プロローグ
地球ではない。遥か彼方に在る生命あふれる惑星にて。
「セレンティアスよ」
「魔王様」
冷たく静まり返った石造りの巨大な城。
その玉座の間。
魔王と呼ばれたのは、背が高く、引き締まった体を純白のスーツに包んだ黒髪の美青年。全身から気品と力強さが溢れ、覇気を纏った偉丈夫である。
彼は正面に立つ2人の人物に真剣な眼差しを向けている。
セレンティアスと名を呼ばれた方。
魔王よりも背が低くく、紫色の長い髪を後ろで一つにまとめた、知性の漂う推定20歳前半の美女。
髪と同じ紫色の男性用スーツに身を包み、キュッと細まった腰と、形の良いお尻と、スラリとした長い脚が魅力的。しかし反面、本来なら豊穣の証であるおっぱいのあるべき場所は、まるで端からおっぱいなど無いかの如くペタンコである。
ド貧乳。否。それもそのはず、何故ならセレンティアスは男だから。誰もが二度見する美貌を持ちながら、正真正銘男であり、魔王と呼ばれる黒髪の美青年の片腕的存在だ。
「それとユート」
「なんだべ魔王様」
次に魔王はセレンティアスの隣に立つ人物に視線を向ける。
身長2メートルオーバー。妙な訛り。少しボサッた青髪のショートカット。土で汚れた作業服。田舎っぽい雰囲気の美少年だ。こちらはセレンティアスと異なり、ちゃんと見れば男だと分かる。
高い位置から魔王とセレンティアスを見下ろして、とても不安そうに怯えた瞳を潤ませている彼は、身長の割に体の線が細く、造形の整った顔には幼さが残り、容姿も仕草も庇護欲をくすぐる愛らしさがある。おそらく17〜8歳だと推測されるユートは、魔王の身の回りをお世話する従者であった。
今現在、玉座の間には魔王とセレンティアスとユートの3人がいる。静寂の広がる玉座の間に3人だけがいるのである。
「あと数刻もすれば、悪しき勇者に率いられた極悪非道の人族の軍隊がここへ来る」
魔王は右手をセレンティアスの左肩に置き、左手をユートの右肩に置いて、2人と瞳を合わせて言葉を紡ぐ。
「我は玉座の間に留まって、勇者と人族軍を足止めする。この命果てようとも、お前達や民を逃す時間を必ず稼ぐ」
セレンティアスとユートはそれぞれ魔王の手を両手で握り返す。
魔王の手は剣ダコでゴツゴツして硬い。
2人の手は温かく柔らかい。
セレンティアスは今にも溢れそうな涙を堪えている。
ユートは内股気味でプルプル震えていた。
「セレンティアス。我が頭脳よ」
「はい。私の魔王様」
セレンティアスは魔王の手を強く握り、自らの頬に強く押し当てた。
いよいよ涙は瞳から決壊して流れ出し、愛しい者との別れを拒否する様に、或いは最後の温もりを刻み付ける様に、魔王の手を滂沱で濡らす。魔王はそんなセレンティアスの頬を優しく撫でながら話を続ける。
「我は人族の暴力に敗北した弱い魔王だ。最後まで民を守れぬ駄目な魔王だ。国を破壊され、残された民を導く事も出来ず、僅かばかりの時間を稼ぐしか出来ぬ愚かな魔王である。お前達のこれからの困難を思えば、この様な場所で責任を放棄する我は歴代最低の魔王であろう」
魔王の言葉をセレンティアスはイヤイヤと頭を振って否定する。心を落ち着かせようと必死に努め、涙の合間に震える声を発するのだ。
「ま、魔王様は、歴代最高の魔王様です。全ては卑怯悪辣で残虐な人族が悪いのです。平和と共存を望む我々魔族を一方的に攻撃して、5つあった魔王国の内4つを滅ぼしました。降伏した者や、難民となった魔族を虐殺した勇者と人族から、この国と生き残った魔族を今日まで守って来たのは魔王様ではありませんか。貴方が最低なはずはありません。貴方でなければ既に魔族は絶滅していました。最低なのはむしろ、魔王様のお役に立てなかった私の方です」
