盗賊団
「相変わらずだな、この汚さ。」
フィロードがケラケラ笑いながら見上げる建物は周囲の建物と段違いのボロさで、奥の方から鉄を打つような音が聴こえてくる。
「おい!おっさん!!」
「....」
フィロードは中へと踏み込み、奥にいても聞こえるような音量で叫んだ。
しかし、返事はない。
「....このクソジジイ!!!!!」
「やかましいわい!!!」
悪態をつきながら、ドスドスと重い足音と共に背の低い爺さんが奥から現れる。
手足は太く逞しく、自身の身長を越える巨大な大槌を担いでいる。
大通りでも何人か見かけたが、恐らくドワーフという種族で間違いないだろう。
「なんじゃ、フィロードか。からかいに来たなら帰りな。」
「おい、ちょちょちょ...ちょいと待ちなさいよ...。」
フィロードだとわかるや否や奥の作業場へと戻ろうとする爺さんを肩を掴んで止める。
「いやねぇ...今回はコイツの武器をな...。別に何もなく来たわけじゃ...。」
「ふん、いつもの嫌がらせじゃないのか。」
「なんだよいつも嫌がらせしてるような言い方しやがって...挨拶しに来てるだけじゃないか!」
「買ってかねぇ客はただの嫌がらせなんじゃよ!まぁ、今回は買っていってくれるみてぇだからいいが。」
やれやれといった感じで振り向いた爺さんは俺を見て不思議そうな顔をした。
俺の顔をは何もついていないが、きっと幼さのせいだろう。
「小僧、武器が欲しいのはオヌシか?」
「そうです。名前はリオンと言います。」
「ふん、リオンか...まぁいい、ワシはガロじゃ。具体的にどんな武器が欲しいか言うてみぃ。」
「はい、片手用の両刃の直剣が欲しいと思ってます。」
「...なるほど、オヌシぐらいの小僧じゃと片手で振れるのはナイフぐらいじゃろうに。」
少し考えこんだガロは近くの棚に置いてあった鉄の剣を俺に投げ渡してきた。
俺は受け取るとガロの言いたい事がなんとなく分かったので軽く振って見せた。
本来ならまだ幼い身体の俺が軽く振れる筈はないが、この世界ではなんでか振れる。
すると、ガロは一瞬驚いたような表情で俺を見たが、すぐに元に戻り軽く頷いた。
「ふん、一丁前に振りおって...いいだろう、オヌシの剣を打ってやる。しばらくしたらまたここに来るといい。」
「はい!」
「おう、ありがとな爺さん!んじゃ、また来るわ!」
「ふん。」
ガロが奥に戻り、俺たちは棚に並べてある商品の武器をいくつか見てから店を出た。
気になる武器がいくつかあったが、片手用の剣でいいだろう。
────────────
「さーてと、暇な時間が出来ちまったな!リオン、何かしたいことあるか?」
「えぇ...俺は王都初めてだし...。」
「そうか、なら適当にブラブラ歩いて気になった店にでも入るか。」
ガロが俺の剣を打ち終わるまでの時間、俺たちは暇なので王都を散策することにした。
伝説級の武器を制作する訳でもないので短時間で俺の剣は出来るらしい。
ガロは武器屋の店主兼、凄腕の鍛冶屋なのでさらに早いのだとか。
それでも数時間はかかるが。
「あ、あれ美味しそう。」
「お前まだ食うのか...ラントプスの串焼き食ったばっかじゃねぇか。」
グチグチ言いながらもフィロードは食べ物を買って来てくれた。
見た目は豚汁のような感じで、大量の肉が入っている。
しかし、器がまるで鍋のような大きさで一人前で四、五人が満腹になりそうな量である。
なぜ食べれるのかは残念ながら謎である。
「さすがに持ち歩いて食えねぇからそこ座って食うか。」
「うん。」
俺とフィロードは近くのベンチに座って食べた。
豚汁モドキは人気なようで近くのベンチは豚汁モドキを食べてる客でいっぱいだ。
ちなみに、豚汁モドキは仮の名前だ。
わからないものは元の世界のものに例えるのが楽なのでこれで勘弁して欲しい。
「ふ〜...さすがに腹いっぱいだなぁ...。」
「うげぇ...。」
「ははっ、普通こんなんなるまで食うかよ?...てか、よく食えたな!?」
...俺たちはまるで食べ放題行って無理して食べまくったやつらのような感じになっていた。
この後、トイレを求めて死ぬ気で探し回ったのはまた別のお話。
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事は俺たちが店をさらに二、三件見てまわった後に起きた。
「...はぁ...はぁ...っ...あっ!!」
「...ん!?なんだなんだ?!」
