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来 神 ’  作者: N.river
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つくし の巻  57

 ひらり翼で風を切り、空で烏は、かぁ、でなく、はぁ、とため息をこぼした。

 なにしろ天照へ、これより離れて巡り必ず荒魂の鎮まる場所を突き止めてごらんにいれます、と言った時はたいそう気持ちがよかったものの、芦原の野はだだっ広く果てがない。川の流れる野原を渡り、山をひとつ越え、舞い上がった山の頂より四方をぐるり見回したところで探す神のお姿はおろか影さえ見つけることができず困り果てる。

 はて、どうしたものか。

 烏は考えを巡らせた。

 そうして、ん、と心を定める。

 このまま闇雲に探しても仕方がないのだから、最後に神と会った大国主命から話を聞いて足がかかりにするしかない、と一路、翼を出雲へ向けた。二つ目の山を越えて下ったふもとの小さな村を、黒き躯体で飛び越えてゆく。

 ふん、ふん、らららん。

 空も晴れ渡っていたなら久方ぶりに気分も良い。鼻歌もまた出てしかり。

 とそこで目をしばたたかせた。それは烏の行く先だ。どういうわけか三方を囲う山のふもとに黄色く霞は漂っていた。このまま行けばその中へ飛びこんでしまうのだから見過ごせそうにない。烏は鼻歌を引っ込める。霞へぐうう、と目を凝らした。正体、見破り、閉じていたくちばしを、かあ、と開く。

「これは、これは。国津神に天津神、授かりし恵の品を持ち寄っての大市か」

 霞はすなわち、舞い上がっていた砂埃だ。ただ中に広く整えられた道は一本伸びると左右に大屋根は並んでいた。間を帯となり、馬や牛を引いて野の者らが行き交い、姿が隠れてしまうほどの荷を負った者が大屋根下のムシロに並ぶ品を鋭い眼差しで吟味している。やがてこれ、と決まれば話し合いは始まって、互いの品を交換する姿もまた見受けられた。

 まことたくましき姿かな。

 見下ろす烏の頬にも笑みは浮かぶ。

 がそこで、うぐ、と息を詰めた。どうやら、これ以上は耐えられそうもない。切り上げ、急ぎばさばさ、高みへ舞い上がる。そこではあはあ、荒い息を繰り返した。

 なにも大袈裟なことではないだろう。市とはその実、それぞれの地より治めてほどこす神の恵みを持ち寄った場所である。だからして持ち込まれた品にはことごとく魂が宿ると、その魂は行方知れずとなった神のせいで今や傍若無人、市はまさに芦原の野の縮図とスラムと化していた。

「おおこれはひどい、ひどい。何が何やら、目がチカチカしてきましたよ。さてさて市にも国の定めおき、というものが入りようでありますな、まったく」

 ようやく整った息で嘆き、烏はまたゆったりと翼をはためかせる。改め見下ろした光景に気づき、おやと首をひねった。間違いない。見定めひとたび、かあ、と嘴を開く。

「これは大国主の兄神らではないか」

 そう、姫にフラれて二度にわたり大国主を殺し、むしろおかげで大国主を国造りの立役者へと仕立て上げてしまった七人の兄神らはその時、のらりくらりと雑踏の中を歩いていたのだった。


「ちっ」

 一番上の兄神が舌打ちする。

「オオモノヌシのやつめ、考えれば考えるほどむなくそ悪い」

 二番兄が吐き捨てた。

 お忘れであれば一大事であるからして解説を挟めば、オオモヌシとは素戔嗚に大国主命の名をもらう前の、八十神の末っ子であった時の大国主命の名である。

「ヤカミヒメはどうなった。スセリとなんぞ結婚しやがって。まとめてフラれた我らの立場をどうしてくれる」

 三番兄も連なり歩き、アサクツの先で転がる石を蹴り上げた。石は前を歩く男の尻に当たってあひゃ、と男は飛び上がり、かわして四番兄はその傍らを行きすぎてゆく。

「オオモノヌシのくせにぃっ」

 唸るものだから五番兄も黙ってはおれなくなるというもの。

「そのうえ何を言い出すかと思えば、素戔嗚から芦原の野の国造りを任されたゆえ兄らも手伝ってくれ、などとは。調子づきおって」

「その通り。我らは兄だぞ。その兄がオオモノヌシの下で市を治めるなどと。オオモノヌシめ、そうして我らを国造りから追い払い、見張るつもりか」

 続き六番兄が鋭い目を光らせたなら、七番兄も最後にぎりり、と衣を握りしめていった。

「くそう。三種の神器は、おいらも欲しいと目をつけていたのにぃ」

 なら兄神らの頭に眩いばかりと剣に鏡、玉は浮かび上がって、惜しむままにその目を細めてゆく。

 さて兄神らはいずれも髪を左右に分けると、角髪(ツノヅラ)に結い上げていた。山を越えたせいで薄汚れた野の者らと違い衣もさらさらと美しく、首からは勾玉(マガタマ)の飾りを幾重もかけており、いでたちはどう見てもやんごとない。立派と周りの目を惹きつけて止まなかった。

 だからして勤めはこのように通りを歩くだけですむことも多い。みなにその姿を見せて回れば悪しき者は恐れて去り、そうでない者は安心して品を並べることができる。そして大国主命のためになんぞ働いてやるものか、と思う兄神らにとって、これほど楽な勤めもなかった。だがどうしても、そんな己が身が納得できない。

「しかし一番兄」

 五番兄が呼びかける。

少彦名命スクナヒコナノミコト神避(カムサ)るとは、いいザマではないか。オオモノヌシのやつめ、一人では何もできんと困っておるらしいぞ」

「おやおや、少彦名命に葦で遊ぶと楽しいぞ、と教えたのは何番兄か?」

 六番兄が口を挟み、声に二番兄も振り返ってみせていた。

「何、聞こえの悪いことを言うでない。少彦名命が小さすぎただけ」

 とたん四番兄のくすくす笑いが雑踏へ混じる。

「ともあれ」

 割って入ったのは、やり取りのすべてを背で聞いていた一番兄だ。

「少彦名命を失くした今こそ、我らがオオモノヌシに目にもの見せてやる時。なんとかしてぎゃふん、と言わせてやることはできんものか」

 さすが焼き、潰して、大国主命を殺そうと企んだ兄神らである。考えを巡らせて両目を真剣そのもの、窪ませてゆく。

「畏れ多くも市を治められる八十神(ヤソガミ)様とお見受けいたします」

 そのとき混み合う通りの傍らから声はかけられていた。聞えた方へ振り返れば、そこに面を伏せた男は一人、立っていた。兄神らが足を止めたと分かるや否や、さささ、と早足に近づいてくる。丸めるように折った体でひとたび深く頭を下げてみせた。

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