感極まったセレンティアスが魔王に強く抱き着く。厚い胸板に顔を押し付けて、純白のスーツを涙と鼻水で汚す。
「そんな事はない。浅学非才な我が、曲がりなりにも魔王としてこの国を統治出来ていたのはな、全てセレンティアスの頭脳があってこそだ。今まで本当にありがとう」
「違います。私こそ魔王様に救われたのです。魔王様だからこそ上手くやれていたんです。魔王様がいないと駄目なんです」
セレンティアスは充血した瞳で魔王を見上げる。
魔王はセレンティアスの紫色の長い髪を、ガラス細工を扱う様に繊細に愛しむ。
◇◇◇◇◇
この惑星には2種類の人類が存在した。
一つは強い力と温和な性質を持った魔族。
もう一つは基礎能力で魔族に劣るものの、高い繁殖力と凶暴な性質を持った人族。
両者はそれぞれ、航海困難な大海で隔てられた別の大陸で発生して進化した。長い時間交わる事もなく、お互いの存在を知らぬまま独自の歴史を歩いていた。
それが半世紀と少し前。人族が大航海時代を迎えた事で事態が大きく変わる。
荒れ狂う大海を渡る船を作り上げた人族。
好奇心と欲望の赴くままに大海の向こう側を目指して生命を賭け、そして賭けに勝った。魔族の暮らす新大陸の発見だ。それは魔族にとって悲劇の始まりであった。
魔族と人族の邂逅。
魔族はこの惑星に自分達以外の人種がいた事に驚き、興味を示し、友好関係を築こうと努力した。
対して人族の目には、魔族は人に似た獲物に映っていたのである。富を求めて大海原を越えたその先に、人族の法の外にあり、人族に似た獲物が逃げもせず馬鹿面で握手を求めて来たのだ。かつて地球の歴史でも起こった惨劇が同じ様に起こったのである。
その時。魔族の暮らす大陸には5つの国があった。それぞれ5人の魔王が統治する魔王国だ。人族は最初に接触した魔王国。友好を求めるその国を騙し、不意打ちして問答無用で攻め滅ぼした。
魔族全体の人口は2億人ほど。人族は30億人。
人族が共存不可能な別種であると魔族が気づき、抵抗を始めた時には既に人族の橋頭堡が作られ、開拓された新航路と新型船を使い数の暴力で攻め寄せる。
それでも戦いの当初、共通の敵に結束した魔族国は、劣勢ながらも人族の侵攻を押し留めていた。苦しい戦いであっても、個の能力で勝る魔族は持ちこたえていた。戦況に大きな変化が現れたのは、人族に勇者を名乗る特異な存在が現れてからだ。
魔王は世襲制ではない。心技体揃った最高の魔族の中から選ばれる。魔王は個人で戦線を支える程の力を持ち、人族が単独で立ち向かえる相手ではない。
だが勇者は違った。
魔王を凌駕する戦闘力と精鋭部隊を率いる統率力。
勇者が現れて数年の内に3つの魔王国が滅ぼされ、魔族は虐殺されるか家畜以下の奴隷に落とされた。
生き残った魔族達は最後に残った魔王国へと逃れるのだが、膨れ上がる難民は国家運営を圧迫する。そして戦争継続能力をジワジワと奪っていく。
議会では最終勝利の為に難民を見捨てるべきだと声が上がる。
或いは難民に強制労働や強制徴兵を行うべきだとの意見が大勢を占める。
温和な魔族であっても、人は追い詰められると利己的になり、他者への配慮が無くなるものなのだ。
けれど最後の魔王は全ての意見を否定する。
「国を失い。愛する者を失い。唯一の希望であると我が国を頼った無辜の難民を見捨てられようか。無碍な扱いを出来ようか。我には出来ぬ」
議会でそう演説した魔王。助けを求める難民を見捨てず、自ら前線に立って魔族の魂を鼓舞し続け、勇猛果敢に抵抗し続けた。
