たりにして京三は青ざめた。だが雲太らを海まで歩かせることこそ叶わず、つくしと命を引き連れ再び波の中へ飛び込む。すくい、戻って、半分ほどに減った海水を力の限りに二人へ投げた。

 誰もがはあはあ、荒い息を繰り返している。しかしながら焼け石に水とはこのことか。全てはあまりにあっけない。

 そのうちにもうがつ穴は海へとせり出して、その端を滝に変えるとあっという間に飲み干していった。おかげで次に向かう水際はどんどん遠ざかり、ああ、と京三の目を泳がせる。

 と、ついにそこで塩はついえた。

 身の丈が小さいなら塩も少なくて当然だ。

 和二が、わぁ、と声を上げる。

 最期にして、ばさり、砂へ衣を落としていた。申し訳なさげと襟足に、木切れだけをのぞかせる。

 光景に、見えておるかのごとくつくしが身を縮めていた。見えている命は消えた、と腰を抜かし、雲太は、京三は、和二、と叫ぶ。布を投げ捨て京三が、残る雲太へと走った。

 お待ちください、とつくしが呼び止めたのは、放り出されたからこそもうなす術などないのだと知ったからにほかならない。だが呼び止められたとして京三に、返す言葉こそなかった。ただ雲太らの作った窪みへ身を躍らせる。吹きすさぶ風を胸で押してつまづきそうになりながら、雲太にその肩を並べた。

「わたしの塩をっ!」

 己が手を雲太の手へ添える。

 戦は空で熾烈さを増すと、祓われた荒魂に破れた兵士のみならず、今やどこからともなく火の粉までもをはらはら降らせていた。

 浴びて雲太は振り返る。

「もらいうけたッ」

 共にうなずきあえば、二人の口から、うおおおっ、と声は上がっていた。十分な塩を得たからか、出ずる神らの勢いも上がってゆく。それゆけ、と二人は高く空を仰いだ。

 そんな京三の横顔が思わぬ早さで透けてゆく。奥にのぞくのは内に秘めたる木切れか。雲太が横目にとらえた瞬間だ。衣もろとも浜へと落ちた。

 京三。

 咄嗟に叫んだはずである。

 だが言い切った気こそしない。

 ただ干上がった海の彼方で、巨大な柱が炎を上げると倒れてゆく。

 目に焼き付けて雲太もその身を木切れに戻した。転がり落ちて同じところへ衣を重ねる。

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