26.そば粉クッキー
眩しい日差しをもろに顔に受けて目が覚めた。
異世界は本日も晴天なり。
空気を入れ替えようと窓を開ける。
風も穏やかだ…今日は屋台で稼ごうか。
そうそう、金物屋にも寄らないとな。
予定を考えながら、気持ちよさそうにピスピスと寝息を立てて寝ている先生を見た。
昨日の夜も腹いっぱい食べて、とんでもない長さに伸びきっていたけれど…朝になるとちゃんと戻っているから不思議なもんだ。
あの3mの体躯を思い出す。
そりゃぁ一反木綿のように伸びるだろうよ。
さて、先生が起きる前におめざを用意しておこう。
島根県・おながし屋/白樺そば粉クッキー(一箱):銀貨5枚
そば粉をふんだんに使ったクッキー。
そばアレルギー?馬鹿な事を言わないでくれよ。
確かに最初食べさせた時はドキドキしたけれど、こいつ…昨日も日本酒の瓶を丸飲みしていやがったからな。
俺はちょいちょいタブレットをいじり、『猫吉楽食便』でお菓子や酒を揃えて、リュックサックの中にキープしている。
リュックサックの中身の整理をしようと思ったら、一度認識した荷物は脳内目録としてを脳裏で確認できる事に気が付いた。
食べ物…甘い物…そうやってソートをかけていくと、自分の求めているカテゴリーの一覧表が出来上がる便利機能がついていたのだ。
飲料…酒…一覧表を脳裏で楽しみながら、ガラスで出来た極小のコップをかざす。
骨とう品露店、もとい、リサイクル露店で手に入れたガラスのコップを俺は手で弄んだ。
本来は金持ちのガキが使う品なのかもしれない。
窓にガラスがはまっていたから、ガラスがある事はもちろん知っていたけれど、こういう贅沢品を目にしたのは初めてだった。
庶民からしたら、落としたら割れるガラス製食器なんて、まったく需要はない。
少なくとも露店を冷かす奴らが欲しいと思う品じゃない。
当然なのか偶然なのか埃をかぶって売れ残っていた。
猫吉先生用に良いなと思っていた皿と、この売れ残りを抱き合わせで安く買い叩いただけだが、露店主からは感謝されるし、俺は非常に気に入っているしで、お互い大変に満足な取引で手に入れられたものだ。
落ち着ける場所を見つけたら、絶対部屋にマイバーを作ってやるぜ!
§
コーヒーを楽しみながら、白樺そば粉クッキーを一つ口に放り込んだ。
これ、甘さ控えめで結構気に入っているんだよな。
でも箱にぎっちりと大量に入っていて、一人暮らしで家に置いても食べきれない量でしか販売していない。
菓子類は購入したら、いつも会社に届けて貰って、皆にお裾分けしていた。お裾分けというか、お裾分け9:俺1くらいだが。
ここではリュックサックに入れておけば、いつでもどこでも楽しめる。あぁ、食い物が湿気る事がないって素晴らしい!
サイズ変化する事がわかり、俺は先生の食事量が気になっていた。
だが、先生曰く、俺と一緒に食べているあの食事量で、基本的にはお腹いっぱいになるらしい。
食べようと思えばいくらでも食べられるが、普通の食事量で済むという都合のよい話だった。
それでも先生のよだれ掛け(マジックバック)には、お好み焼きや焼いた魔獣肉、そして『猫吉楽食便』で購入した食べ物を沢山詰め込んでしまう。
…過保護とでも溺愛とでも好きに呼んでくれてかまわないからな。
いつの間にか起き出してきた猫吉先生が、俺の膝に両手を置いて、物欲しそうにこちらを見上げていた。
ザクザクした食感の甘さ控えめそば粉クッキーを、先生と一緒に食べながら、今日の予定を話し合う。
§
「あ、お好み焼きだ!お前、知ってるか?」
若者が二人、俺の屋台を覗き込んでいる。
「トロンジョのお好み焼きだろ、知ってる知ってる」
早い…もう噂が広まってくれているようだ。
「そういや、食堂でもこのお好み焼きってやつ、売り始めたってよ」
「マジか!エールと食いたいなぁ」
「あぁ…トロンジョの町で泊りの日は絶対食うぞ!」
「エールと食うと最高だろうなぁ」
お二人さんは乗合馬車の御者だと言う。さすがに仕事前に酒は飲まないらしくそんな話をしながら、俺のお好み焼きをお買い上げ頂いた。
エールか…酒を屋台で販売するのに許可はいらないようだし、別に売っても良いんだけど…。実際、ぬるいエールは屋台でも何度もお目にかかったことがある。
でもなぁ…ぬるいエールは出したくないんだよ。
何故なら不味いから。
屋台で冷蔵冷凍箱やら氷を持って販売している人はいない。大抵は常温か温かい飲み物を出している屋台ばかりだ。
マジックバッグ持ってますってわざわざ宣伝する事もない。うむ、却下。
§
あっという間に40枚。