◇◇◇◇◇
そして今。
「我は刺し違えても勇者を倒す。知恵者セレンティアスよ、我に代わって残された民を導き守ってくれ。遠く北へ、人族の悪の手が届かない地まで民を頼むぞ」
「いやぁ〜! 魔王様〜! 魔王様〜!」
涙はらはら、鼻水ズビズビ。セレンティアスの魔王に対する愛の深さがうかがえる。
「そしてユート。お前にはセレンティアスを支えてもらいたい」
巨人族のふわふわ美少年ユート。魔王の最後の願いを前にして感情が爆発、両目から瀑布の如く涙を流して魔王の頭を両手で抱え込む。
魔王よりも頭一つ分以上背の高いユートの顔が魔王の頭頂部、つむじの辺りにグリグリと押し付けられるのだ、涙と鼻水と涎で髪の毛べ〜とべと。
「やっぱり嫌だ〜! オラも残って魔王様と戦うだ〜! 魔王様のお陰で救われた命だで、死ぬ時も魔王様と一緒が良いだで〜!」
子どものように泣きじゃくるユート。魔王は自分よりも背の高いユートの腰に手を回して抱き寄せると優しく諭す。
「ありがとうユート。だが巨人族のお前でも、勇者との戦いでは役に立たぬ。無駄に命を散らすよりも、得意な事で我が民を守って欲しい。我無きあと、2人で残された魔族を守ってくれ」
「魔王様〜! 離れたくないべ〜! 一緒に逃げようよ〜!」
出来ぬ事だと分かっていても、大切な人に生きて欲しいと願ってしまう。セレンティアスもユートも、本心から魔王を愛しているのだから。
それからしばらく。3人は抱き合って別れを惜しみ、そして。
「さぁ、そろそろ時間だ」
魔王は身体中が涙と鼻水と涎で汚れ、少しだけ嫌だなと思いながら2人を引き離す。
「魔王さまぁ〜」
「いやだ、いやだ〜」
勇者と精鋭部隊は間もなく王都に突入するだろう。
生き残った魔族1千万人は、既に北の不毛な大地に向けて移動を始めている。
人族の知らない遠い北の大地。
人が暮らすに過酷な環境であるが、それ故に侵略する旨味がない。
身体能力に優れた魔族なら、そこでもなんとか生きて行けるだろう。
ひっそりと隠れていれば、人族に見つかることなく平穏に過ごせるだろう。
重要なのは人族に追跡させない事。
その為に必要なのは勇者をここで殺し、人族の軍隊を足止めして、魔族が逃げるのに十分な時間を稼ぐ事。
「セレンティアス。ユート」
「はい」
「んだべ」
勇者との戦いで魔王は死ぬだろう。
全力を出し切って、刺し違えねば勝てない相手なのだ。
だから魔王は、最後の最後に、お互いにわだかまりを残さぬよう、2人に言わねばならない事があった。
「2人の好意は分かっている。愛してもらえるのは正直嬉しい。……だがな」
純粋な愛は性別を超える。それ自体は否定出来ない。
問題は別の所にある。
「なんです?」
「なんだべ?」
意を決して微笑む魔王。
「我は男よりも女の子が好きだ。魔族の文化は同性愛に寛容であるが、すまぬ。我は童貞を捧げる相手は女の子が良いのだ。故に男の好意は受け取れぬ」
「ぶは!」
「うは!」
改まって何かと思ったら、まさかの「ごめんなさい」発言。セレンティアスとユートが噴き出すのも無理はない。
「今言う事ですか! なんで今言うこの野郎!」
「だべし! いくら魔王様でも失礼だべ! 空気読めだし!」
良い感じの別れが全部台無し。
最後の最後だから愛の告白だと期待したのに肩透かし。
「だって、2人がいつまでも我の事を引きずるのは良くないであろう。死者に想いを縛られるのは不毛であろう。だから、ごめんなさい」
魔王は深く頭を下げた。
「うがぁ〜! この童貞はよ! 勇者が来る前に私が絞めてやろうか!」
