依頼の結末
少年と共に例の海辺の小屋に近づく。
今のところ特に恐ろしい怪物が出てくる様子はない。しかし、以前出てきたからには全く油断できない。
そうして少しの間歩いていたが、目的地を前にして待ちきれなくなったのか少年は勢い良く走り出した。
遅れないように俺も走り出す。
しかし、突然視界が歪み、走るどころか立てもしないほどのひどい頭痛に襲われた。
少年はどんどん離れていく。声を掛けようと口を開くが朦朧としすぎて何も言葉は出てこなかった。
(なんだこれは…… 攻撃か? ここまで上手くやれてたと思ったのに……)
なんとか気合で立て直そうとしていたところ、急に先ほどまでの不調がなくなった。
急いで武器を構えて周囲を警戒するが……
「な、なんだここは……」
気づけば海岸ではなく全く知らない建物の中に立っていた。少年の姿は見えない。
周囲に照明はなく、窓から差し込む明かりで一部が照らされているのみだ。
区切られていない細長い空間。恐らくは廊下なのだろう。正面は先が見えないが、後ろには曲がり角がある。
辺りを確認していると、後ろからコツコツと音が聞えてくる。誰かがこちらに歩いて来ている。
さらに、何か話しているようだ。恐らくは2人。
今の状況的に見つかれば確実に厄介なことになるが、ここには細長い植木があるだけでまともに隠れられそうなものがない。
少なくとも即座に敵対するよりマシと考え、交渉する方向で考える。
曲がり角からついに足音の主が現れた。
一人は白衣の青年、もう一人は黒衣の男性だった。しかし、二人ともこちらに気づいていないようだ。
白衣の青年は緑色の髪で憂鬱な表情の若者、黒衣の男性は黒いローブに身を包み、フードで顔はわからないが、若者ではなさそうな印象を受ける。
会話に熱中しているかと一瞬考えたが、そんな風でもない。
そうして戸惑っているうちに二人は俺の体をそのまますり抜けて行ってしまった。
これは何か夢のようなものなのだろうか。試しに植木に触ろうとしたがこれもすり抜けてしまった。
二人が通り過ぎた後、自分の意志とは無関係に二人の後ろをついて行くように足が勝手に動き出した。
未だに状況は掴めていないが、今は黙ってついて行くしかない。二人の会話を聞けば何かわかるかもしれない。
「どうした? そんな暗い顔して。これから遂に最高傑作を仕上げるって時に」
「楽しみなのはアンタだけだろ」
「そうか? お前、これが終わったら自由になれるんだぞ? あんなに望んでいたじゃないか」
黒衣の男性は楽しげに話しているが、白衣の青年の方からは重苦しい雰囲気を感じる。
彼らのことは全く知らないが、何か不吉な予感がする。
そのまま二人について行くと、真っ暗な部屋に着いた。
黒衣の男性が入り口横の辺りを触ると、カチッと音がして辺りが急に明るくなった。
急に明るくなって驚いたが、ようやく目が慣れたところ、まず大きな机に色とりどりの何かが置かれているのが目に入る。
置かれた何かは色こそ様々だが、どれも金属のようにツヤツヤした質感がある。
さらによく見ると、ヒビや欠けがあり、ガタガタした面もあることから何かの破片のように見える。
その破片の集まりは色ごとに分けられていて、10個の山に分けられていた。……この色と数にはどうにも見覚えがある。
「思えばこのガラクタを集めるのも楽じゃなかった。というか、あのバカが一時の癇癪であんな貴重なものを全部まとめてジャンクにしたことには驚いたな。おかげでこうして手に入れるチャンスが来たがね。」
「そうだ、お前達天使だってこいつらの後釜として作られたんだ。おかげでお前のような優秀な弟子もできるなんて、本当にラッキーだな!」
この話は教授から聞いた管理者達の最期と一致する所がある。
まとめて捨てられて、別の存在が後釜に着いた。ということは、この残骸は全て神に捨てられた管理者達の残骸なのだろう。
