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オゾン、焦熱、愚行、葬送  作者: 不覚たん
英雄編

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13/54

給与外労働

「いらっしゃいませ」

「お邪魔するよ」


 バーについたころには、九時を回っていた。

 外で坂本には遭遇しなかった。

 毎日いるというわけでもなさそうだ。


「わあ、お兄さま。椿に会いに来てくれたのですね」

 浴衣姿の椿が、いきなり抱き着いてきた。

 両手に荷物を持っているから、どうにも対処できない。

 それにしても、本当にちょうどいい位置に頭がある。気を抜いていたら、とっさになでてしまうかもしれない。


「離れなさいよ、椿。私の英雄が困ってるでしょ?」

 エーデルワイスが注意すると、椿は「はぁい」と素直に離れた。


 俺はカウンターには座らず、ソファへ腰をおろした。

 丸まっていたマッポーちゃんが邪魔そうに見てきたが、気にしない。


「なあ、マッポーちゃん。お土産があるぞ」

「マポ?」

「こないだみんなでチョコ食ったとき、君だけなにもなかったからな。だけどなに買ったらいいか分からなかったから、適当に買ってきた。食えそうなのだけ食ってくれ」

「な、なん……マポ……」

 目を丸くしている。

 警戒させてしまったか。

 いや、マッポーちゃんはいきなり動き出し、コンビニの袋に頭を突っ込んだ。


「うおお! なにも見えねぇマポ!」

「いま出すから」

 獣め……。


 ネコ用の缶詰、カリカリ、干物。

 それぞれ一品ずつ。


「衆生、やはり気づいたマポ? このマッポーちゃんこそがキーパーソンだということを……」

「は?」

 パーソンじゃなくてクリーチャーだろう。

 いや、そうではなく。


 マッポーちゃんは目を細め、こちらを見た。

「ふん。お前はきっとこう言いたいマポ。いったん魔界に帰って、不浄な武器を手に入れてこいと。マッポーちゃんはそう簡単に買収されないマポ」

 考えもしなかった。

 たしかに魔界なら、神を傷つけるような武器が手に入りそうだ。


 だがエーデルワイスが難色を示した。

「あなた、魔界に帰れると思ってるの? 言っておくけど、私、その魔法陣は知らないから」

 そうだった。

 それはいいが、今日はなぜか髪をツインテールにして、ピチピチの女児服を着ている。

 ついに頭がおかしくなったのか……。


 マッポーちゃんは「ふふん」と余裕の態度だ。

「魔法陣ならマッポーちゃんが知ってるマポ」

「は?」

「魔界の常識マポ! どいつもこいつも気軽に召喚術を使うから、マッポーちゃんみたいな小型悪魔は、だいたい本人の承諾もナシに連れ去られるものマポ。ゆえに幼いころから帰還用の魔法陣を叩き込まれるマポ。ま、自分で使えるかどうかはともかくマポ……」

 たしかに、この毛玉が自分で魔法陣を描けるとは思えない。描いてるそばから腹で消してしまうだろう。


 エーデルワイスはきょとんとしている。

「え、じゃあ教えてくれるの?」

「うーん、教えてやってもいいマポ。ただし、教えたくなるような態度を見せてくれたらの話マポねぇ……」

 クソ凶悪なツラになっている。

 小型とはいえ魔族は魔族だ。


 エーデルワイスのシューズが弧を描いた。

 マッポーちゃんの顔面に叩き込む気だ。俺はその爪先を、とっさに手で受け止めた。靴の先端が手に突き込まれたが、ただ痛いだけで済んだ。

「やめるんだ」

「あっ」

 だいたい、そんな短いスカートで足を振り上げたら、いろいろ見えるだろ。


「ご、ごめんなさい! そんなつもりじゃなかったの! 痛くなかった?」

「大丈夫だ。それより、冷静になってくれ。マッポーちゃんを虐待してもいいことはなにもないぞ。今回の作戦は、この子の善意にかかってるんだ。マッポーちゃんが魔界に帰ったあと、二度と戻ってこない可能性だってある」

