Take Me Home
「おかえり」
バーに帰還すると、神さまが平然とした態度で出迎えた。
ヘタすりゃこいつの放った怪物に殺されていたかもしれないのに。
俺はカウンターに銃を置き、そのまま隣に腰をおろした。
「いやぁ、大変だったぜ。死ぬかと思った。まだ体が震えてる」
あまりの恐怖に筋肉が硬直した。
粗相をしなかった自分をほめてやりたい。
「収穫はあった?」
「ああ。かなりな。聞きたいか?」
「君さえよければ」
表情はほとんど消しているが、それでも好奇心を抑えきれていない。いつもより足がぶらぶらしている。
「二度目の式典のとき、なぜマッポーちゃんが狙われたか、ずっと考えてたんだ。そして俺たちは、人間性を吸い取る能力が問題なんだろうと予想を立てた」
「当たってた?」
「いや、違った。真の問題は、血だったんだ。ただ、どんな血でもいいのか、それともあいつらの血じゃなきゃダメなのかは、ハッキリしてない。まだ試すタイミングでもないし」
「ふーん」
リアクションが薄い。
誰と戦うつもりなのか、俺もたまに忘れそうになるが。
タイガーリリーが、エプロンをしただけの状態でカウンターに入った。
まるでいかがわしい店みたいだ。
だがエーデルワイスと椿は、裏口付近でなにやら言い合っていた。かと思うといきなりじゃんけんを始め、エーデルワイスがガッツポーズし、椿はその場に崩れ落ちた。
いったいなにをしているのか。
かと思うと、エーデルワイスが猛ダッシュしてきて、隣の席に腰をおろした。
「英雄、私が勝利したわ!」
「なんだいったい……」
「どちらがあなたの隣に座るか勝負してたの。やっぱりあなたの隣には私がふさわしかったようね。天もその事実を認めざるをえなかったんだわ」
「そうか……」
殴り合いではなく、じゃんけんで勝負をつけたところは賞賛してもいいかもしれない。
だがそれ以外のことは、あらゆる点でひどい。
椿は落ちていたマッポーちゃんを抱きしめて、ソファについた。
可憐な女がネコを抱いている姿は絵になる。
まあ実際はネコではなく……別のなにかではあるが。
俺は振り返って、チョコの欠片を渡した。
「ほら、椿。君のぶんだ。帰ってきたらみんなで食べることにしてたんだ」
「まあ、お兄さま。嬉しい。どこかの野蛮なメスとは大違い……」
あまり言うな。
するとその野蛮なメスが、ふんと鼻を鳴らした。
「そのチョコ、私が買ったものなんだけど」
「でもくださったのはお兄さまです。あなたは過去の女。都合のいい女でしかありません」
「負け犬の遠吠えが聞こえるわね」
「頭だけでなく、耳までどうにかなってしまったのでは?」
この二人、相性がよくないようだ。
顔はいいのに、性格のほうは難がある。
「どうぞ」
タイガーリリーがウイスキーを出してくれた。
信頼できるのは彼女だけだ。
俺はぐっとウイスキーを飲み込んで、それからチョコをかじった。
濃厚なコクだけがじっと舌に染みた。
たとえ安いウイスキーと安いチョコでも、いまの俺には十分だった。安いとは言ってもちゃんとしたメーカーのものだ。質は悪くない。ただ最高の体験とは言えないだけだ。満足は得られる。
さて、どうせ神にはすべて知られているのだ。
堂々とミーティングしたって構わないだろう。
「なあ、エーデルワイス。あんたの召喚術ってのは、どんなもんなんだ? なんでも呼び出せるのか?」
この問いに、彼女はびくっと身を震わせた。
なぜそんなに驚いたのかは分からない。
「え、なに? なにを呼び出して欲しいの?」
「なぜそんなに警戒する?」
「だって、きっと危ないの呼び出せって言うんでしょ? 私、そういうの怖いから……」
怯える顔まで美しい。
もしサディストの英雄がいたら、きっとこの表情を気に入ることだろう。
幸い、俺はサディストではないが。
「魔界にアクセスできるなら、神を殺せるような汚物だって手に入るだろ」
「チョコ食べてるときに汚物とか言うのやめてよ」
俺はそんなことで気分を害するほど繊細ではないが、気にする人がいるかもしれないという点については失念していた。
「で、手に入るのか? 入らないのか?」
「そんなこと言われても、なにを呼び出せばいいのか分からないし……」
まあそうだな。
丸投げにもほどがある。
さて、どうしたものか。
勝てたとはいえ、怪物に襲われた衝撃が強すぎて、頭が混乱していた。あいつが顔を近づけてきたとき、その牙が、まさに俺の命を貪り食うための凶器に見えた。たぶんこのまま寝たら夢に見るだろう。
無傷で済んだのは、タイガーリリーの対応が早かったおかげだ。おそらく、できるだけあの姿になりたくなかったとは思うのだが。俺を守るために決断してくれた。
俺は向きを変えた。
「なあ、神さま。教えてくれよ。血が弱点なのか? それとも不浄な穢れが弱点なのか?」
バカみたいだが、本人に確認をとるしかなかった。
たぶんいくらか酔っているせいだ。
少年は、さすがに困ったような笑みを浮かべた。
「血なら僕の体にも流れてる。だからきっと、弱点は穢れのほうじゃないかな」
「なるほど」
まあそうだ。
考えるまでもなかった。
問題は、なにが穢れで、なにが穢れじゃないのか、ということだ。どうでもいいものを武器にしても、きっと通じない。
だが考えに集中したいのだが、あの怪物の顔がチラチラ脳裏によみがえって考えがまとまらない。
「ダメだ。頭が回らない。今日は帰るよ。お代は?」
「ツケておくよ」
「悪いな」
とか言いつつ、俺はここで一円も支払っていない。
バーごっこに便乗して勝手に飲みまくっているが、大丈夫なのだろうか?