「魔王様は想い出の中に生きるって言葉を知らないだべか! ほんま雰囲気のない駄目魔王様だべ!」
2人の怒りも致し方ない。
古来より魔族では同性愛が一般的な文化である。
種全体が黄金律に則った完璧な造形で生まれ、圧倒的に美形が多い魔族では、同性愛も同性婚も当たり前。人族よりも人口が少ないのもそれが原因。
「良し、ケジメはつけたぞ。さぁ、もう行け」
勝手にスッキリした魔王である。逆にセレンティアスとユートはモヤモヤする。魔王が魔族としては珍しくノンケなのは理解していたが、これが今生の別れとか酷すぎる。
「ほんとこの童貞はよ! こんなに美しい私に手を出さずに死ぬなんて、どうしようもないヘタレ童貞だよ! 死んで後悔しろや!」
「んだ! オラのお尻は魔王様の為にいつでも開いていたんだべ! 童貞のまま死ぬなんて、魔王様は賢者にでも生まれ変わるつもりだべか!」
30歳まで童貞だと魔法使い。40歳だと大魔法使い。30歳以降に童貞のまま死ぬと賢者に生まれ変わる。魔族に古くから伝わる迷信である。
「いや、あのな。我はずっと疑問であったのだが、そもそも男同士で童貞卒業になるのであろうか。お邪魔する穴が間違ってはいないだろうか」
もうすぐ勇者が来る。なのに話が脱線している。
「あっ? 私のお尻は超綺麗ですよ? 絶対にすっごく気持ち良いですよ? それでも不満だと?」
「オラだってセレンに負けてないべ! 勇者が来るまでまだちっと時間あんべ? 勇気を出して、ちょちょっと試して、卒業してから死んだらどうだべな?」
はいアウト。魔王はスイッチの入った2人の背中を強引に押して玉座の間から追い出した。
「ぎゃぁぁ〜! 魔王様〜! 離れたくないです〜!」
「やめれ! 押すんでねぇ! まだ話は終わってね〜べし!」
玉座の間の外で待機していた騎士達に拘束されて王都を出るセレンティアスとユート。2人のわめき声はかなり遠くまで響いていたのであった。
◇◇◇◇◇
勇者と精鋭部隊1000人が王都に突入した時、そこは猫一匹すらいない沈黙の街だった。
「逃げましたね」
中年の副官が勇者に声を掛ける。
「ああ。だが1千万人もいるんだ。まだ遠くへは行っていないだろう。それにな……」
そう返す勇者は筋肉ムキムキのブサイクだ。人間とオークとゴブリンを足して二で割った容姿をしている。勇者の容姿はこの世界の人族の外見とはかなり違う。当然魔族ともかけ離れている。勇者はこの世界の理とは微妙に外れた不思議な気配を纏っていた。
「王城に魔王の気配がある。あれほどの覇気は、魔王以外あり得ん」
最後の魔王が勇者を誘っている。先へ進みたければ俺の屍を越えてゆけと言う事だ。
「行くぞお前達。略奪のお楽しみは後に取っておけ。魔王さえ殺せば俺に抗える者は他にいない。そうすれば魔族の美しい女も男も好き放題だ」
勇者はブサイクな顔を歪めていやらしく笑う。部下の精鋭部隊もゲヘヘと不愉快な笑い声を上げる。
魔族の若く美しい男女は性奴隷に。
それ以外は皆殺しに。
魔族の土地も富も全て人族の懐に。
邪悪な欲望に胸を躍らせながら、勇者達は玉座の間に足を踏み入れる。
「来たか勇者よ」
「殺しに来てやったぞ最後の魔王」
戦場で幾度かまみえた事のある2人。だが軍を指揮する立場上、個人として本気で戦うのは初めて。
勇者が腰に差したロングソードを抜く。
魔王も日本刀風な刀を鞘から抜く。
「魔王は俺が殺す。お前達は手を出すな」
勇者は精鋭部隊に玉座の間から出るよう指示を出して構えた。対して魔王は無言。明鏡止水の心で刀を構える。そこには気負いも哀愁もない。ただ魔族を守ろうとする漢の覚悟だけがある。