 わざわざ言わずとも、ちょっと考えれば分かりそうなことだが。

 エーデルワイスは涙目になっていた。

「ごめん。ごめんなさい。私、頭脳担当なのに……」

「分かってくれればいい」

 あと頭脳担当はもうクビになっただろ。


 マッポーちゃんは身をゆすって笑っている。

「マッポーちゃんのために衆生どもが醜く争う姿は愉快極まりないマポねぇ。あー、だが人間。お前は許すマポ。マッポーちゃんのために食料を用意してくれたマポ。むしろ愛が芽生えたとも言えるマポ。だが妖精、おめーはダメマポ! 土下座して許しを乞えマポ!」

 立場が上になった途端これだ。

 さすがに土下座は気の毒な気もするが。


 俺は缶詰をあけた。

「まあそう怒らずに。ほら、缶詰だ。おいしそうだぞ」

「んー! 人間、だいちゅきマポ! 交尾したいマポ!」

「そ、そうか……」

 さすがにこの毛玉とヤる気は起きないな。

 だが嫌われるよりはいい。


 すると、いきなりエーデルワイスが崩れ落ちた。

 かと思うと、床に頭をこすりつけて土下座をして見せた。

「ほら、謝るわ! だから許しなさいよ!」

「おやおや。土下座というのはポーズだけマポ? この期に及んで、まだマッポーちゃんに命令するマポ?」

「こ、これまでの……これまでの行為はお詫びします……。だから……」

 女児服で土下座。

 見たことのない光景だ。

 というか、あってはならない光景だ。

 ツインテールだから、余計に違和感が増す。


 しかも厄介なことに、椿まで参加してきた。

 すっと近づいてきたかと思うと、エーデルワイスの後頭部を草履で踏みつけたのだ。

「ほら、エーデルワイス。まだマッポーさまが満足していませんよ?」

「ぐぎぎ……」

「ふふ。パンツ丸出しで土下座とは無様ですね。それにしても、なんですかこの絵は?」

「これはプリキュ……」

「言わなくていいです。どうせ分かりませんから。こんな下着でお兄さまを誘惑しようなんて、愚かにもほどがあります」

 クソ、向こうから見たら丸見えなのか。


 マッポーちゃんはまだ遊び足りない様子だ。

「ふむ。苦しうないマポ。けど土下座はもう見飽きたマポ。もっとほかのことをしろマポ」

「……」

 エーデルワイスは追い詰められた子犬のような、悔しそうな声を漏らした。


 見ていられない。

「なあ、マッポーちゃん。もう許してやってくれよ。お望みとあらば、もっと食べ物を買ってくるから」

 俺がそう告げると、毛玉はニチャアと不気味な笑みを浮かべた。

 よからぬことを思いついたツラだ。

「分かったマポ。ならもう自由にしていいマポ。ただし、ひとつだけ条件があるマポ! この人間を、マッポーちゃんの支配下に置くマポ! つまりマッポーちゃんが命令したら、なんでも言うことを聞くマポ! マッポーちゃんの所有物なのだから、勝手に交尾することも許さないマポ」