改めて見ると、ホムンクルスの頭や腕に見える破片があるが、彼らは元々普通サイズのホムンクルスだったのだろうか。
「……それも今日で終わりだろ? 早く"とっておきのパーツ"を持って来いよ」
「ハハハ、そう焦るな。とっておきというのは最後まで取っておくものさ。まずは今までやってきた通りこれを組み立てるだけだ。できるだろ?」
それから無言で白衣の青年は作業に取り掛かった。
それぞれの残骸から内部の部品を取り出し、つなぎ合わせる。時折、部品を慎重に削ったり何かを塗っているようだが、どんな意味があるかはさっぱりわからない。しかし、物凄い技術なのだろうという雰囲気を感じる。
部品を取り出した後のカラフルな外装を机の傍にある謎の装置に入れると、大きな球状の物体として転がり出てきた。その中は空洞で、先ほど修復していた部品を一つ一つ丁寧に取り付けていく。
そうして出来上がった10個の球体を太いチューブのようなもので繋ぐ。
どの球体同士を繋ぐかの法則性は良く分からない。そうして、机の上には奇妙な芸術品のようなものが出来上がった。
「ついに生命の樹が元の姿を取り戻したか。よくやったぞ」
とても木の形を想像できないが黒衣の男性曰く、これが生命の樹らしい。何度か話で聞いてはいたが、こんな物体だったとは驚いた。
確かに、生命の樹ほどの凄いものなら最高傑作というのも理解できる。
「それじゃあお持ちかね、とっておきのパーツ……その1」
そう言って乱雑に机の上に置かれたのは、何の変哲もないホムンクルスだった。
しかし、ただの人形のように全く動く気配がない。
「は? 例の天使って10体のはずじゃ……」
「あいつら元々は量産型のヘルパーボットだったのさ。これはただのコピー元の素体。倉庫の隅に置かれていたのを誰も気がついてなさそうだったから持って来た」
「こんな空っぽの奴、何に使うんだって顔してるな? それが今回の目玉のとっておきその2だ」
そう言って黒衣の男性は部屋の奥の暗がりの方にパーツを取りに行った。
黒衣の男性の異様に楽しそうな雰囲気から、何かとても嫌な予感がする。
そう考えていると、不意にひんやりとした空気を感じる。
黒衣の男性が何か大きな箱の蓋を開け、そこから冷気が流れてきたようだ。
白い靄が漂う箱から両腕で何かを抱えてこちらに運んできた。男性がこちらに近づくたびに寒気が増してくる。
男性が抱えていたのは水龍の王子だった。
眠っているように見えるが、血の気の感じられない青白い肌と物語の結末から考えると遺体である可能性が高い。
最期は怪物になったはずだが、一見死体に見えない程損傷はない。しかし、近くにいると気温とは全く関係なくひどい寒気と不安、恐怖を感じさせる。
「それが、とっておきの……? 冗談だろ?」
白衣の青年は恐怖と怒りが混じったような表情で黒衣の男性に詰め寄る。
「冗談じゃないさ、お前でも知ってるだろ? 海に出た化け物の話だ。その正体がこいつってことだ。この世で最も強い呪物と言っても過言ではない。おかげで魚も寄り付かず、きれいな状態で海に沈んでいたわけだ」
「知っているが…… 子供を兵器の材料に使うなんて正気か? そんなこと…… 俺にはできない!」
「"できない"か、しかしお前やめることなんてできないだろ? 俺から逃げることもできない、あいつに告げ口してこの恐ろしい計画を止めることもできない。選択の余地はないだろ?」
白衣の青年は悔しそうだが、何も言い返せないようだった。
黒衣の男性に従わなければ始末され、密告すれば共犯者として処分されてしまうと考えると無理もない。
「ようやく分かったか、お前には俺に挑む強さも、尊厳を守って犠牲になれるほどの高潔さもない。それに、この展開は読めていただろうに動かない怠惰さ、本当にお前は最高の弟子だ! それでは早速とりかかろうか」