「俺のために死ね!」
「魔族の未来のために死ね」
激突。二振りの剣が火花を散らす。
人を超越した超常なる2人の戦いは、巨大な竜巻のぶつかり合いにも似て、自然災害を超える厄災となって魔王城をまたたく間に破壊する。
一晩たち、二晩たち、王都の半分すらも破壊して、避難していた精鋭部隊1000人も否応なしに巻き込まれて半数以上が死傷。それでも2人は止まらない。
「いい加減死ねや魔王〜!」
「貴様が死んだ後なら死んでもいい!」
「邪魔な奴だ! 早く死んでセレンティアスとユートを渡せ! 腰が抜けるまで可愛がってやるぜ!」
「男の娘好きのド変態淫獣めが! 絶対にさせぬ。去勢してやる!」
「うがぁぁぁー!」
「おおおおぉぉー!」
そして3日目の朝。
互いに満身創痍。ここまで飲まず食わず不眠不休の激戦。体力は限界を迎え、今は気力だけで立っている状態。決着の時は近い。
魔王は太陽を背にしていた。
地平線が陽炎のように揺らぎ、歪んだ太陽がゆっくりと姿を現す。
勇者は魔王の正面に立っている。
登る陽の光は最初、魔王の背に隠れていた。
魔王の体が逆光で黒いシルエットとなり、輪郭の端から光が溢れている。
それはある種、神々しくあった。
まるで神の如き存在が魔王の勝利を後押ししているかのようだった。
「もう終わりにしよう」
魔王は静かに刀を青眼に構える。
「お前だけ終われ!」
勇者はロングソードを上段に振りかぶった。
太陽が魔王の頭の高さを超える。その時。
刀の切っ先に陽光が反射して勇者の視界を一瞬奪った。
「あっ!」
勇者は「しまった」と思った。コンマ1秒の隙が勝敗を分ける戦いで出遅れてしまった。これは致命的な失敗である。今際の際、感覚が最大まで引き延ばされた勇者は迫る刃をその目に捉え、どうにか回避しようと努める。
(畜生! 筋肉に疲労物質が溜まり過ぎてやがる。思い通りに体が動かない!)
無常にも死神の鎌は、疲労した勇者よりも速く唸っていた。
「ふっ!」
刀は魔王の呼吸に合わせて驚くほど滑らかに空を滑る。
勇者の左肩から入り、進路上にある全てを切り裂いて右の脇腹からするりと抜けた。
「あ、あ、あ」
勇者が奇妙な声を漏らす。小さく呼吸する度に、切り口から少し血が漏れ出す。
あまりにも綺麗な切り口である。勇者の体は斬られた事をすぐには受け入れられないでいた。
「はわ、はわ、はわ」
勇者の顔に死相が浮いた。
手応えはあった。漏らす声も弱々しい。
だが魔王は残心を怠らない。勇者の心臓が止まるまで油断しない。構えを解かずに成り行きを見守る。
「ち、力が、異世界を渡った俺の力が」
勇者はロングソードを落として両手で傷口を押さえようとした。零れ落ちる血と臓物を体に戻そうと、必死に生にしがみついて生きようと足掻いた。
「異世界?」
魔王は謎の言葉に反応する。異世界を渡るとはなんであろうかと考える。しかし考察を巡らすよりも早く、勇者の心臓の部分に黒い球体が現れた。
「なんだ?」
小指の先程の謎の球体。魔王が産まれてから今までで初めて目にする真の漆黒。
「ぐぁぁー! 力が暴走するー!」
勇者の絶叫と共に、漆黒の球体が勇者の体を吸い込んだ。
それは極小のブラックホール。
勇者も魔王も精鋭部隊の生き残りも、瓦礫となった王都も、王都の外で待機していた人族軍の本隊数十万人も。半径10キロの範囲にある地表の全てを飲み込み、更には魔王と紐付いた存在達にまで影響を及ぼして、やがて何事もなかったようにぱっと消える。
後に残るのは雑草1本生えない更地と無音だけ。
それだけ。




