悲劇の医療ミス
今まで特にこれといった苦労もせず、29年間生きてきた。
専門学校を卒業し、なんてことない商社に入社し、主任という地位を任されるまでにもなった。
顔は自分では普通だと思っているが、今まで生きてきてこれがモテ期!?と思えるような
ことはなかった。ちなみに彼女は現在いない。
まわりの友人達は怒涛の結婚ラッシュ。やれ子供が産まれただの、結婚式だので
お祝いやらなにやらで出費が大変なのだ。というより、自分のお金は趣味に全力投球したい。
俺の趣味は専ら、漫画・アニメ・ゲームと趣味として答えるにはあからさまに
「ああ、この人オタクなのね」と判断される趣味ばかり。
まあ、アラサーということもありちょっとだけ、このままで良いのか?と自問自答する
こともあるけど、人生、楽しければ良いと思う。
今日は宝くじの当選番号の発表日である。ボーナスから、毎回1万円分の宝くじを買うのが
密かな楽しみになっており、当たったら会社辞めて、早々と隠居生活を決め込むつもりだ。
(さて、今回はどうだったかなーっと。)
仕事の休憩中にパソコンを開き、早速当選番号の確認をする。
『36578925』と当選番号がピカピカと点滅しながら表示されており、
自分の買った宝くじの番号を見ていく。
(365789……え!?36578925……おいまじかよ。当たってんじゃん!!)
俺はあまりの嬉しさというより、本当に当たったのかどうか信じられず、手が
震えていた。
「池城さん?手、大丈夫ですか?震えてますけど」
声をかけてきたのは隣の席の田中さん。有名な大学の出身らしく、結構可愛い。
まあ、もちろん彼氏持ちだ。
「えっ!?あ、俺!?だ、大丈夫。ちょっと寝不足でさ」
急に声をかけられ、一気に現実に戻される俺。興奮のあまり声が裏返ってしまった。
「また、朝までゲームしてたんです?」
「あ、ああ。そう、新作が出てさ、つい朝までやっちゃってね」
「ほどほどにしないと、身体壊しますよ。あ、そういえば、〇〇商社の方が
午後から池城さんにお会いしたいって電話来ましたよ」
「え!?マジで!?ありがとう、じゃあ、応接室準備しておいてくれる?」
そんなこんなで宝くじに当選したことをうまくごまかすことに成功した俺は、
午後から商談に臨んだ。なんと、うちの会社に新規案件を任せたいとのこと。
色々と計算してみると、粗利もとんでもなく良いし、
あっさりと新規顧客もゲットしてしまったようだ。
「……というわけで斉藤部長、〇〇商社さんが、今度からうちに新規案件を
任せてくれるみたいです」
「はぁ!?〇〇商社って言ったらお前、超有名企業じゃないか。こりゃ、昇給
もあるかもな」
3億円の宝くじにも当選し、超美味しそうな案件も決まり、
昇給もあるかもしれないと。これは運が回ってきたかもしれない。
そう思いつつ、早速当選金の受け取りに、銀行へ向かおうとしていた矢先、
猛烈な腹痛に襲われた俺は、あまりの痛みに動くことができなくなってしまった。
「おい、池城!大丈夫か!?」
「え、ええ。ちょっと腹痛が、するだけ……ですよ……」
そう部長に伝え、そこで意識が途切れてしまった。斉藤部長がたまたま近くにいた
らしく、救急車を手配してくれ、俺は救急病院へ搬送されたのであった。
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「診断の結果、急性虫垂炎ですね。このまま手術・入院となります。」
朧げな意識の中、医者にそう告げられた。どうやら緊急手術が必要なほど
酷い症状らしい。
「おい、池城、俺が付いていてやるから大丈夫だ。」
斉藤部長が付き添いをしてくれるらしい。残念ながら、親元を離れた俺は
近くに親族がいないのであった。
「はい……ありがとうございます……仕事……すみません……」
「仕事のことは心配しなくて良い!とにかく、先生頼みました!」
担架に乗せられた俺の体はそのまま手術室へと直行していた。
周りでは医者たちがいそいそと準備をし始めている。
「はい、じゃあ、池城さん、今から麻酔を入れますね――」
最後に聞こえたのはその言葉が最後だった。この後手術が終わり、
麻酔から覚め、無事に退院したら、当選金額を受け取りに行って……
豪遊するのだ。そう思いながら、俺は深い眠りについた。
手術中……
「先生!心拍数が低下していきます!」
看護師が医者に向かって叫んでいる。どうやら手術中に何か問題があったらしい。
「なに!?麻酔医、どうなっているんだ」
「申し訳ございません、麻酔の量が多すぎたようで……」
「なにをやっているんだ!!強心剤!」
「池城さん、帰ってこい!がんばれ!」
なんと、麻酔の量が多すぎたため、危篤状態に陥っていたのであった。
医者たちの懸命な蘇生措置も叶わず、俺、池城英司は29歳でこの世を去ったのであった。