つくし の巻 58
「知って往来で呼び止めるなどと、ぶしつけなやつめ」
見おろした一番兄が言い放つ。
「は、痴れ者のなすことと、どうぞお許しくださいませ」
男は言うが、身に着けているものは藍の色も冴えた洗い立ての衣で、髪も綺麗にまとめ上げられると、行き交う者らのすすけた身なりとはずいぶん違っていた。
「ならばなにゆえそのような者が我らを止めた」
見回す二番兄の口ぶりは厳しい。浴びせられてなお身を引き締め、男は頭を垂れてみせた。
「は。わたくしはこの先の大国の遣いの者にございます。主がどうしても八十神様にお会いしてお話したいことがある、と申しておりますゆえ、ご案内に参りました」
「ダイコク、だって?」
どこかで聞いたような名である。はて、と兄神らは顔を見合わせていた。
「市でもっとも品をやり取りしておるのが大国ではなかったか」
思い起こした三番兄が口を開いたなら、六番兄も、おお、と眉を跳ね上げる。
「何よりダイコク銭がよいということで、あまた出回っておるというあの大国か」
やがて、そうだ、そうだ、と兄神らはうなずき合っていた。だが、そもそも勤めには熱心でないのだから、さて大国の主とはどんな顔であったか、と思い巡らせる。どうにも思い出せずにおれば、男は、ささ、と誘って通りを大国へと歩き始めていた。
ならばああだこうだと言っておるより、会った方が早いだろう。しかも市でもっとも羽振りのよい者であるのだから、治める兄神らが思い出せぬというのは勤めの建前も通りそうにない。本来なら大国が兄神らの元へ出向くべきだろうがこのさいだ、仕事ぶりにも目を通しおこうと兄神らは、男に連れられ歩くことにした。
やがてこちらでございます、と男が足を止めたのは「大国」と看板を掲げた大屋根の前だ。そこに赤い布は垂らされると、奥を覆い隠していた。
ついぞ中をうかがって一番兄が首を傾げる。
男は始終、そんな兄神らと目を合わすことはなかったが、まるで見えているかのような間合だ。誘うとまたもや、どうぞどうぞ、と言って中へ身を滑り込ませていった。
ならい、潜り抜けた赤い布の向こうはがらん、としている。品々のやり取りは続く隣の屋根の下で行われておるようで、兄神らは台を挟んで交わされるやり取りを横目に奥へ進んだ。
大屋根を抜け裏手へ出る。
とたん差す日の眩しさに目を細めていた。そこにはよくよく整えられた庭が広がっている。通りの騒がしさはもう届かず、砂埃もまた吹き込んで来る気配がなかった。見渡す限り穏やかで清らかな庭の隅には小さな池があり、中でゆらり、鯉が泳いでいる。傍らを抜けて小道は下草を割くと伸び、ダイコクでやり取りする品にまつわる土地神を祀っているのだろう、建てられた祠へ向かっていた。
先行く男はすでにその中程を歩いている。
と、祠の影だ。後に続いた兄神らの目に、積まれた石垣に腰かける何者かの姿はとまっていた。そこで何者かはさも退屈気に袂から穀のくずを抜き出すと、ちびり、ちびり、と鳩へ投げている。
案内していた男の足はその手前でぴたり、止まっていた。かしこまって頭を垂れると話し始める。
「遅くなり申し訳ございません。こちらに大国主命の兄神様をお連れいたしました」
なるほど、口ぶりに何者かは主と知れるが、果たして市にこんな者がおっただろうか、兄神らに思い当たるところはない。
なら鳩へ餌をやっていた主の手は動きを止めた。祠の影から追っていた腰を伸ばしてゆう、と立ち上がってゆく。足が一歩、小道へ向かい踏み出された。日の下にその身は現れる。
「気にするな。大義であったな、呼ぶまで下がっておれ」
は、と答えた男が退いていた。
兄神らも目にした主の姿に、あっ、と小さくうめき声を上げる。




