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3. 師弟

アンケートにご協力ありがとうございました。

前回アンケートは「偉そうな人だし、指示通りに移動する」が、39.3%でトップとなりました。

https://twitter.com/usagi_ya/status/1214015152330362880


さて、指示通りに移動したアリスティアの運命や如何に?

 アリスティアは、これは従うしかないだろう、と思った。

 白い神官の落ち着きぶりを見れば、彼がこの場でもっとも権威があると考えてよさそうだ。ほかの神官も、わずかに当惑した風を見せるだけで、彼をとめようとはしないのだから。


 ――どうか、落第ではありませんように。


 女神にそれを祈ればよかった、とアリスティアは後悔した。今更だけど。

 移動をうながされたのは、ここまで来るときに通ったのとは、また別の廊下だ。少し行くと、水をたたえた池の前に出た。廊下は、池を渡る橋につづいている。

 池には、淡い緑から白へと変化する花がいくつか浮かんでいる。どこかでぴしゃりと水音がしたのは、魚が跳ねたのだろうか。

 思わず足を止めてしまったアリスティアに、背後から、声がかかった。


「そのまま行ってください。池の上で話しましょう」


 落ち着いた、静かな声だ。静寂に馴染んで、空気を騒がせることのない――こんな喋りかたがあるんだな、とアリスティアはおどろいた。

 とにかく、今は前へ進むしかない。

 池の中ほどには、四阿(あずまや)が設えられている。ここが当面の目的地だろうと予測していたが、はたして、屋根の下に入ったところでふたたび声をかけられた。


「椅子があります。疲れたら座ってください」


 気疲れはしているけれど、それだけだ。そもそも、偉そうな人の前でいきなり座るのは失礼だろう、という程度の知識はある。

 神官は立ち止まったアリスティアを追い越して、ゆっくりと彼女の前に立った。

 あらためて、綺麗なひとだなと思う。

 アリスティアの視線はかなり無遠慮だっただろうに、相手はそれを動じることなく受け止めて、微笑で返した。


「おどろかせてしまったでしょう。ひとりだけ、別の場所に案内されるなど、おそろしくもあったでしょうね。でも、心配はしないでください」

「あの……」

「はい?」

「わたしは失格したのでしょうか?」


 気になっていたことをまっすぐに尋ねてしまった。

 すると、神官はさらに微笑を深めた。「慈愛」ということばを表情にしたら、まさにこんな感じだろうなと思うような笑みだ。


「あの場を騒がせたので、列をはずれてもらっただけですよ」


 それを失格というのでは……。

 なんとか謝って、戻らせてもらおうと口を開きかけたが、神官が言葉をつづける方が早かった。


「わたしにも責があります」

「責……ですか?」

「感謝の言葉を受けておいて、自分には関係ない、というわけにはいかないでしょう。祈りを終えたら、〈試練の乙女〉は、滞在中の師となる神官と組をつくることになっています。ほかの乙女たちは、そのための場所へ行きました。あなたの面倒は、わたしが見ることにしたので、こちらに来ていただいたのですよ」


 情報が多くて、理解が追いつかない。

 つまり、この美しいにもほどがある上に、なにやら偉そうな神官様が、アリスティアの当面の導き手となる、ということなのか……。


「では、落第したわけではないんですね?」

「それが気になるのですね」

「だって……司教区の代表として、なにもしないまま、脱落するのは申しわけないです。わたしを送るのにだって、ずいぶんお金がかかってますし……あっ、すみません」


 神官は、困ったように微笑んだ。困ってもなにしても、結局、微笑んでいるのが凄いな、とアリスティアは思う。

 すべての感情が、「慈愛」に収斂(しゅうれん)しているように見えるのだが……そんなことが可能なひとがいるのだろうか?


「なにが、すみません、なのですか?」

「いえ……だって……うちの司教区が貧乏みたいなことを申し上げて、あの、すみません、忘れていただけませんか。馬車を仕立ててもらって、よくしていただいたんです。それなのに、恩知らずなことを申しました」


 そこではじめて、神官に「慈愛」以外の表情が生まれた。

 どういう意味があるのかは読めなかったが、なんだか少し、人間らしくなった。それまでは、聖像かなにかだといわれた方が、納得がいく感じだったのだが。


「迎えの馬車は、大神殿が出したのですよ」

「……えっ?」

「あなたの司教区の経済状況についても把握しています。たしかに、富んでいるとはいえないでしょう。ですから、支度金を送り、馬車の手配もしたのです」


 ――支度金?


 そんな話は聞いていない。

 これっぽっちも聞いていないし、孤児院の老神官はともかく、司祭様はやれ金がかかると恩着せがましい感じだったし、神殿の神殿らしい仕事――つまり、年下の子どもたちの面倒をみたり、畑の作業をしたりではなく、お祈りのあいだ真面目な顔で立っているとか、そういうやつだ――をするときに着ることになっている、一着きりの白い服に、くたびれたマントというかっこうで、大神殿の門を叩くのは、相当恥ずかしかったのだが……支度金……。

 支度金はどこへ消えたのか。いやそもそもアリスティアの役に立たずに消えたっぽいことが、今の彼女の失言で判明してしまったわけで、これはまずいのではないか。


 ――ひょっとして、司教様が大神殿からお叱りを受けたりするんじゃないの?


