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オゾン、焦熱、愚行、葬送  作者: 不覚たん
英雄編

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14/54

帰ってきたマッポーちゃん

 必死に拝み倒した結果、マッポーちゃんは魔界に帰ることを承諾した。

 神を殺せそうな武器を持ってくる、という漠然とした使命を背負って。


 三日経ったら呼び出せということだったので、俺たちは素直に待った。


「じゃ、呼び出すわね」

 バーには召喚のための部屋が用意されていた。

 とはいえ、特別な部屋じゃない。ただ魔法陣を描くための、なにも置かれていない部屋だ。いまはエーデルワイスが描いた魔法陣がある。チョークで書かれているから、子供のお遊びみたいだ。


 俺はつい口を挟んだ。

「なにか呪文でも唱えるのか?」

「まあ集中したいときは……。けどなにも言わなくても呼び出せるわ。集中さえすればね」

「なら俺はあっちに戻ってるよ。終わったら来てくれ」

「感動の瞬間を見ないの?」

「集中の邪魔になるだろ」

 それだけ告げて、俺はカウンターのある部屋へ戻った。

 どうでもいいが、エーデルワイスはなぜか巫女装束だった。しかも裾の短いコスプレ用の安物。あえて洋風にしないのが謎だ。


 マッポーちゃんのための食料は山ほど買い込んである。

 成功だろうと失敗だろうと、労をねぎらう必要があるからだ。いまでは彼女も立派な仲間だ。


 席につくと、タイガーリリーがウイスキーを出した。

 何度かこの店に来て分かったが、たびたび味が変わっている。日によってボトルを変えているのだ。銘柄なんて知らないとか言っていたが、じつは詳しいのかもしれない。

 きっと俺に恥をかかせないようにしてくれたのだろう。


 となりには椿が来た。

「お兄さま、椿にもくださる?」

「君は飲まないほうがいいだろう」

「なぜ? 年齢を気にしているなら問題ありませんよ。椿は人間より長く生きてますから」

 まあ本人が言うならそうなんだろう。見た目はそうでもないが……。


 日によってころころ衣装を変えるエーデルワイスとは違い、タイガーリリーはバーテンダーの格好だし、椿は浴衣だった。あのパーカーとスカートも似合っていたのだが。


 エーデルワイスはすぐに来た。

「成功よ!」

 成功、か……。

 その言葉を聞くと、少年を召喚した人物のコメントを思い出す。果たして本当に成功だったのだろうか? 彼は、本当に呼び出したいものを呼び出せたのか? それとも呼び出せればなんでもよかったのか?


 マッポーちゃんはボコボコになっていた。

「帰還したマポ……」

 どこからどう見ても袋叩きにされている。


 だがエーデルワイスはぶんぶんと手を振った。

「違う違う! 私じゃない! 呼び出したときにはこうなってたの!」

 普段の行いが悪いせいだ。


 マッポーちゃんも苦い笑みを浮かべた。

「へへ、ちょっと逃げ遅れたマポ……」

 逃げ遅れた――。

 つまり作戦は失敗だったということだ。


 俺は彼女の前に歩み寄り、開封した缶詰を差し出した。

「お疲れさま。ゆっくり休むといい」

「その前に、これを渡しておくマポ」

「えっ?」

「おげぇっ」

 マッポーちゃんの体が不気味にうごめいたかと思うと、口からでろでろのなにかを吐き出した。率直に言って汚い。

 よく見ると、布に巻かれたなにかだ。


「短剣マポ」

「短剣?」

「マッポーちゃん、博物館で聞いたマポ。『もし神を殺すなら、どんな武器がおすすめマポ?』って。そしたら職員の野郎、クソデカいハンマーとか、クソデカい剣とか、とてもじゃないけど運べそうにないブツばっかり紹介しやがったマポ。だからマッポーちゃん、ついにブチギレたマポ。『短剣はねぇマポか』って。そしたらコレだって言われたマポ。で、ぶんどって逃げたらこのザママポよ……」

 大冒険だったようだ。

 なぜか触る気にはなれないが。


 マッポーちゃんは盛大な溜め息をついた。

「あー、でも、むやみに触らないほうがいいマポ。魔族以外が触ったら、それだけで人間性が剥離するマポ」

 妖精でさえ触れられないのか。

 だがいざ戦いとなれば、俺が使わねばならない。


「マッポーちゃん、そのときは、君が俺の人間性を吸い取ってくれるんだよな?」

「もちろんマポ! マッポーちゃん、人間のためならなんでもするマポ!」

 かわいいクリーチャーだ。


 しかし短剣か。

 接近して刺す必要があるな。

 俺は特に霊感があるわけではない。なのにこの短剣からは、とんでもない禍々しさを感じる。ホンモノなのだろう。


 カウンターからカクテルを受け取ったエーデルワイスが、やはりしゃがみ込んで尋ねた。

「なんて名前の武器なの?」

「知るわけねぇマポ。あーでもなんかやべーヤツの心臓を切り取ったとかで、とんでもねぇ呪いにかかってるって話マポ。けどマッポーちゃん、歴史に興味ないからどうでもいいマポ。ひゃばば」