「ほら、これが追加の設計書だ。この通りやればガキ一人綺麗に詰め込めるってことさ。簡単だろ?」
そこからは恐ろしくて、その光景を直視出来なかった。
しかし、肉を切る音や骨を砕く音は何が起きているかを鮮明に伝えて来ていた。
音が止み、恐る恐る机の方を見ると、辺りに黒い液体がこびりついており、生命の樹の横にホムンクルスだけが横たわっていた。
黒衣の男性はそのホムンクルスを大きな球体に入れて、内側でチューブに取り付ける。
そして、さらに球体を生命の樹にチューブでつないでいった。
「ついに究極の生命の樹が出来上がった…… 竜族の力、変異体の力、死の呪いを起爆剤とした生命の渇望の相互作用によって従来より強力な生命力を生み出す! これを原初の淵に沈め、究極の生体兵器を創造する!」
「三獣計画……予定と順番は変わってしまったが、大した問題はない。むしろ、予想以上の力が手に入った! この一号機レヴィアタンを使えば獣王ぐらい簡単に手に入るだろう!」
(レヴィアタンという名前は確か0号が名乗っていたはずだ。彼が最高傑作だったのだろうか?)
考えをまとめる間もなく、世界がぐにゃりと歪み、いつの間にか奇妙な荒れ地に立っていた。
横を見ると、黒衣の男性が傷つき、倒れている。その対面には、途轍もなく巨大な黒い何かが立っていた。
その巨大な何かは直立したドラゴンのような姿をしていたが、直視するとひどい頭痛とめまいに襲われてしまい、はっきりと姿を確認することはできなかった。
しかし、そのおぼろげな姿が以前に海岸で見た幻影の竜を思い出させた。
「なんだお前…… 11個も脳を使って出せるのがこんな結論なのか? まだ奴も殺せていないのに…… 先に俺を消す必要があるのか?」
黒衣の男性が苦し気に竜に話しかける。余裕があるように装った話し方だが、どこか恐れも感じさせる。
話の内容から察するに、この竜が最高傑作の真の姿なのだろう。
「ある。今まで自分がして来たことを覚えていないのか? お前のような厄介な奴を後に残しておく理由はない。いずれにせよ両方始末する。ただ順番が変わっただけだ」
「くっ…… 俺もあいつも両方消して、失敗作のお前に何ができる? 生命の力を失い、ろくに創造もできないお前がこの世界をどうにかできると思っているのか?」
「お前らを始末すれば、考える時間はいくらでもある。」
「このっ…… くそったれの邪竜が! 死の獣のお前に世界など…… ぐっ……」
黒衣の男性は急に苦しみもがきだすと、その体は一気に干からびて粉になってしまった。
これが邪竜の死の力。邪竜の正体は管理者達と水龍の王子を合成した怪物だったのだ。
急に息が詰まり、意識が薄れていく。今度は何が起こるだろうか。
「大丈夫ですか?」
気がつくと、元の浜辺に戻って来ていた。少年がこちらを心配そうに見ている。
ひとまず、こっちの世界に特に問題はなかったようだ。
「あっ、はい。ちょっと疲れてたかもしれません……」
流石にさっきの出来事を話しても仕方ないので、誤魔化して見たがこれはこれで心配かもしれない。
「まあ…… 何ともなくて良かったです。あの、これを見てほしくて」
そういう少年の手のひらには青いスイレンの花のようなものが載っていた。
「小屋に花を供えたら急に現れたんです! 水龍の王子がきっと応えてくれたんですよ! 本当にここまで護衛して頂きありがとうございます!」
途中、0号のことを少し疑ったが、友人の子孫を守って欲しかっただけだったのだろう。
明確な答えはないがこのスイレンからは悪意を感じない。
ひとまず、依頼は無事終わったようでようやくほっと一息つけた。
残された謎や驚くべき事実も多くあるが、一旦全て上手く行ったようだった。




