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『たった6文字のHOPE ~神谷探偵事務所はぐれ事件簿~』  作者: 水由岐水礼
FILE・#8 前夜祭……そしてXデー
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「お揃いだね」

 神谷探偵事務所・別働隊元締め、西河晋次郎は笑顔とともに登場した。

「「晋さん」」

 美咲と慎也の声が室内に響く。

「こんばんは」

 慎也の隣で、雪乃が頭を下げた。

「こんばんは、雪乃さん」

 挨拶を返し、晋次郎は空いている一人掛け用の椅子にどっかと腰を下ろす。

 そこは、彼の指定席だった。

「お待ちかねの新情報だぞ。ひき逃げの事故車が見つかったよ」

 椅子に座るなり、通訳役の美咲を見て晋次郎は言った。

「えっ、犯人が分かったの!」

 美咲の言葉に、涼介と慎也が視線を合わす。

「ああ、目撃者がいたんだよ」

 晋次郎が美咲と慎也に頷いた。

 もちろん、彼の持ってくる情報は幽霊情報だ。話を聞くまでもなく、目撃者というのは幽霊のことに決まっている。

「それでそれで!」

 通訳するのも忘れ、美咲はひとり上体を晋次郎の方へ乗り出した。

「事故車の所有者は、高屋一紘だ」

「へっ……」

 ……高屋一紘。

 晋次郎の口から飛び出た名前は、あまりにも意外性が無さすぎた。

 それが逆に、美咲の虚を衝いてしまう。

「高屋一紘が……ひき逃げ犯なの?」

 美咲は確認するように言ったが、晋次郎は苦笑顔で否定した。

「違う、違う。美咲ちゃん、人の話はちゃんと聞かないと。私は、高屋が事故車のフェラーリの持ち主だと言っただけだぞ。彼は犯人じゃないよ。どころか、ある意味じゃ高屋も被害者だな」

 ……高屋が被害者。それって……。

「もしかして、車を貸した友人が勝手に事故を起こした……ってパターン?」

「ご名答、まさにそのパターンだよ。今さっき涼介くんが言ってたようにな」

 ちらり、晋次郎は涼介を見た。

「高屋からフェラーリを借りて運転していたのは、一ノ瀬雅也という男だ。類は友を呼ぶというか、この男もいわゆる御曹司様というやつだな」

「一ノ瀬って、一ノ瀬不動産のこと?」

 一ノ瀬不動産は、高屋建設と並ぶ大企業だった。

「そうだ、一ノ瀬不動産だ。雅也は、その不動産屋の現社長の三男だ」

「一ノ瀬不動産の御曹司が犯人……」

 美咲は呻くように言った。

 彼女の言葉に、慎也が眉を顰める。

「間違いないぞ。目撃者は最近亡くなったばかりだという10歳の少女だが、証言は信用できる。雅也との面通し確認も済ませてきた。もちろん、事故車の追跡調査もきちんと済ませてあるぞ」

「じゃあ、事故車が今……」

 ――どこにあるかも分かってるんだ?

 続けて訊こうとしたが、

「ストップ!」

 慎也の声が、美咲の質問を遮った。

「ちょっと待った! いったい、どういう話になっているんだよ? 美咲ちゃん、いい加減俺たちの方にも教えてくれないか」

「あ……」

 それでやっと、美咲は自分が通訳の役目を忘れていたことに気づく。

(……またやっちゃった、失敗失敗)

 美咲にとって、知人である幽霊は生きている人間とあまり区別がない。

 雪乃のような「見た目普通系タイプの幽霊」も、晋次郎のような死亡時の状態が如実に表れている「流血系タイプの幽霊」も、みんな美咲にとっては友人なのだ。

 だから、時々、自分以外の人間には幽霊の声が届かない……そのことをつい忘れてしまう。

 第三者がその場に居ても、自分と幽霊の間だけで話を進めてしまう。慎也や涼介のことを、置いてけぼり状態にしてしまうことも少なくなかった。

 まあ、美咲のそんなところが、この街の幽霊たちには好評だったりするのだけれど。

 どんな姿をしていても、美咲は怖がらず幽霊の自分たちと接してくれる。それどころか、笑顔さえ向けてくれる。そんな彼女は、この街の幽霊の間では人気者なのだ。アイドル的存在といってもいいだろう。