「じゃ、お疲れさん。明日も来るよ」
まあいい。
考えるのは明日だ。
*
平凡な会社員なので、平日は出社している。
満月の夜に銃をぶっ放しているとは思えないほど、地味な生活。
あまり大きな会社ではない。
都内の雑居ビル。
入社した当初は真面目に働いていた。
効率よく仕事を片付けて、なるべく早く退社していたのだ。だが、周囲からチクチク言われるようになった。帰るのが早い、と。
バカらしくなった。
おかげでダラダラ仕事するようになり、特に用もないのに会社に残るようになった。
残業代も出ないのに。
特にすべきこともないから、だいたいネットしている。
ふと、気になって召喚術について検索した。
だいたいはゲームの攻略記事。あとはアニメや漫画の解説など。
こうしてみると、専門知識を得たいなら、ネットより本屋のほうが効率がいいような気がしてくる。
しかしキーワードを工夫して絞り込んでいくと、ちらほら儀式としての召喚術も散見されるようになった。
魔法陣の図解。
唱えるべき呪文。
だが解説はあるのだが、実際になにかを召喚できた形跡はない。
まあ、そりゃそうだ。
必死に検索しておいてなんだが、普通、そんなことできるわけがない。
古いサイトに目がとまった。
魔術を扱った個人サイトだ。
HTMLタグを手で打って作ったような……言っちゃ悪いがチャチなつくり。掲示板もあるが、完全に壊れておかしな表示になってしまっている。管理人もいないのだろう。
記事は生きており、そこに複数の画像が貼られていた。ある写真の日付は1999年。デジカメで撮ったものではなく、アナログの写真をスキャナで取り込んだものだ。
ひとりの少年が映っている。
彼は虚空を見つめている。
間違いなく、神を自称するあの少年だ。
テキストには「ついに召喚に成功した」とある。
なにも知らない人が見たら、きっとふざけているようにしか見えないだろう。どこかの子供が映り込んでいるだけだと。だが、俺は同じ顔の少年と会っている。これがフェイクとは思えない。
メールアドレスの記載があったので、WEBメールを送り付けてみた。詳しい話を聞きたいと。だがサーバから、そのアドレスは存在しないと弾かれてしまった。すでにサービスを終了したドメインのようだ。なにもかもが遅かった。
推測だけならできる。
少年は、召喚術で召喚されたのだろう。妖精たちのように、異世界から強制的に連れ出されたのだ。
彼はそこで召喚術を学んだ。
だから妖精たちを呼ぶことができた。
もしかしたら、故郷に帰ろうと試みたかもしれない。
しかし願いは叶わず、歳をとることもなく、ただ超常的な能力をもてあまし、時間だけが過ぎ去った。己を神と自任するようになったのは、必然だったかもしれない。人間として生きるには、あまりに異質だったろう。
これが少年の正体だ。
特に知りたかった情報ではないし、攻略法につながるとも思えないが。
彼は一般に想像される「神」ではない。
異世界から来た生命体。
ただそれだけだ。
少年を呼び出した人物は、いったいどこでどうしていることやら。
彼の妄執に巻き込まれ、玩弄されている人間がいるというのに。
いや、すでに他界している可能性もあるか。
ともあれ、適当なところで退社して、このネタを肴にウイスキーでも飲むとしよう。
しかし八時になるまでは出られない。すでに定時は過ぎているというのに。ここの社員は、八時を過ぎるまでみんな残るのだ。することもなく、ダラダラと。誰も幸せになるまい。いや、家に帰りたくない人間にとってはそうでもないのか。じつに不健全な社会だ。
(続く)




