22.ボンボンリキュール
不健康が祟って死んだからか、未だに本調子じゃないようで、前世の睡眠不足を取り戻すべく眠りまくっている。この世界に来てからの平均睡眠時間は10時間。
本当のところは知らないが…人は寝だめは出来ないんじゃなかったか?
この世界では寝だめができるのだろうか。
朝のまどろみタイム、そんな事を考えながら起き上がろうとした時、俺はとある体の変化に気付く。
俺の…俺の息子が…ご挨拶してる!
お前!生きていたのかい?俺は死んだとばっかり…三文脳内芝居を一通り。
数年ぶりのご挨拶だ。突然のアピールに動揺を隠せない俺。
窓を開けて空気を入れ替えついでに、大きく伸びをする。
体の調子が…すこぶる良くなっている気がする。
この世界に来てから、調子が良いなとは思っていたけれど…なんだか、こう…全身にみなぎる活力が…俺、変なもん食ってないよな?
あ…。
関連付けて考えもしなかったけれど、トロンジョって山芋っぽいんだ。
そして付け加えておくと昨日食ったのはうなぎだ。あまりのうまさに猫吉先生と一緒にわっぱ5つ分、食っちまった。
滋・養・強・壮
それに蜂蜜を使ったタレに漬け込んだ肉も大量に食ったよな…。
たっぷりの睡眠と滋養のある食事。まぁ、酒の分を差し引いたとは言え、今までの生活では考えられないくらい、体が健全な状態になっているのではなかろうか。
――どくんどくん
それにしても、体が…おかしい。何かが…急激に体中に巡るのがわかる。
これは…あの赤い実を食べた時の感じに似ている。
あの時は座っていても立ち眩みがしたけれど、今は…不思議な感覚だけで、気分が悪い訳ではない。
そう言えば…立ち眩みもまったくしなくなったなぁ。
日本に居た時はしょっちゅう起こしていたのに。
そう考える間も、体内で何かが大きく流動しているのを感じる。
――どくんどくん
別に具合が悪いという訳じゃないんだがな…少し横になったままで過ごす方が良さそうだ。
猫吉先生は…未だに夢の中らしい。
そういや先生も良く寝るよな。お寝坊さんだ。
まぁ、そのおかげで先生には、久方ぶりの愚息の雄姿を見られなかったんだから、良しとしよう。
どうでもいいけど…雄姿って、この為だけにある言葉みたいじゃないか?
暫くベッドに横になっていたら、体中に巡る何かが落ち着いてくるのを感じた。
もう全くいつもと変わらない。
一体…なんだったんだろう…。
考えてもわかるはずもない。
気分も悪くないし…むしろ、快調。
まぁ、いいか。
コーヒーが無性に飲みたくなってきた…。
体の変調があったなら、コーヒーはマズい。
だが…飲みたくてたまらない。
我慢できない俺は、夜な夜なインスタントのドリップコーヒ―をまとめて作り、陶器で出来た蓋つきのピッチャーに保管してあるものをリュックサックから取り出した。
一口だけ…。
沢山作ったはずなのに、あっという間に三分の一ほどに減っている。
本当にこの方法を思いついて良かった。
いつでも飲めるコーヒーがあると思うだけで、俺の心が豊かになるんだ。
心豊かと言えば…たまにはコーヒーのお供に何か欲しい。
愚息をお祝いしてやりたい気分だし。
『猫吉楽食便』にはもちろんスイーツだって沢山あるからな。
まずは忘れないうちにドリップコーヒーを購入しておこう。
そう言えばと思い出したんだよ、俺好みの付属の食品。
香川県・喫茶ろくかけよん/ドリップコーヒー(16袋)とオリーブの実新漬(1袋):銀貨5枚
塩で浅漬けにしてあるというオリーブの実、これが酒のつまみに最高なんだ。
あとは甘いもの…何にしよう…。
愛知県・アガヌボン/アガヌボンボンリキュール(9個):銀貨3枚