…これはいけますな。そそくさと屋台を畳む。
銀貨1枚は俺換算で1000円くらいだから、お好み焼きは一枚1000円の感じ。
安い小麦でも十分に美味しいお好み焼きが作れるし、俺の場合はリュックサックに旬の安い野菜を入れておけば仕入れも安くつく。材料費としては一枚でだいたい銅貨3枚かからないくらいだろうか。300円程だ。
これは調味料玉が今後、どの程度の価格で買えるかにもよる。認知度が高くなれば、多少、高くなる事だって想定できる。まぁ、それでもこの世界に色々な味の料理が広まれば、文句はない。
あとは肉がタダってのがでかい。猫吉先生のお力添えのお陰だ。リュックサックの中の大量の肉は、暫くお好み焼きの上に乗せても乗せてもそうそうなくなることはないだろう。
さて、本日の売り上げは…単純計算で金貨4枚。仕入れ値は金貨1枚、銀貨2枚ほどの計算になる。
という事で…ざっとだけど純利益は金貨2枚、銀貨8枚。
下ごしらえの時間は別だが、屋台の設営撤去込みの3時間ほどで28000円の儲けという俺換算。安全に稼ぐ事が出来るなら十分すぎる。宿代を考えても、なんとかやっていけそうだ。
さてと、この後はどうするか。
ギルドの資料室にでも寄って帰ろうか。
いや、その前に金物屋によって蒸し台を注文しなければ。
俺の描いた蚊取り線香に三本足の図を見て、顔中にはてなマークをつけた金物屋の主人に、そのイラストを押し付けてギルドへと向かう。
ギルドの受付から呼び止められて、アルミラージの肉をどうしてもどうしてもすこーしでも良いから売って欲しいと懇願される。
確かにすんごく美味かった。
さっぱりした赤身肉なのに、煮込むととろんとろんとしていて力強い滋味を感じる良質な肉。俺もあんな赤身肉、初めて食ったよ。
足元を見まくって多少金を吹っ掛けても折れないギルドに、俺はすこーしだけ売る事にした。俺の手柄はゼロパーセントですが、何か?
§
猫吉先生ってさ、俺の匂いがわかるらしい。
町中のどこにいたって見つける事ができると豪語している。
どこかで遊んで帰ってきたら、俺の所に来るって事でお互い了解しているから、行動は常に自由だった。
そうか…昨日のチンピラ5人組に嘯いた台詞も、あながち嘘にはならないって事だ。
先生にとっては雑魚だったあいつらが、先生の記憶に残っていればの話だけど。
チンピラ5人組と言えば、朝、詰所に恐る恐る立ち寄ってみたところ、奴らが話した内容と俺の被害に齟齬がないかを確認して、調書にサインして終わりであった。完全なる肩透かし。
聞くとどうやら半年から1年は臭い飯を食う事になるらしい。
臭い飯って強制労働込みだから、結構きつい刑罰だ。
鉱石発掘関係の肉体労働が万年人手不足だそうで、今回みたいにお互いの祖語のない事案では、すぐに刑が確定し、遠くの鉱山送りになるという話だった。
先生が捕獲されてしまっていたら、俺は死んでいただろうからな。
少し可哀想な気もしたが、諦めてもらおう。
それにしても…日本で享受していた治安の良さはもうないのだと、早々に俺の脳みそに叩き込めた事は、ある意味良かったのかもしれない。
あの件から色々と考えた末に、俺は魔法の基礎や簡単な訓練をギルドへ依頼する事に決めた。一線を退いたランクの高い冒険者なんかを、運が良ければ指導者に引き当てる事もあるらしい。
これはあれだ、ボランティア精神半分、シルバーセンター的な位置づけ半分。
シルバーセンターと言っても、引き受けるのは前世の俺(たぶん享年45歳)くらいの奴だろうがな。
まずは魔法。体力作りは全力ラジオ体操くらいにしておいて、戦闘訓練やナイフの扱いなんかは後回しにした。
全身全霊ラジオ体操、侮る事なかれ。
これ、運動不足の人に是非お勧めしたい。
呼吸を止めない事と、伸ばす時は伸ばした部位を意識して、全力で行えば結構な運動になる。
…いかん。ラジオ体操教の熱狂的信徒である俺が脳内で覚醒してしまった。
全力ラジオ体操が運動の全てだった俺。この世界に来てからは宿の部屋が狭すぎて、そのラジオ体操すらもご無沙汰だ。
自らの戦うのは訓練してから最低でも半年はかかるだろうと思うんだ。なんせ敵前で目を瞑っちゃった俺だぞ。肉体も技量もメンタルも最弱。そもそもナイフを使ってどうこうなんて考えた事もない人間だ。
何故ナイフかって?弓?槍?大剣?ゲームじゃないんだ、ありえないだろう?
それに比べたら魔法は既に勝手に発動してくれている。魔法訓練を優先したほうが良いという判断という事だ。
まぁ、なんやかんや言ってはみたが、要するに…猫吉先生に結界とやらを張りたいんだよ、俺は。