 実際、〈小林美咲ファンクラブ・ゴーストハウス♪〉なるものも、十波市の幽霊界には秘かに存在しているらしい。

 神谷探偵事務所が幽霊からの協力をすんなりと得られるのも、美咲のこの人気に依るところが結構大きかったりするのだ。

「ごめんなさい」

 ぺろっと舌を出して謝ると、美咲はここまでの話を慎也たちにも聞かせた。

「うーん……それは少し厄介だな」

 彼女の話を聞き終わり、腕を組み唸る慎也。

 対し、涼介の方はただ静かに沈黙している。

「一ノ瀬不動産か……警察の方も動き難いだろうな。おまけに、間接的とはいえ、高屋建設の御曹司殿まで絡んでいるんじゃな……」

 慎也の表情は苦々しげだった。

 見ると、晋次郎も同じような顔をしていた。

 元警官同士、二人は警察の何か特別な事情でも知っているのかもしれない。

「それで、事故車のフェラーリは今どこに?」

 一頻りブツブツ言った後、慎也は晋次郎に訊いた。

「八束町だ」

「八束町?」

 美咲が鸚鵡返しに繰り返した。

 晋次郎が挙げた地名は、十波市から見て五橋市を挟み南にある町だ。

「なるほどね、八束町か」

 八束町。その単語一つで、慎也には何か察するものがあったようだ。

「どうやら、一ノ瀬雅也というのは、なかなかに往生際の悪い人間らしいね」

「なにそれ? どういうこと? 八束町に何かあるの、叔父さん?」

 往生際が悪いということは、一ノ瀬が事故の湮滅を企てているということだろう。

 事故の湮滅工作といえば、まずは事故車の修理ということか。

「八束町に腕のいい修理工でもいるの?」

 言った美咲に、

「おまけに、口が堅くてかい?」

 慎也は失笑気味に苦笑する。

「……残念ながら、美咲ちゃんが考えているのとは違うよ。全く逆だよ、逆。腕のいい修理工なんて必要ないんだよ」

「…………」

 頭の中で、?マークの行進が始まる。

 逆、逆、逆……。美咲は眉間に皺を寄せている。

 慎也は、晋次郎の方へ顔を向けた。

「晋さん。フェラーリは当然、町外れの廃工場跡にあったんですよね?」

 声の届かない相手に対し、晋次郎は頷き返した。

 続けて、これは美咲に向けてだろう。

「適度にボコボコの状態でな」

 と、ひと言付け足す。

 ……適度にボコボコ? なんで?

 それならば、完全にスクラップにでもしてしまった方がいいんじゃないだろうか。

 少なくとも、物質的な証拠は残らない。

「……スクラップじゃなくて?」

 言った美咲に、慎也は「ダメダメ」と手を振った。

「それじゃあ、ダメなんだよ。完全に潰してしまったんじゃダメなんだ。八束町の廃工場跡というのはね、実は暴走族なんかが時々溜り場にしている場所なんだよ。元々は軽金属、つまりアルミとかだね……を扱っていた工場だったんだけど、5年ほど前に倒産してしまってね。それ以来ずっと、ほったらかしになっていたんだ。だけど、いつの間にやら暴走族たちの集会場になってしまってね。

 俺が警察を辞める直前。去年の11月の初めに掃討作戦があって、それで廃工場跡でも、かなりの人数の暴走族たちが検挙されたって聞いてる。だから、最近はあの周辺もだいぶ静かになっているらしいけど……」

 そこまで言うと、慎也はいったん言葉を切った。

 コーヒーで軽く唇を湿らすと、ゆっくりと口を動かした。

「それでもまだ、工場跡を訪れる連中がいなくなったわけじゃない」

 慎也の瞳が、美咲を見つめる。

「どうだい、美咲ちゃん? おあつらえ向きだとは思わないかい? 一ノ瀬はあわよくば、この連中にひき逃げの罪を着せようとしているんだよ」

 ひき逃げ事件の犯人に暴走族……イメージ的には合わないこともない。すんなりと納得してしまいそうな組み合わせだった。

 慎也の次の説明を待つまでもなく、一ノ瀬雅也の企みがなんとなく見えてきた。

「つまり、一ノ瀬雅也は、フェラーリを盗難されたことにしてしまうつもりなんだね?」

「……だろうね。きっと、フェラーリの鍵穴やエンジンやなんかには、『いかにも盗まれました』っていう感じの、小細工が色々と施してあるだろうね」

 慎也の言葉は、美咲の考えが正しいことを認めてくれた。

 事故後の一ノ瀬雅也の行動が、美咲の脳裏にはっきりと浮かび上がってくる。

 事故を起こした後、一ノ瀬がとった隠蔽工作はたぶんこんな感じなのだろう。

 一ノ瀬はまずフェラーリを八束町に走らせ、車を廃工場跡の建物に隠した。

 町外れにあって、暴走族の集会場にもなっている場所だ。フェラーリ独特の爆音も誤魔化し易かったはずである。

〝また、暴走族の奴らか……〟

 睡眠中にフェラーリの爆音を聞き付けた住民も、すんなりとそう思ったことだろう。特別な興味など持つこともなく……。

 それから、一ノ瀬はフェラーリを適度に傷つけたに違いない。事故車に、然も盗難に遭ったかのような細工を施す。そして、細工を終えた一ノ瀬は車を残し、さっさと工場跡地から立ち去った。