 このクリーチャーはいっぺんぶっ殺して、別の魔族を召喚したほうが平和な気がしてきた。


 だがエーデルワイスは、土下座したまま応じた。

「いいわ。承諾する」

「勝手に承諾するな」

 俺は即座につっこんだ。

 人権はどうなってるんだ、人権は。


 マッポーちゃんは愉快そうに身をゆすった。

「安心するマポ。拘束力のある契約じゃないマポ。マッポーちゃんは、あくまで誠意を見たいだけマポ」

 誠意、か。

 魔界に行って武器を取ってきてくれるのだ。

 他の誰かにできることじゃない。

 それに比べればたいしたことじゃないかもしれない。


 だが、俺は見てしまった。

 土下座していたエーデルワイスがニヤニヤ笑っていることに。

「じゃあ決まりね」

 椿の足を払いのけて、彼女は顔をあげた。まだ笑っている。

「な、なにマポ? なにがおかしいマポ?」

「え? だって英雄はあなたの支配下に置かれたのよね? そしてあなたは、私の支配下にある。それってつまり、英雄が私の支配下に置かれたってことじゃない?」

「いや、いま誠意の話をしたばかりマポよね……」

「それ以上言わなくていいわ。いまこのときをもって、私がヒロインに決定したんだもの。英雄、命令よ。私を選びなさい」

 選ばないぞ。


 マッポーちゃんも溜め息だ。

「なんでこいつは自分を頭脳担当だと思い込んでるマポ? どう考えてもド底辺マポ……」

 きっとエーデルワイスちゃんは生まれつき頭がアレなのだ。

 みんなで見守るしかない。


 俺はマッポーちゃんをなでて、食べ物の袋をあけ始めた。

「ま、彼女の言うことはスルーでいいだろう。一通り食べてみて、好きなのを教えてくれ。明日も買ってくるよ」

「んー! やっぱり人間だいちゅきマポ! もっとなでなでするマポ!」

「よしよし」

 ゴロゴロいっている。

 やはり大部分はネコなのかもしれない。


 カウンター席につくと、タイガーリリーがウイスキーを出してくれた。

「お疲れさま」

「ありがとう」

 つまみにナッツとチーズまである。

 これも餌付けだろうか。

 現時点で、俺がもっともヒロインに選びたいのはタイガーリリーだ。見た目が好みというのもあるが、性格がいい。なぜ彼女をヒロインに選ぶ英雄が少ないのか理解できない。

 まあ、あんまりぐいぐい来るタイプでもないし、他のヒロインの攻勢に負けてしまうのかもしれないが。


 神さまがいないから、今日は左に椿が、右にエーデルワイスが座った。

 本当に、無料のガールズバーみたいだ。

 期間限定ではあるが。


 人生で、こんなに女性に囲まれたことはない。

 鋼の意思でおらねば、簡単に堕落してしまうだろう。


「そうだ。面白い情報が手に入ったぜ」

 俺はスマホを取り出し、ブックマークしておいたサイトをひらいた。

 例の召喚術のサイトだ。

 するとヒロインたちが、中を覗き込もうと身を乗り出してきた。いいにおいがする。いや変な意味ではなく、本当に花のかおりがするのだ。これが妖精の体臭なのだろうか。

「この写真を見てくれ。あいつだよな?」

「え、いつ撮ったの?」

 エーデルワイスは無邪気な質問を投げてくる。

 まったく背景を理解しようとしていない。

「俺が撮ったんじゃない。1999年……つまりだいぶ前に、召喚術を試した人間がいたんだ。そいつが彼を呼び出した」

「え、じゃああの子、どこかよそから来たってこと?」

「そうなる」

 さもこの世の神であるかのような態度だったが、事実は違ったのだ。


 俺はグラスを手に立ち上がり、こう続けた。

「種族は違うが、俺たちと似たような生命体だ。倒せない相手じゃない」

 もっと言えば、戦う必要さえないかもしれない。

 マッポーちゃんを送り返すことができるのだ。あの少年だって、送り返せるかもしれない。そのための魔法陣があれば、だが。


 タイガーリリーが笑みを浮かべた。

「すごいね。いままでいろんな英雄を見てきたけど、ここまで突き止めたのはあなたが初めてだよ」

「あれこれ調べるたちでね」

 というか、することもないのに無給で残業させられているから、半ばネットが本業になっているせいなのだが。

 あのブラック企業に感謝する日が来るとは、皮肉な話だ。

 だがもしこの戦いを生き延びたら、転職するのもアリかもしれない。懸念があるとすれば、転職先も似たようなものかもしれない、という点だけだ。


(続く)

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