すすけたマントのようなものを羽織った小柄な少女が人混みを駆けていたかと思いきや、フィロードを見つけてその後ろに身を隠す。
年齢は今の俺と同じぐらいだろうか。
酷く怯えきった様子で痛ましい。
「た、助けて下さい...!」
「え、うん...?道具屋の娘じゃねぇか。たしか名前は...えぇと...なんだっけ...?」
「ティナです...!それよりも...っ!?」
少女が話し終える前に問題の輩たちの方から俺たち目の前へとやって来た。
人混みの中からゾロゾロと五人程度の男達が現れた。
「や〜っと追いついた...はぁ...ほらその手に持ったものをさっさと渡しなクソガキ!」
「い、嫌です!これはお母さんの...ウッ!」
最後まで言い切れず、少女の表情が曇る。
その手には七色に輝く結晶が嵌め込まれたペンダントがあった。
「ちっ、ムカつくな。おい、貴様!邪魔をするってんなら貴様もタダじゃ済まねぇがどうするよ...?」
先頭の男が少女から目を離しフィロードを睨みながら腰に携えた剣を手に取る。
それに合わせて残りの四人もそれぞれの得物を手に取り始める。
「道具屋の娘、どういう事かは後でゆっくり聴かせてもらうぜ。リオン、コイツを連れて少し下がりな!」
フィロードは少女の頭をポンポン叩き、その身を俺に預けてきた。
俺は頷いて少女の手を取ってその場から少し後ろへと下がる。
周囲の人々は俺たちを避けて開けた空間が出来ており、「喧嘩か?」「喧嘩だ!」とやたら騒がしいギャラリーが周りを囲んでいた。
「おいおい、たった一人で五人を相手しようってのか貴様は。笑わせるなよ。」
「やたらと小物のようなセリフを言うのなお前。ほら、さっさと来い。」
「っ!!なんだと!!!」
リーダーと思しき先頭の男の剣がフィロードを切り裂かんとばかりに振るわれる。
驚くことに男の剣はそれなりに様になっており、どう見ても素人の剣とは思えない速さで振るわれた。
しかし、あくまで『それなり』なのでフィロードには通用しなかった。
フィロードは自らの剣を抜く事なく、相手の剣を躱した後にすかさず距離を詰めて相手の腹に強烈な肘打ちを喰らわせた。
それだけでは済まさず、怯んだ隙に男の手から剣を奪い取り喉元に剣先を押し付けた。
一瞬の出来事で周囲の人々は声をあげることさえ出来なかった。
「ぐっ...馬鹿な...!?貴様、何者だ...。」
「質問を許した覚えはないんだが。」
魔物を狩る時以上に鋭い顔つきのフィロードを見て俺の背筋にも寒気が走る。
次いで、フィロードは他の四人の男を無言で睨む。
すると、男達は気圧されたのかビクッと体を震わせてから次々と武器を地面に置きだした。
実力差が一目瞭然なので無駄な抵抗をするとやられるのが分かっているのだろう。
「ふん、正しい判断だな。で...お前たちは何なんだ?」
「うぐ...誰が貴様なんぞに...っ!?」
反抗的な態度を見せるリーダー格の男が言い終える前にフィロードは無言で突きつけている剣をさらに押し込んでいく。
既に血が少し流れ始めていた。
「言っておくが、お前たちに拒否権はない。言うか死ぬかの二択だ。」
「...くっそぉ...!」
男は悔しそうに顔を歪めていた。
と、そこへまた誰かがやって来る。
「なんだなんだこの人混みは...って貴様達、そこで何をやっている!!」
鎧ずくめの男と思われる者が人混みから姿を現し、立ち止まった。
「ん...?フィロードさん!?」
「なんだ、今忙しいのに...ん?門番さんじゃねぇか。」
そこに立っていたのは検問を行っていた騎士さんだった。
それを見てフィロードの表情が少し和らぐ。
「なんだよ門番どうした。仕事しろよ。」
「いやあのですね、交代してこれから休むんですよ...じゃなくて、なんですかこれは?」
「これか...?なんかよくわからねぇが急に襲われた。だから尋問してんのさ。」
「襲われたぁ?フィロードさんを襲おうとするやつなんてアイザーン帝国の聖騎士階級の者たちぐらいでしょうに...。」
「ふぃ、フィロード!?貴様があの戦場の風と呼ばれている男なのか!?」
呆れ顔で男達を見る騎士さんと顔面蒼白の男達とで現場はもうメチャクチャになりつつある。
そこへ王都の剣士達、兵士の中で一番下の階級である者達が続々と集まってくる。
「そうだ、俺がフィロードだ。戦場の風なんざ初めて聞くがな。」
