攻城戦 二
天守閣といえばクソ狭い急勾配の階段が定番だと思われるが、ここは特にそういうこともなく、普通に最上階まであがることができた。
マッポーちゃんを引きずるのは大変そうだったので、そこだけ俺が担いだ。やわらかくてもふもふしていた。喋らなければかわいいペットだ。
月光の差し込む青白い広間。
よく磨かれた木の床に、硬質な光が反射している。
中央には黒い繭。
うっすらと丸まった人影が透けて見える。
「これが椿か……」
俺が銃口を向けると、タイガーリリーが慌てた様子で止めに入った。
「待って。撃つの?」
「大丈夫だ。当てないよ」
「えぇっ……」
引いている。
もしかして、だいぶ非常識な行為なのか……?
エーデルワイスは肩をすくめた。
「なに言ってもムダよ。私の英雄は、自分をハードボイルドなタフガイだと思い込んでるんだから」
「……」
もっと優しく言ってくれ。
だいたい、この繭はどう開けるのが正解なんだ?
近づいて手であけたら水びたしになるぞ。
トリガーを引くと、弾丸が繭を突き破って床にめり込んだ。繭は二ヵ所から水を吹き出し、ゆっくりとしぼんでゆく。
タイガーリリーが繭へ近づいた。
彼女には服を持たせている。生まれたての妖精が、いきなり男に肌をさらすのは愉快ではないだろうから。
俺はズボンのベルトに拳銃を突っ込み、小窓から外の景色を眺めた。
絶景だ。
だが不安になる光景でもある。
ここにはなにもない。
城があり、草原があり、あとは地平線があるばかり。ヒロインに無関係なものは、この世界には存在しない。
やや離れていたから、女たちが小声で喋っている内容までは聞き取れなかった。だが、少なくとも椿に弾丸は直撃しなかったようだ。
まあそうだろう。
ちゃんと狙ったからな。
しばらくすると、ヒロインたちが近づいてきた。
「初めまして、お兄さま。わたくし、椿と申します」
和人形のような、小柄なオカッパ女がぺこりと頭をさげた。パーカーとスカートという格好のせいか、十代の少女にしか見えなかったが……。やや幼さの残る輪郭ながら、切れ長の目は少女のものではなかった。それに、背こそ高くないものの、体つきも子供ではない。なんなら他の二人より発育がいい。
「お兄さまはよしてくれ」
「ふふ。恥ずかしがらないでください。いまから椿はお兄さまのものです」
目を細め、愉悦の表情。
しかも距離が近い。
かたちのよい頭が、ちょうどなでやすい位置にある。
もしなんらの前情報もなしに、最初に彼女と出会っていたら、考えなしに手を伸ばしていたかもしれない。
だが俺は思いとどまった。
「よろしく頼む。だがそうかしこまらないでくれ。俺たちの立場は対等だ。さっそくだが、手を貸して欲しいんだ。冷気を操れるんだよな?」
「はい。椿はお兄さまのご命令なら、なんでも従います」
「命令じゃない。いまから、そこに転がってる動物に血を吸わせる。そしたら怪物が殺しに来るはずだ。それを追い払う」
「はい」
じっとこちらの目をみつめてくる。
まっくろで吸い込まれそうな瞳。
ここへ来る途中、何体か血の魔物を倒した。
その血を使う。
*
「じゅるるるるーっ」
階下へおりて、マッポーちゃんに血を吸わせた。
相変わらずウザい音を立てる。
「ずびびびびびーっ」
椿が不快そうに口元に手をあてた。
「醜い獣……。お兄さま、どこで拾ったのですか?」
「エーデルワイスが召喚したんだ」
「まあ、道理で……」
皮肉がキツいな。
エーデルワイスも簡単に挑発に乗ってしまった。
「あら、空耳かしら? 椿、いまなんて言ったの?」
「あなたにふさわしい魔物だと言いました」
「男に媚びを売るしか能のないおチビちゃんが、ずいぶん大きな口を聞くのね」
「男に媚びを売るしか能がないのはあなたのほうでしょう、エーデルワイス。この醜い獣以外に、なにか召喚できるのですか?」
「は? ヤル気? いいわよ。ヤってやろうじゃない。ただし、能力はナシ。拳で勝負よ」
またシャドーボクシングのマネを始めた。
見かねたタイガーリリーが仲裁に入った。
「待って。いまそんなことしてる場合じゃないでしょ? 怪物が来るかもしれないのに」
「それも拳で叩きのめしてやるわ」
バニーガールが拳で戦う姿など見たことがない。
俺もつい溜め息をついた。
「ほら、食事が終わったぜ。隠れよう。仲間同士で争ってる場合じゃない」
まるまる太ったマッポーちゃんは、仰向けになっていた。
これじゃあ腹を食い破ってくれと言わんばかりだ。