 あとはもう、ほとんど何もしなくていい。

 少しばかり下手な芝居を演じながら、待つだけだ。

 高屋一紘に車を返せと言われれば、適当に理由をつけてそれを引き伸ばす。

 そして、頃合いを見計らって、申し訳なさそうに言えばいい。

『実は……フェラーリは盗まれた』と。

 すまない……高屋に謝れば、一ノ瀬の工作は完了だ。

 盗難の届が出されれば、高屋建設と一ノ瀬不動産の御曹司が絡む事件だ。警察が事件の解決に少なからずの労力を注いでくることは、想像に難くない。

 そうなれば、隠しておいたフェラーリもじきに発見されるだろう。

 もちろん、〈盗難車〉であるフェラーリが発見された時、その車が同時に捜し物の〈事故車〉であることも知られてしまうだろう。

 しかし、警察はどう思うだろうか。

 廃工場跡に放置された〈事故車〉であり、同時に〈盗難車〉でもあるフェラーリ。

 ひき逃げ事故の犯人=○○。

 警察の中で○○の中に放り込まれる単語は、一ノ瀬雅也となるだろうか。いや、きっとそうはならないだろう。おそらく暴走族側の人間になるはずだ。

 フェラーリを盗んだ人間が調子に乗って盗難車で事故を起こし、事故車を隠蔽した……と、たぶん警察はそう考えるんじゃないだろうか。

 そうなれば、○○の中に一ノ瀬雅也の名前が入ることはない。

 それで自分は〈盗難車〉事件の被害者の立場に立てる。

 一ノ瀬雅也はそう計算したに違いない。

 だけど……。

「そんなに上手くいくのかなぁ?」

 それくらいのことで、警察が簡単に騙されてしまうとは思えない。

 いくらなんでも、警察はそんなに間抜けではないだろう。

「おそらく、ダメだろうね。警察もそこまで馬鹿じゃないよ。一ノ瀬の子供騙しな工作くらい見破ると思うよ」

「だったら……」

 なぜ、一ノ瀬はそんな無駄な工作なんてしたのだろう。いや……本当に彼はそこまで考えて、隠蔽工作なんてしたのだろうか。

 どこか、ちぐはぐで半端な感じがする。

 その辺りについて美咲が問うと、慎也はにっこり微笑んだ。

「美咲ちゃんの頭の中、いまミステリー小説の読者になってるだろ? 確かにミステリーの中じゃ、隠蔽工作やトリックなんてものは巧妙であるのが当然だ。

 でもね、いま俺たちがしているのは小説の話じゃない。これは現実なんだ。だから、必ずしも完璧な結果なんていらないんだよ。要は、一ノ瀬雅也が下手な隠蔽工作を思いついたかどうか。そして、それを実行したかどうかなんだ。実際の結果はどうでも、一ノ瀬が成功するって思っていれば、それでいいんだよ。現実では、平凡も間抜けもありなんだ。いや却って、その方が自然だろうね。ミステリー小説みたいな凄いトリックになんて、そうそう出会えるもんじゃないよ。

 どうだい、美咲ちゃん。今あるデータで、一ノ瀬雅也は下手な隠蔽工作をやったと思うかい?」

「……やってるかもしれない」

 美咲は答えた。

「そうだろ。まあ、どっちにしろ、ひき逃げ事件の方はとりあえず解決だな。よし! さっそく佐々木君に情報を流してやるか」

 慎也は威勢よく言うと、立ち上がった。

 デスクに向かい、電話を掛けようとする。

「ちょっと待ってください」

 それを涼介が静かに止める。

「佐々木さんに、警察に知らせるのは明日の昼まで待ってください」

「どうしてだ?」

 訊ねた慎也に、

「明日の昼、嫌がらせ犯Xと対決します。それまで待ってください」

 と、涼介ははっきりと言い切った。

「えっ……」

 美咲は驚いて、涼介を見た。

「先輩の事故が解決したんなら、Xとぶつかることができます」

「Xの正体が判ったのか?」

「はい」

 頷いた涼介に、迷った様子はない。

「トリックの方も完全にか?」

「はい。あれがトリックといえるかどうかは分かりませんけど、仕掛けの謎は解けています」

「間違いないな?」

「まず間違いないと思います」

 涼介はしっかりと頷いた。

 ……大丈夫だ。美咲は思った。

 彼の言葉は確信に満ちていた。

 ちゃんと謎は解けている。

 けれど……。

 なのに……涼介の口から零れた響きには、確信と一緒に何か苦いものが含まれているようだった。

 謎を解いたというのに……。

 少しも得意げな様子はなかった。どころか、重苦しいオーラを漂わせている。

「オレの考えが正しければ、カメラに何か映っているかもしれません……」

 言った涼介の声は、やはりどこか哀しげだった……。


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