 アリスティアが故郷に帰ったときに、なにをされるかわからない。非常にまずい。

 というところまで一気に考えているあいだに、白い神官も、なにか考えていたらしい。

 ふたたび、慈愛そのものの笑顔に戻ると、アリスティアにこう告げた。


「あなたが、司教区の代表としてここにいるのはたしかですが……そうですね、司教区に過剰に帰属意識を持つことは、避けてもらった方がいいでしょう」


 カジョウにキゾクイシキ……。

 今まで、聞いたことのないような言葉が多い。なんとなく意味はわかるが、神官の意図をきちんと汲めているのかどうか、アリスティア自身には判断が難しい。


「手を」

「はい?」


 神官は、その白い手をアリスティアにさしのべていた。ふたりの距離は、二歩くらいか。その距離を、彼の手が縮めている。


「わたしの手をとってください。ついお喋りをしてしまいましたが、まず、師弟の誓いをしてしまいましょう」

「は……はい」


 ――このひとが、わたしの師になるって……。


 まったく実感が湧かない。

 しかし、アリスティアの手は今、神官の白い手にそっとかさねられていた。そして、そのかさなりあったところが、うっすらと光りはじめている。


 ――あたたかい?


 わずかではあったが、その光は熱を帯びていた。同時に、世界が透き通っていくような感覚がアリスティアを襲った。すべての輪郭が薄れ、質感が遠ざかり、なにもかもが光にとけていく。

 その光の中から、鐘の音のように遠く、深く、声が響いた。


「名を、名告りなさい」

「アリスティア」


 反射的に答えた瞬間、ぱん、となにかがはじけるような音がした。

 アリスティアは眼をしばたたいた。

 相変わらず微笑をたたえたままの神官が、彼女を見下ろしている。


「今……のは?」

「師弟の誓いですよ。これで、あなたはわたしの弟子です」


 アリスティアは、茫然としていた。


 ――今の、聖魔法じゃないの? だよね? えっ、はじめて見たけど、なにこれ?


 身体が軽い。心も軽い。余分なものがすべて、洗い流されたような心地だ。とてつもなく、清々しい。

 故郷の老神官を思いだしてみたが、彼の祈りが空気を変えたことなど、一回もない。

 だが今、この神官は、祈りどころか手をふれただけで、アリスティアの意識が一変するような奇跡を引き起こして見せた。


 ――そうだ。奇跡だ。


 今のは、奇跡だった。

 それまで、ただの義務感とか、慣習とか、なんかしかたないからでこの場に来ていたアリスティアの意識が、一瞬で変貌を遂げるほどの奇跡だった。

 年寄りの話に聞いただけの〈聖女〉も、一気に現実的なものになった――とはいえ、アリスティア自身が選ばれることは、やはり、ないのだろうけれど。


「あの……なんとお呼びすればよいのでしょう?」


 ああ、と神官は彼女の手をそっと戻しながら嘆息した。


「そういえば、そうでした。自己紹介の機会など、久しくなかったものですから、失礼しました」

「いえ、とんでもないです」

「わたしの名はセレスティオ。この神殿で大神官をつとめています。名前で呼んでくださってもかまいませんが、そうですね、〈教導師(サパータ)〉と呼んでいただくのが、一般的でしょう」


 ――今、さらっと凄いこといわれた気がする!


「……大神官様?」

「その呼びかたは、あまりなさらない方が。神殿では、違いを役職で呼ぶことは、推奨されていないのです。〈教導師〉は〈試練の乙女〉を受け入れる際の呼称ですので、別なのですよ」


 慈愛そのものの顔でにっこりされても、アリスティアは衝撃から立ち直れない。

 たしかに、この神官は偉そうだな、とは思った。にしても、そこまで偉いとは想像していなかった。


「おどろかせてしまったようですね。あまり気にしないでください。大神官といっても、ほかになり手がいなくて、わたしに回ってきただけのことですから。……大丈夫ですか、アリスティア?」

「いえ……え、はい」


 大丈夫じゃなくても、無理ですとはいえない。いえないが、今の気分としては、いっそ失格者として放逐されたいところだ。

 辺地から来た、才能もない孤児が、大神官の直弟子……。


 ――これ、恵まれ過ぎてる上に目立ち過ぎて、文句をつけられる流れだ。そうだよね? そうだよ!


 その場合、お偉い大神官様本人に文句をつける者はいない。必ず、アリスティアが被害を受けることになるのだ。

 もう駄目だ。人数合わせとして、目立たずその場に立っているだけの役目をきっちり果たすつもりだったのに……絶対、無理だ。

 アリスティアは、絶望とともにつぶやいた。


1)「〈教導師〉様……よろしくお願いします」

2)「強く生きるのよ、アリスティア……」

3)「誰かに代わってもらえないかな……」

4) が、そのとき。遠くで、なにかが爆発するような音がした。

今回のアンケートは四択です。

アンケート用のツイートはトップに固定しておきますので、ふるってご参加ください。


アンケートという形で、確実に皆様の反応をいただけるせいか、今のところ、思ったよりハイペースで更新できています。ありがたいことです。


『わたれん』の方では、ゲームを遊んだファンから「悪事に手を染めても腹の底まで白い」という評価を受けている、という設定だった大神官ですが、この小説ではどうなるか、まだわかりません……。

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