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最終幕 白雪殿下と砂漠の黄金

「さあ、もう大丈夫ですよ。頑張りましたね、ブラン殿下」


 こうして恐ろしい七人の盗賊たちは、魔女ソルシェ様の手によって捕らえられました。

 にっこりと林檎色の唇を吊り上げたソルシェ様は、ブラン殿下の頭を撫でてあげようと手を伸ばします。しかしブラン殿下はその手をがしっと掴むと、そのままの勢いでソルシェ様に詰め寄りました。思いがけない殿下の行動に、魔女様は目を丸くいたします。


「それどころじゃないんだよ、ソルシェ!」


 ブラン殿下は必死な口調で訴えます。


「砂漠の国からの旅人さんが大変だ! 黄金を運んでいることを知られて、狙われているんだ。他の悪い奴らも同じことを企んでいるかも知れない。このまんまじゃスーリヤたちが危険だよ! だからなんとかしてあげて!」


 しかしそれを聞いても、ソルシェ様には慌てる様子がありません。それどころか感極まった様子で浮かぶ涙をハンカチで拭っております。


「まぁ、殿下。いつの間にかそんなに立派になって。ソルシェは嬉しゅうございますわ」

「いや、だからソルシェ! それどころじゃなくってね!」

「お優しいブラン殿下。ですが、それは心配ご無用ですわ」


 きょとんとしたブラン殿下は、嬉しげな一方で苦笑しているようなスーリヤ姫の様子に、さらに不思議そうな顔をいたします。

 その時、ふいに、がさがさと傍らの茂みが音を立てました。そしてそこから、大きな人影が飛び込んでまいります。

 まさか盗賊の仲間が、と緊張するブラン殿下でしたが、その人影がそのまま滑るようにスーリヤの前にひざまづいたので、殿下はさらに大きく目を見開きました。


「姫ぇぇ~っ! あなた本当になにやっていらっしゃるんですかぁあ!」


 茂みから現れた褐色の肌に立派な軍服をまとったひげ面の男は、片膝をついた体勢のまま途方に暮れたような大きな声をスーリヤ姫に向けます。


「スーリヤ姫! 我らが砂漠の黄金! 我々がどれだけ心配したかと思っておいでか! あなた様になにかあったら、我々一同王に向ける顔がありません!」

「いや、すまない。反省している。だがな、見合いする相手の国を先にちょっと見てみたいなぁなんて……」


 申し訳なさそうに肩をすくめて苦笑するスーリヤ姫に、しかし男は舌鋒を緩めることなくガミガミと叱り続けます。


「え、まさかスーリヤって……」


 ぽかんと口を開けているブラン殿下に、


「あら、まだご存知でありませんでしたの?」


 ソルシェ様はあっさりとおっしゃりました。


「スーリヤ姫はブラン殿下の五十三番目のお見合い相手、人呼んで『砂漠の黄金』スーリヤ姫でございましたのよ」


 唖然とするブラン殿下の前では、いまだに砂漠の国からやってきた『黄金』スーリヤ姫が、護衛隊長に怒られ続けているのでございました。




 そんなこんなで、『白雪』ブラン殿下の大冒険の一夜から一ヶ月。

 魔法の国の王宮からは、こんな声が聞こえてまいりました。


「だから、僕は絶対に嫌なんだってばぁ~っ!」


 どこかで聞いたようなそんな台詞を吐きながら、柱にしがみついておられるのは逞しく成長を見せたはずの、『白雪』ブラン王弟殿下。


「そんなこと言わずに、ほら、早く正装に着替えて下さいましって」


 そんなブラン殿下を、礼服片手に柱から引き剥がそうとしているのは、王宮魔術指南役にしてメイドである、林檎の魔女ソルシエール様でございます。


「早くしないと、五十四回目のお見合いの相手がいらっしゃってしまいますわよ」

「だから僕はお見合いなんてしたくないんだってばぁ!」


 新たな見合いを押し付けられた王弟殿下は、いつものごとくお見合いなんかしたくないと必死のご様子で抵抗していらっしゃいます。一方でソルシェ様はそんなブラン殿下をなんとか見合いの席に引っ張りだそうと、大はりきりでございました。

 そんな攻防の最中、扉を開けて入ってまいりましたのは有能にして愛妻家と評判のこの国の国王陛下。


「なんだ、ブラン。まだ着替えていないのか? いくら未練がましく思っても、砂漠の国との見合い話はあの騒動で流れてしまったし、その後も音沙汰なしだ。潔く諦めなさい」

「べ、別に未練がましくなんて思ってないし……っ!」


 雪のような白い肌を真っ赤に染めて、ブラン殿下は国王陛下のお言葉を否定なさいます。

 するとそれに勢いづいて、ソルシェ様の引く手がますます強くなりました。失恋の痛みには新たな出会いが一番だと言わんばかりに、次の見合い相手について意気揚々と説明をはじめます。


「ならばよろしいじゃありませんの。ほら、五十四番目のお見合いの相手がお出でになりますわよ。今回は南の海の国で人魚のようだと褒め称された姫君で――、」


 と、その時ふいに魔女ソルシェ様は口をつぐみます。そしてブラン殿下の服を引く手を離しますと、ぽんと手を叩きました。


「いやですわ。あたくしったら、リンゴまるまるパイを焼いている途中だったことをすっかり忘れてしまっておりましたわ。焦げていないか見に行かないと。ちょっと陛下、あなた様も一緒に来て味見をしてくださいまし」


 なにやら白々しい口調とそうおっしゃりますと、魔女様は陛下の腕を掴んでそのまま部屋を出て行ってしまいました。

 突然の展開に目を白黒させるブラン殿下でございますが、それでもひとまずソルシェ様のお見合いの魔の手から逃れることができてほっとなさいました。


「ソルシェってば、相変わらず強引なんだから……。それに兄上も未練がましいとか、そんな……」


 耳によみがえった陛下の言葉に、思わずがっくりと肩を落としたブラン殿下でございますが、ソルシェ様が戻られれば再び見合いの席に駆りたてようとするのは目に見えております。

 そうなる前にまた家出でもするべきかと殿下が考えておられますと、ふいにこつんと窓に何かがぶつかる音がいたしました。


「ん? なんだろう……」


 ブラン殿下は、その音の正体を確かめようと窓を大きく開きます。




「なにやら楽しそうだね、ソルシェ。なにか面白いものでも見えたのかい?」


 腕を引かれ廊下に連れ出された国王陛下は、隣を歩く魔女ソルシェ様にそう尋ねられます。ソルシェ様は懐からピカピカ輝く美しい手鏡を取り出しました。そして林檎のように赤い唇を吊り上げて、目を細めます。


「ええ、陛下。そう言えば、ご存知でいらっしゃいまして?」


 キラリと光る鏡の中には、驚いた顔で窓から身を乗り出す『白雪』ブラン王弟殿下と、それに笑顔で手を振る『砂漠の黄金』スーリヤ姫が映っております。


「砂漠の国では一輪の花を渡すことが、愛しい相手への結婚の申し込みになるそうですわよ」


 そのスーリヤ姫で髪に誇らしげに咲き誇る、魔法の林檎の花。それを見ながら魔女ソルシエール様は片目をつぶって、嬉しげにそうおっしゃったのでございました。

 さてはて、それから二人がどうなさったのかは、また別のお話で。


 それでは、ひとまず――。

 めでたしめでたし!


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