ドリップコーヒーはリュックサックに、ボンボンリキュールは手元に。
ちょっと俺の身の丈に合ってないお値段。チョコ9個で3000円ほど。
酒にかけるにはなんでもない値段が惜しいと思ってしまう俺は酒乱。違います。お酒をこよなく愛する男なのです。
でもこれ、美味しいんだよ。
一粒300円以上するけど。たまには良いだろう。お祝いだ。
コーヒーを飲んでいたら、猫吉先生がゴソゴソと起き出してきた。
しきりにひくひくと鼻を動かしている。
しまった。愚息の…そう思い少し焦ったが、俺の膝上にある箱をガン見している先生に安堵する。
…まぁ、これからもあるかもしれないからな、朝のご挨拶については諦めて貰おう。
「先生は今日は何をする?」
「うーん…ルノムは何をするつもりだ?」
「とりあえずはギルドへ顔を出して…あとは買い出しかなぁ。そろそろ旅立ちの準備を始めておきたいし、お好み焼きに入れる野菜も調達しておかないとならないから。」
「じゃぁ一緒に行く!ギルドの前に屋台で朝ご飯食べよう」
「その前に、これだ。先生は甘いものって食べられるのか?」
俺は膝の上に置いていた箱を開けながら尋ねる。
「もちろんだ!」
「お酒が入ったチョコなんだけど、食べてみるか?」
「うん!我は甘いものが大好きなんだ」
なんだってー--!
俺があんまり甘いものを必要としないタチだから、今まで食べさせてやれなかったじゃないか…。
蜂蜜を使ったタレの肉を食った時にもっと騒いでくれたら良かったのに…それでも数日前だけど…。
猫吉先生…甘いものが大好きだったなんて…。
俺、完全に飼い主失格だ…。
コーヒーも先生用の皿に少し入れて、大きく開けて待つ口にチョコを一粒放り込んでやる。チョコの部分を噛むと、中からとろりとしたウィスキーが出てきて外側のチョコと混ざっていく。
俺は先に少しだけチョコを齧って中のウィスキーを出して…口の中でチョコとウィスキーを融合して転がすように食べるのが好きなんだ。
非常にまろやかな味わい。だけど、喉ごしや鼻孔にはしっかりウィスキーを感じさせる。
「美味しい!美味しい!」
ゆらゆらと二本の尻尾を大きく揺らして嬉しそうな猫吉先生。
「そうか、気に入った?」
「すっごく気に入ったぞ!」
「ちょっとずつ食べような」
「わかった!」
わかったと言いつつ、目線はチョコの箱に釘付けだ。今までの罪滅ぼしに、もう一つボンボンリキュールを先生の口に入れてから、リュックサックへと箱をしまった。
いや、猫吉先生の稼いだお金でいくらでも買えるんだけど…定住地が決まったら、住むところを確保したいんだよ。悪いな、先生。今は節制第一だ。
あれ…でもよく考えたら、俺が毎日コーヒーを飲んでいるのだから、毎日甘いものを先生に進呈しないってのも変じゃないか?
前言撤回。明日から朝に一つずつ甘いものを用意しよう。
§
トロンジョの町にあるギルドで壁に貼られた依頼書に目を通す。
「ルノムは何か依頼を受けるのか?」
「どうしようか迷ってるんだよなぁ。だってさ、魔獣に遭遇したら怖いだろ?だから町中の手伝い系の依頼を受けてみようかな…くらいは考えてるんだけど。でも、それだったら屋台でお好み焼きを売った方が良い気がするし…」
屋台をするのも良いが、ギルドの依頼ってのも受けてみたい。
何故、依頼を受けるのか?そこに、依頼があるから。…ってな。
「魔獣に会ったら、我がコテンパンにしてやるぞ?」
「そうだなぁ。猫吉先生は強いから、俺の護衛を頼むぞ」
「ふふん。ルノムにも我の雄姿を見てもらわねばならん」
今朝の今で、雄姿という言葉を先生から聞く事になろうとは…なんか…微妙…