ギャラリーは剣士達が追い払い、続きは詰め所でって事でひとまず男達を拘束して連行して、現場となった通りは先ほどのように再び騒がしい雰囲気へと戻った。
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尋問は衛兵の仕事だ!と譲らない王都の衛兵たちに男の身柄はあずけて俺たちは少女と一緒に客間らしきところでくつろいでいた。
「はぁ、せっかく男どもから聞き出そうと思ったのに衛兵のやつらめ。」
フィロードは納得いかないというような顔つきで悪態をつく。
しかし、本気で怒ってはいなさそうなので安心だ。
それにしても村の詰め所と違って大きい建物なのだが、ほんとに詰め所でいいのだろうか?ってぐらい設備も充実している。
「んで、道具屋の娘。何があったんだ?そのペンダント母親が持ってたもんじゃねぇか。」
フィロードが指さすのは先ほどの七色に輝く結晶が嵌め込まれたペンダントである。
「私の名前はティナですっ!母親は...先月亡くなりました...。」
「はあ!?亡くなった!?それは一体どういう...。」
少女とフィロードの表情が暗くなる。
面識がない俺はどうしようもないのだが。
今にも泣きそうな顔の少女は俯いて震えるばかりで次の言葉が出てこない様子だ。
「...あの若さだ。ただ死んだだけじゃないだろう...誰がやったんだ...?」
「...ウッ...グスン...わからない...」
「くっ...あの男どもと無関係ではあるまい...。」
フィロードは怒りで表情が引き攣っている。
面識がない俺はもう本当にどうしようもない。
しかし、罪がない人間が殺されたんだ。
腹が立たないわけがない。
あとから聞いたが、少女の父は既に他界しており、母と二人で道具屋をやっていたのだそうだ。
これを聞くとやるせない気持ちになる。
「仇討ちってのは好かねぇが、知人が手を出されたとなっては俺も黙ってはいられねぇな...。」
フィロードは拳をグッと握りしめ、ため息をつく。
「んで、どうぐや...じゃなくてティナ、これからどうするつもりだ?見た感じだとまともな生活すら送れていないようだが。」
「えっと...私、どうしたら...っ...」
「まぁそう泣くなって...って無理もねぇか...しかし、村に連れては帰れんしなぁ...」
「俺はいいのに?」
「お前は刻印っていうとんでもねぇ理由があるから族長も特別に認めてるってだけだ。この娘は恐らく認めて貰えないだろう。」
「酷いな...。」
「エルフってのは面倒くせぇもんなのさ。まぁ、宛が全く無いわけじゃないから安心しな。」
「...あて...?」
「あぁ、ロンダムあたりにでも頼んでみるさ。あの人なら面倒見てくれるだろう。」
「...有難うございます...!」
「なぁに、俺と道具屋の仲だしいいってことよ!」
話が一段落した所で尋問を行っていた衛兵が姿を現す。
「フィロード様、お待たせしました。」
「うむ、どうだったんだ?」
「はい、先ほどの者達は犯罪集団『暗黒盗賊団』の者達だとわかりました。狙っていたのは少女の持っていたその七色の結晶のペンダントで、金目のモノだったから襲ったのだと自白致しました。」
「『暗黒盗賊団』?」
「はい、五年程前から現れ始めて我々でも手を焼く犯罪集団です。金目のモノの為なら人の命さえ奪う輩の集まりです。」
「ふむ...。実は先月、この娘の母が亡くなっているのだが、それにもその犯罪集団は関係しているのか?」
「道具屋での殺人事件ですか...恐らくそうであるかと思われます。詳しい事はわかりませんが。」
「なるほどな...。」
「えっと、どうするおつもりでしょうか...?」
「...その集団を潰すと言ったら?」
「まぁそうですね、本来なら我々は止めるべきでしょう。ですが、フィロード様は止めてもやるでしょうし...。」
「よく分かってるじゃねぇか。」
「まぁ、『暗黒盗賊団』は王都でも重犯罪者の集まりと注意を呼びかけてますし...生死は問いませんのでご存分に潰してどうぞ。」
「そうか、そいつはいいな。そんじゃ一旦、村に戻ってからまた来るから情報を集めておけよ。」
「かしこまりました。」
一礼した衛兵が再び尋問でも行うのか奥へと戻って行く。
会話を終えたフィロードは複雑な表情だったが、やがて普段通りの顔で行くぞと言ってきた。
俺は少女のティナと一緒にフィロードの後ろを追って詰め所を出た。
俺たちはティナを引き取ってもらえべくロンダムの家に向かうのであった。