 おもむろに缶詰の中身を吸引し始めた。

 一気に食ってしまったので、俺はふたつめの缶をあけて差し出した。


 さて、武器は手に入った。

 あとはいつ使うか、だ。

 なんなら六人の仲間を集める必要もないかもしれない。

 いや、念には念を入れて、戦力が最大になるのを待つか。


 俺がカウンターにつくと、エーデルワイスも隣に来た。かと思うと、いきなりズボンをまさぐってきた。

「あ、おい……」

「こないだのアレ見せて」

「どれだよ?」

「魔法陣! スマホで見せてくれたやつ!」

「アレか。出すから手を引っ込めてくれ」

 それは犯罪行為だぞ。


 俺はスマホを操作してサイトをひらき、カウンターに置いた。少年が、魔法陣の上に立っている。

 エーデルワイスはぐっと身を乗り出してきた。

「そうそうこれ。もっと大きくできる?」

「いちおう」

 ただし古い画像だ。拡大するとぼやける。

 それに、少年がメインで映っているから、魔法陣はほどんと見えない。

「んー、惜しいわね……」

「どうかしたのか?」

「こないだ、マッポーちゃんに帰還の魔法陣を教えてもらったじゃない? あれね、呼び出すときとよく似てたの。赤い星と青い星、それと白い星と黒い星が逆位置にあって……。そんな簡単なことだったんだって」

 なにを言っているのか微塵も理解できないが……。召喚術のプロがそう言うならそうなのだろう。実際、彼女はマッポーちゃんの召喚を成功させている。

「この画像となにか関係が?」

「うん。呼び出せたなら、送り返せるかなって」

「ほう」

 意外にも賢明だ。

 否定すべき点がない。

 もしこれが成功すれば、戦うことなく、犠牲者も出ることなく、問題を解決できる。短剣はムダになるし、ボコボコにされたマッポーちゃんの努力も水の泡だが、そんなのは些細なことだ。


 エーデルワイスはさらに身を乗り出した。

「んー、もう、よく見えない! 定式さえ分かればいいのに……。この子供、邪魔よ」

 だが撮影者は、子供を映したくてこの写真を撮ったのだ。

 隠された部分を見ることはできない。


 もし映像解析にかければ、たとえば小さな反射などから、魔法陣を再現できるかもしれない。しかし当然、そんな知識も技術もない。警察でもなけりゃムリだ。コネもツテもない。

 あるいは建物を特定できれば、現地に乗り込むことも不可能ではないかもしれない。だが記事を読んでも「某所にて」としか記述がなかった。もっと言えば、国内かどうかも定かではない。


 打つ手なし。

 普通ならこう考えるかもしれない。


 だが手はある。

 ひとつだけ。

 成功するかどうかは別だが。


 俺はウイスキーをあおり、ゆっくり呼吸してからこう切り出した。

「本人に聞いてみるか」

「は? 本人?」

「少年だよ。君たちを呼び出したのもあいつなんだろ? 召喚術には詳しいはずだ。自分が呼び出された魔法陣も見たはずだしな。おぼえているかどうかはともかく」

「答えると思う?」

「さあな。けど素直な子だぜ。少なくとも、いままでウソはついてない」

 エーデルワイスはあきれていたが、俺には確信があった。

 元来の性格なのか、あるいは本当に神になろうとしているのかは不明だが、あの少年は可能な限り誠実に振る舞おうとしているように見えた。強制じゃないと言いつつ、人間をハメているのは許せないが。そこ以外は信用に値する。


 左から、脇腹をつんつんとつつかれた。

「お兄さま、椿にもかまってください」

「……」

 すねるような顔だ。

 かわいい。


 するとエーデルワイスも対抗してきた。

「いま私たち、とっても大事な話をしてるの。おこちゃまは静かにしててね?」

「お兄さま、椿、怖いです……」

「ちょっと手を放しなさいよ。英雄に勝手に触るの禁止だから」

「あなたもさっき触ってましたよね?」

「スマホをとろうとしただけよ」

「ウソです! 絶対触ってました!」

 口論が始まってしまった。

 まあいいが、俺を挟まないで欲しい。


 俺はグラスを手に席を離脱し、そのまま後方のソファに退避した。

 弱ったマッポーちゃんが丸くなっている。


「人間、モテモテマポね……」

「まあな。けど、人間社会じゃちっともモテないよ。妖精の基準がおかしいんだ」

「そんなことねぇマポ。人間はいいやつマポ」

 このクリーチャーは、いままで他者に優しくされたことがないのだろうか。ちょっとチョロすぎる気もするが。

「いいやつかどうかは分からないが……。いまは力を合わせないといけないからな」

「それでもいいマポ。たとえウソでも、そのウソが続いてくれたら、その間だけは気がまぎれるマポ……」

 ダメージを受けているせいか、彼女はだいぶ素直だった。


 サバイバル生活で一番つらいのは「孤独」だという話を聞いたことがある。

 こればかりは経験や技術ではどうにもならないのだとか。


 人に限らず、誰にとっても仲間は必要だ。

 たとえウソでも、互いに利用しているだけでも、期間限定であっても……。それでも仲間は必要だ。

 もし「ウソ」という語が適切でないなら、「幻想」と言い換えてもいい。

 いちばん哀しいのは、幻想さえ許容できないこと。たとえ薄くてもそこそこの関係で満足しておくのがいい。

 ヘタに「真の仲間」など求めようものなら、たいていの場合なにも得られずに終わる。それは虚無が虚無であることを確認するだけの旅となるだろう。


 憧れは病だ。

 求めれば求めるほど渇いてゆく。

 時間の経過とともに憎しみに変わる。

 やがて歯止めが効かなくなる。

 他のすべてが犠牲になる。


 あの少年は、召喚術で群れから引き離された個体だ。

 帰るべき場所を欲している。

 そのためにあがいている。


 だから本当は、いまの彼に必要なのは、敵ではなく仲間なのだ。

 それは幻想であってもいい。承服できるレベルの幻想なら、いいのだ。いまの彼にはウソの仲間さえいない。対等と思い込める存在がいない。

 真の孤独だ。

 心を蝕む凶悪な病におかされている。


(続く)

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