22話
今回は短いです。(ペコリ)
「セレンティアス!」
魔王は周囲の視線など一切意に介さず、紫髪の少年の胸に飛び込んだ。
両手を背中に回し、逞しい胸板に顔を埋め、少年の存在全てを捕らえて離さない。
少年もまた魔王を抱きとめる。
右手を魔王の背中に回し、左手で烏髪を優しく撫で、つむじに軽く口づけをする。
まるで恋人同士。
初対面にする態度でないのは明らかである。
2人の抱擁に酷いショックを受けたエミリオはアホの顔になって「そんな〜」と涙目。
福次は右手で顔を覆い、ピーターの言う通りになった事に落胆する。
ユーリは嫉妬で少しだけ心がチクリとしたが(やっぱりね)と得心。
「もう会えないと思っていた! もう一度会いたいと思っていた! セレンティアス、どうしてお前がここにいるのだ!」
魔王は涙で濡れた顔を上げ、少年の瞳を覗き込んだ。
澄んだ紫の瞳。美女と見間違う美貌。アメジストの様に澄んだ紫の髪。それから別れた時よりも幼い顔立ちと、逞しい筋肉質の体。
「ん? セレンティアス?」
「ああ、セレンティアスだ」
「え〜と、セレンティアス?」
「だから、セレンティアスだ。お前はリムリアスだろ」
「うぅん? 我はリムリアスだが、セレンティアス?」
「だから俺は、藤・セレンティアス・ヒカルだ」
「セレンティアス・ヒカル? あれ? セレンティアス?」
「しつこいな、俺はセレンティアス・ヒカル。お前の婚約者だ」
「婚約者? いや、セレンティアスと婚約した覚えはない。そもそもあの時、はっきりとお断りしたが?」
「そんなの知らねぇよ。俺は婆ちゃんから、リムリアスが婚約者だって突然言われたんだ」
「婆ちゃんだと?」
何かがおかしい。
話が噛み合わない。
魔王はセレンティアスに抱き着いたまま深呼吸して気分を落ち着かせる。それからもう一度、セレンティアスの顔をよ〜く観察した。
「セレンティアス、若返った?」
「元々若いけど」
「なんか逞しいな、男の子みたい」
「正真正銘、男だけど」
「まあ、確かにセレンティアスは男だけど、なんかこう、もっと、女性的だったよね?」
「はぁ? 俺の顔が女みたいだから馬鹿にしてんのかよ」
「いやいや! 馬鹿にしてない。えっと、そうじゃなくて」
瞬間、魔王の脳裏に過去の出来事がフラッシュバックする。そう、ユートとユーリを間違えた時の事だ。
「もしかして、セレンティアスじゃない?」
「セレンティアスだって言ってんだろ、お前は馬鹿か」
本物のセレンティアスなら天地がひっくり返っても魔王を馬鹿などと言わない。そして魔王を呼ぶ時は必ず「魔王様」もしくは「私の魔王様」だ。
「つまり貴様は偽物!」
魔王は間違いに気が付き、咄嗟に離れようとする。
しかしヒカルは魔王をガッツリ抱き締めて離さない。
「くっ! 離せ!」
「なんだよ、お前から抱き着いて来たんじゃん。もう少しこのままでいようぜ」
「ふ、ふざけっ!」
「お前、マジで可愛いな」
「はうん!」
魔王は全力を出した。
偽物だと判明した以上、見知らぬ男にベタベタされるなど気色が悪い。なぜなら魔王も男の子だから。
だけど魔王の筋力はお姫様レベル。ガチの男子にホールドされて抜け出せる腕力など持ち合わせていない。
「やだ! やだ! いや! 離して!」
「おい、暴れるなよ」
嫌がる魔王。その姿にただらぬものを感じ取ったロリコンエミリオが割って入る。
「リムちゃんを離せクソガキ」
「あっ? なんだよオッサン」
「嫌がってるだろうが、親が決めた婚約者か知らんが、嫌がる女の子を無理やりなんて最低の犯罪だぞ」
「犯罪? 大袈裟だな。俺は婚約者とスキンシップを取ってるだけだ」
「リムちゃんは婚約者ではないと言っている。リムちゃんは僕のお嫁さんになる人だ」
「あっ? 何言ってんの?」
エミリオはヒカルの手首を掴んで捻った。
魔王を巡って睨み合う2人の男。
その隙にヒカルから距離をとる魔王。
名家の跡取り息子が1人の姫(男)を巡って火花を散らし、一触即発の事態。
福次は頭痛が始まるのを感じながら、頭を抱えて唸った。
(馬鹿息子どもが盛りおってからに)
エミリオとヒカルを自分が止めるしかない。
そう考えた、その時。
「くふふふふふ。いやぁ〜、若者は元気で良いなぁ〜。見ているこっちも若返る気分だ」
それまで会議室の外で隠れていた重要人物の最後の1人が陽気な声で室内に足を踏み入れる。
「婆ちゃん、どういう事だよ。リムリアスは俺の婚約者なんだろ?」
ヒカルは入口へ振り返り、不機嫌な態度で『婆ちゃん』と呼ぶロリメイド、ピーターへ疑問を投げ掛けた。その間、エミリオに手首を掴まれたままだ。
「そうだけど、リムリアスはその事をまだ知らない」
「はぁ? 本人が知らないとか、それじゃ俺が悪者みたいじゃん」
魔王不在の勝手な婚約。エミリオは目を尖らせて「ほれみろ」とばかりに握力を強める。
「いってぇな! いい加減離せ!」
「おっと失礼。自称婚約者君、痛かったかい?」
「てめぇ、やりてぇのかよ」
「やる? 何を?」
「ぶっ殺す」
再燃する戦いの炎。
福次は本格的に頭痛が起こり、ピーターはニヤニヤと嬉しそう。ユーリは両拳を握り込んでゴキゴキと鳴らしながら、そろそろお仕置きするかと首を回す。
そして魔王は。
「は、は、は、は、は、はわわ〜」
ピーターに視線を固定しながら奇妙な声を出した。
「リムちゃん、どうしたの?」
「大丈夫か、リムリアス?」
「リムリアス嬢、具合が悪いのか?」
「リム、顔色が悪いぞ、生理か?」
魔王を心配する、エミリオ、ヒカル、福次、ユーリ。
「ぴ、ぴ、ぴ、ぴっ、ぴっぴっ、ぴ、ぴ」
小鳥の声帯模写、ではない。魔王の喉が動揺で震えているのだ。
森の中で囀れば、仲間が助けを呼ぶ声だと勘違いした小鳥が大量に集まる事だろう。
実際、それまで険悪だったエミリオとヒカルは毒気を抜かれてキョトンとしている。
ピーターはそんな周囲と魔王の様子など意に介さず、一同の間をスッと抜けると挙動不審な魔王の前に立ち、目を伏せて、スカートを摘み上げて体を沈める。
「お久しゅうございます姫様。俺の姫様。この世でただ一人、俺の主。リムリアス姫様」
魔王国において下位の者から上位の者へ、最大限の礼節カーテシーで魔王を迎えるロリメイド。
優雅で淀みがなく、堂々として敬愛に満ちた臣下の礼。その姿は魔王を戦慄させるのに十分であった。
魔王は顔を引き攣らせて一歩後ろに引いてしまう。
ピーターは引いた魔王を一歩追い、ニコリと微笑む。
引く、追う、引く、追う、引く、追う。
やがて壁際に追い詰められる魔王。
「ひっ! ひぃ〜〜! ピーターがいるぅ〜〜!!」
気を失いそうなほど叫んだのである。