*
階段の裏に身をひそめた。
エーデルワイスと椿がここぞとばかりにやわらかい体を押し付けてきたが、俺は作戦に集中した。初めて怪物と遭遇するのだ。ヘタすれば命を落とす。俺は妖精たちと違って、死んだら生き返ることができないのだ。慎重にならねば。
それにしてもやわらかい……。花のようないいにおいもする。
ギシ、と、かすかに床の鳴る音がした。
獣の低いうなり声も聞こえた。
グルルとイヌかオオカミのようだ。
そいつが姿を現すと、影がこちらまで伸びてきた。
黒々とした体毛の、ゴリラのような獣だ。
だがゴリラとは違い、尖った耳が上側についている。
二足歩行。
手からは長い爪が生えている。
俗にいう「狼男」かもしれない。
おそらくはかつて英雄だったもの。
いまや自我を失い、血を求めてさまようだけの怪物だ。
強烈な獣臭を放っている。
背は思ったほど高くない。おそらく元となった英雄のスペックを引き継いでいるのだろう。さすがに素手ではかなわないが、武器さえあれば勝てそうな気がする。
そいつは周囲を警戒することもなく、ゆっくりとマッポーちゃんに近づいていった。
おそらくもっとも濃い血のにおいをたどっているのだ。
俺はシルバー・スピッターを構えた。
的は小さくない。
狙えば当たる。
俺は合図をし、銃を構え直してトリガーを引いた。
パァンと炸裂音。
瞬間、怪物が身を伏せた。かと思うと、信じられないほどの体さばきで視界から消えた。
ヤバいかもしれない。
耳元で、ガッと獣のうなり声がした。
たぶん、一人だったら首を噛み千切られていたことだろう。だがそうはならず、もう一体の怪物が現れ、そいつの顔面に平手を叩き込んでいた。タイガーリリーだ。
元英雄はギャンと悲鳴をあげて、距離をとった。
助けられた。
俺は銃を構え、二発目、三発目を放った。
だが当たらず。
俺がヘタなのか?
それとも……。
代わりに、獣の大口に氷柱が突き刺さった。
きっと吠えようとでもしたのだろう。その隙がアダとなった。獣は大きくのけぞり、ギィと声にならない声をあげて床をのたうった。
タイガーリリーが上へ覆いかぶさり、鋭い爪を突き込んだ。
凄まじい出血。
獣が獣を八つ裂きにし始めた。
*
なにもできなかった。
タイガーリリーと椿がいなければ、間違いなく命を落としていた。
「ありがとう。助かったよ」
こんな言葉では済ませられないほど恩を受けた。
タイガーリリーは服を失っていた。
「お役に立ててなにより」
特に恥じた様子もないのが彼女らしい。
「と、ところで緊張しすぎて吐きそうマポ。吐いていいマポ?」
するとマッポーちゃんはこちらの返事も待たず、噴水のように血を吐き散らした。ちょっとした血の海だ。
だが責めるまい。
あれは怖かった。
しかし銃弾が当たらないとは……。
もちろん俺は腕利きのガンマンじゃない。ただのトーシロだ。それでも、血の魔物を相手に外したことはなかった。弾丸が、敵に当たりにいってくれたからだ。
そしておそらく、今回はその機能が働かなかった。
さすがに弾がみずからの意思でそれたわけではないと思うが。
神と戦うなら、この銃は役に立たない可能性がある。
課題がひとつ増えた。
一方、カタがついた問題もある。
神が、間違いなく血を忌避しているということだ。
誰の血でも同じなのかは分からないが。少なくともここで採取された血は嫌っている。「血の魔物」と呼ばれるくらいだから、きっと不浄なものなのだろう。
かくして俺は、新たな仮説に行き当たった。
もし不浄でさえあれば、それは血でなくともよいのでは?
わざわざここで血を集めずとも、不浄とされているものなら、神にダメージを与えることができるかもしれない。
いや、べつに本屋に行ってオカルト関連の本を探す必要はない。
エーデルワイスの召喚術なら、魔界からなにかを呼び出せるはずだ。マッポーちゃんの死肉でもいいとは思うが、おそらくそういうわけにもいかないので、なにか別のものを。
そもそもマッポーちゃんは、ちっとも不浄という感じがしない。どうせならもっと禍々しいものがいいだろう。
問題は、俺のオーダーに、エーデルワイスが応じられるかどうか、だ。
彼女の召喚術は、あまり頼りにならないらしい。
ま、そのときはそのときだ。本屋に駆け込むなり、ネットで調べるなりして、自分で調達するしかない。
大丈夫だ。俺は正解に近づいている。
時間さえあれば、きっと倒せない相手ではない。時間さえあれば……。
(続く)




