つくし の巻 59
ありました、こちらです。と、京三が手を振ったのは、雲太らがひとつ目の山を越えてさんざん道に迷ってからのことだった。
山のふもとまで送り届けてくれた武士は、出雲へ行くならこの山を越えて次の山へ入るおり、三つに分かれた道の真ん中を行けばよい、と教えてくれている。正しい道を選んでおれば先に蛇をあしらった祠が現れるからして、それを目印に行けばよいとも口添えてくれていた。
だからして雲太らは、分かれ道で真ん中の道を選んで進んだはずだった。だが行けども行けども蛇をあしらった祠は出てこず、足元が登りへ変わってようやく道を誤ったことに気づかされる。慌てて戻りまた損じると、引き返して最後の道を辿ったところでようやく蛇をあしらった祠へ辿り着いていたのだった。
今までこれほど道に迷うことがなかっただけに武士が勘違いでもしたのか、と雲太らは首をひねったが、その実、ひそかに見守り、案内していた八咫烏が雲太らの空を離れたからであることは言うまでもない。
馬を走らせてきたものの、おかげで旅路はすっかり遅れてしまっていた。雲太らはぱらぱら、崩れ落ちる足元に胆を冷やしつつ険しい山を急ぐ。時に道をふさいで大岩が現れたなら、張り付き回り込んでいった。
だが頂を越えてしまえばそれきりだ。山道の様子は穏やかとなり、旅路を助けられて足取りを軽くする。雲太が宙へ投げる銅銭の音をちゃりちゃり、響かせながら歩くのだった。
「ですがどう考えても、それが役に立つとは思えません」
言う京三は、武士から譲り受けてからというものずっとこの調子だ。なら投げていた手を止めて雲太は、つまんだ一枚を顔の前へと持ち上げる。
「武士が話すには、これはダイコク銭、とかいうものらしいぞ」
閉じた片目で真ん中に開いた四角い穴から、向こう側をのぞき見る。
「市でこれほど役立つものはない、と武士は言っておった。そらナベや火打石のように、わしらのためにおおいに働いてくれるのだろう」
「本当でしょうか?」
穴の向こうにはたがわず奥へと山道が伸びていた。
「おいらにもひとつ貸せ。食って確かめるぞ。甘かったら、うんにいと、けいにいと、おいらとで一枚づつだ」
そんな雲太の足元で飛び跳ねる和二の手は揺れている。
「よせよせ、食ったりなんかしたら腹をこわすぞ」
「食わないならどうするのだ?」
いさめて雲太が銅銭を下ろせば、問う和二に、うむ、と眉をひそめていた。次の瞬間ぱっ、と開き、がはは、と笑う。
「それもこれも市へ着けば分かることよ。それまでは大事にせんとな」
それきり袂へ銅銭をしまいこむ。見えなくなった和二はつまらなさげだ。だからして雲太は和二を誘ってやることにしていた。
「どうだ和二、あれこれ考えておったら、わしは小便がしたくなったぞ。お前もついて来るか?」
「え、またなのですか?」
呆れたのは京三で、和二はといえばあんばいを確かめて腹へ手をあてがっている。ややもすると雲太へ首を振り返してみせた。
「そうか。ならお前たちは先に行っていろ」
なら仕方ない。雲太は脇の茂みへひょい、と身をもぐり込ませる。